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短編小説 | メガネ👓️朝帰り

 一滴も私は酒を飲むことが出来なかった。ただその光景を目の当たりにしていただけだった。

 ご主人様は帰宅するや否や、布団に身を投げて寝てしまった。私を外すことさえ忘れて。

 ご主人様のいびきがガンガン私の体を震わせる。壊れてしまいそうだ。

「やってられるか!」
私は、開けっぱなしの窓から飛び出した。


 ご主人様から離れ、単独行動をとるのは何年ぶりのことだろう?
 いつも職責をまっとうすることだけを考えて生きてきた。自分の存在意義はご主人様の目と一体になることだけだと、かたく信じていたからだ。しかし、私にだって私固有の人生があるに違いない。

 家を飛び出した私は、ご主人様のように酒に酔いたいと思った。

「とりあえず、ハイボールひとつ」

 そのとき、私は気がついてしまった。私にはグラスをつかむ手もなければ、飲むべき口もないではないか!

 仕方がないから、私はグラスの中に飛び込んで、全身からアルコールを吸収することにした。しかし、私はそこで、そのまま酔いつぶれて寝てしまった。気が付くともう既に日がのぼっていた。


「マスター、オレのメガネ見なかったかい?どうやらここに置き忘れてしまったようなのだが… …」

「あ、このメガネですよね。お客様が昨日の夜、『このグラスに浸しておいてくれ!』とおっしゃったものですから。そのままにしてありますよ」

「昨日は酔っていたからね。そんなことを言ったかもしれねぇな」

 私はびしょ濡れになった体をご主人様に拭ってもらった。そして、ハンカチにくるまれて、ご主人様の手のひらに包まれた。

「今日はこのメガネ、使えねぇな」


 いま私は、ご主人様の部屋の片隅で二日酔いに苦しんでいる。
 ご主人様は、私を部屋に置きざりにして、どこかへ出掛けてしまった。別のメガネ仲間とともに。
 


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