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アメリカと中国との関係は「新冷戦」ではなく「ハイブリッド戦争」である件

▼アメリカと中国との関係について、「新しい冷戦だ」という表現を使う人がいるが、そうではないとする論者も多い。筆者は後者に賛成するが、その論のなかでも、わかりやすい説明が2020年10月22日付の日本経済新聞に載っていた。

▼カーネギー財団モスクワセンター所長のドミトリー・トレーニン氏。適宜改行と太字。

〈いまの米中対立を「新冷戦」と称する向きがある。しかし、世界史の中で、冷戦は1度しか起きていない。20世紀後半に米国と当時のソ連の間で起きた対立だ。

米国と中国という2つの超大国が対峙し、世界で派遣を競っているのは事実だ。大量の兵器を直接使用しない紛争でもある。

だが、新冷戦というフレーズを使うと、心理的に20世紀後半に起きた現象が再現されるような錯覚に陥ってしまう。米中摩擦は確かに深刻な紛争ではあるが、米ソ冷戦とは明らかに状況が違う。そこで私は米中対立を「バイブリッド戦争」と呼ぶようにしている。〉

▼すでに、「冷戦」という言葉の意味がわからない世代も増えてきたが、それでも、「冷戦」とはアメリカとソ連との戦いであることはちょっと調べればわかることであり、「冷戦」という二文字が含む出来事は膨大で、今もなお圧倒的な影響力を持っている。「冷戦」は使わないほうが無難だ。

▼次にトレーニン氏は、なぜ「冷戦」ではないのか、そして「冷戦」ではないものの、間違いなく「戦争」状態であり、なぜそれを「ハイブリッド戦争」と呼ぶのか、心理的な影響だけでなく、「米ソ」と「米中」との具体的な比較と分析がなされる。

米ソの冷戦時代と異なり、米中の紛争は完全なブロック対立には発展していない。世界が米国陣営と中国陣営に二極化し、分裂して激しく対立する事態はいまのところ想定されていない。(中略)

米中は原則として、伝統的で地政学的な覇権、軍備拡張や軍事・安全保障体制も競っていない。両国の主な争点は経済や技術、情報環境などだ。こうした分野では深刻な攻防が続いており、どのような結末になるかは予想しがたい。

ただ米ソ対立と異なり、米中のどちらかが敗者になって終わることはないだろう。米国が中国に完全に勝利することも、中国が米国に代わって世界政治で最も影響力のある超大国になることもない。

▼地政学の観点から「冷戦」とは異なる、という説明が重要だが、ここでは詳しく論じられていない。もっとも、関連の研究は探せば有益なものがたくさん出てくる。

ここで挙げられている具体的な競争分野「経済」「技術」「情報環境」は、互いに密接につながりあっている。そして、この3つは「戦争の手段」として考えるとわかりやすい。以下のくだりは、その具体的なイメージをつかむために有益だ。

〈米ソ冷戦時代、東西の両陣営は鉄のカーテンによって互いに隔離されていた。だが、いまの米中対立は国境のない世界で起きている。いわば共通空間の中で、様々な方法で敵の領域に浸透することができる。

コンピューターに忍び込んだり、誰の会話でも盗聴したりすることが可能だ。ドルでもビットコインでも、いつでも資金を送ることもできる。冷戦と違い、はるかに多くの「戦争」の手段がある。これもハイブリッド戦争と名付けるゆえんだ。

▼戦争の手段が増えていることについては、去年書いた『「いいね!」戦争』のメモがその一例だ。

▼もちろん、地政学的に、そして安保体制上、国同士がぶつかりあう事例もある。

いっぽう、米中のように、そうしたぶつかり合いはないが、「経済」「技術」「情報環境」で深刻にぶつかり合っている事例もある。

だから全体像を描くのは難しいのだが、トレーニン氏の提唱する「ハイブリッド」は、激変しつつある世界像を、その都度、更新し続けるためのいいアイデアだ。

(2020年11月2日)

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