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不器用な僕たちの始まりの歌

1..  こんなふうに

始めからノリノリでいこうか
それともジャズかボサノバで
洒落た演出をして迎えようか
決めかねているロングスカートを履いたyuuki

どちらかというと濃い方の
そう
コーヒー豆の色に近い
木材でしつらえられたお店には
オニオンスープの香りが漂う。

暗闇でも見たことの無いような真っ黒な背景に
あらゆる花びらが一同に舞い上がる
80号の画が掲げられて
店内に入って来る人の 目を奪う。

時間いっぱいまで考えて
最初のゲストを無音で迎えてしまったyuukiは
慌てて曲を奏でる
アコースティックで静かに弾いた曲は
J-POPだった
入り口で 降りかかる花びらの絵に目を見張るゲストを見た瞬間
思いついた曲

・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

「私たちは話しかけないし、ただ自由にしてもらおうね」
最初の挨拶を考えていたメンバーが決めたのはそれだけだった。
「こんにちは。どうぞ」
それだけね。

営業や勧誘は嫌いだけど
ゲストが入ってきたら 何か話しかけないといけないよな。

そういう疑問から決めたこと。

その代わり
動くのが好きなtakuは フラフープの輪を落とし その中で
自由に踊る。
yuukiの音楽にノって sayaはたまに歌う。


・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

2..  リーンの絵

「あんまり洒落すぎて来る人が、場違いじゃん俺ら
みたいにならないようにしないとな」
「んっなわけないね。鏡見てる?やばいよ」
「まじ?」
「お店がおしゃれすぎたって言うのはあるけどな」
ギリギリまでメニュー表と カードと食器を用意しながら
一日の流れを予想し合った。

「売れるかな」
「売れるよね」
「俺たちの目的はその先だからな」

・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

「こんにちは。どうぞ」
sayaが入り口付近で顔のパーツを動かす。
それを見てpがjのマスクのゴムを引っ張る
「剃っているよな」
「昨日剃った。ひげがあると結構蒸れるのナ。マスクの中」
「男を無精したからって女にはならないんだからな」

メンバーは来場者にワンドリンクを渡し歩く。
「これ、いいですね」
「初めまして。私も描いているんです」
若い人たちが来てくれて嬉しい。
久しぶりの会話だろう。

笑顔が絶えない。

・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪
企業の方来場
「好きな曲弾くって言ってきて」
「yuukiそういうの営業って言うんだよ。出来んじゃん」
「弾いてあげたいだけだよ」
「まじか」
そう言いながら案内しに行ったのはリーン

・・・♪
説明を聞きながら店内を一周した企業マンsは
偶然にも
「よもやま橋」という絵をレンタル契約してくれた。
「わお。」
「ありがとうございます!あのっ
この絵の・・同じというか・・・」
「あっ、さっきあったね。同じ人だよね」
「はい。ペアーみたいな作品で・・」
「もしかして・・
君が描いたの?」
「はい。」
「そうなのか。すごいね。」
「ありがとうございます」

「この絵は橋の上で毎日のように四方山話をしている奥さん達がいて、あんまり長いことしゃべるので、八百万の神様が知らないうちにベンチを携えてくれたというストーリーです。そしてあちらの絵はやおよろずの神様の世界に架かる同じような橋で、神様達も四方山話をよくするのです。」

「ふんふん」
「するとそこにも、いつの間にか椅子が置かれたというお話です」
「あっちはやおよろずの世界・・・」
「はい。やおよろずの神様たちは、置いてもいないのにベンチが突然現れていて、自分たちは神様なのに、それを見ている神様がいるのかと、時折空を見上げては不思議がり、その疑問は解けないままだそうです」

・・・♪   ・・・♪

「君の寓話?」
「なんとなく」
「・・・面白いね」
「はい」

・・・♪   ・・・♪

「曲をプレゼントさせて頂きますので何がよろしいですか?」
「百恵ちゃんとか聞きたくなったな」
「喜んで」

・・・♪   ・・・♪・・・♪   
           ・・・♪・・・♪   ・・・♪

「プレイバックが来るとは思わなかったなあ~
ボクはさよならの向こう側とか 静かな曲が流れると思ったんだけどね」
sは笑いながら二枚の絵の発送伝票を書いて帰った。

八百万の世界の「やおよろず橋」
この世界の「よもやま橋」が
通信会社のロビーに飾られることになった。


・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

3..  パコの詩

絵の横には詩が添えられている物もある。
文才の無いことが自慢の パコの作品だ。

例えばpの描いたストリートの子ども達の絵には
「この絵がやばいところは私たちの日常をがんばってみたいにいっていないところ。優しいとかちっとも感じていなさそうなとこ。最悪感」

すごい褒め言葉だそう。

と思ったら
近くの大学の工学部の学生が持ち込んでくれた
高校生の時に描いたという絵には
「この切ない背中を向ける渡り鳥に同情してはならぬ。自分を重ね合わせてはならぬ。ただ同じ時に生きている。そう思うだけで良い」
なんて深そうな言葉を並べるのだ。

「解説をしたいわけではないよ。
けれど何かを書いてあった方が人はそれに反応するでしょ」

そのカードは半分が余白で
「あなたの思ったことを書きなさい。
この絵を見た感想はあなただけの物です」と言っている。

わかりやすいけれど
世の大人に受け入れられるかは不明。

「お金を持っているのは大人だから
そこに響かなかったらただの自己満足にしかならない」

「売れなかったら何も始まらない」

そのやり取りを何度したことか。
・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪


4..  sayaのメニュー

yuukiは10曲ほどギターを弾いた後
前もって吹き込んでおいた音源に切り替えると
3つだけ用意してあるテーブルの一席に座った。

店内を撮影していたpはさりげなくyuukiにレンズを向ける。

先ほど企業人sがリーンの大作をレンタルしてくれたのを最初に
1時間で4人が購入を決めてくれた。
集まっている30人ほどのゲストは
それぞれに壁面を眺めて目の奥をキラキラさせている。

