短編小説 | ネックレス
むかし、むかしの話である。私が女子高生だった頃の話。
(1)
「あの、マキさん、お願いがあるんですけど。マキさんのネックレスを1日だけ貸してもらえないでしょうか?」
「ネックレス?別にいいけど。でもJKのユキちゃんが身につけるとは。さては、彼氏ができたのかな?」
マキさんはとてもきれいで、私がとても尊敬しているお姉さんだ。
「はい、そんな感じです。今度の土曜日、ひとつ上の先輩とデートすることになって。胸元が寂しいから、ネックレスでもしていこうかなと思って」
「はじめてのデートかぁ。いいねぇ。青春だね。いいよ、一番お気に入りのダイヤのネックレスを貸してあげる。でも、絶対に失くさないでね。すごーく高いから」
「本当ですか?大切に使います。ありがとうございます」
(2)
土曜日になった。
「ユキ、そのネックレスいいね。お母さんに買ってもらったの?」
「借りたものです。可愛いですよね。これ、ダイヤモンドです。近くに住むOLのお姉さんから借りたんです」
「もう7時かぁ。あっという間だったね、ユキ。そろそろ帰らなくちゃね」
一緒に映画を見に行って、カフェでコーヒーを飲むという、なんとも平凡なデートだったが、はじめてのデートという高揚感で、胸がいっぱいだった。
「先輩。今日はとても楽しかったです。ありがとうございます。そろそろ帰らなくちゃ」
「じゃあ、また」
「はい、さようなら」
(3)
なんか夢のような1日だったなぁ。アキラ先輩、メチャクチャかっこ良かったなぁ。最後、「じゃあ、また」って言ってたよね。「また」って。今度はどこに行くのかな。
家に帰って来てからも、ユキは夢心地だった。
しかし、風呂に入ろうとしたとき、ネックレスが失くなっていることに気がついた。外した記憶はない。どこかに落としてしまったか?
入浴後、一応、今日使ったカバンの中身を確認してみた。やはり、ネックレスは入っていない。映画館に問い合わせようか?
あ、ダメだ。たぶんもう閉まってる。どうしよう?。マキさんにはちゃんと伝えなくちゃなぁ。いや、やっぱり言えない。マキさんのお気に入りで、すごく高いって言ってたから。
(4)
私はネックレスを失くしてしまったことをマキさんに「伝えなくては」と思いつつ、言えずに悩んでいた。ずっと隠しておくつもりはなかったが、アキラ先輩に先に言っておこうと思った。
アキラ先輩の下校時間は把握していた。校門の前で待っていた。
「先輩。少しお話があるんですけど」
「ユキ。この前はどうも。お話って?」
「この前、私、ネックレスつけていたでしょう。でも、失くしてしまったみたいなんです」
「えっ?本当に?あのダイヤの。映画を見たあとは確かにつけてたと思う。帰りは暗かったから、気がつかなかった。カフェで落としたのかな?」
「どうしよう、先輩。なんてマキさんに謝ったらいいだろう?」
「ユキ。わかった。とりあえず、見つかるまで少しの間、そのお姉さんに、『しばらく貸してください』と言っておいて。その間、オレは、万が一見つからなかった時のためにバイトする。弁償するために」
「そんな迷惑はかけられません。私、やっぱり、マキさんにすぐに謝りに行きます」
「ちょっと待って。もう一回よく探してみよう」
(5)
結局、先輩と一緒に1週間探してみたが、ネックレスは見つからなかった。
遅くなってしまったが、マキさんに謝りに行くことにした。
一人で謝りに行くつもりだったが、アキラ先輩も一緒に謝ってくれることになった。断ったのだが、少しでも弁償したいと、お年玉の残りとバイトで稼いだ3万円を封筒に入れて。
「マキさん、本当にごめんなさい。マキさんの大切なダイヤのネックレスを失くしてしまいました」
「オレからも謝ります。足りないですけど、これはせめてもの気持ちです」
マキさんは無言で聞いていたが、突然笑い出した。
「あれ、高かったからなぁ。悪いけど、3万じゃ、足りないかなぁ~」
しばらく、間を置いたあと、マキさんは続けた。
「なーんてのは、ウソ。あのネックレスね、ただのイミテーション。2000円の。こっちこそ、ユキちゃんにウソついちゃってゴメンね」
「そうだったんですか。でも、失くしてしまったので、弁償します」アキラ先輩が言った。
「気にしないで。アキラ君のそのお金は、ユキちゃんに使ってあげてね。気にしないでね。青春真っ只中の、高校生諸君よ!!」
(6)
あれから何十年も経った。
当時マキさんは、ネックレスはただのイミテーションだと言ったけれど、あれはやっぱり本物のダイヤだったんじゃないだろうか?
今になって、私はダイヤだったと確信している。私たちに気をつかって、イミテーションだなんて嘘をついたのだろう。
(7)
昨日、風の噂で、マキさんが亡くなったことを知った。今となっては、ダイヤモンドだったのか、イミテーションだったのか、知る由もない。
「マキさん、あのネックレスは本物のダイヤモンドですよね?今も返せずに、本当にゴメンなさい」
おしまい
*モーパッサンの『首飾り』という短編小説をモチーフにして書いてみました。
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします