【紫陽花と太陽・下】第五話 修学旅行4
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宴会場で、旅行先を京都に選んだ二年生の生徒たちがひしめくように座って食事をとろうとしていた。大人数での食事もまた、私にとっては慣れないことで不安をかき立てる。
目の前の盆には京都だからか和食が整然と並べられていた。
今日の献立は、白飯、豚しゃぶ盛り合わせ、紫蘇巻き白身魚フライ、茶碗蒸し、お吸い物、漬物、水菓子とものすごく豪華だ。ちらりと白飯の入っている蓋付き飯碗を覗くとかなりの量だった。
遼介なら食べても食べてもお腹が空くと普段言っているくらいだから、このような食事量は朝飯前、むしろ大喜びで食べるのだろう。私には量が多いような気がした。こういう時、彼がそばにいたら、白飯や肉を食べる前に取り分けて渡すことができるのに……。
「あずさ」
ふと顔を上げると剛と目が合った。
「大丈夫か」
「大丈夫だ」
剛が自分のおでこを指でトントンと突き、私に言った。
「眉間のシワがすげぇから、具合悪いのかと思った」
慌てて俯き顔を隠した。剛は口は悪いがとても優しい。今もきっと遼介の代わりに私の心配をしてくれていると分かった。
「すっごい豪華だね!」
「全部食べられないよ、ダイエットしてるし。これ、絶対女子高生向けのメニューじゃないよねぇ」
さくらたちの会話に、思わず微笑んだ。私は普通の女の子を生きている彼女たちが好きだ。話を聞いているだけで安心する。他の女の子と違って、さくらたちは人の悪口を言わないところが特に好きだ(目の前の食事量で文句は少し言ったが)。一人でいる時にじっと座って耳をすますと、クラスメイトの会話が自分の中に入ってくる。愚痴、文句の実に多いことか。勉強すること自体にすら不満を漏らす人もいる。ならなぜ高校に進学したのだろうか。
私は勉強が好きだ。
今こうやって課外活動をしたり、いつも座学をしたりできるのは、遼介とその家族がいるからだ。彼は自分のことも忙しいのに、私が高校に通えるように支えてくれ、進学についても応援してくれている。彼がいるから勉強できるのだ。
遼介が日々している細々としたことは決して当たり前のことではない。
縁の下の力持ち、という言葉のように、見えにくいところで光の当たらないところで、必要だから支えてくれているのだ。
離れているからこそたくさん気付くことがある。
私は、遼介が、大好きだ。
早く逢いたい……。
◇
「えっ⁉︎ 遼介くん、来るの⁉︎」
「シッ! 声がでけぇよ」
「マジで⁉︎ 情熱すごいね……‼︎」
俺はさくらと日向も巻き込んで、翔と一緒に旅館の階段下にいた。館の端の方の、誰も来なさそうな辺鄙な場所だ。
俺、翔、さくら、日向、そしてあずさは修学旅行で同じグループだった。当然、各日の移動や自由行動の時も、五人全員で行動することになる。
「奴が来れるのは、修学旅行最終日の午前。ここで俺たちは美術館に行く予定だったが」
と、ここで一度咳をする。
「あずさだけ、遼介とどっか行けるなら、行ってしまえと思ってる」
「かけおちだ」
「いや、ボイコットでしょ」
「サボりだろ」
皆口々に好きなように言う。学年トップの秀才が恋人とサボる。ひどい図式だ。
「遼介くんの希望なのー? 何考えてるか全然分かんない」
さくらが頭の後ろで手を組んで仰け反った。日向も同意する。
「あずさにサボらせようって考えてるのが、やっぱ変わってるよね」
俺は強めに咳払いをした。皆黙った。
「奴が何を考えているかは分からねぇ。自分の気持ち優先で後先考えずに行動するような奴でもねぇ。何か企みがあるはずだ」
「企みって?」
「知らねぇ」
「親友って言ってるくせに、何も分からないんじゃん」