好きな絵を探している人もいれば
手の届く物を探している人もいる。

写真を撮ったり
その絵から何かを盗もうとメモをする人もいる。

片手やポケットに
メニューを握りしめて。

その絵自体の価値だけではない

そこから発するオーラが

具現化していく。

MENU
price・・・・・3,000円~1,000,000円
金額内訳・・・50%アーティストへ
       50%目的資金(食べられない人の食料になります)
絵の価値・・・購入金額の50%になるか100%になるかは
       あなたの想い次第です。
レンタル・・・月に5000円
       事務所や会社のロビーをギャラリーにして下さい。
       絵の交換可能です。
コーヒー・・・・・100円
オニオンスープ・・100円

これを作ったのはsaya。

sayaは人前で歌う。
けれど自分で曲を作ろうとはしない。

前日までの準備では
このお店の3日間のレンタルや参加者との連絡。
イベントの告知を行ってきた。

いつでも何かを模倣しながら
完成度の高いフライヤーを作り上げる。

使わなくなったトートバックに
アクリルマーカーでさらっと手書きをし
それをコンビニで縮小コピーする。

キャンパス地の粗い目と
漂白されていないクリームな色が紙の上に乗り
味のあるメニューができた。

「変更することも考えられるから
メニューにはこだわりを持たないの」

もちろん作品とは思っていない。

「私は人のマネが好き」
と言う。

・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

来場者にはこのギャラリーの趣旨を充分に伝えてきた。

ただ絵を売る場所ではなくて

チャリティギャラリーであると言うことを。

               ・・・♪   ・・・♪

sayaは自分で曲をリクエストすることもなく

yuukiの出す音に合わせて口ずさむ。

    ・・・♪   ・・・♪   
    
・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

5..  taku & yuuki

ここに飾られている作品はランダムだ。
例えばリーンの作品で言うと
「やおよろずの橋」は入り口付近
「よもやま橋」は奥の壁に掛けてある。

作者を検索して見るのではなくて
絵の一つ一つと見つめ合って欲しい。

そういう空間配列を自由に操るのがtakuだ。

takuは体をひねり
              ・・・♪   
小さな輪の中でリズムを刻んでは
       ・・・♪   

天を仰ぐポーズをする。
                    ・・・♪

自分の世界に入ったらしばらくは出てこない。
例えそれがどれだけの人混みであっても。

   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

「隣に並べないように配置したいな」
それだけ言ってtakuは昨晩
1時間ほどで50枚の絵を飾った。

簡単なことだと言った。
前日は騒がしく準備をしていたのに
takuだけは静かだった。

  ・・・♪      ・・・♪   ・・・♪

yuukiはカフェエプロンを身に着けたいと言って
ネットで注文していた。
念入りにマイクとスピーカーの相性を確認していたyuukiの元に
それが届いたのは夜7時。

丈が短かかった。

「なんだよこれ」
気に入らない顔をしてボヤクyuukiの足下からは
ピンクの地に卵焼きの柄のソックスが丸見えだった。

「靴下を黒にすれば気にならないわよ」

「俺はちらっと、こういう柄を見せたいんだよ」

「チラッと・・・ね」
リーンは言って笑った。

sayaはしばらく様子を見ていた。

yuukiはこのままでは明日来ない・・

そして言った。

「じゃあさ、ロングスカートを履いたら?」

・・・

・・・

・・・

「そうか。おれ、ロングスカートはきたい」
sayaは返事が分かっていたように慌てて家に取りに帰った。

「今日のうちに試しておかないと」

・・・・・・・・・・

①シフォン生地のステージ用のイブニング。赤100㎝丈。
②ブラウンのスエード生地に
70年代のカーテンを思わせる緑のブロック模様。
③すっごく大きな白い牡丹が描かれた巨大なスカーフ地の巻きスカート。
黒地。
④ニット素材のタイト。無地のブルー90㎝。

見繕ってきたのはどれもsayaの母親の物だった。
「ママは背が高いから、yuukiにちょうど良いと思う」

「かわいい。かわいくない。まあまあ。それなり」
パコが一瞬で全部の感想を言った。

yuukiは一枚ずつ着てみる。

上に着ているのは黒のスタンドカラーシャツ。明日もこれ。
どれもそれなりに似合ってしまい、最後は②と③で迷い
③を身につけることにした。

「これに明日は赤い靴下を履く」
みんなは無言で頷いた。

空間へのこだわりの強いtaku

それ以上に自分へのこだわりの強いyuuki

この2人なくしては出来ないし
この2人はそれで良いのだとみんなが思っている。      

 ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪   ・・・♪

sayaの母親のロングスカートを身につけたyuukiが
ギターを床に置きテーブルに座ってから
みんなの注目が集まるまでは
30分とかからなかった。

  ・・・♪    ・・・♪   ・・・♪

会場には1人で来ているおじさんがいた。

それに気がついたのは輪の中でdanceをしていたtaku。
彼は動きを止めずにおじさんを見つめる
おじさんはぐるりと壁を眺めて歩いた後に
1つの絵に見入っていた。

その後
後を振り返ると

yuukiの座っているテーブルに近づき その動きに
見入っているようだった。

えんぴつを持ったyuukiの手からは 音が響き渡る。
横に置いてあるのは 砂浜から海を眺めて立っている
髪の短い少女の写真。
yuukiは時折それを見つめ 一心に手を動かす。

シャカシャカシャカシャカ・・・♪シャカ・・・シャカ・・・♪シャカシャカザッザッ・・・シュクッシャ・・ザザッ・・♪

魚・貝殻・海星・海月・磯巾着・珊瑚・牡丹・向日葵・母親像・・
どうやら彼女の心に映っている物を描いているらしい。

瞬く間に広がる 架空の景色に ゲストは携帯を向けて静かになっていた。

sayaはさりげなく音量を下げて

pはyuukiの手元を撮影した。

シャカシャカ・・・♪シャカ・・・シャ
            クッシャ・・ザザッ・・♪

「ボクは君の絵を買うよ。
それに色を付けるかい?5000円でどうだい」

眼差しの沈黙を破っておじさんは言った。

yuukiは返事をしなかった。

takuはおじさんのそばに行くと小さな声で
「あれ、いいですよ。5000円で」
と言った。
「どれだ?」
「おじさんが見ていた絵。好きなんですよね」
「・・・・おー、大好きだ」
「じゃあ、買ってください。あんな値段でなくて良いんです」
「・・・だけどなあ。額に入ってると、
絵なんか買うなって怒られちまうから。今日はこれだけナ」

