特ダネの「一人旅」 統計不正の初報は西日本新聞の件

森往来の日本雑記

■スクープの力学

▼ある社のスクープについて、他社がどう報じるか。そこにメディアの「公共性」という問題が見えてくる話を、以前、共同通信のスクープを通してメモしたが、

この「検察が顧客情報の入手方法をリスト化している件」は、続報が増えて、各社が解説記事を載せている。

▼いっぽう、他の記者にはたどりつけないほど深い情報源に当たって、すっぱ抜いたスクープは、「後追い」が不可能である。その例が、こちら。

▼共同通信の石井暁氏が手がけた自衛隊「別班」のスクープは、『自衛隊の闇組織』という本にまとまっている。

▼ある社が放った特ダネをもとに、さらに他社が具体的な特ダネにたどりつき、複数のメディアが、その問題の闇を浮かび上がらせる、という連係プレーになる場合もある。

こうした「スクープの力学」「特ダネの力学」について、2019年2月10日付の西日本新聞に〈「一人旅」を免れた記事〉という見出しの、面白い記事が載っていた。(高田健・特別論説委員)

■統計不正の初報は西日本新聞

▼いま日本で最大の内政問題になっている、厚労省の統計不正について、初めて報道したのは西日本新聞だった。

〈立派な特ダネ記事なのだが、よその新聞やテレビがどこも追いかけない。そのうち忘れ去られ、結果的に社会にインパクトを与えずに終わってしまう-。そんな状況を、特ダネの「一人旅」と呼ぶらしい〉

▼具体的には、2018年9月12日付の西日本新聞1面に掲った記事が、最近までは「特ダネの一人旅」を続けていた。

「統計所得 過大に上昇」「政府の手法変更影響」の大きな見出しに、以下の記事が続く。

 「政府の所得関連統計の作成手法が今年に入って見直され、統計上の所得が高めに出ていることが西日本新聞の取材で分かった」

 「調査対象となる事業所群を新たな手法で入れ替えるなどした結果、従業員に支払われる現金給与総額の前年比増加率が大きすぎる状態が続いている」

 「高めになっているのは『毎月勤労統計調査』」

 そう、これは今、政府を揺るがしている統計不正問題の第一報なのだ。

 筆者は、東京報道部に所属する永松英一郎記者。〉

■初報の記事

▼その時の見出しと永松氏の記事をみてみよう。

〈統計所得、過大に上昇 政府の手法変更が影響 専門家からは批判も〉

政府の所得関連統計の作成手法が今年に入って見直され、統計上の所得が高めに出ていることが西日本新聞の取材で分かった。調査対象となる事業所群を新たな手法で入れ替えるなどした結果、従業員に支払われる現金給与総額の前年比増加率が大きすぎる状態が続いている。補正調整もされていない。景気の重要な判断材料となる統計の誤差は、デフレ脱却を目指す安倍政権の景気判断の甘さにつながる恐れがある。専門家からは批判が出ており、統計の妥当性が問われそうだ。

 高めになっているのは、最も代表的な賃金関連統計として知られる「毎月勤労統計調査」。厚生労働省が全国約3万3千の事業所から賃金や労働時間などのデータを得てまとめている。1月に新たな作成手法を採用し、調査対象の半数弱を入れ替えるなどした。

 その結果、今年に入っての「現金給与総額」の前年比増加率は1月1・2%▽2月1・0%▽3月2・0%▽4月0・6%▽5月2・1%▽6月3・3%-を記録。いずれも2017年平均の0・4%を大きく上回り、3月は04年11月以来の2%台、6月は1997年1月以来21年5カ月ぶりの高い伸び率となった。安倍政権の狙い通りに賃金上昇率が高まった形だ。

 しかし、調査対象の入れ替えとならなかった半数強の事業所だけで集計した「参考値」の前年比増加率は、1月0・3%▽2月0・9%▽3月1・2%▽4月0・4%▽5月0・3%▽6月1・3%-と公式統計を大きく下回る月が目立つ。手法見直しで、計算の方法を変更したことも誤差が生じる要因とみられる。

 誤差に対しては、経済分析で統計を扱うエコノミストからも疑義が相次いでいる。大和総研の小林俊介氏は「統計ほど賃金は増えていないと考えられ、統計の信頼性を疑わざるを得ない。報道や世論もミスリードしかねない」と指摘。手法見直し前は誤差が補正調整されていたことに触れ「大きな誤差がある以上、今回も補正調整すべきだ」と訴える。〉

▼たしかに真相に迫っている。今から見れば、これがなぜ大問題にならなかったのだろう、と思う。それは、高田氏も記事で指摘していたが、問題が「統計」だったから、という一点に尽きる。統計は、門外漢にはイメージがつかめないし、難しい。

今になって上記の記事を読んでわかることは、「問題」を抉(えぐ)り出して、商品として報道されるまでの流れと、その問題が「社会問題」になる流れとは、別の法則にもとづいている、ということだ。

■特ダネの連鎖

〈永松記者はさらに数本の続報を出稿。「上振れを招いた統計作成手法の変更には、麻生太郎財務相の『問題提起』があった」と背景に切り込む記事も出した。

 つまり昨秋の時点で、本紙は今国会で与野党攻防の焦点となっている「アベノミクス成果偽装疑惑」の本筋を指摘していたのだ。

 しかしこの記事は、いくつかの全国紙がごく地味に「後追い」しただけで、大騒ぎにはならなかった。

 昨年12月28日、朝日新聞が夕刊で「厚生労働省が毎月勤労統計で全数調査を怠り、抽出で実施していた」と報じた。分かりやすいルール違反の発覚で、各社とも統計不正問題を大々的に報じるようになった。

 これが政治問題化していく過程で、昨秋の記事が改めて脚光を浴びた。国会では、野党議員が本紙の記事を示しながら政府を追及する事態に至っている。「一人旅」になりかけた記事は今や「先駆者」の位置付けだ。〉

▼朝日新聞がさらに具体的な、わかりやすい問題点をつかんだことで、一気に統計不正は社会問題化した。

▼西日本新聞の初報が、示しているのは、まず、ブロック紙や県紙も、全国規模の特ダネを報道することができる、という単純な事実だ。

もうひとつは、記者同士が競い合い、特ダネの連鎖が生まれるというかたちで、各メディアが連携している、という現実だ。

いわゆる「地方紙」の価値は、多くの人が専(もっぱ)らインターネットでニュースを消費するようになった今、さまざまな視点から強調する必要があると筆者は考える。

(2019年2月15日)

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