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【連載小説】21. 差し伸べた手 / あの頃咲いたはずなのに

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 日々の悩みや葛藤が、カミソリ負けとして現れ始めていた。
 自分を肯定する唯一の方法も、いつからか傷つけるものになっていた。

 部活は、相変わらず冴えない。ドリブルはカットされ、ディフェンスになれば簡単に抜かれ、いとも簡単にシュートを決められた。五年生の終わり頃から急激に調子を伸ばしたちひろとほのかと麻由は、相変わらず好調を維持していた。
 また、三人とも立て続けに彼氏ができた。
 ちひろはバスケ部の圭、ほのかは野球部の誠也、麻由はサッカー部の慎司とそれぞれ付き合っていた。厳しい練習に死に物狂いでしがみつき、バスケだけを見つめていたが、練習が終わり部室に戻ると、徐々に女の顔を覗かせる。体の細部までしっかり汗を拭き取り、制汗剤をこれでもかというほど全身に塗りたくり、ちっちゃな鏡で身なりを細かく整えていく。部活中に大きな掛け声を発していた集団とは、似ても似つかなかった。

 正門前、裏門前、体育館前。
 部室を出ると、彼氏とのそれぞれの集合場所に散らばっていった。蒼唯は特に急ぐ予定も無いため、ゆっくりと身支度をした。一人でとぼとぼ帰る勇気は持ち合わせていなかったため、自分のように予定がない部員と一緒に帰った。
 母は、蒼唯が体毛を気にしていることを勘付いており、遠慮なく話題に上げるようになった。剃り方を丁寧に教えてくれたり、高級なシェーバーを買ってくれたり、何一つ恥じることなく、蒼唯に寄り添ってくれた。
 父によってもたらされた汚点を母親の手を借りて、失くしていく。母への感謝が溢れ、父への嫌忌は募っていった。

 中学校のトレンドの移り変わりは激しかった。
 そして、このトレンドを察する力が中学校生活の豊かさに大きく影響を与えていた。
 学校の授業では、その類のことは何一つ教えてくれないが、生きていく上で欠かせない情報だった。

 また、学年でのトレンドは、男子はサッカー部、女子はバスケ部からもたらされることが多かった。今のトレンドは、アウトドアというブランドのリュックを持つことだった。いち早くトレンドに食いついたのは、ちひろだった(ロッカーが先輩と近かったので、何かしらの会話が広がっていったのだろう)。
 先輩がまだ使っていない色の中から、気に入った色のリュックを選び、ある日見せびらかすように部室に入ってきた。ちひろがアウトドアを背負ってきた日を境に、あれよ、あれよとアウトドアリュックの波が女子バスケ部に広がっていった。蒼唯も置いてかれぬよう波に乗り、アウトドアのリュックを探し始めたが、殆どの色が既に誰かが持っていた。

 被らない色を探した結果、蒼唯のリュックは、「白」になった。
 シンプルで汎用性は高いが、多感な中学生にしてみれば、少々物足りなかった。
 水色、ピンク、黄色など、鮮やかな色を背負っている皆に対して、蒼唯には色がなかった。次第に、汚れが目立ち、くすんでいった。蒼唯は、アウトドアを背負っても、毛を剃った時の様な肯定感を得ることが出来なかった。むしろ十字架と感じるときすらあった。

 蒼唯には、苦手な時間があった。
 「三人で一グループを作ってください」と言われたときだ。
 一年三組は全員で三十九人。三人でグループを作ると、余る人が出てこないため、何かと三人で組ませることが多かった。学校生活で蒼唯は、ちひろとほのかと麻由のバスケ部グループと一緒にいた。三人に追随する形で一緒に「いさせてもらって」いた。
 三人のグループ編成が促されると、ちひろ、ほのか、麻由の三人は瞬時にそれぞれでアイコンタクトを送り合い、仮契約を結んだ。三人に注いだ蒼唯の視線は、誰とも合わなかった。蒼唯はその様子を尻目に、他に私と組んでくれる人はいるかと、周りを見渡す。グループ編成前から、一度振られた状態になっていた。

 今日も、三人でのグループを作る機会が訪れた。
 社会の授業で、好きな国をグループで一つ選び、その国の特徴を模造紙にまとめて、発表するというものだった。ちひろとほのかと麻由は、すかさずアイコンタクトを交わして、スタート前からグループ結成を成功させていた。その様子を見て、蒼唯は周りを見渡した。バスケ部を除くと所属できるコミュニティが見当たらなかった。個人個人では話せても、それぞれの仲のいい友達の輪の中には入れなかった。

 また、卓球部や美術部の子に自分から「一緒に組まない?」という気持ちにはなれなかった。バスケ部という看板が少なからず蒼唯の中にもあり、バスケ部として相応の人と関わりたいという、くだらない誇りはしっかり根を張り、蒼唯の心に生えていた。
 今回は、ハンドボール部の久美と梨央とグループを組むことになった。久美と梨央はいつもふたりでいて、三枠目はいつも流動的だった。完成された二人の雰囲気に気を遣いながら、一定の距離を保ちながら、スイスについて調べた。

・スイスは、永世中立国で、公用語が四言語もある。
・アルプスの少女ハイジの舞台で、親日家の人が多い。
・スイスの日曜日は休息の日で、スーパーもやっていない。

 スイスを調べるにあたって何一つ障壁がなかったため、みるみる知識が吸収されていった。

*****

「蒼唯、ちょっときいてくれない?」
 蒼唯の前にご飯と味噌汁を置きながら、母が言った。おそらく仕事でむしゃくしゃする事でもあったのだろう、表情で何となく読み取れるようになった。

 母は、いつの日からか自分の話をたくさんするようになった。嬉しかった話も自慢話も悔しかった話もイライラした話も。何も加工することなく、ありのままで蒼唯に話すようになった。
蒼唯は、日が経つに連れて、「母」ではなく「世那」と、接している様な気持ちになった。体毛の件についても、
「五年前に全身脱毛したんだけどさ、ちょっと生えてきてると思わない? これ見て」
 怒ったような表情で、右腕を差し出してきた。この話の流れで、蒼唯の悩みの話題にすり替わっていった。蒼唯にとって、母が何よりの理解者だった。

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読書が苦手だったからこそ、読みやすい文章を目指して日々励んでいます。もし気になる方がいらっしゃいましたら、何卒宜しくお願い致します。