おじさんはyuukiの鉛筆画を指さす。

おじさんはyuukiが超絶こだわり人間とは知らない。
牡丹のスカートの下に赤い靴下をはいている姿から想像できないだろうか。

takuは気がついている。
おじさんは妥協でyuukiの絵を買おうとしていることを。
本当は、自分の描いた・・・

あの絵を気に入っている。

「じゃあ、出すんで。額から出すんで、買ってください」
「・・・・・・・」
おじさんは黙っていた。

takuも黙って見つめた。

しばらく
にらみ合いのような格好が続いた。

おじさんの目には涙が溜まってきた。
       ・・・♪    ・・・♪   

下に流れそうな一粒を隠すように拭うと
おじさんは言った。

「・・・・・・おう」
おじさんはポケットから5000円を出した。
「おじさん、絵が好きなんですね」
「好きだよ。ボクは絵しか出来ないからね」
「え?絵、描いているんですか?」
「昔ナ」
「それ、持ってきて下さいよ」
「いやあ、いっぱいあるよ。それはいっぱいある。
だけど、どれも売れるようなもんじゃねえ」
「そんなことないですよ。いや、分からないですけれど
一枚でも売れたら嬉しくないですか?」

「何を言っているんだよ。売れるに決まっているんだ。
俺が売らないと言っているんだ」

「あ~売れない。売りたくないんですね」
「そうだよ。俺の描いた物は俺自身だ。
こんな場所で売っちまうようなものじゃあない」

「美術館ですかね」
「まあな・・・・
100万円なら考えてやるよ」

「ここにもありますよ 100万の絵が2つ。
おじさんも出します?100万円で。」
「そ、そうか」

それは正面に飾られた「舞い上がる花びら」
それと、申し込みのあった参加者
台湾のデザイナーの描く抽象画だった。

「その絵をご覧になりますか?」
「大丈夫だ。いいんだよ。おじさんは弱視だから。」
「じゃあ、僕の絵をどうして・・・」
「・・・あれは良い色だ。おじさんは前のようには色が分からないけどな、自分の描いた絵がどう変化したのかはわかる。青い空が紫に見えて、黒は何重にも見える。そんな風なんだ。

「僕の絵は・・」
「赤が多い。はっきりと浮かび上がるところが好きだ」
「赤だけは変わらないんですか」
「深みを増したんだ。君の描いた赤よりも
もっと深くおじさんには感じとるぞ」

「もう一度ちゃんと見ますか?額から外す前に。」
「ちょっと散歩に行ってくるって出てきたんだ。早く帰らないと上さんに怒られちまう。ここがもっと遠くなら、おじさんはいくらでも手伝うんだけどな。近いとばれちまうんだよ」
そう言って振り返るともう一度テーブルに向かった。
そしてyuukiに
「君のえんぴつの音を聞いてひじょうに懐かしくなった。
また描きたくなった」
と言った。

「そうですね」
yuukiはやっとおじさんを見た。

takuは慌てて額縁を外した小さな絵を
おじさんに握らせた。

「おれの絵は売らねえ」
そう何度も言って
おじさんは帰っていった。
お腹の所に絵を抱えて。

みんなは頭を下げて見送った。

takuの絵は「サイボーグ」という題名の
ふくよかな女性が踊っている絵だった。

yuukiの鉛筆画は4枚展示されていて、どれも3万円の値を付けていた。yuukiはおじさんには売らない。

自分の価値は下げても 絵の価値は下げたくない。

そのこだわりは このチャリティーへの情熱だから。

その事をtakuはよく知っていた。

6..  おじさんとtaku

2日目の朝
音が波をかき分けて 空間を乱しているようだった。

昨日は準備にせわしないばかりで 
感じなかった町の静けさに
心を向ける。

よろめきながらハナミズキの枝を歩くカラスが
器用に枝を折って どこかに運んでいく。

yuukiは鳥のさえずりと調和する音量を探り

sayaは流れるギターの音色に応えるようにハミングする。


朝が大切だと言っているtakuが
飲んでいたコーヒーを静かに丸テーブルに置いた。

カチャ♪

開け放した扉から一番に入ってきたのは
昨日のおじさんだった。

オープン前だったのでゲストとは言えない早さだ。

おじさんは自分の絵を持っていた。
「これ、売って良いぞ」
sayaとtakuが近寄る。
「すげっ」

おじさんの絵は素晴らしかった。

ポップな色合いの空

赤や黄色に光った植物

パステルの陰を落とした2人の人物

言葉に形容しがたい
風景と人物が 逆転したような絵。

「人間が少し薄くなって 自然がパワーを持つ。
それくらいでちょうど良い そんな絵だ」

yuukiも寄ってきてしばらく見つめた。

いや ずっと見ていたいと思った。

         ・・・♪  ・・・♪  
おじさんはお店のメニューををヒラヒラさせながら言った。

「オニオンスープをもらおうか」

sayaとパコが寄っていき
おじさんが抱えてきた5枚の絵を
昨日売れた絵と入れ替え始めた。

その間に 映像担当のpが
スマホをおじさんに向けながら近より

「L.L.Beanのジャケットですか?カーキの色が最高っすね」
と言った。
「お、まだ良い色しているか?」
「はい。かっこいいっす」
「カーキってどんな色だ?」
「う~ん。若草色のちょっとくすんだ感じですかね」
「おお、そうだろう。おじさんはモスグリーンって言ってたんだけどな、
当時は珍しい色だったんだ。スウェーデンの軍服の色だ」

「そ、そうです。モスグリーン。その色です」
「そうか。よかった」
おじさんはしんなりと首を垂れて生地を触ると
「俺にはもう、川から這い上がってきたネズミの色にしか見えない」
と言った。

・・・

しんみりしてしまったおじさんに パコは絵を掛けながら言った。

「値段は・・100万円ですかあ?」

おじさんは声のする方を向いて
「おう。笑わせるな。5000円だ」
と言った。

「これ読んだらナ。まあ、そうだな。と思ってナ」
「メニューを理解してくれたんですね」
takuは体をくねらせながらおじさんとの距離を縮めた。
pはさりげなく距離を広げて撮影し続けた。

