日刊パンダ•ボルケーノ

小説をたぶん毎日書きます。挿絵も描きます。ウソをつきます。 (登場人物たちは同じ名前…

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小説をたぶん毎日書きます。挿絵も描きます。ウソをつきます。 (登場人物たちは同じ名前を流用していますが、物語ごとの繋がりはありません)

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読切小説/忘れられない人RtoS_20211021

 私は薄情な人間なのだ。  3年ぶりに訪れた三宮駅で、熱いブラックコーヒーを飲みながらそんなことを考えていた。  帰省をするたびにこの駅のスターバックスに入るのが、いつの間にか決まりになっていた。札幌のマンションからここまでは、電車と飛行機とバスを乗り継いで、短くない時間と安くないお金をかけてやって来る。あとは私鉄を3駅乗り継ぐだけで実家だというのに、私はいつもここで、まるで立ち止まるように寄り道をしてしまう。  きっと実家に帰るが億劫なのだ。いつの頃からか、他の誰でもない私

    • 読切小説/旅_20211030

       あの人といえば赤い壁。それから黒い革張りのソファーと病院のような匂い。右手のクラゲと、左手の花。  長い時間見つめていた間に、あの人の絵柄は見ればわかるようになった。  幾何学的で、美しくて、どこか反抗的。その抽象的な自由さの裏に隠れている、圧倒的な怒りと悲しみ。引力からの解放。  17歳の僕が好きになるには十分すぎた。  優等生街道を進んでいたはずの姉が突然蒸発するように外国へ消え、全身にタトゥーを入れて戻ってきたのは、姉が27歳で、僕が17歳の時だった。  姉が消えた

      • 読切小説/忘れたくない人StoR_20211022

        「同窓会の企画しようよ」  誰かの思いつきの一言で、僕らは三宮駅のスターバックスに集まっていた。  36年、僕は流れに身を任せて、この街にいる。ここで生まれ、ここで育ち、なんどもなんどもこの場所を通り過ぎてきた。そんな僕にとっては、この店ももはや日常の一部だ。  この年齢になると、家庭を持っている奴とそうでない奴が、ひと目で分かってしまうようになる。当然のことなのだろうが、僕からすると家庭を持っている奴からは地に足のついた落ち着きを感じる。なんだか自分より、ずっと先を生きてい

        • 読切小説/祝福をあなたに_20211018

           東京に出てきて3年が経つというのに、僕はいまだよく言われる、都会の殺伐さや何でもあるのに何もないといった虚無感に襲われた経験がない。しかしだからといって、この街に愛着を感じているわけでもない。  それは母や正月にだけ会う親戚の旦那衆が言うように、僕が学生という気楽な身分だからかもしれないが、どうもそれだけとも思えない。  要はもっと単純で、宿命的な問題のような気がする。 「この子はちっとも連絡を寄越さないんですよ、都会が楽しくて仕方ないんでしょう、薄情な子ですよ」 「しょ

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        読切小説/忘れられない人RtoS_20211021

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        • シリーズ小説/決戦の行方
          0本
        • シリーズ小説/忘
          2本

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          読切小説/偽物_20211015

          「図書館なんて、人生への不安に酔いしれている奴が行くところさ」  そう言ったのは彼だけれど、それは彼の言葉ではない。 「田中くんでしょ」 「そう。彼に言わせると僕らは人生の不安に酔いしれているらしい」  そう言った時、彼は笑っていたし、私も笑っていた。誤解されやすい田中くんの心配を、「田中くんらしい」なんて言葉で受け止める傲慢な強さを、あの頃の私はもっていた。  彼を失ってからの私は、彼と出会う前よりもずっと弱くなった。彼と出会うまでの私は、いつだって貝のように殻に閉じこもっ

          読切小説/偽物_20211015

          読切小説/父と母の話_20210812

          庭に一っ匹の狸がきている。 立派な雄狸で、四肢は隆隆として、毛並みは狸とは思えないほど黒々として艶がある。いくら寂れているとはいえ、教会の境内に獣が現れるのは、よっぽどの理由があるのだろう。 しかし、私には理由が分かっている。奴は私に会いにきている。 奴は端の茂みの中で、まるで犬のように前足を揃えて行儀良く座りながら、蒼く見える不思議な瞳を真っ直ぐに私に向けている。私も自室の窓辺から何となく奴を見ながら、お互いに見つめ合ったまま午後の時間を過ごすこともあった。 ある日

          読切小説/父と母の話_20210812

          読切小説/それぞれの花火_20210811

          「ドーン」 ヘッドフォンの外から聞こえた衝撃音に、私は打ち込みの手を止めた。私の中のKuRuMiが、『お祭りは中止だけど花火だけは上がるんだよ』と、可愛い声で教えてくれる。そっか、今日だったっけ。 今年の祭りは、疫病の流行で中止になった。去年の祭りも、同じ理由で中止になった。去年の中止は、それはそれは大ごとで、大人も子供もこの世の終わりのように嘆いていた気がする。でも今年は誰もが当たり前のように受け止めていて、私は2年続いた祭りの中止よりも、人がそれまでの当たり前を意外と

          読切小説/それぞれの花火_20210811

          読切小説/一炊の夢_20210702

          真一は自分の首がガクンと落ちる振動で目を覚ました。 どうやらデスクで昼食をとった後、ウトウトしてしまったらしい。休憩中は昼寝をする者が多いので周囲は気にも留めていないだろうが、真一は自分が職場で睡りこけたことにいささか驚いた。そういった明文化されていないモラルこそ、どんな時も踏み外さないよう慎重に気をつけているつもりだったからだ。 真一はなぜ自分が居眠りなんかをと考察してみると、やがて心当たりが胸の中に浮かんだ。 (そうだ、そうだ。昨日は1歳の娘が夜泣きをして、それをあや

