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小説 名娼明月

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粟盛北光著 「小説 名娼明月」 自序

粟盛北光著 「小説 名娼明月」 自序

 博多を中心としたる筑前一帯ほど、趣味多き歴史的伝説的物語の多いところはない。曰く箱崎文庫、曰く石童丸(いしどうまる)、曰く米一丸(よねいちまる)、曰く何、曰く何と、数え上げたらいくらでもある。
 しかし、およそ女郎明月の物語くらい色彩に富み変化に裕(ゆた)かに、かつ優艶なる物語は、おそらく他にあるまい。
 その備中の武家に生まれて博多柳町の女郎に終わるまでの波瀾曲折ある二十余年の生涯は、実に勇気

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「小説 名娼明月」 第1話:不思議の蓮の花

「小説 名娼明月」 第1話:不思議の蓮の花

 むかし、博多柳町薩摩屋に、明月という女郎があった。
 この女郎、一旦世を諸行無常と悟るや、萬行寺に足繁く詣で、時の住職正海師に就き、浄土真宗弥陀本願の尊き教えを聞き、歓喜感謝の念、小さき胸に湧き溢れ、師恩に報ずる微意として、自分がかねて最も秘蔵愛護し、夢寐の間も忘れ得ざりし仏縁深き錦の帯を正海師に送った。
 そうして、廓(くるわ)の勤めの暇の朝な朝な萬行寺に参詣するのを唯一の慰めとし、もし未明の

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「小説 名娼明月」 第69話:因果の諦め(前)

「小説 名娼明月」 第69話:因果の諦め(前)

 「これより、暇あるごとに当寺に詣でたまわば、女人成仏(にょにんじょうぶつ)の法話も叮嚀(ていねい)にいたすべし。
 そもそも、そなたは、いずこの人にて、いかなることより、可惜身(あたらみ)を川竹の流れには沈めしぞ? 懺悔も、罪障消滅の一端なれば、一通りを物語りたまえ」

 と、正海上人から問われて、お秋は些(すこ)しも秘(つつ)まず、

 「私は、もと備中窪屋郡西河内(くぼやのこおりにしかわち)

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「小説 名娼明月」 第69話:因果の諦め(後)

「小説 名娼明月」 第69話:因果の諦め(後)

 正海上人は、自分の前にうち伏して泣き悩む明月の姿を見て、覚えず自らも誘い込まれて、目をしばたたき、かつ頷いた。

 「言わるるとおり、未来を助くるは僧侶の本分。必ず女人成仏の法話もいたしましょう。なれど、一秋殿とは、兄弟も啻(ただ)ならぬ間柄。その人の愛娘が、図らずも遊女となりてあるに巡り逢いながら、どうしてその事情を訊かずにいられよう。
 和女(おんみ)も恥ずかしかるべし。さりながら、世は総て

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「小説 名娼明月」 第70話(最終回):明月の臨終

「小説 名娼明月」 第70話(最終回):明月の臨終

 明月の信仰は日を追うて固い。

 「もはや帰るべき古郷は、備中西河内ではない。弥陀の浄土である。頼むは、他力本願の大悲である」

 と、寝ても覚めても、念仏称名を忘れるときがない。
 この年の極月三十日、明月は廓(くるわ)の暇を偸んで、例のごとく萬行寺に詣でた。かつて観世音寺に通夜したる砌(みぎ)り、夢想の天女に授かりし、蜀江の錦の来歴を語り、これを自分に持っておっても粗末になるから当寺に奉納い

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【名娼明月ゆかりの地①旧柳町】

【名娼明月ゆかりの地①旧柳町】

 明月(お秋)が遊女として勤めていた「薩摩屋」は、”博多柳町”にあったという。で、その「柳町」とは、博多のどこにあったのだろう?
 実は、Google Mapを見ると、誰かがしっかりと「旧柳町遊郭街跡」と、地図に場所の記載をしてくれている。

 現在、福岡市に「柳町」という地名はない。「柳町」があったのいわれている場所は、現在では、福岡市博多区の、下呉服町〜大博町の一角である。

 「柳町」の地名

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【名娼明月ゆかりの地②萬行寺】

【名娼明月ゆかりの地②萬行寺】

 博多の萬行寺。
 明月のお墓のある寺である。
 享禄2年(1529年)に、本願寺8代門主、蓮如上人の命により、普賢堂町(現在も「普賢堂」(叶院)という名の寺は、ここにある)に説法の道場ができたのがはじまり。
 弘治3年(1557年)には、博多の守護神・櫛田神社前の冷泉町(旧馬場町)へ移転。
 寛文5年(1665年)に、祇園、つまり現在の場所に再度移って、今に至るのだそうだ。

 明月が亡くなった

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【名娼明月ゆかりの地②萬行寺】追記

【名娼明月ゆかりの地②萬行寺】追記

 萬行寺について、ひとつ大事なことを書き忘れていたので、追記いたします。
 「小説 名娼明月」の最終回(第70話)で、明月没後の四十九日に、明月の墓に蓮の花が咲き、人々が不思議に思って墓を掘り返してみると、蓮の根は、明月の口から出ていた、という話があったのだが、

 その「口蓮華」が、なんと、萬行寺には、いまだに残っていて、5年に一回、ご開帳されている。
 わたしは、その「口蓮華」の現物を、この目

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【名娼明月ゆかりの地③観世音寺(福岡県太宰府市)】

【名娼明月ゆかりの地③観世音寺(福岡県太宰府市)】

 「小説 名娼明月」の第53・54話で、お秋が、太宰府の観音寺で、夢の中で天女を見る場面があるが、この観世音寺が、そのお寺だ。

 観世音寺は、天平8年(746年)ごろ完成したといわれている、天台宗の寺院である。

参道入口の石碑。
参道の横に、市営の駐車場があり、無料で駐車できる。

本堂へと続く参道

宝物殿。平安時代から鎌倉時代にかけての仏像16体が安置されている。
すべて国の重要文化財に指

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【名娼明月ゆかりの地④高伝禅寺(佐賀県佐賀市)】

【名娼明月ゆかりの地④高伝禅寺(佐賀県佐賀市)】

「小説 名娼明月」の第51話で、お秋の夫、伏岡金吾は、龍造寺城下外れの、ここ高伝禅寺に立ち寄っている。

 物語には、はっきりと寺の名前は書いてないのだが、佐賀城下にあって、龍造寺家、鍋島家の菩提寺となれば、まちがいなく、金吾の立ち寄った禅寺とは、ここ高伝禅寺しかない。

 金吾の訪れた天正年代には、高伝禅寺は、桃の名所だったようだが、現在は、梅の名所になっている。わたし(Printempo)の参

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