「字が見えないからナ。かみさんに読んでもらったんだ。
昨日君の絵を買った。その半分が君の作品代。
後の半分は困った人にお裾分けをする代金。だよな」
「そうです」
takuは頷きパコは喜んで
「おじさんナイス」
と言う。

「おじさんみたいにお金の少ない人でも誰かを助けられる。
昨日それがわかって嬉しかった。所持金は少なくても誰かを助けたい。
そういう気持ちはあるんだって人に、この絵を持って欲しいと思った。
以上」
みんなは驚いて、それぞれに視線を交わした。

なんとなく 自分たちのやっていることの手応えを感じた瞬間だった。

小躍りしたのはtakuだけではない。
動くことのすべてが苦手なパコも
独特の表現でスカートをヒラヒラさせて もう一度
「おじさんナイス」
と言った。

絵を掛け変え終えた頃にちょうど他のゲストも入ってきた。


・・・♪  ・・・♪  ・・・♪  ・・・♪  ・・・♪  ・・・♪  

7..  jの花びら

絵を掛け変え終えた頃にちょうど他のゲストも入ってきた。

「オニオンスープが美味しかったからまた来たの」
おじさんの描いた絵がさっそくゲストの関心を集めている中
女性が紙袋を持って入ってきた。
中には近くのパン屋さんのカラメルデニッシュが入っているようだ。
蜂が蜜を抱えてとろけているような香りが漂う。

「昨日も来てくれたんですね。ありがとうございます」
「盛況だったわね。喫茶店のつもりで過ごしちゃったんだけれど、帰りにもらったメニューを見たら驚いちゃってね。とりあえず今日はゆっくりさせて」

お店で配っているメニューはちょっと変わっている。

MENU
price・・・・・3,000円~1,000,000円
金額内訳・・・50%アーティストへ
       50%目的資金(食べられない人の食料になります)
絵の価値・・・購入金額の50%になるか100%になるかは
       あなたの想い次第です。
レンタル・・・月に5000円
       事務所や会社のロビーをギャラリーにして下さい。
       絵の交換可能です。
コーヒー・・・・・100円
オニオンスープ・・100円

女性はデニッシュを頬張って
1時間ほど「舞い上がる花びら」を眺めていた。

真っ黒な背景に
あらゆる花びらが一同に舞い上がる80号の画には
100万円の値札が付けてある。

ゲストの目を奪うのは
値札のおかげか
はたまた存在か

・・・・・・・

「値段を付けることの善し悪しはあるよな」

準備中に交わした会話だ。

けれど 自分たちが値段を聞かれてから金額を言い交渉していくなんて とても出来ることじゃないと思った。それにこれはjの超大作で どこまでも必要な これからの活動になくてはならない象徴だった。

・・・・・・・

早朝5枚の絵を持ってきたおじさんは
鉛筆を握って店内をうろうろしていたが
続々と入ってくるゲストが 自分の作品に興味を持って近づくのを見て
ソワソワしだした。

中でも空を泳ぐチンパンジーの絵が人気で 6人ほどが眺めていた。
おじさんが最初に見せた「アンチヒューマン」と言う題名の絵には
人と自然の逆転が さりげなく描かれているのに対して
「goチンパー」と言う名のそれは 色合いもタッチも迫力のある物だった。

・・・♪  ・・・♪・・・

オニオンスープを飲んだ女性はロングジレをひらりとさせて立ち上がると
カウンターでオニオンスープを作っていたpにカップを渡しに来た。

「美味しいわ。もう1回頂きます」
パンツのポケットから100円を取り出してカウンターに置く。
ブラウンのリネンシャツとセットアップで涼しげだ。

「それでね。私が買ってもいいんだけれど、それじゃあ・・・
ちょっとつまらないわよね」
pはスープをすくったばかりのお玉を落としそうになるくらい驚いて
「えっ?あの絵を?買えるんすか?」
と聞いていた。

女性は柔らかくカールした髪をひと撫ですると
「でも自分の家に飾るのがもったいないのよ。どこか、たくさんの人の目に触れるところがいいわよね」
と言って後を振り返り店内を見渡した。

なじみの良くなった音楽が 壁を伝ってゲストの体にまとわりついていた。yuukiが慎重にスピーカーを調節している。

「待っててください」
pはそう言うと慌てて人混みに入り jを連れてきた。

女性はすぐにあの絵の作者だとわかり
「私は麗子です。あなたは?」と聞いた。
「ジェイです」
カタカナで応えるj。
「あなた女性みたいね」
「よく言われます」

真顔で立つjの瞳は美しかった。
短パンから覗く がに股に骨張った足と しゃがれた声以外には男性的な要素がないくらいにjは色白で小綺麗な顔立ちをしていた。細く長い髪を後ろで束ねているが 小さなおでこの生え際から覗く産毛まで 女性ホルモンを感じさせた。

jは他にも数枚の絵を出していて 昨日のうちに全て売れていた。
そのことを聞くと麗子は
「みんな、あなたに会ってから絵を買っていった?」
と聞いた。
「そ、うですね。一応、挨拶はさせてもらいました」
「そう」
・・・・
「あなたに会った瞬間の、変わる感情を確認したんだけれど・・・」
「はあ」
「あ、小説でも音楽でも、作った人の顔を見ると感情が変わるじゃない」
jの表情が厳しくなった。
「ごめんね。でもそれってあると思うのよ」
「・・・・・・」
「どんな人の絵でも気に入れば買うわ。でも、
あなたに会わなければ、この絵は買わないかもしれないな」
「・・・・・・・」
「ごめんね。言っていることが矛盾しているかもしれないけれど
この絵は・・魅力的だけれど買うことを迷ってしまう」

言葉を出す気のないjの気持ちに寄り添ってpが質問をする。
「どうしてですか?」
「う~ん。なんか怖いのよ。いつの時代の人か分からないけれど
そばにずっといるみたい」
「わっホラー」
通りかかったパコが思わずはしゃぐ。

