人づきあいを技術的に考える
この記事は、コミュニケーションに関するものです。
普段から何気なく人と会話しているが、そこには、コミュニケーションを説明するための「理論」がある。その仕組みさえわかれば、人間関係の悩みやコミュニケーションの問題を解決できる可能性がある。
心理学者がコミュニケーションについて考えてみる
私たちは、相手とコミュニケーションを取る時に、相手の反応を見たり、自分の気持ちを伝えたりしている。
コミュニケーションではお互いに何かしらの反応をしている。この反応のやりとりが「コミュニケーション」である。
コミュニケーションには、少なくとも2人の人間が存在する。
相手と「上手に」コミュニケーションするためには、一定の技術(スキル)が必要になってくる。ポイントは、「上手に」という部分に技術的な要素が求められるということだ。
コミュニケーションを技術論で捉える
コミュニケーションを技術論で捉える考え方が、「ソーシャルスキル」という概念である。ここでの「ソーシャル」とは、人づきあい(人間関係)を意味し、「スキル」とは、技術(技能)を意味する。
つまり、ソーシャルスキルとは,「人づきあいの技術」と言える。
ソーシャルスキルでコミュニケーションを捉えるということは、相手とのコミュニケーションについて、上手 or 下手が基準になる。つまり、コミュニケーションが下手だとしても、練習すれば上手になれるということである。
ソーシャルスキルは、学習によって身につけた技術であることから、コミュニケーションは練習次第で上達するのだ。
これって、「希望」だと思う。
例えば、ある人が抱えているコミュニケーションの問題を、「性格」や「遺伝」といった、生得的なものを原因だと考えてしまうと、当人のコミュニケーションは改善されず,生きづらさが残るだろう。しかも、その人のコミュニケーションの問題が性格や遺伝が原因だと診断できても、その解決策を提示したことにはならない。
しかし、ソーシャルスキルという考え方を身につければ、コミュニケーションの問題を技術論で解決することができる。
ここまでの話を整理すると、「ソーシャルスキル」という概念で、コミュニケーションを捉えるメリットは、下記のように考えられる。
良好なコミュニケーションは、ソーシャルスキルによって成り立っている。
ソーシャルスキルは学習によって身につけた対人技術であり、練習によって改善することができる。
したがって、コミュニケーションは、練習によって上達できる。
ソーシャルスキルについて
ここからは学術的な知見に基づいて、ソーシャルスキルについて書いていく。内容は、学問的なものが多く、初学者向きであるため、興味のある方のみに読んでもらえると幸いである。
なお、ソーシャルスキルは、コミュニケーション・スキル、対人スキル、ライフスキル、ソフトスキルといった言い方で呼ばれることもある。この記事では、ソーシャルスキルという用語で統一する。
研究の歴史
ソーシャルスキルに関する研究は、1970年代以降に、臨床・発達心理学、社会心理学の領域で急速に進展してきた。
イギリス流とアメリカ流の特徴をざっくりとまとめると下記のような特徴がある。
【イギリス流の特徴】
社会心理学的アプローチ
理論中心
仲間からの評価、行動指標による評価
交友関係、対人魅力が課題
産業分野におけるトレーニング
トレーニングのプログラム化を好まない
【アメリカ流の特徴】
臨床心理学的、行動心理学的アプローチ
実践中心
自己報告による評価
主張性が課題
臨床分野におけるトレーニング
トレーニングのプログラム化を好む
筆者自身は、社会心理学的アプローチの立場をとることが多い。ちなみに、社会心理学の分野において、ソーシャルスキルは、他者との交友関係を成立させ、他者からの対人魅力の評価を向上させるための対人行動に関する技術として研究されてきた(田中・藤原, 1992)。つまり、ソーシャルスキルは、友達を作るため、自分の魅力を高めるために使われるというのが、社会心理学的アプローチである。
ソーシャルスキルの特徴
ソーシャルスキルには以下のような特徴がある。
ソーシャルスキルには、さまざまな具体的なスキルがある。例えば、傾聴スキルやアサーションスキルといったスキルである。この記事で、各スキルについて具体的に取り上げることは割愛するが、もし気になる人がいれば、下記の書籍を読んでもらいたい。
学術的な定義
「ソーシャルスキル」は、多くの要素を包含し、複雑な概念であることから、総体としての「ソーシャルスキル」を扱うと、研究という文脈においては、研究対象とするスキルが意味する内容を正確に示すことができないという問題が生じる。
ソーシャルスキルという概念は広く知られるようになってきた反面、安易に使われることも多くなってきたという指摘(相川,2009)がある。ソーシャルスキルを実証的に研究する場合、研究者自身は、研究対象のスキルを明確に定義し、そのスキルが意味する内容を着実に明らかにしていく姿勢が必要であるといえる。
