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パワハラ・いじめ 決別できるのか

こんにちは キャリアコンサルタントの斉藤ももです

転職支援をしていると
依然として パワハラ が正直な転職理由として
挙がることが多々あります

詳細を聞くと 冷静でいなくてはならないのに
心の中で「酷い!」と腹立たしくなることも

そしてそれを転職理由として言えない
と考える人が多いため
新たな悩みを抱えてしまうこともあります

どう伝えるのがいいのか…は
正直それぞれの背景・状況により異なるので
ここで軽率に伝え方を提示することは
控えたいと思います

今回伝えたいと思うのは
これは 大人のいじめ であるという
認識を持つことです

子どもにいじめはダメだという前に

教育現場では “いじめをなくす” 
ということに重きが置かれ
実際に起きた痛ましい自死などに対し
学校側が いじめの存在を認めない
などということも多々あります

“いじめをなくす” と大人が言うのなら
まずは私たち大人自身が
会社でのパワハラ ママ友の仲間外れ
これらが存在しない社会を作ること
戦争差別の無い世界を作ること

これができないでいて 子どもたちにだけ
“いじめをなくす” というのは
過大なミッションを課していなか?
的外れも良いところでは?
と思うのです

完璧な人はいない

クリアな世界が理想です
でも それほど人間は賢くはない生き物
同じような間違いをし続けてしまいます

他人から見て完璧に思える人がいたとしたら
その人は並外れた努力をして自分を制している人
小さい過ちを補う努力をしている人

恐らく自分を“完璧な人間だ”とは思っていない
「俺 完璧だから」と言ったとしても
それは本心だとは言えない

不完全な人が前提であれば
「人は愚かだけれど愛おしくもある」
ということを正しく伝えて理解して
起きた時に 自分は何が正しいと思うのか
正しいと思ったことに基づいて
行動できる風土を整え 
言動に移す勇気を伝えられたら

つまり いじめの場面を見て見ぬ振りする
同調圧力を下げて 止められる環境を
作ってあげられたら

むしろ精神的に問題を抱えているのは
いじめる側の
人を貶めたり 傷つけたりすることに
快感を覚える心
が深刻だったりします

教師という職業に就く人が減っています
そりゃそうだろうとも思うのです

先生は雑務も多く 
失敗しない存在であれという責任を負う

学校も保護者も 過剰な清廉さを
先生に強要してはいないでしょうか
先生の過ちを非難できるほど
あなたは・学校組織はそんなに完璧でしょうか

救いのある環境を

いじめは残念ながら存在する
先生も上司も人だから間違えることもある
良い人もいれば 反面教師な存在もいる

その上で より良くあろうとする努力
個人も学校も会社も 諦めない

以前 海外に少しいた際に
日本よりもよほど人種差別を露骨に感じました
でも全員ではなかった 救いがあった
「私は日本大好き」
「ああいうタイプの人もいるの ごめんね」
堂々と自分の価値観を言葉にする人もいた
まずはそこから進めてもいいのでは

パワハラにあっている人
いじめにあっている人
周囲が努力不足で整っていない環境は
飛び出す必要もあります

世界は広いのに そういう時は
自分のいる世界が全てのような錯覚
陥ってしまいます

一歩外に出られれば
傷を癒す時間は必要かもしれませんが
救いが見つけられるかもしれません

諦めずに探していきましょう
私も出会った人たちと併走して
諦めずに場所を探し続けます!!

今日も 良い一日を!

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