【おはなし】 白色の境界線
服屋さんに行くと、ボーダーのポロシャツが安くなっていた。
色は白と薄い灰色のコンビネーション。
白と黒だと目がチカチカしてまわりに迷惑をかけるかも、ってボクは考えるんだけど、薄い灰色だからそれほど目にダメージはなさそうだ。
サイズを確認すると、S M L XL の4種類が揃っている。
Mサイズを鏡の前に持っていく。ポロシャツの背中とボクのお腹の面を合わせて鏡を見ながらサイズを確認する。ちょうどピッタリのサイズ感。だけど、夏だし空気の通り道を作りたいから少し大きめのサイズがいいかも。
Lサイズを同じように鏡の前で試してみる。うん、これくらいかな。ついでにXLサイズも試してみる。うん、こっちでもよさそうだ。
少しだけ悩んだけど、「大きい方が空気がたくさん通過して涼しいかも」という結論に達したボクは、XLサイズのポロシャツを買ってお店を出た。
翌日の朝。
昨日買ったばかりのポロシャツを着て鏡の前で確かめてみる。
「う~ん、ちょっと大きすぎたかも・・・」
空気が抜ける余裕はたくさんあるのだけど、お尻まで隠れるくらい着丈が長い。
「でもまあ、何度か洗うと縮むでしょう」
ボクは短パンとスニーカーを履いて家を出た。
お日様が眩しいから日陰の道を歩いていく。
最近、ボクの近所では工事中の家が多い。
ドドドドド
ガガガガガ
ショベルカーで解体している家があり、
トントントン
カンカンカン
木材を木槌で組み上げている家もある。
ミーン ミン ミン ミン
ジリ ジリ ジリ
雑草が伸びまくっている空き地もあるし
スパーッ
ふーっ
大工さんが休んでいる資材置き場もある。
工事中のエリアはボクの家から離れているから特に気にすることはない。
ボクは気にしないんだけど、野生の彼らは、とっても敏感になっている。
こないだまで黒猫さんのテリトリーだった空き地には、3階建ての住宅が建築中。テリトリーを奪われた黒猫さんは、雑草の伸び切った別の空き地の木陰で休んでいる。
ボクが空き地を通り過ぎようとすると、いつも興味なさそうな顔で無視されるんだけど、今日は違った。
「ん? オマエ、もしかして、俺サマのごはんなのか?」
黒猫の鋭い視線がボクを威嚇する。
もちろんボクにはネコの言葉は分からない。だからこの会話は想像でしかない。
「オマエの色、なにかに似てるよな」
「オイ、ちょっと待ってろ」
「こら、戻ってこーい」
にゃーにゃー言ってる黒猫に構うことなくボクは空き地を通り過ぎた。
スーパーマーケットに着いたボクは、駐車場に停めてある移動式販売車のお店のメニューを確認している。車の横に出してある三角の形をした黒板メニュー。カフェでよく見かけるオシャレなやつ。
こないだは抹茶ソフトを食べたから、今日はいちご味にしようかな。
「あら、こんにちは」
店員のお姉さんが声をかけてくれた。
「あ、こんにちわ、です・・・」
ボクは急に話しかけられてのでドキドキしてきたぞ。
「今日も来てくれたんですね。ありがとうこざいます」
「いえ、たまたま、なんですよ・・・」
「そっか。でもありがとう。今日は何にするの?」
「えっと、いちご味にしようかなって思ってます」
「いいわよ。じゃあ、少し待っててね」
お姉さんは透明のタッパーの中からコーンをひとつ取り出すと、ソフトクリームマシーンのハンドルを操作していく。最初はまっすぐ、じょじょにくるくると回転させながらコーンの上にソフトクリームを盛り付けていく。
プルンっと、てっぺんを「し」の文字みたいに整えると、最後に凍ったイチゴを白とピンクのソフトクリームにトッピングしてくれた。
「はい、どうぞ」
「どうもありがとう」
ボクはソフトクリームを受け取りながらお姉さんにお願いする。
「あの、今日こそは、お代を受け取ってほしいんだけど・・・」
「いやよ。ちゃんとツケてるから気にしないでちょうだい」
「でも、いつもタダ食いしてるみたいで落ち着かないんだよ」
「だーめ。あなたはわたしのお気に入りだから」
「そういうの、ボクはよくわからないんだよ」
「いいの。そこがあたなの魅力でもあるから」
「でも・・・」
「その話はいいから。クリームが溶けちゃう前に食べてくれない?」
「あ、はい。じゃあ、いただきます」
「どうぞ、めしあがれ」
ボクは駐車場の片隅でいちご味のソフトクリームを食べている。日差しが届かないこの場所は、お年寄りや夏休み中の小学生たちの溜まり場になっている。
ボクがソフトクリームを食べていると、いつも子供たちのひそひそ声が聞こえる。
「おい、おまえ見えたか?」
「いや、今日も見えなかったよ」
「だよな。あのお兄さん、どこからソフトクリームを取り出したんだ?」
「たぶんきっと、名のある手品師なんだよ」
「お、おれ、弟子入りしようかな・・・」
「やめとけって。きっと、危ないひとだぜ」
視力の衰えてきているお年寄りには、ボクの動きが見えてないみたい。
生命力の溢れている子供たちにも全体像は把握できていないのだろう。
駐車場の暗闇でボクはソフトクリームを食べている。
毎年この季節になるとやってくる、移動式販売の車が見えるひとは、ほとんどいないみたいだ。
「ねえ、そのポロシャツ、とっても似合ってるわよ」
お店のお姉さんが褒めてくれた。
「ありがとう。そう言ってくれると、ボクは嬉しいよ」
ソフトクリームを食べ終えたボクは、子供たちの熱い視線を浴びながら散歩を続けた。
おしまい