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今日の「東」と「南」―新冷戦論とBRICS、G20そして「グローバルサウス」

はじめに

 8月24日にBRICS首脳会議が閉幕したばかりですが、9月9日からはインドで20カ国・地域首脳会議(G20サミット)が開催されます。
 新冷戦論、グローバルサウス、BRICSと、内外で言葉だけが先走っていますが、これらを繋ぐものはいったい何でしょうか。2つの会議のはざまで、今回は今日の世界における「東」と「南」の問題について整理しておきましょう。
 以下に述べる内容のほとんどは筆者独自の論点であり、この記事の内容については、いずれまた書籍にも収載します。


本論

1.「新冷戦」論のおかしさをめぐって

 この点については本年4月刊行のKindle版の著書(下記)に記したとおりです。ひとことで言って、新冷戦論の言ういわば「新西側」とは冷戦時代の旧西側と変わるところはありませんので、この議論には新味はありません。「新東側」のみが冷戦以降の新しい現象といえますが、中ロを主体とする新東側には共通のイデオロギーも理念も機構もなく、単に反米で寄り合っているというだけの話です。したがって、いずれにしても新冷戦論には大した中身がありません。
 この新冷戦論をめぐる議論については筆者としてはすでに完成済みですので、詳しくは下記の第Ⅳ章(特に図表8)に当たってください。

2. BRICSとは何か

 世に多くの混乱が存在しますが、BRICSは、実際には2つの要素から成っていますこの名称は学術的なものでもジャーナリズムの産物でもなく、商業的なレポート*1 に用いられた用語がまたたく間にひとり歩き始めたものですから、概念でも何でもありません。この経緯については後述しますが、ここではBRICSなる語が概念として詰められたものでも何でもない、便宜的な用語にすぎないということを確認しておきます
 さて、冒頭に述べた2つの要素の内訳とは上記の「新東側」+「グローバルサウスの大国」です。本稿では関連する首脳会議が開催される順に説明を行っている関係から、グローバルサウスについては次の3.で述べる形になっていますが、こちらについては古い言葉である「発展途上国」と読み替えていただいても大差はありません。
 一般にBRICSの台頭と言いますが、GDPで測ったその経済力の多くが中国に由来するものであり、近年のBRICSの経済成長といったところで、たとえば下図にみるように、その多くは中国の経済成長に負うものです。この点について注意を喚起しておきたいと思います。
 なお出典のデータはBRICSの首脳会議が開催されるようになった時期のものですが、この頃は原油価格が高騰していたので、ロシアの経済はウクライナ戦争開戦前*2 よりも(もちろん戦時下の今よりも)好調でした。現在では中国のGDPのシェアは図表-2よりもさらに高まっており、2022年には従来のBRICS全体の7割にも達しています。

出典: ニッセイ基礎研究所レポート
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=39103?site=nli
注: 南アフリカの参加は2011年からであるが、同国のGDPは他の4国に比べるべくもない
(たとえば2022年のデータでブラジルの4分の1未満)。

 今回の首脳会議では中国の強い意向から、少なくとも次回の大会からの首脳会議の正式メンバーとなる対象国が6ヶ国追加されています(BRICSには組織的実態がないことから、これが加盟国と呼べるのかさえもよく分かりませんが)。この拡大自体が、最後に南アフリカが加わった2011年以来のことでしたから、近年になって中ロから見た世界が大きく変わってきていることが分かります
 中国はトランプ前政権以来のアメリカからの貿易・技術両面での封じ込めに苦しんでおり、ロシアはいうまでもなく国際的な孤立を深めていることから、先述のようにこの集まりをテコにグローバルサウスへの影響力を拡大したいという意図が見て取れます。
 今回の開幕前には、ブラジルや南アフリカは自国の存在感や発言力が低下することから、メンバー国の拡大には消極的であるともいわれていました。長く宗教的な確執があって、2016年以降は断交していたサウジアラビアとイランが同時加盟したことは、本年3月に中国の仲介によって、両国が関係を正常化した流れを承けてのものでしたから、ここにも中国の意向が認められます。またインドにはこのグローバルサウスの加盟国拡大を自国が主催するG20の首脳会議の成果につなげたい意図があり、ブラジルと南アフリカはこれらの大国に押し切られたのでしょう。

*注1   Building Better Global Economic BRICs - Goldman Sachs, Global Economics Paper No:66, 2001
*注2
 世間では「戦争」と呼んでいますが、ベトナム戦争と同じで今のところ宣
    戦布告はないわけですから(3月に大統領再選を控えたプーチン政権としては
    あくまで「特別軍事作戦」で乗り切りたいところで、戦闘での劣勢にもかか
    わらず国民に不人気な国家総動員令につながる宣戦布告は発したくない)、
    厳密にはこれは戦争ではありません。
    卑近な喩えでこれを分かりやすく説明すると、プレイボールを宣言せずに両  
         チームが野球を始めたところで、正式の試合にならないのと同じことです。

3. グローバルサウスとは

  「グローバルサウス」という語については、一般には昨年末辺りから急に耳にするようになったのではないでしょうか。なお当方調べで、日本経済新聞の電子版での初出は2020年8月2日でした*3