          読切小説/一炊の夢_20210702

          読切小説/狸の話_20210630

          「たーぬきさん、たーぬきさん、遊びませんか」 遠くから間の抜けた韻を踏んだ歌が聞こえる、どうやら阿呆がおるらしい。俺は今、孤高を楽しんでいるのだ、なぜ人間と遊ばねばならん。だいたい、散々我ら一族を虐げて時に無惨に肉片にせしめるかたわらで、平然と遊びましょうなどと撫で声をかけるとは、人間とはどこまで傲慢でモノの理を越えた存在であろうか。俺は自分に向けられているであろう声に「僕は、遊びません!」と丁重に断りを入れておいた。しかし、人間の耳には狸が「ぴー」と鳴いたとしか聞こえない

          読切小説/狸の話_20210630

          読切小説/雨の話_20210625

          「雨が笑っている、雨が笑っている」もう何日も降り続く雨空を見ながら、真一がはしゃいでいる。 真一は家の屋根裏部屋で暮らしている青年で、生まれたて5年が経ったころ、いよいよ心配した母親が秘かに隣町の医者に診せた翌日から約20年間、屋根裏だけで生きていた。だから真一が知っている世界は、5歳までの記憶と、この屋根裏と、孫の一生を不憫に思った祖父が拵えた小さな明かり取り用の窓から見える空だけだった。 「雨が笑っている、雨が笑っている」真一は祖父の形見の襤褸の着物をだらしなく体に巻

          読切小説/雨の話_20210625

          読切小説/画家と肌の話_20210623

          男は息を殺して壁の向こうの物音に耳を傾けていた。 男の耳は、女の生白い足が海底を這う深海魚のように床をぬらりと撫でる音を聞いていた。細く柔らかい指が、洗い終わったばかりの濡れた洗濯物を摘み上げている。そろそろ窓が開くころだろうと見当をつけていると、カラカラと窓が開く音がした。女は柔らかそうな二の腕をあげて洗濯物を竿に掛けている。上を向いた拍子に、小さく形の良い顎の下から、日の光を知らぬような首筋が現れた。 男は音から伝わってくる女の肌を脳裏に浮かべながら、絵筆を動かした。

          読切小説/画家と肌の話_20210623

          読切小説/犬の気持ちの話_20210622

          なぜか女は夜な夜な食べ物を口に入れては、その後自責の念に駆られている。 今も俺の目の前で、フライドチキンという名前の、鳥の肉に余計なパサパサしてベタベタしたしょっぱ過ぎるものを巻き付けた食べ物と、インスタントラーメンというもう何なのかも分からない水っぽい食べ物を、大きなどんぶりいっぱいに食べている。食べているときの女は実に幸せそうである。一心不乱に目の前の食べ物を口に運び、俺が近づいてクンクンと匂いを嗅ぐと「だめよ」などと言いながらも上機嫌に頭を撫でてくれる。俺は過去の同じ

          読切小説/犬の気持ちの話_20210622

          読切小説/男と刃物の話_20210619

          −ああ、本当に殺してしまったのか。 夢の中では何度も繰り返したことだったが、刃先に伝わった厚い肉の感覚は、間違いなく現実だ。− 男は同僚を刺した。男が恐れ屈してきた同僚は刃物が臓器を突き破ると、いとも簡単に冷たくなった。男はあまりのあっけなさに、しばらく呆然とした。 同僚は長年にわたり男を虐げていた。正しくは男だけでなく、他の多くの人間を人とも思わない風に虐げ痛めつけてきた。同僚は、極悪非道な人間であったが、腕っぷしが強かった。一方、男は優しく善良な人間であったが、腕っ

          読切小説/男と刃物の話_20210619

          読切小説/ダムの話_20210618

          僕はダムが好きです。 ダムが好きだということは明白なので朝飯前に回答できますが、ではどんなダムが好きかと訊かれたら、これはなかなか複雑で、腰を据えて話をしなくてはなりません。 まず、大きな括りでロックフィルダムというものがあります。その名の通り石を積み上げた様式のダムです。姿は野暮ったいんだけれど、その分なかなか安定感のあるダムで、麓に暮らせと言われてもそんなに嫌じゃない。まあ、出来ればダムの麓には暮らしたくはないけれど、どうしてもの時にはロックフィルダムならいいかなと思

          読切小説/ダムの話_20210618

          読切小説/男と女と雨の話_20210617

          天使を見た。私は世界の一線を越えたらしい。 空が重く翳って夕立を待っている時、落とした視線の先、蓮の花の中に美しいものがいた。よく見ると脇の湖面にも、その先の新緑の葉の裏にも、美しい天使が宿っていた。新しい世界では、美しいものはより美しくなり、醜悪は力なく後退して私に近づくことが出来ないようだ。 隣では女が歩いていた。私にぴたりと体を寄せて、まるで子供のように私の手を握りしめて、女も蓮の花を見ていた。女の手は温かかった。私がわずかに手に力を込めると、自然に女も力を返した。

          読切小説/男と女と雨の話_20210617

          読切小説/女の独白劇と癖の話_20210615

          私は真一さんに会うため生まれてきたんだと思っております。 彼との出会いは、私の職場でした。所属する会社は異なりましたが、彼は出向のような形で一時、私のいた会社に席を持っておりました。自分でも驚くことに、初めて彼を見た時のことを覚えています。私は正直なところ、あまり他人に関心がある人間ではないのです。だから他人のことを自分の中に記憶することもほとんどありません。 でも初めて真一さんを見た時、同じ匂いのするひとだと思いました。なんと言えばいいのか、やはり同じ匂いというのがいい

          読切小説/女の独白劇と癖の話_20210615