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やりたいことが明確にあることが逆に苦しかった

新卒で入った会社で、責任重大ではあるけど、私にとってはとてもやりがいを感じられる仕事を与えていただきました。その仕事を、手に職がついたと言える状態にまで持っていって、その会社の売りにできるところまでに鍛えていただいたのですが。

ある日あっさりと、その仕事は無くなりました。理由は、採算が合わないから。資本主義では避けて通れない部分です。経営陣が撤退を決めたということ。

私は燃え尽き症候群になっていたのでしょう。ルーティーンワークをこなしているとき、「仕事辞めよう」と上から降って来たかのように思いつき、転職を決めました。

私には、明確に自分のしたいことがありました。この分野の技術を学び続け、極めていきたい。職種を決めて転職活動をすると、募集が少ないことがネックになりました。

拾ってくださった次の会社は、これ以上ないかもしれないと感じる環境と仕事内容で、私にとっては天国のような場所でした。思う存分、手技や知識を極めることができると、楽しくて仕方がなかったのです。

ところが、思ってもみない人事異動。想像もしていなかった、私のしたいこととは真逆の部署へ。それでも、ここのどこかに私の思いと共通する部分があるだろうからと、手探りで歩くことにしました。

真逆ゆえに、今まで知らなかったことがたくさんあって、とても勉強になりました。しかし、前の部署ほどにはモチベーションは上がりませんでした。私は何をしているのだろうかと、虚しさを抱えていました。

合ってる人には、とても楽しい仕事だろうと思いながらも。人の役に立っているという面では、やりがいはあるのだろうと想像しながらも。私には、したいことがある。あるのに、なぜ。

上司たちは、たくさん私を褒めてくれました。叱られたことは、覚えている限りでは1回きりだったと思います。環境が良すぎるのも、私にとっては苦痛になりました。後ろめたくなってくるのです。これとは別に、したいことがあるのだと思っていることが。

私がやる気のない顔をしていては、周りはイヤな気分になってしまうだろう。後ろめたさ、虚しさは隠し通さなければならない。でも、やっぱり正直に言えば、この仕事はしたくはない。それは、とても確かな気持ちでした。

自分を犠牲にすること、社会のために尽くすこと。それが美しいのだと幼い頃から学校で学びました。そして、そうすることで平穏な時期があることも、なんとなく経験上ではわかっていました。

わかっているから、余計につらかった。環境に適応しようと身をよじらせ、期待に応えようと奮い立ち。昂り続けた神経で体力気力はどんどんすり減り、自分のしたいことへの気持ちは増幅していく。

周囲から蔑ろにされているわけではないのに。

ごめんなさい。

それでも私には。

したいことがあったのです。

世の中には、自分のしたいことがないことが悩みだという人たちがいます。私もそういう気持ちを抱えて就活をする学生でした。でも、社会人になって、それが見つかったのです。幸福なことでした。しかし、自分のしたいことを持っていることを、こんなにやましく思うことになるなんて。

適応障害になって。仕事を辞めて。社会から離れて今思うことは。もっと大人になって自分の中の衝動、理想、夢に折り合いをつけるなりして。仕事場だけじゃなくて、別の場所に私のしたいことを確保すればよかったかな。

もう少し私が歳を重ねたら、この頭の堅さは自然と和らぐのでしょうか。気負わなくても、さらりふわりと生きていけるような。私はそのときを、首を長く長くして、待っています。





持たなければよかったでしょうか。

見つけなければよかったでしょうか。

贅沢な悩みですよね。

ええ、わかっています。

そんなふうに思っている私が、悪いのです。

ごめんなさい。

あなたの笑顔を見るたびに、私は私を地面にたたきつけていました。

頭から血を流しても、それを隠れて拭い取り、

私はあなたに笑い返していたのです。

あなたは、優しいから。




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