   この語は先述のように、かつての「第三世界」や「発展途上国」の言い換えに近いものです。 「第三世界」並みに古い用語として「南北問題」というものがありましたが、ここでの「サウス」とは、この南北問題でいうところの「南」の現代版にほかなりません。
 説明概念として「グローバルノース」という対義語を作り出してこれを説明するならば、グローバルノースの側の分断の結果として、サウスが相対的に浮上したものといえるでしょう *4。これについては、ここで詳述する紙幅は有りませんが、具体的には、①西欧との協調に距離を置くようになったトランプ前政権下で顕在化したアメリカの衰退の趨勢、②ウクライナ侵攻で極まった感のあるロシアの西側からの離反と国際的な孤立化、③人口と経済力で最大の発展途上国であった中国の経済的台頭による、同国の「グローバルノース」への上昇 といった要因によるものです。

*注3 一種のコーパスとして、有料の日経の電子版で用語の検索をかけてみたと
    ころ、日経の記事での初出は明確に特定されました。これに続く日経記事へ
         の登場は2021年5月19日で、ずいぶん間が空いています。しかもこちらは、
         提携紙(より厳密には日経の傘下)の英フィナンシャル・タイムズからの転
   載記事でした。
     21年中の登場はこれを含めてわずか3本にすぎず、「グローバルサウス」が
   日本語として報道で今日のように頻用されるようになったのは 22年10月以降
         のことです
。またざっと調べた限りで、邦文の学術文献でこの語がもっとも早
  く登場したのは下記論文(2016年6月刊)でした。
        https://www.ritsumei.ac.jp/ir/isaru/assets/file/journal/29-1_02_Matsushita.pdf

*注4 付言すればこの「分断」は、冷戦期以来の再分断であるといえます。

4. 躍進するインド

 2023年には長らく世界最大の人口大国であった中国をインドが抜き、同国がG20サミットの議長国でもあることから、インドへの注目は今年、いやが上にも高まっています。
 経済発展では中国の後塵を拝してきたインドでしたが、近年の中国経済の変調の露呈もあって、インドの世界的な重みは増しています。同国は上述のBRICSとグローバルサウスの媒介項ともなっており、中国の所得の向上によって先述のように同国にはそろそろ「サウス」からの卒業問題が浮上し始めていることから、今回のG20を機にインドとしては発展途上国の盟主としての地位をうかがっていることでしょう。

むすび

 ブリックスは当初は「BRICs」と表記されていました。この語の由来となった上記のゴールドマンサックスの2001年の投資家向けレポートでは南アフリカは対象には含まれていませんでした。語尾の「s」は複数形にすぎず、この「s」が南アフリカを指すかどうかについては解釈が分かれていました。2009年のBRICs首脳会議(旧称)の開始から2年後に対象が南アフリカに拡大されたさいには、あくまでもBRICsという名称から南アフリカの参加を認めたものでした。
 そもそも投資銀行による便宜的な用語がカテゴリーとしてひとり歩きを始めてから10年近くも経って、西側との距離が開き始めていたロシアで第一回の会合が開催されたという経緯からして、この集まりはたぶんに政治的な思惑の大きなものです。今回の親中国の諸国に偏った対象国の拡大も、そうした観点から捉える必要があるといえるでしょう。
 長々と述べてきましたが、もっとも重要なことは、現代版の「新興経済」なり「新興市場国」の大国のくくりとしての「BRICS」と、それを含むサウス側の特定国のクラブとしての「BRICS首脳会議」を、別個の存在として弁別することです

補論 OECD加盟とBRICS ―「サウス」の大国とは

 この内容は本論の2.に収めると長くなりすぎますので、こちらに分けて記します。
 OECDに加盟している国は、BRICSには一国もありません。それどころか、ロシアはOECDの「パートナー国」ですらありません。これはひとえに、今回のウクライナ本体への侵攻に先立つウクライナ侵攻というべき、2014年3月のクリミア半島への侵攻の結果です。それまでは7年がかりで、ロシアのOECDへの加盟審査プロセスが進んでいましたが、これが延期されたのです(今回のウクライナ本体への侵攻により、この審査の延期すらも終了されて、ロシアは加盟審査の対象外になりました)。
 残るBRICS 4ヶ国はいずれも「主要パートナー国」(Key Partners)となっており、ブラジルは加盟審査の対象です。それ以外にインドネシアも主要パートナー国となっています。上述の「サウス」の大国について考える場合に、政治的な集まりにすぎないBRICS首脳会議のメンバー国を見るよりも、このOECDの主要パートナー国を見た方が、より公平で適切であるといえるでしょう。
 インドネシアは以前から中国との折れ合いが悪く、先のBRICS首脳会議でも拡大会合に招待はされましたが、正式メンバーにはなれませんでした。ASEANの大国をもって任ずるインドネシアとしては、エチオピアのような親中の最貧国が加盟する中で除外されたことは耐え難かったと思われます。実際にブラジルのルラ大統領は首脳会議期間中にも、隣国アルゼンチンに加えてインドネシアの名前を挙げて、加盟拡大の候補国について語っていました(下記参照)。
 ちなみにインドネシアはBRICSの従来からのメンバー国であるブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ、新規にメンバーとなったアルゼンチン・サウジアラビアとともに、G20のメンバー国でもあります。


なお、当記事冒頭の画像の出所については以下です。


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政治経済学綜合note: 有賀敏之(福山大学教授/大阪公立大学名誉教授)公式I
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