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私の人生を変えた饅頭の話

 大学生の頃、所属している研究室で百人規模の国際会議を主催することがあった。

 主催といえど、私含め先輩たちも、ペーペーの学生はオールイングリッシュでステージ発表するほどの力量は持ち合わせていない。代わりに任されていたのは裏方の仕事…研究者の皆さんが会議の合間に訪れる休憩会場にお菓子を置き、各人のオーダーに応じて飲み物を提供することだった。

 外国の方々の嗜好をよく分かっていなかった我々学生は、古今東西の日本のお菓子を甘い系からしょっぱい系までバランスよく調達した。それらを日本人の几帳面さをアピールするが如く仮設テーブルの上に綺麗に並べ、準備は万端。
「研究なんかよりよっぽどこっちの作業の方が向いてるわ」
などと思いながら、私はそわそわと会議の開始時間を待っていた。

***

 会議が始まって早々に、各お菓子に明らかな人気差があることが判明した。中でも飛ぶように売れていった(売ってないけど)のは、ご当地の有名土産・〇〇饅頭。この地域でしか手に入らないということを差し引いても、ふわふわした生地の中に上品な甘さの餡子が包まれていて、普通に美味しい。難しいことをあれこれ考えた後の脳味噌には、塩味より甘味が必要なのだろう。他のお菓子に比べてやや大きめのサイズ感も人気の要因に思えた。中にはお一人で二つ三つガバッと取っていってしまう方もいらっしゃり、私は予想外の海外ダイナミクスに震え慄いた。

 そうこうしているうちに、あっという間に〇〇饅頭は最後の一つになってしまった。


初日でここまではけてしまうとは。会議はあと二日ある。
「オー、ノー、ゼアイズノー〇〇マンジュ…」
饅頭がなくなっているのを見てガッカリする皆さんの顔が浮かび、冷や汗が出た。せっかく遠路はるばる日本までお越しになった皆さんを、饅頭不在のせいで失望させてはいけない…、走って買い足しに行くか?いやいや、この会議の開催費はどうなってるのか?当日になって買い足して良いのか?仮に良いとして、貰うのはレシート?領収書?領収書なら、誰の名前で??

世間知らずな私の頭には、一気に大量のはてなが浮かんだ。それは先輩たちも同じだったようで、
「とりあえず、先生に聞いてみないと…」
と言うばかりだった。

***

 「調子どう〜?」

狼狽している我々に声をかけてきたのは、私の主担のA先生だった。会議の話題が興味のないトピックに移ったので、フラッと抜け出してきたらしい(大学の先生って、本当こんな人しかいない)。

いずれにせよ、先生が来た!良かった!

支出の決定権を持つ大人の登場に、私は喜んだ。
「〇〇饅頭だけ人気がすごくて、もう無くなりそうなんです!」
慌てて報告すると、先生は目を見開き、独りぼっちになってしまった〇〇饅頭を鋭い眼光で射抜いた。
 そして、

「そうなの!?
じゃあ食べなきゃ!!」

と言うや否や、最後の〇〇饅頭をガッと掴み、その場でむしゃむしゃと食べ始めたのである!!!!!!!


呆然、愕然。
目の前で何が起こったのか、咄嗟に理解できなかった。

貴重な〇〇饅頭をを呑むように食べ終え、「ラスイチゲットだ〜ワーイ」と無邪気に喜んでいる先生の姿に、頭を殴られるような衝撃を受けた。

人気があるもの、皆が欲しいと思うものは、
人に譲らなければいけない。

それが当たり前だと思っていた。

我慢して、人に譲らなくて良いの?
自分の欲望を優先して、良いの?

皆が欲しいと思うものでも、自分も欲しければ自分が食べても、
良い……
のか……?。!?!?!


「えっ、でもお前は、ここに住んでるんだからいつでも食えるだろうが」
とか
「そもそもアンタもどっちかと言うと主催側だろ!ゲストのお菓子食べるなよ!」
とか、理性の声もぐちゃぐちゃに鳴り響く頭の中で、しかしはっきりと、

初めて私は、
自分の本当の気持ちに
気が付いた。


私だって、
〇〇饅頭食べたかった!!!!

***

 その後我々は(別の先生から)正式に追加のお駄賃をもらい、〇〇饅頭は無事補充された。おかげで(?)誰も糖分不足で悲しむことなく、無事会議は幕引きとなった。
「もう気にせず、俺らも食おー(笑)」
先輩たちと一緒に、私も一つ食べた。あの時の饅頭は、美味しかった。


***

 このエピソードは、私にとっては単なる笑い話ではなく(笑)、とても大切な思い出の一つです。今まで絶対的に信じていた価値観が些細なことで崩れるというのは、恐ろしいことでもあり、幸運なことでもあり。。



 なおこのA先生は、私の現夫です。(爆)

おわり。

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