ソーシャルスキルの定義は、研究者によって様々である。この理由は,ソーシャルスキルという概念が、社会心理学の分野だけではなく、ほかの心理学の分野や、産業領域、教育領域、福祉領域の現場でも取り上げられていて、実践応用に貢献しているからである。
研究者によって様々な定義がなされるが、ほとんどの定義は、「行動的側面の定義」と「能力的側面の定義」に大別できる。
行動的側面の定義の例では、「目的指向的で相互に関連があり、状況に適切であり、学習され、統制された一連の社会的行動」(Hargie et al., 1987)などがある。
能力的側面の定義の例では、「特定の社会的課題の適切な遂行を可能にする特定の能力」(Mcfall, 1982)などがある。
「行動的側面の定義」と「能力的側面の定義」は、一見すると別々の定義のように思えるが、これらの定義は相互に関連しあっている。つまり、「能力」は「行動」として現れ、その「行動」は「能力」の形成に寄与する。このように考えると、ソーシャルスキルという概念には、能力と行動との間に、「能力は行動を生み出し,行動は能力を高めることに寄与する」という関係性が含まれているといえる。
Trower(1982)は,ソーシャルスキルの「行動的側面」(social skills)が具体的な対人行動に関するレパートリーであり、ソーシャルスキルの「能力的側面」(social skill)が具体的な対人行動に関するレパートリーを生み出している能力であると捉えた。ここでの「行動」とは、個人が対人関係を円滑に開始し、維持するために、相手に効果的に反応する際に用いる言語的・非言語的な行動レパートリー(相川・佐藤・佐藤・高山, 1993)を指し、いくつかの言語的・非言語的な行動の要素が組み合わさって実行され、当人だけでなく相手にとっても利益を最大にする対人行動(Michelson, Sugai, Wood, & Kazdin, 1983高山・佐藤・佐藤・園田訳1987)を意味する。
理論モデル|ソーシャルスキル生起過程モデル
ソーシャルスキルには、様々な理論モデルがある。この記事では,Trower(1982)の捉え方を踏まえて、ソーシャルスキルの「行動的側面」と「能力的側面」の定義を包含し、「行動」と「能力」の両方を統合して、一連の「過程」として捉えた理論を紹介する。
ソーシャルスキルが実行されるまでの一連の過程を捉えた理論が、「ソーシャルスキル生起過程モデル」(相川,2009)である。ソーシャルスキル生起過程モデルは以下のようなモデルである。
このモデルでは、ソーシャルスキルを、「対人場面において、個人が相手の反応を解読し、それに応じて対人目標と対人反応を決定し、自己の感情を統制した上で、適切かつ効果的な対人反応を実行するまでの循環過程」と定義している。その上で、ソーシャルスキルを、認知から感情、そして行動までの一連の生起過程として捉えた理論である。
簡単に言えば、相手を理解した上で、自分が目標とする「相手との理想の関係」を築くために、状況に合った方法で、コミュニケーションを取るということである。
ソーシャルスキル生起過程モデルに基づくと、「相手の反応の解読」「対人目標と対人反応の決定」「感情の統制」「対人反応の実行」の各過程が仮定されている(相川,2013)。
(1)相手の反応の解読
相手の表情や仕草などの反応を読み解く過程である。
(2)対人目標と対人反応の決定
対人場面における対人反応を決定する過程である。
(3)感情の統制
対人場面で生じる肯定的および否定的な感情を調整する過程である。
(4)対人反応の実行
自分の対人目標を達成するために、対人反応を実行する過程である。対人反応の実行は、最初から的確にできるとは限らないため、「ソーシャルスキルトレーニング」(詳細は後述する)という発想が生まれる。
対人反応の実行は、「効果性」と「適切性」の基準から評価される。
効果性とは、対人反応を目標志向的に実行した結果、本人の対人目標が達成され、当人が望んだ関係になったかどうかを意味する。適切性とは、対人反応の実行方法が、その状況にふさわしいかどうかを意味する。適切性は、文化(国レベルから下位文化というより小さな集団)によって規定される。
ソーシャルスキル生起過程モデルにおいて、ソーシャルスキルには以下のような特徴があると言われている。
認知過程があって初めて,対人反応の実行が適切かつ効果的になる。
認知過程は,一方向に流れていくのではなく行き交いする。
対人反応は階層構造になっている。
各過程は,最初は意識的に行われるが,次第に自動化していく。
他者視点の「相手の反応」と,当人視点の「対人反応の実行」の2つのルートからフィードバックがある。
ソーシャルスキルの背後には,人間関係に関する体系化された知識として「社会的スキーマ」がある。
ソーシャルスキル生起過程モデルにおける「社会的スキーマ」とは?