「花びらの色を毎日確認した方が良いわよ。勝手に変わるかも」
女性は二マッと笑って絵に会釈をした。

「あなたの情熱と、揺らぎがココに転写されているのね」
「・・・・・」
jの口は開かない。
「優しい花びら」
女性は左の指で線をなぞるように空(クウ)を撫でた。

「jさんの心の絵なのよ。独り占めすると怒りそう」
「誰が怒るんすか?」
「この絵がよ。だから買うのは止めるわ。ここはいつまで?」

「へえ~。この絵が売れたら3ヶ月は活動できたのに」
パコが気を持たせた大人への文句を言ったが pは
「適当な試算をするなよ。明日です」と言った。

「その後は?」
「・・・jの家に・・・帰ると思います」
「どこに飾って欲しいのか、この絵にちゃんと聞いた方がいいわよ。
闇雲に売らないこと」
「ちゃんと聞けと言われても」
pはjに視線を向けるが、jはもう背中を向けている。
「じゃあどこならいいんですか?」
パコがムキになって麗子に近寄る。
・・・・・
「そうね。。。。空とだったら。。。見合うかも」

桜・藤・シクラメン・クリスマスローズ・カサブランカ・カーネーション・薔薇・向日葵・キキョウ・アヤメ・マリーゴールドにハナミズキ。
春夏秋冬の花盛り。
現実には出会わないはずの花びらたちが一同に地上から暗黒の空へ舞い上がり、すれ違いざまに言葉を交わしている。

メンバーは神妙に顔を見合わせ

そして

「舞い上がる花びら」を見上げた。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・・

「ちょっと誰か手伝ってくれよお」
朝からいるおじさんは絵の説明に追われて パタパタと忙しそうだった。


8..  goチンパー

「ちょっと誰か手伝ってくれよ」
早朝自分の絵を持ってきて売りはじめたおじさんは
パタパタと説明に忙しそうだった。

どの絵も5000円。
若い人には厳しい額だろうか それぞれに交渉してくる。

「俺は100万円で売ろうとしていたんだぞっ」
おじさんは言う。
こそこそと笑い出すゲスト達。
「100万円とか」「まじか」
「それな」「それはない」
「それをお前らみたいな若造に譲ってやろうと5000円にしたって言うのに、ったく、値切ってくるなんて、お前らはバカか」

何故かその言葉に若者達は笑みをこぼしながら次を待つ。

「人の情けもほどほどだ。それ以上は安くしないぞ!」
おじさんは手を振りまわす。

特に人気がある「goチンパー」は
上空に真っ赤なチンパンジーが描かれていて
その陰は鳥の形になっている。

おじさんが言うには
「どこまでも逃げていける鳥が、いつか自分の好きな姿になれる様子だ」
そうで
「ああ~!この世界には逃げ場所が空しか無くなったあ~」と
天を仰いで独り芝居のように嘆いた。
この言い回しがゲストに受けるらしい。

「この絵を値切るなんておまえらはバカだ」

「何度も言うね」「クスクス」

「この絵を得ると言うことはな。物欲を満たすだけじゃなく、誰かをいっときでも救えるんだ。いっとき、そう、いっときだよ。一生は無理だ。それでもな、一度でも美味しいご飯をおごってやれるんだ。お前らだって美味しいご飯を食べたいだろう」

・・・・・・・・
おじさんの独り芝居横町を存分に楽しんだ後 数人が欲しいと手を挙げた。

「みんな本気か?」おじさんは言う。

だって値切っていた時よりも人数が増えたんだもの。

黒の超ワイドサテンパンツに白の高級Tシャツ。それに黒のロングシャカジャン。シルバーのアクセサリーをした若者が一歩前に出て
「じゃあさ、オークション形式にしようぜ」
と言った。手にもっていた分厚い財布を掲げて。

おじさんは慌てた。

「そんなのはダメだ。不公平じゃないか!
お前が100万に値段をつり上げるつもりだな。
俺はお前みたいな奴には売らないぞ!
金が物を言う世界はこの店の外だけにしてくれい」

黒い若者はニヤニヤと財布を開き
「買いますよおじさん」と言った。

おじさんはカウンターにメモ用紙を取りに来た。

「今時の若者で、遠慮しなでものを言うのがいるなんてなあ。
面倒になっても身を引かない珍しい連中だ。
俺の絵を家に飾りたいと思っている奴らが?あんなにいるなんて、、
、、、奇跡はあるんだなあ」

そう呟きながら
しばらく考え込むと
用紙に数本の線を引いた。

そして振り向いたとおもうが紙を振り上げた。

「ほら、あみだくじだ!」

♪♪♪♪ ♪♪  ♪♪ ♪♪♪  ♪♪♪♪   ♪♪  ♪♪♪      ♪♪   ♪♪


takuが周りをくねくねと踊る。
希望者の中には「やおよろずの橋」を描いたリーンも混ざっていた。

「私も今の自分に捕らわれずに、ここを逃げ出すわ」

jはそのやり取りを見るともなく眺めていた。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・・


9..  jの生き方

デデッデデン デッデデデーン デーン♪

おじさんが描いたチンパンジーの絵を誰が買うのか
デッデデデーン デーン♪ギターの音に合わせて
「あみだくじ」で決めている。
それを横目で見ながらjが呟いた。

「俺はあの絵に魂を込めたつもりはない」

jの描いた100万円の値を付けた「舞い上がるはなびら」
ベージュの女性がそれを「買えるけれどやめておくわ」
と言って帰った後だった。

「絵の意味なんてどうでも良い。さっさと売れればいいんだ」

jに気がついたyuukiがギターを持って立ち上がった。
生演奏が途切れたことに気がつかないほど
「あみだくじ」は盛り上がっていた。

yuukiがそばに近寄ると
「誰だっていいんだよ。買ってくれるなら」
とjは言った。
「俺はこの絵になんの執着もない」

「でも、あの人に売るのはやめた方がいい。でしょう?」
「それって絵に対する執着だよね。あのおっさんみたいに
うんちく言って何が楽しいんだ?」
「絵に対する想いを伝えたい人もいるよ」
「俺が描いたものなんて何のお役に立つ?
何者でもないやつの暴露本みたいで恥ずかしいわ」

