[旅行記]長野に眠る昭和・平成レトロ遺構群
こんにちは。隣の芝生です。
今回は文章が長ったらしい私にしては珍しく、写真多めの旅行記となります。いいねやコメントなどでご好評頂けたら続編も出ます。
今回は、長野県長野市を走る「長野電鉄」の現役設備から遺構群をご紹介。
パターン化されたエモ、お好きでしょう。
まずは新幹線とも接続する一大ターミナル駅の長野駅に到着。長電の長野駅は地方の鉄道路線にしては珍しく、地下にコンコースとホームがあります。
各駅停車は概ね30分に1本の間隔がバラバラのダイヤで、合間を縫って特急が走ってます。これが綺麗な30分・40分間隔ならどれほど使いやすいんだろうと正直思ってしまいます。昔は律儀な15分間隔で出ていたようです。人口減少社会恐るべし。
ただそんな若干使いにくいダイヤの補填なのか、特急料金はなんと全線乗っても100円。使っているのは本格的な特急型車両なので、もっと徴収してもバチは当たらないと思いますが、
なんと改札は自動改札ではありません。私はフリーきっぷでしたが、駅員さんに見せて通ってました。普通の切符どうすんだろうね。須坂の駅の駅員さんの配置数見てると、そのまま切符に鋏入れてくれそうな感じ。
多少自分は鉄道オタクが入ってなくはないので、車両の方も撮影しましたが、今回は昭和/平成レトロ遺構群をお求めの皆様への旅行記なので割愛します。
電車で10分程度移動した本郷駅にてまずは下車。完璧な直方体のように見えて、若干北側に傾斜が付いた屋根の「本郷ステーションデパート」がお出迎え。
「本郷ステーションデパート」でちょろっと検索を掛けると、驚きの事実が。開業当時は鮮魚店や美容室、カメラ屋にスポーツ用品店、眼鏡に書籍に熱帯魚に至るまで揃うという、看板に偽り無く「百貨店」がそこにあったようです。
しかしですよ。よくご覧ください。その下に駅舎が独立して設置されています。そうです。残念ながら現在はステーションデパートは全店閉店の上で閉鎖済みで、「生ける廃墟」としてそのまま残っているだけなのです。
やはり設備の陳腐化や大型店の台頭、さらにはネット販売の波には抗えなかったんでしょうね。ネットでは頻繁に大型店の進出によって、地方商店街がーみたいな論調が見受けられますが、そんなあなたも最近通販で買物していませんか? 目には見えない商売敵が一番怖いと思うのは私だけか。かくいう私も通販に世話になっているのが恐ろしいところ。
同じく長野電鉄沿線にある善光寺。きちんとお参りはしましたが、今回は昭和レトロ回なので割愛。気が向いたらまた後日ご紹介します。
善光寺から長野電鉄の「善光寺下」駅までは、健脚な私の脚で徒歩8分程度。通りすがりにこんな良い雰囲気の商店街を発見。いいね。
長野電鉄は市役所前駅あたりまで地下を走りますので、間にある善光寺下駅は当然地下駅となります。なんか長野市都市計画か何かで、高架か地下の二択を迫られた際に、雪害対策で地下化されたとか。一昔前の銀座線とかこういう薄暗い雰囲気だったよね。
ホームには電光掲示板もなければ、接近放送も鳴りません。なので遠くから聞こえる電車の音と、薄暗い駅を照らすライトの光で、次の電車の位置を確認することになります。
善光寺下駅には都心の駅と同様に、大型広告枠が多数用意されておりますが、いずれも最近の出稿が無いのか、意図的に保存しているのか、およそ2020年代とは思えない物が多数残されています。
それにしてもデジタリアンってなんだろうね…? 文脈から察すると、最近私もデジタリアンになりました(ヘッドホンレビュー記事参照)。
マクセルのMDの広告です。ギリギリMDはわかる。小さいCDのことだよね。これが光技術だ。
なんとこちらは長野オリンピックの広告。おそらく開催前から掲示されているであろうと予想されるため、25年オーバーモノだと思います。デジタリアンに比べて年代特定はしやすいですね。
それにしてもよくこの広告群がこの状態の良さで残っていたよな…。
◆あとがき・リンク
お楽しみ頂けましたでしょうか。長野電鉄沿線は都会的でありながらも、昭和や平成初期の香りが色濃く残っているのでオススメです。こういう遺構ツアーみたいなの組んだら参加者多そうだけどな。
今回は以上となります。私の「起立性調節障害 地獄の体験記」連載記事の方や、次回の旅行記についても、よければ併せてご覧ください。それでは。
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