社会的スキーマは、「人間関係に関する体系化された知識」を意味する。社会的スキーマがあるから、私たちは時と場面に合わせて行動できる。
社会的スキーマには以下の5種類がある。
(1)人スキーマ
他者の反応や特性,他者の行動目標についての知識であり,他者の反応を解釈するために役立つ知識である。
(2)自己スキーマ
自己についての知識であり,自分に関係する情報処理に役立つ知識である。
(3)役割スキーマ
社会的な役割やカテゴリーについての知識であり,特定の集団に対する判断やステレオタイプ的な認知をもたらす知識である。
(4)出来事スキーマ
ある社会的状況で生じる出来事についての知識のであり,出来事に関する情報処理が促進され,相手の反応を予測することに役立つ知識である。
(5)因果スキーマ
物事が生じた原因とその結果に関する認識の枠組みであり,原因や結果を推測するのに役立つ知識である。
ソーシャルスキルのアセスメント
ソーシャルスキルについて研究したり、ある人のソーシャルスキルをトレーニングしたりするためには、ソーシャルスキルを測定するための尺度(付録を参照)が必要である。
測定方法
ソーシャルスキルは、自己評定か他者評定で測定される。
具体的なアセスメント方法には、以下のようなものがある。
(1)自己評定
①自己評定尺度法
対象者自身に、自分のソーシャルスキルを評定させる方法
②自己監視法
対象者自身に、日常の出来事を日記風に記録させ、日常で実行したソーシャルスキルを測定する方法
(2)他者評定
①面接法
専門家や上司などが、測定の対象者と面談する方法
②行動観察法
対象者にとって自然な状況で、評定者が対象者の行動を観察する方法
③ロールプレイ法
実際の対人的問題を再現するよう工夫された模擬場面を設定し、その中で対象者に特定の役割を与えて、対人反応を実際にやってもらい、対象者のソーシャルスキルを測定する方法
④仲間評定法
対象者と同じカテゴリーに入り(学級の友達,職場の同僚など)、日常で接触しており、対象者について知っている人に、対象者のソーシャルスキルを測定させる方法
⑤関係者評定法
対象者とは別のカテゴリーに入り(子どもを対象とするなら、教師や親、職場の社員を対象とするなら、上司や部下、人事担当者など)、何らかの点で日常の接触がある人に、対象者のソーシャルスキルを測定させる方法
テストバッテリー
ソーシャルスキルという概念的特徴から考えると、自己評定尺度だけを用いて、対象者のソーシャルスキルを測定しただけでは不十分であるといえる。仮に、自己評定と他者評定の結果が違った場合、他者評価の結果を重視した方が良い場合もある。ソーシャルスキルは、相手に対して、適切に実行することで初めて意味を持ち、そのスキルによって相手が影響を受けた時に、「効果性」を発揮したことになるからだ。
したがって、各測定法の特徴を理解し、自己評定と他者評定の測定法を組み合わせて使用することが望まれる。特に、トレーニングや治療を目的とした場合は、自己評定と他者評定の組み合わせが重要になる。つまり、ソーシャルスキルをアセスメントする際は、「テストバッテリー」が重要である。
ソーシャルスキルのトレーニング
ソーシャルスキルは、学習によって身につけた概念であることから、トレーニングや教育ができる。いわば、「コミュニケーションの筋トレ」や「人間関係の訓練」である。
これらのトレーニング方法は、学術的には、「ソーシャルスキル・トレーニング」(Social Skills Training: 以下,SSTと表記する)や、「ソーシャルスキル教育」※(Social Skills Education: 以下,SSEと表記する)と呼ばれている(e.g., 渡辺, 2017)。
※ソーシャルスキル教育:学級内の生徒全体を対象にしたSSTによる心理教育
トレーニングの種類
SSTは、「個別SST」と「集団SST」の2種類に分けられる。
SSEは、下記の図で言うと、「集団SST」に分類される。
集団SSTには、個別SSTよりも効率的で利点がある。その利点とは、以下のような点である。
複数のモデル(お手本)を提示できる
リハーサル場面(学校など)を実践的に提供できる
メンバー(友人など)からもフィードバックをもらえる
般化を促す環境を提供できる
SSTの基本的な枠組みと手続きについては、相川(2009)で解説されている。その解説をもとに、SSTの基本的な枠組みと手続きについて以下に図示してみた。
上記の図にある「教示」「モデリング」「リハーサル」「フィードバック」の4つの方法で、ソーシャルスキルを鍛えることができる。