・・・・・・・ ・・・・・
「あのー」
オックスフォードシャツにジーンズを合わせた男性が声をかけてきた。
2人が眉間にしわを寄せたまま男性を見ると
「よかったら僕の会社に飾らせてもらいたいなと思って」
と言って微笑んだ。

男性はヨシノと名乗った。
「ちょうど空に似合う絵を探していたんです」
いつからいたのかわからないけれど女性とのやり取りも聞いていたらしい。
「ぼくの会社は小さな玄関ですけど、そこに飾らせてもらいたいんです。いや、玄関の壁を計らないとか。入らないかなあ」
ヨシノはその巨大な絵を見上げながら手を上下に広げたりした。
買い取りは厳しいのでレンタルさせて欲しいと言うことだった。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

「会社の顔としては最高の絵です」
機内誌専門の広告会社だった。
「飛行機に関係した人が多く訪れますから、そう言う意味では、あの人の言っていた空に近いです」
「そこまで聞いていたのなら嫌なんて言えないわよね」
パコは物珍しそうに男性を眺めた。

「どうぞどうぞ。あんな事を言われた絵を玄関に飾ったら
悪いことが起こるかもしれないですよ」
jは自暴自棄になるとすぐに嫌なことを言う。せっかく自分の絵を気に入ってくれた人に対してそんなことを言うのはどうかと誰もが思うが 口にする者はいなかった。

「暗闇に花びらが描いてあるだけですよ。真っ青な空もない。あの変な女が空に似合うって言っただけじゃんか」
男性は気にもとめずに手続きを進めた。そして 気になる玄関の寸法を計って明日取りに来る事になった。
「もし明日、麗子さん?がここに来てやっぱり買うわって言っても、売らないで下さいね。なんとしてもこの絵を僕は自分の会社に飾ってみたいから」
「あなたには自分がありますか?この絵は空の絵じゃない」
jはしつこくて まるでケンカを売っているみたいだった。

・・・・   ・・・・    ・・・・・・

彼女との思い出。彼女に描いた絵。

jは彼女を大切にしていた。

幸せだった。

自分の描く絵も好きだった。

けれど自分の容姿が彼女に自信を無くさせた。

彼女は
「あなたは私より可愛く見える」
と言って去って行った。

「それがどういうことか俺には分からない」

男勝りで何を言っても動じない包容力のあるj。

恋愛には何が必要なんだ?

それからjは自分の容姿に悩み、内面のように図太い外観に産まれなかった自分を卑下しだした。

今は髪も伸ばしぱなしで更に女性らしい。いっその事 見た目通りの女になった方がいいと投げやりに過ごしているから。

だからなのか

あの頃の絵は描けない。

「足もつるつる顔は色白で化粧乗り抜群そうな肌。。
私が欲しいものは最初から持っているのに、なんと悩ましい状況」
jは決して同情される人物ではないはずなのに、どうしてこうなるのだろうと、パコは落胆を隠さない。

「jは一生アーティストだと思う。だとしたらもう描くことの出来ないあの絵は、本当にすごい価値のあるものに変貌を遂げるに違いない。同じ物を書き続けるのと同じくらいに凄いことだ」
パコはjに伝えたいわけでもないければ励ますつもりもないのだが
とにかく声が大きい。

店内には
  諦めの混じったsayaのハミングが静かに流れ
                    takaが踊り出す。

   ・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・  

「周りからの情報が悩みを生産する。
だったらいっそのこと1人で生きたい。けれど
人は独りでは生きられない。。。
ほら、誰かこれをテーマに絵を描きなさいよお」

詩を担当しているパコはいつもそんな風に言う。

「昇華して消化する。想いを出して、心も体もはい!(パチン)きれい」

手を叩いたり足踏みしながら続々とパコの詩は口から逃げ出す。

「仕方ないな」

yuukiはパコの言葉をメモすると鉛筆画を描き出した。

一部始終を観察しているゲストも

やり取りが気になって注目する。


・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・


「やりましたね」

誰かが言葉を向ける先では 黒のワイドパンツの若者が
「goチンパー」を壁から外して
「結局俺の物になる運命なんだあ!!」
と言った。

運の強さがあるとするならば、誰よりも目立って声を上げる人は最初から自分の強運を知って意識しているのだろうか。偶然でなければ彼が「あみだくじ」で当たりを引く確率は100%になる。それを必然と言えば誰もが納得するだろうか。先(ミライ)に得るものを彼自身が見つけてやってきたと言う説明の方が理解できる。そして周りにいる人はその絵を本当に得たい以上に、強運の手助けをしに、或いはそういう人を眺めたくて集まって来るのかもしれない。

運を引き寄せる<自分が強い場所を見つけていく

ワイドパンツの強運BOYは「goチンパー」のポストカードを作りたいとおじさんに言った。買えなかった人に売って自分も儲けたいと。
おじさんは快諾し
「今時手紙を書く奴なんて居ないんだからその発想はやめておけ」
と言った。

「じゃあ何が良いですかね?」

・・・・・・   
おじさんは数秒考え・・・・・・

「Tシャツかパーカーにしろ」
と言った。

「それとボトルだな。最近は水を入れて持ち歩くんだろう」

なかなか時代を読んでいる。

「150円のポストカードを売っても足しにならん」

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

10..  あなたの持っている歌を聴きたい

2日目が終わる頃
yuukiは少し残ってから帰ると言った。翌日は朝早く来られないかもしれないので鍵は大家さんに預けることにして。

他のメンバーは
盛り上がった今日を回想する間もないほど疲れていて
翌日の準備もほどほどに帰って行った。

・・・

3日目 朝。

yuukiがお店に行くとすでに扉が開いていた。

中にはsayaがいてマイクの前で歌っていた。

sayaは歌うのが大好きで大の苦手だ。

友達の前で歌えるようになったのが最近。
自分の声の良さに気がつき
歌が上手いことに気がつき
その後に
歌うのが好きだと意識しないまま
毎日歌っていたことに気がついた女性だ。

そんな歌手は山ほどいると思う。
自分から作品を生み出しておきながら
その手触りは自分では感じられない。

それが歌ではないだろうか。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・
「52枚も売れてる!」
パコが昨日外した絵の場所を数えて言った。

