【おはなし】 火の国のガラクタ
汽車に乗り込んだサンカクは、窓際の席に座り外の景色をぼんやりと眺めながら時間を過ごしている。
乗客たちはというと、火の国へ資材を届ける男たちが目立っている。土の国から木材や山菜が運ばれ、水の国からは川の湧き水や葡萄酒が運ばれている。
火の国にあるレストランに運ばれていくこれらの食材たちと一緒にサンカクは少しの間移動することになる。
水の国から葡萄酒を運んでいるたくましい肉体をした男性がサンカクを見つけて話しかけてきた。
「サンカクさんじゃねえか。あんたも腹を空かせてカーニバルに参加するってくちかい?」
「カーニバルだって? どっかで聞いたことある気がするな」
「おいおい、サンカクさん。あんたまだボケちまうには早すぎるぜ」
「火の国で祭りごとでもあるのかい?」
「そうじゃねえよ。カーニバルっていうのは、料理人を目指している若い連中が腕を競い合う食の大会だよ」
「ああ、むかしに何度か足を運んだ記憶があるわい」
「なんだ、カーニバル目的で汽車に乗ってるんじゃないのか」
「ああ、わしはボイラーの点検をするために向かってるんじゃよ」
「でもまあ、せっかくなんだし、カーニバルに足を運んでみるのもわるくないんじゃないか。若い連中の熱意を吸収するのもいいもんだぜ」
「でもわしにはこいつがあるからのぉ」
サンカクはズックの中からカチカチのパンを取り出して男に見せた。
「サンカクさん、あんた相変わらず食に興味がないんだな」
「これさえあれば、わしには何もいらんよ」
「葡萄酒も振る舞われるらしいぜ」
「そいつを先に言わんか。どれ、ちと立ち寄ってみるかのぉ」
「そおこなくっちゃ」
目の前に突然現れた男が食べ物の話に夢中になっているのをサンカクはふんふんと適度にあいづちを打ちながら頭の中では違うことを考えている。
(昼間っから葡萄酒を飲んでゴロゴロするのはサイコーにハッピーなことなんだが、わしは大切なことを忘れている気がするぞい。まっ、酔っ払ったはずみに思い出すかもしれんしな。しっかしなんで目の前の男は食べ物の話にこれほど夢中になれるんじゃろ。くちのなかで噛んで胃の中に入ってしまえばぜんぶ同じようなぐちゃぐちゃじゃないか。それをいうと葡萄酒の方が噛む手間が省けるし気持ちよくもなれるし優れていると思うんじゃがな)
目の前の男はカーニバルで何を食べるかという個人的な話をひとしきり終えてしまうと、仲間たちが座っている座席へと帰って行った。
サンカクは静かになった自分のちいさな空間の中で移りゆく景色を眺めながら、揺れる汽車の振動に身を委ねた。
火の国に到着したのは午後1時を過ぎていた。そのため働き盛りの男たちはランチタイムを終えてそれぞれの持ち場へ戻りレストランは空いていた。
「おや、サンカクさんじゃないかい」
店の中に入ったサンカクを主人の女性が歓迎してくれた。
「ひっさしぶりだねえ。めずらしく腹を空かせて食事にきてくれたのかい?」
「おお、久方ぶりじゃったか。いやいや、腹は空かせておらんのじゃよ」
「そうかい、相変わらずだねえ。して、今日はどんな要件なんだい?」
「ボイラーの調子がそろそろ悪くなる頃かと思ってね、点検にきたわけじゃよ」
「そりゃあ助かるよ。今んところ異常はないみたいだけど、あたしには内部構造まではよく分かんないからねえ。今すぐに見てくれるのかい? それとも少し休んでからにするかい?」
「汽車の中でぼーっとしたから作業の後に休ませてもらおうかの」
「わかった。じゃあ、案内するよ」
主人の女性に連れられてサンカクは店内を歩いていく。客席を通り過ぎキッチンへと通じる入り口を素通りし、裏口から店の外に向かう。
テーブル席には数組のお客が食事を楽しんでいるのが見えた。誰もせかせかと急いで食事をしているものはいない。ゆったりとした時間が流れている。
キッチンの中では若い見習いコックたちの作業をチラリと観察した。包丁を使ってじゃがいもの皮をむいている者、お客の使ったお皿を洗っている者、巨大な冷蔵庫から食材を集めている者の姿が見えた。
裏口から外に出ると、無機質な建物から大自然の中に放り込まれたような感覚にサンカクはとらわれている。
「ボイラーはこれさ」
主人が自分の身長よりも高さのある装置を指差した。
「あたしにはなにがどうなっているのかさっぱり分かんないんでね。サンカクさん、あんたにいつも通りお任せするからよろしく頼むよ。なにか必要な物があったら教えておくれ」
「ああ、営業中にすまんねえ。料理人とお客さんのジャマにならんように気をつけるよ」
「なんにも心配してないよ。終わったらうまいコーヒーでも飲んでっておくれよ」
「そいつはご機嫌じゃのお」
「じゃあ、よろしく頼んだよ」
主人は店の裏口から中へと戻って行った。
火の国のレストランは島の山頂部分に位置しているため、太陽に最も近い場所となっている。この場所から見える景色は立派な観光資源になりうるのだが、島の外の世界から誰も入ってくる者がいないため、その価値は火の国の者でさえ気づいていない。
しかもレストランの裏口には、りんごの芯や、きゅうりのヘタが乱雑に放り投げられて化石になっている。持ち手の外れたフライパンや、足の高さが変わってきた木の椅子なども乱雑に放置されている。
ノーマルな者にはただのゴミ置き場に見えるのだが、サンカクには好奇心をそそられる絶景ポイントに見えている。
「このフライパンは持ち手が外れているだけじゃなく、しばらく放置していたからサビ付いてもいるわな。もっとサビが広がってきたら、なにかの部品として使えるかもしれん」
いくつかの廃材を手に取っては、サンカクの頭の中でレシピが組み立てられていく。今はまだ完成図が見えないけれど、サンカクにはいずれどこかのタイミングで何かに役立てられそうな部品に見えている。
レストランのおかみはザックリとした性格のため細かいことは気にしない。料理に関しては細かくチェックをするのだけど、痛み始めてきた道具に関しては修理をしてまで使おうとは考えていない。
修理をするくらいだったら新しいフライパンを使いたい。
おかみの関心事はうまい料理を作ること。それをサポートしている道具も大事ではあるけど、それほど大切ではない。かといって、日頃から乱雑に使われているわけではないのがサンカクにはひとめでわかる。愛情を持って使われていた道具たちだからこそ、なにかに役出てたいとサンカクの修理屋根性がトキメキはじめた。
トン トン トン
ガン ガン ガン
サンカクがボイラーを点検していくと、ボイラーもまたサンカクを点検する。
ブッシュー プッシュー
ゴボー コッポッポッポー
点検するもの、されるもの。
お互いが混じり合うと、冷たい熱が生まれる。
トン ポコ ポン
プルッシュー クルッシュー
巨大生命体の鳴き声から小動物の鳴き声へと、サンカクとボイラーの振動数は穏やかに低下していき、やがて音がやんだ。
「さてと、こいつでしばらくは大丈夫だ」
修理を終えたサンカクは、サビついたフライパンをひとつ乱雑にズックの中に入れると山を降り始めた。
お店の中で熱いコーヒーを飲むことも、カーニバルで冷えた葡萄酒を飲むこともすっかりと忘れて、子供たちが暮らしている土の国へと向かって行った。
どこかにつづくよ(おやすみなさい)