(1)教示
教示では、ソーシャルスキルに関する内容を教える
対人場面での具体的な振る舞い方を指示する
対人関係の中で機能している社会的ルールについて言及する
行動を改善するのに役立つ質問をする
(2)モデリング
モデリングでは、誰かのコミュニケーションの取り方を観察させる
ビデオなどを使って,学習させる
コミュニケーションが上手な人をモデルにする
(3)リハーサル
リハーサルでは、人間関係に関する知識を頭の中で反復したり,ある対人反応を実際に反復したりする
言語リハーサル:頭の中で知識を言語的に反復する方法
行動リハーサル:ある対人反応を実際に繰り返し練習する方法
(4)フィードバック
フィードバックでは、コミュニケーションの取り方が良ければ報酬を与え,良くなければ修正する。
トレーニングする際は…
傾聴スキルを例に説明する。
傾聴スキルは、初歩的なスキルの1つだと言われているが、相手の話を聴くというのは、意識してみると案外できていなかったり、難しかったりする。
例えば、この傾聴スキルに関して、人の話を聴くことが苦手な人がいる。
その人に対して、SSTを行う。
「傾聴スキル」は、先ほど説明した通り、「教示」「モデリング」「リハーサル」「フィードバック」の4つの方法で身につけることができる。
最初は表面的な「演技」でも問題ない。
聞き手として、相手の話を最後まで聴くことを実践してみると良い。
ただし、最初は「演技」で始めたことが、少しずつ「演技」ではなくなっていく変化が重要になる。
相手の話を最後まで聴いているうちに、次第に、話の途中で割り込みたいと思わなくなり、傾聴の姿勢が身につき、聴く姿勢や、会話での余裕が生まれてくる。
ソーシャルスキルとは、上記のように、自分の行動の変化を通じて、最終的に自分の内面を変えていく技術でもあるのだ。
SSTは、「人間関係を円滑にするための型」を教える方法だといえる。ただし、「型を叩き込んだ後、型から脱却することに重きを置くトレーニング法」なのだ。SSTでは、最終的に「般化」を目指すということに価値を置いている。これが、通常のマニュアルやハウツーとは異なる点である。
SSTの歴史的背景
SSTが発展してきた歴史的な背景について解説する。
後藤・大坊(2005)は、SSTが「アメリカ流」と「イギリス流」の2流派によって発展してきたと論じている。
【アメリカ流のSST】
精神医学や臨床心理学が背景にある
行動療法と融合することによって定着し、人々の対人不適応を改善するための治療法という位置づけで発展してきた
トレーニングするスキルは、主に「アサーション」に焦点を当てている
対人不安や非主張性の改善・克服が目的で行われてきた
【イギリス流のSST】
社会心理学が背景にある
Argyle(1967辻・中村1972訳)が、「運動スキル・モデル」に基づき、「ソーシャルスキル・モデル」を構築し、対人相互作用過程の中で、ソーシャルスキルを分析的に捉えようとする新たな視点を提供したことによって発展してきた
対象者は精神医学的な問題を抱えている者に限らず、老若男女である
対人関係を充実させることを目的とし、対人関係の親密化に重点を置いている
イギリス流のSSTがアメリカ流のSSTと異なる点は、ソーシャルスキルを行動的側面でのみ捉えるのではなく、「認知的側面」を取り入れて研究してきた点であると言える。
イギリス流のソーシャルスキルの考え方は、「他者とのコミュニケーションを円滑に行えるかどうか」という行動的側面だけで説明するのは不十分であると考えて、スキルを実行する前段階には,他者とのコミュニケーションにおいてどのような「対人目標」(動機)を持っているのか、ある社会的状況に対してどのように「認識」(解釈)するのか,当人の対人目標を達成するために、その社会的状況に適切な行動は何かを「判断」(翻訳)するといった,認知的側面の重要性を唱えたのである。このような視点は、臨床心理学における認知行動療法の興隆とも影響し合って、独創性に富んだ発想を生むことにつながった。
ソーシャルスキルに関する実証研究は、SSTの方法論を発展させた背景に、ソーシャルスキルの実態や構造を解明する新たなモデルを開発してきたと言える。そして、ソーシャルスキルに関するモデルを精緻化することは、SSTの方法論を改良することにつながり、改良されたSSTの介入プログラムの教育効果を実証することで、新たなモデルや方法論を構築することにつなげるという好循環な研究方法を創ってきたのだ。
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