「初日が28だから・・・倍近くか」
takaがテーブルを拭きながら言った。

「goチンパー」を持ってきたおじさんの絵が5枚。
そしてパコの続々と生み出される詩に合わせて
メンバーが即興で描いた絵が 昨日は出来たそばから売れていった。

作品と言うには世の中に失礼だと思うほどの絵画達。

コピー用紙
menuの裏紙
喫茶店のナプキン
誰かのTシャツ
スニーカー
お店のマグカップ

様々な場所で息を吹き込まれたシルエットは
喜んで買ってくれたゲスト達の家に 連れて行かれた。

それらは額に入れてこそ価値が出そうな面白い絵ばかりだったが
「さすがに喫茶店のナプキンまで一緒に売れて行くとは」
「驚きだな」

路上ライブのような盛り上がりを見せた 瞬間を封じ込めた動画も
pによって配信される。

残りの絵画を見たところ
メンバーの絵はもうなかった。

「ここにいる人の絵はちゃんと売れていくのね」

残っているのは委託されていた30枚弱。

「人は人から物を買っている。
お金だけではなく・・・
想いのやり取りがある・・のか」

「うん・・・」

もちろん絵だけでも この世の中への愛や
情が 充分に伝わる。
気持ちのこもっている絵というのは それだけで 素晴らしい。

だけれど

昨日までの2日間で
このチャリティーに参加しているメンバーは
委託者もゲストも全員が 絵の販売は
闇雲に量産したものを やり取りすることではないと
肌で感じていた。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

「今日はこの委託された絵を売り切るのが私たちの使命ね」

「いない人の気持ちをいかに伝えるかだね」

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

sayaはいつになく緊張している。

昨日から自分が歌う時間を作ろうと考えていたようだった。

普段はyuukiの音楽がないと歌わないし
マイクを握ることを拒否しているのに
今日は違った。

自らスタンドマイクを用意して
まるで夜中じゅう歌っていたみたいな顔をして
か細く練習を重ねていた。

それはうた?

わからない。

メンバーは話している風を装って耳を傾ける。

「早く逢いたい。こうしている間にもお腹を空かせているよね。
もう少し辛抱して。。。なんて通じないか。
とにかく。。。生命の 生命の 生命の 太いところを信じて。
もう少し。。。待っていて。」

それはsayaの呟きだった。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・
「今日が終わったら明日にはそのお金で買い物に行って
snsで発表するんだよね」
一息つくとsayaは 仕込みをしているpのところへ寄って行き話しかけた。

「うん そうだね。まずは先日やった記者発表に来てくれた記者達に報告をするよ。それから、買い物をして・・・フードバンクに届ける」
長いこと炒めた大量のオニオンに水を注ぎながらpは応えた。
sayaは虚ろな目で鍋を見つめながら
「私も待っている人だったかもしれないんだもの」
と言った。

「一度だけね、もらったことがあるの。支援物資を。外国に住んでいたときにママとパパが別れちゃってね。ママは日本に帰らないって言って頑張っちゃって、ちょー貧困になった。お金は無いし、廊下が雨漏りのしている古いアパートは怖いし、私はこの国の人とは違う、日本人だって意識はもう芽生えているし、どうしようかと思ってた。その時にママと食品をもらいに行ったんだよね」

「あ~。sayaはアメリカ生まれだもんね。どこの州だっけ?」

カウンターにあるおしゃれな地球儀を回して指で示しながらsayaは続けた。
「もらった食品の中に、パパの勤めている食品メーカーの缶詰があってさ。あっ て思って私、思わず隠しちゃってね。なんでパパ来ないんだろうって。悲しくなってね。パパから直接もらっていた食品を巡り巡って受け取るなんて。」

「・・・・・そうだったんだね」

sayaは随分長いこと貧困生活を経験した。けれど物資をもらったのは、その1回限りだったと言う。母親の意地があったり、日本人の母子家庭への偏見があったり、人の世話にならないように自立しなければと女2人で必死だった。お腹が空いて学校に行けない時もあった。

「その時に友達が色んな物をくれた。私が頼んだつもりはないんだけれど、お菓子だったりサンドイッチだったり、洋服やアクセサリーまで・・・・・だからかな。私は同じ年頃の子が大変だったら耐えられない。きっと知らない人からは受け取れなくても、友達としてなら遠慮なく貰える事ってあると思う」

sayaはハイスクールを卒業すると留学という形で日本にやって来た。

「日本に来る方法をずっと探していたの。勉強をいっぱい頑張ったら必ず来られると思っていたよ。母親はアメリカが好きだって言うから置いてきちゃったけれどね。彼氏がいるみたいだから今は大丈夫」

大学では日本を知らない日本人としてちょっとした話題になった。

「saya 一言だけ言って良い?」

yuukiがギターを持ってsayaの近くでささやいた。

「saya 自然に歌い出せば良いんだよ。これから歌いますって宣言しなくても、そのままでいいよ。いつもみたいに」

sayaは長いこと そう yuukiが照れるくらいに長いことyuukiの顔を見つめて 目を潤ませると みるみる顔色を変えて笑顔になった。

「そうだね ありがとう」

こうして
人前で歌うのが恥ずかしいと言っていたsayaは
さりげなく歌い出した。

夏夜のマジック

あの頃のように

BGMになったつもりで3曲をさらりと歌い上げたsaya。

風を浴びているように気持ちよく目を開けると
全てのゲストが手を止めてsayaを見つめていた。
そしてsayaの耳にやっと届いたのは
たくさんの拍手の音だった。

sayaは慌ててしまった。
いつもなら逃げ出してyuukiの後ろに隠れるところだが
1つ息を吸うと 心に決めて 話をした。

「今日は来て下さってありがとうございます。このギャラリーはメニューをご覧いただいたとおり えっと その みんなで助け合いたいなって言う目的です。人生では助けられる時が必ずあって もし今 自分が助けてもらわなくても平気な時ならば 誰か そ そう 友達とかを 助けていたいって思います」

もう一度大きな拍手,゚.:。+゚,゚.:。+゚☆彡

「ここにあります絵は皆さんと同じ人達のシルエットです。心がこもった物ばかりです。ピンときた絵がありましたら えっと ぜひ 家に連れて帰って下さい。わ わたしは 絵は描けないけれど こんなすてきな場所に参加できて嬉しいですし 皆さんに会えて嬉しいです・・・・・・
・・・・・・
えっと あ そうだ。次の曲も ラブソングです。恋愛の曲 ですが 全ての人への ラブソングです」