俺はぐっと押し黙った。分からないが、遼介があずさを困らせようとする人間ではないことは、確かだ。
「俺はやってみてもいいよ。面白そうだし」
翔がのんびりと言った。
「美術館に、霞崎さん以外で行けば報告書は書けるでしょ? なら問題ないんじゃない?」
「もし先生にバレたら、あずさ説教されるんだよ?」
「まぁ、そうかもな」
「翔! バイトだって禁止だし、校則厳しい高校なの知ってるじゃん! あずさにもし迷惑がかかったらどうすんのよ! 真面目に考えてよ!」
「さくら……声が大きいよ」
大声を出したさくらを日向がたしなめた。翔はというと、ニヤニヤ笑っている。
「俺は、ただ、『あの』霞崎さんの彼氏がどんな人なのか、興味があるだけだよ」
俺はもう一度強く咳払いした。また皆黙った。結論を出そう。
「結論を出す。時間がねぇ。俺は奴の頼みは叶えてやりてぇ。そのためにお前たちに話をしたが……。協力してもいいし、しなくてもいい。任せる」
こういう風にまとめあげる場面が多いせいかよく俺はリーダーシップがあると評されてしまう。ごちゃごちゃ言うだけで収拾つかない状況がめんどくさいだけだから、つい口をだしてしまうだけなのに。
「あと大事なことは、あずさがこの旅行をどう思っているかってことだ。どうしても自分一人の力でやり遂げるっていうなら、遼介には邪魔するなって、伝える」
「ひっどいね。言い方キツくない?」
「奴なら分かってくれる」
「……」
「俺はますますその遼介って人に会ってみたいけどな」
「あずさがどう思っているか……」
さくらは憤慨し、翔は興味本位なスタンスで、日向はゆっくりと思いを巡らせる。
日向が小さく言った。
「あずさは、会いたがってるよ」
一斉に静かになった。
「写真、撮ってないの? って聞いたら撮ってないんだって。写真あったらさ、いない時も顔見れるじゃん。まぁ所詮写真だけどさ。
あずさは頑張ってるよ。あぁ、翔はいまいち分からない範囲かもしれないけどさ。あずさの今までのことを聞いた上で、今回の修学旅行はただの修学旅行じゃないって、思うんだよ。自分に自信を持てるようになるための、大事な五泊六日なんだよ。きっと。
京都に来て数日経ったけど、あずさは翠我くんと全然連絡取ってなさそうなんだよね。きっと遠慮してるんだろうけど。それか、あずさのことだから前もって『連絡しない』って言ってあるとか。仕事とこっちとじゃ生活スタイルが全然違うから、電話は難しいだろうなって思うしさ。
五十嵐くんはよく人に判断を任せるよね。最初はただ投げやりだなって思ってたけど、今の場合は、あずさに決めてもらおうとしてるってことなのかな」
日向が珍しく、淡々と話した。漫画やアニメが好きらしい日向は普段あまりしゃべらない。俺とは会話すらあまりしたことがない。でも頭の中ではこんなにもいろんなことを考えていたのか。
「さっき、五十嵐くんは、邪魔するなって伝えても分かってくれるって言ってたね」
「言ったよ」
「本当にそう思うの? 普通は怒るんじゃない? お前こそあずさに会いに行くのを邪魔するなって」
俺は微笑んだ。なぜなら確信があるからだ。
「奴は、遼介は、絶対に怒らない。俺には分かる」
「そうなんだ」
「たとえあずさに会えて、本人からサボることはできない、一緒に行けないと言われたとしたら、」
俺はニヤリと笑って言った。
「遼介は、会えて良かった、ありがとうって礼を言って、それで帰るよ。……そういう奴なんだよ」
皆が目を丸くして俺を見た。想像上の遼介でしかないが、そういう姿をありありと想像できてしまう自分が面白いと思った。
(つづく)
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