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『ブルーピリオド』は訴える、当事者であれと。かっこよくも美しくもなれない私たちへ

傍観者でいることと、当事者でいること。
どちらが幸せなのだろう。


2020年マンガ大賞を受賞した、ブルーピリオド。
これは藝大受験を試みる男子校生・八虎を通し、当事者であり続けることの苦悩と美しさを描く作品だ。

ーーー

何にも情熱を注ぐことなく日常を過ごす八虎は、
美術と出会い、絵に魅せられ藝大を目指し出す。

そして彼は描くことと向き合い続ける。娯楽の時間を惜しみ、睡眠時間を削り、時には涙を流しながら。ただ、ただまっすぐに。

その圧倒的な輝きから紡ぎ出される、美しい世界。
描くことの楽しさ。本気の尊さ。力強さ。
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その姿に、殺される。

突きつけられる、肯定と否定

渋谷の青に触れた八虎は、正比例の様に一直線に
傍観者から当事者へ変化する。
そんな彼と対照的に、私の好きは「点」だった。

はじめて言葉に魅了された瞬間を覚えてる。
自分の感情を的確に表す残酷で甘美な文章に
わたしが覗かれた。
あなただけが、わたしを知ってる。
言葉とわたしがおなじになる。
世界にわたしが呑まれてく。

八虎は渋谷の宙を舞う。
あの気持ちを、私はよく知っている。

そして八虎は描く。何十回も、何百回も。
腕を腫らし涙を流し生み出す苦しみに耐え続ける。痛くても怖くても真っ直ぐに、彼はキャンバスをみつめる。その瞳の先にあるのはどんな彩りか。

それが、私にはわからない。

言葉に触れる輝きと高揚感を持続させる意志もなく
ただ刹那なトキメキとして消費する。それだけ。
私の好きは、その程度だ。

八虎が描くことの楽しみに目覚める姿は「点」に出会えた私を肯定する。曇りなく美術に向き合う姿は「線」になれない私を否定する。

もう、書けない。

社会人になって、書けなくなった。

書く。それは暗い洞窟の中で、存在するかもわからない光を探す旅だ。思い出したくもない想いと向き合って、実態のない感情を掘り続けて、自分の実力に失望しても、その先には何もないかもしれない。

学生から社会人になり人生の余剰が実利に代わる。
無駄が削ぎ落されていく。

そんな中で書くことに意味なんてあるのかな。
書くことを人生の主軸には置けないのに。
所詮、ただの娯楽なのに。
誰も見てないのに。

中途半端なプライドと弱さのせいで
書くという行為がどんどん重くなる。

好きなことは趣味でいい、それは大人の発想ですよ。

もう、趣味にすらできてないよ。

当事者であれ。

酒が筆に代わり、テレビがキャンバスに代わる。
どんどん変化する彼の姿は私たちに訴える。

傍観者を脱し、当事者であれと。

私は他人の感動に便乗することが当事者でありたい気持ちに劣るとは思わない。他人の感動を自分事のように喜べる、純粋な気持ちで傍観者でいられる感性は当事者であることとはまた違った美しさを孕んでいる。圧倒的な当事者はかっこよく、純粋な傍観者は美しい。

だけど、一度でも表現に憧れてしまった人間は
もう純粋な傍観者には戻れない。

だって忘れられないでしょ、
じぶんと世界がおなじになる、あの感覚を。
消せないでしょ、あちら側への羨望を。

私たちは当事者と傍観者の狭間でかっこよくも美しくもなれず、ちゅうぶらりんに浮く。

その狭間に、突き刺ささる叫び。

当事者であれ、当事者であれ、当事者であれ。

ーーー
思考の渦に飲まれ、溺れてく。
これじゃない。これじゃないの。全部違う。
時間が経つ。情けない。もうやめたい。
頭痛が響く。視界が霞む。
でも、逃げない。今しかない。


感情と言葉が混ざり合い、溶けていく。
わたしの輪郭が浮き出てくる。
何も聞こえない。誰もいない。

五感が尖る。
音、光、色、風、世界の全てが美しい。

忘れてたの、こんな感覚。
でも、ここだ、ほんとうは。

あなたと対峙する。今だけは、誠実でいたい。
あなたと手を繋いでないと、わたしでいられない。
誤魔化してばかりいる大人になってしまったから。
ーーー


絶望を感じる心には、未消化な感情が住む。
折り合いがついた事柄に、人は心を震わない。

大人になり、傷つくことが少なくなった。
どうすることもできない感情を諦めたり昇華したり折りたたんだりして腑に落としていく。
数多の感情を手放し、現実を歩いていく。

でも『ブルーピリオド』には
まだちゃんと傷つける。


書かずにいられない衝動はない。
伝えたい想いもない。
圧倒的な当事者になれる日は永遠にこない。

でも、どうしたってかっこよくなれないなら、
美しくなれないなら、どうせなら。



わたしは言葉が好きだから。
私はやっぱり、また書きたい。

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