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

Wherever you are(あなたがどこにいても)♪
I always make you smile
Wherever you are
I always by your side~~

♪心から愛するひと
心から愛しい人
この僕の愛の真ん中には
いつも君がいるから

ONE OK ROCKのWherever you areを歌うsaya。

優しさの塊が溶けて溢れ出す歌声は
誰の耳にも同じ幸福をもたらす。

誰の演出か
いつの間にか少し照明を落とした店内で
キラキラと輝くゲスト達の瞳は
心の灯火にしか見えなかった。

そして最後にsayaは言った。

「3日間のうちに参加して下さった皆さま どうもありがとうございます。
つたない表現ですが 感謝の気持ちで歌いました。
皆さまの心が 夢の中ではなくて 現実の世界で 動き出します」


・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・

最終話..  sayaの そして始まりの

sayaがメッセージを告げると大きな拍手がおこった。

外に漏れた喝采の音は 道行く人も店内に誘った。

何かあるのかと 開け放したドアから続々と
新たな来店客が入って来たのだ。

sayaは壁に残っている絵の作者 そう
その場にいない作者からのメッセージを1つずつ読んでいった。

ゲストはいちいちsayaの前に集まり神聖な面持ちで言葉を聞いた。

残っている絵は 次々に売れていった。

余波は波長となり
まるで寄せては返す波打ち際のように
人の出入りが止まなかった。

 ・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・
「よかったです。ステキでした」

余韻をまといながら近づいてきたのは 昨日
花びらの絵のレンタルを申し込んだ
機内雑誌の広告を作っているヨシノだった。

「外の景色が止まっているみたいでした。
なんて言うか、世界がココだけみたいに感じた。
何だろう。」

・・・完全にsayaに恋しちゃった振る舞い。

sayaは真顔。

様子を伺っていたtakaが吹き出しそうになって慌ててpを手招きした。
pはカメラを持って男性に近づき、二人の様子を撮影した。

「いつもはどこかで歌っているんですか?」
「いや、まったく」
「じゃあ、聞いていた人達の拍手は
今日のあなたへの喝采だったんですね」
「あ、はあ」
「ファンの方かと思いましたよ。いや、僕はもうファンですけど」

sayaはその喝采を浴びた瞬間よりも、今続々と絵画が売れていくことが嬉しくて、早くその輪に戻りたかった。

「見渡す限り青い空の中で聞いたような幸せな気持ちでした」
sayaは一応、申し訳なさそうに笑うと
「はい。どうも。じゃあ昨日の絵を・・・」
と言って「花びらの絵」の前に彼を連れて行った。

・・・♪  
「?あれ。なんだか・・・
昨日とちょっと違う気がする。」

「何がですか?」
sayaが尋ねる。

・・・♪  ・・
「わかるんすね」
jの声だった。

「うん。わかる。この薔薇が薔薇の色じゃなくなっているし・・
ほら、この桜だって、紫が滲んでいる。」
男性はすぐに答えた。

「どういうこと?」
pがカメラを回しながら聞く。

「ちょっと、ええ、まあ」
歯切れの悪いjの態度
「少し変えて欲しいって言うから。
その声を聞いて・・ちょっと変えた」

「・・・・・・」
「なに?誰が絵を変えてって言ったの?」
黙っている男性の代わりにsayaが聞いた。
jは答える。

「・・・・・絵がさ」

「え~?書き換えたの?」

全員が驚く。

男性はしばらく絵を眺めている。


そして


「・・・いいっすね」
と言った。

「ありがとうございます」

jは一瞬ホッとした顔を見せ
そしてクールな顔に戻った。


ヨシノは大きな絵を抱えて店を出て行った。

「巨大な絵をレンタルといえども気に入って
契約してくれた人がいるというのに、後から
その絵に手を加えるとはなんとも大胆な手口」
パコは大きな声で口上を唱え 店中の人間が面白そうに笑った。

その絵の話はそれでおしまい。
それ以上も下もない。絵が変わっていこうが、そのまま何百年も同じであろうが、もしかしたらそれだけのことなのかもしれない。

失礼を承知で言うとするならばの話だが。

・・・♪  ・・・♪・・・・・・♪  ・・・♪・・


「sayaの歌のおかげだね。」

「素晴らしかったよsaya。どうもありがとう」

予定よりも早く店じまいになり
メンバーは片付けをしながら口々に言った。

「でもさ、歌ったことよりも喋ったことの方が
みんなの背中を押したんだよね。」
sayaは照れながら自分を認めていた。

「うん。sayaが人前で喋るなんてあり得ないもん。」

すごいことだった。

sayaは得意な歌でもマイクの前に立つことを ためらう人だった。

それが 歌った後におしゃべりまでするなんて
夜に太陽が昇るくらいに驚くことだった。

「お金が無いだけでご飯を簡単に食べられなくなる。
そんな辛い思いは、誰だってしたくないはず」
sayaの呟きに みんなは黙って微笑んだ。


1つの絵を売ることの大切さ。

それと同時に

絵には価値がない。

価値をつけるのは

人の想いだけ

と言うことを

皆が感じていた。


ー想いを言葉にするのって本当に大事なことだったー

パコが紙ナプキンに書いた。


3日間のチャリティギャラリー。

完売です。

                       The End


,゚.:。+゚☆彡☆彡,゚.:。+゚,゚.:。+゚☆彡☆彡,゚.:。+゚,゚.:。+゚☆彡☆彡,゚.:。+゚,゚.:。+゚☆彡

さて

こんなふうに

チャリティギャラリーは成功した。


けれど

終わりではない。


終わりから始まり


絵の金額の
半分は作者に支払われる。

あとの半分は
食べ物に変えて
困っている人たちへ。


明日からは
待っている人達のところに 向かう

さあ

食べ物を買いに行こう!

              To be continue..




実際にこの場所を作るまで紡ぐ物語
2021.3月~6月に連載をしていた「こんなふうに」を加筆修正して
#創作大賞2022に応募します。


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