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違いを認めるとは

物語でも読むように
あなたの視点、わたしの視点、第三者の視点、
お好きな視点でお読みいただけたら幸いです。

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相手は
相手の世界の物語を語っているだけです。

それをあたかも
全く同じものを見ているかのように
錯覚しているだけです。

優しいあなたは
すぐに相手の物語を
自分事として取り込んでしまいますが
その必要はないのです。

相手の物語は
相手の物語として
「そうなんだね」と読んだり、
聞いたりするだけでよいのです。

相手の創造の物語りに巻き込まれることで
あなたを右へ左へと振り回し、
その差は刺激的ではあります。

けれど、あなたが相手の物語を反射的に
自分の中に取り入れてしまうことで
あなた自身を傷つけてしまうことがありますから。

反射的に反応するのではなく、
まずは「そうなんだね」と一呼吸置きましょう。

相手の語る登場人物や出来事は
事実ではなく、
相手の想像でしかないのですから。

あなたの名前が出てきたとて
それは、相手の創作したあなたなのですから。

相手の語る
あなたにとって都合の悪い物語だけでなく
都合の良い物語でも同じことです。

あなたの事として受け取らずに
「そうなんだね」と一呼吸置くことで
相手の変わり続けるあなたへの評価に
一喜一憂しなくなります。

誰もがそれぞれの豊かな
創造の物語りを紡いでいることを
自覚することが
違いを認めるということなのです。

相手を説得しようとしたり、
わからせようとしても仕方のないことです。

何もしないことです。

ただ見ている世界が「違う」のだと
認めることから始まるのです。

「違う」との前提のその先で
重なりを感じたのなら
それはもう奇跡で
とても幸せなことなのですから。

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わたしは、恐れではなく愛(祈り)を
あなたに贈りたいから。

当たり前と書いて奇跡と読みます。
当たり前の今日に、
あなたの存在と全ての出来事に
感謝を込めて。

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