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挑戦者の姿勢

出会いと再会


話は二年前に遡る。
用事で尾瀬から下山していた私は、夕方16時頃、誰もいない尾瀬ヶ原を小屋に戻る為、一人歩いていた。牛首あたりに到着しようかという時に、背後から迫り来るトレイルランナーらしき人がいた。その方に『今日はどちらにお泊まりですか?』なんていつも通り気軽に声をかけたら、まさかの『目的地は北海道です』と想像を越える返答が来たのだ。

私が話かけた女性は、若岡拓也さんというアドベンチャーレーサーが北海道を目指し挑戦中のなか、見送りを兼ねて並走していたという。

聞くところによると、若岡さんは山脈やロードを己の足で走り抜き鹿児島から日本を縦断し、尾瀬を越えて北海道に向かって走っている最中だったという。驚きで一瞬判断が鈍ったが『超人』である事はすぐにでも理解した。

応援する事しか出来ないけど、
『また尾瀬に来る時には、美味しいご飯を食べてエネルギーをつけていって下さい』そのような言葉をかけ、その場を別れた。

時は経て、2023年8月30日。
私が受付で座っていると『工藤さんいらっしゃいますか?』と男性が訪ねて来た。その男性こそ、二年前に衝撃的なチャレンジをしていた若岡拓也さんだった。
『二年前のご縁のご挨拶に来ました』とご丁寧に尾瀬小屋に立ち寄って下さった。私は日焼けした顔と鍛え抜かれた脚を見た瞬間『また走って来たな』と察知した。

若岡さんと

何と、今回は北海道から沖縄まで逆走し、
日本のスーパーロングトレイルを自らの足で線を繋いでいるという。またもや度肝を抜かれた。

彼は尾瀬に来た時点で、至仏山や笠ヶ岳を経て谷川岳の麓(湯檜曽)に移動する計画にも関わらず、逆方向の尾瀬小屋まで足を伸ばしてくれたのだ。1日平均50km、累積標高は最低+2000m程度を毎日こなす彼にとって、尾瀬小屋への往復+12kmの移動は負担以外の何ものでもない。

それでもこうして会いに来て下さる気持ちが嬉しいし、ここにいて良かったと思える瞬間だ。

ステーキ丼とアイスクリームを食べてもらって、走る活力にしてもらうくらいしか私には何も出来ないけど、無事に沖縄まで辿り着く事を祈ってやまない。

若岡さんは11月にヨルダンで行われる250kmの砂漠レースにも出場予定で、優勝を狙っている。全力を出しきって後悔のないよう取り組めば、自ずと結果はついて来る事でしょう。挑戦を楽しんでくれたら何だか私まで嬉しい。これからの活躍にも注目だ。

高校生の就労体験終了

見送りの朝

8月も終わりを迎え、児童養護施設の高校生3名の就労体験も無事終わりを告げた。三者三様でそれぞれに個性があり、性格も働く姿勢も全然違う。我々にとっても素晴らしい経験を得られた1ヶ月だった。

最後の高校1年生はまだ15歳で、アルバイトなんてした事もなく、朝が苦手で学校への遅刻や欠席癖があったという。尾瀬小屋に来てもその癖を本領発揮し、10日間で8回に及び遅刻した。

普通のアルバイトや職場であれば、クビや解雇レベルの案件だが、根気強く時間を守る大切さや、仲間に迷惑を掛けた際の対応、自分の力で起きて動く自助努力の必要性などを伝え続けた。

スタッフ達も、少なからずストレスを感じていた事でしょう。それでも嫌な顔せず、『働くとは』という事をスタッフそれぞれの考えや視点と行動で教え続けてくれた。変えがたい感謝である。

我々は何が出来たか、数値や効果で現す事は中々難しい取り組みなのだが、高校生達の今後の人生において『一つの出来事』として深く刻まれた事は間違いない。それがいつまで残るか、大事にされるか、思い出せるかなどは本人達次第。私達はその材料を手渡したに過ぎない。それでも関わる全員にとってこの挑戦は成功だったのではないかと振り返る。

お客様との記念写真

普段お客様の前では、常にアルバイトのような雰囲気で仕事をしている私。『お兄ちゃん、こんな所で働けていいね』『お兄ちゃん、何ヵ月ここにいるの?』『お兄ちゃん、アルバイトで貯めたお金何に使うの?』とか、しょっちゅう話掛けられる程自分の正体を書き消しているのだが、ひょんな話から私が尾瀬小屋を経営してるお話や自分の人生観を語らう時間がうまれるのだ。全てを語る事は出来ないけども、お話している時は自分を冷静に振り返る事が出来るし、何よりも自分自身が『挑戦者』として挑み続けて来たことやその姿勢を忘れていないか思い返せる良い時間だ。

誰しも、無理してやらなくて良い事はやらないものだ。若岡さんの様な冒険も、高校生の様な就労体験も、私の様な生き方も。

自分がどこまで出来るのか、挑戦した時に何が得られるのか、最初から未来にある答えなんて分からないけど、挑戦した者だけが得られる唯一無二の感覚みたいなものがあるでしょう。その感覚の善悪を判断するのも挑戦した者だけが許される。

だからこそ、未来はきっと明るいと信じて、
踏み込むちょっとした勇気さえ持つことが出来れば、挑戦は楽しい冒険に変わるはずだ。

それぞれの次なる冒険に出かけよう

尾瀬小屋
工藤友弘


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