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②読者様プレゼント企画「黒影紳士」~光影の舞踏会~ポップアップ版🎩第二章 3もう一つの動機 4シャッター 5刻まれた時

3 もう一つの動機

「佐々木 晴也は何かの能力者かもしれな。見えない筈の物を写真に収めるなんて…。」
 風柳は黒影に聞いた。
「確かに…。僕が思うに、念写か何かではないかと推測しています。然しそれだけならば、危険人物では無い。精々違法な画像を売る程度ですよ。僕では無く、其方は風柳さんの管轄でしょう?」
 黒影にそう聞かれた風柳は夜空に白い息を吐き、
「あ……ああ。だとしたら警察で何とかすべきだな。だけど黒影、やはり早期解決の面で言えば力を借りたい。どうせ黒影の考える事だ。本契約にならないと本腰も入れないんだろう?」
 風柳は黒影の事だからと、そう言った。
「ええ。……良くお解りで。言ったじゃないですか、慈善事業じゃないって。警察だろうが何だろうが例外無くですよ。署長に良く相談して下さい。いいですか、僕等は既に佐々木 晴也に会っているんです。念写だとしたら、プライバシーもあったもんじゃない!そんな保険何処にもありゃあしませんよ。慰謝料みたいなものです!」
 と、黒影は相変わらずきっちりと署長から貰う物を貰わなければ気が済まないらしい。
「アフターケアは?」
「勿論此方で管理します。」
「サービスは?」
「……ん〜……慰謝料がありますからねぇ。捜査費用はもう容疑者まで絞ってくれたのだから、多少はねっ。」
 と、黒影はせしめる気満々で爽やかな笑顔で言う。
「まぁ、多少割り引いてくれたんだし、慰謝料なら署長も仕方なしとするだろう。分かった、一報入れておくよ。」
 風柳はすんなり納得したが、黒影はと言うと……。
 ……弟に頼む時点で慰謝料なんか気にしなければ良いのに。実質上には何時もと変わらないお値段じゃないか……。
 と、帽子で顔を隠しにやりとほくそ笑んでいたのは、此れを読んでいる君と黒影だけの秘密にしておこう。

 風柳は車の中に入るとエンジンを温める間に、署長と話を付けた。
 黒影の無理矢理こじ付けた様な「慰謝料」ではあったが、警察側が民間探偵社に、事件で捜査依頼以外に危険に晒したのでは面目が潰れるからか、素直に言い音で承諾した様だ。
「……建前だけは一丁前なんだから。」
 と、黒影はぽそりと言って揶揄した。

 今度は2回目の訪問となり、黒影や風柳の事も透かして見ているのだと知ってはいたので、二人は堂々と佐々木 晴也の前に現る。
「亡くなった二人は過去に汚職や賄賂があった。確かにそんな輩を僕は敵にして書いている様にも見えるだろうが、そるはあくまでも過去の話しで、無くなる直前にもしもまたそんな事をしていたら、僕は間違いなく殺さない。これから記事にして金や賞になる相手ですよ?」
 と、佐々木 晴也は身の潔白を言うのだ。道理は其れで通っていた。警察が疑ったのは、その汚職や賄賂をするような民衆の敵を吊し上げば良いと言う、過剰な行き過ぎた正義感が動機ではないかとされた。
 更には、被害者の共通点を幾ら探しても佐々木 晴也と言う人物しかいないと言う。
 サダノブに無くなった二人の事を調べさせたが、やはり他の共通点が、知り合い、友人含む交流関係を含めても見当たらないのだ。
「僕ははめられたんですよ!だってねぇ僕にだけ共通点があると言われても、ただでさえ記事にした輩には恨まれる商売なんだ。そんなもので日本警察は人を疑うのかい?この間だって加熱した一悶着を見ていたではないですか。政治家だって時には敵にして来た。自分の身を守るだけで精一杯ですよ!」
 佐々木 晴也は苛立ちそう遇らった。
 然し、この長年事件を解決して来た二人にはそんな言葉はまともに聞こえやしないのが事実である。
 さっさと帰れと言いたいのが分かってい乍らも、ならばと黒影は話を進める。
「では、僕の探偵社で貴方を警邏対象にしますか?その方が安心でしょうに。」
 と、黒影は何食わぬ顔で淡々と話を繋ぐ。
「頼もうって思っても期限だって分からないではありませんか。大体自由も無さそうだし、折角のネタが一々ついて来られたら掴めませんよ。必要ありません。」
 佐々木 晴也は無愛想に言った。
「次は自分が狙われているかも知れないのに、怖くはないのかね?」
 風柳は純粋に不思議がって聞く。
 警察が来たと言うだけで=疑っていると思われるのが普通ではあるが、風柳も黒影も猜疑心はあれど、根拠も証拠も無いので今はその様には見ていない。
 それよりも、嘘を吐いているかいまいか、何に動揺するのか、どんな人物であるかを注意深く観察しに来たと言った方が良いだろう。
「確かに普通は怖いだろうが、僕は報道にする為であればそんな物には屈しない。我々の仕事と言うものはそう言う物なんですよ。刑事さんが疑うのが仕事みたいにね。狙われているなんて僕は思わないし、怖くも無い。僕は民衆の味方で情報を統べる神の目があるのだからね。」
 と、佐々木 晴也はふっと最後に笑った。
 完全に自分の地位に酔ってるようだな……黒影は溜め息でも吐きたい気分になる。
 何故かと言われれば、こう言った類の人間が苦手だからだ。
 民主とやらの見方が如何のとは分からないが、地位や名誉に固辞する者程、我をあらぬ方向へ見失いがちなのだ。
 勿論、犯罪においても地位や名声を守る為に、殺人まで発展する忌諱も否(いなめ)めない。
「情報は大切だが、其れだけを統べても神とは言えない。普段からきっと命掛けでその仕事をしているのでしょうが、この世に命よりも大切なもの等、僕は見た事も無い。きっとその目でも、見えない物ですよ。」
 黒影はこの目前の佐々木 晴也と言う人物は、能力をやはり使うが為に、己の命の危機には疎いのだと思い、耳に届かぬタイプであろうと分かっていても一応に言った。
 佐々木 晴也は此れに対し、最初は訝しげな顔を見せたが、
「以前記事にしたある政治家秘書が、僕の命を狙おうとはしています。だけど、其れも日常なんですよ。今はその政治家が大事な時期だから、そろそろ動いても可怪しく(おかしくの当て字。正しくは可笑しいだが笑っていない為、このような場合に稀に使用される。)は無い。その位ですよ、狙われる恐れがあるのは。他のマスメディアに僕を潰す様にでっち上げ、スクープだと後からさも真実の様に後からこんな事情でしたと写真を撮り、マスメディアを加熱させれば一丁上がりさ。たかがそんな物に僕は屈しない。決してね。」
 などと佐々木 晴也は言うのである。
 黒影はこの時感じていた。佐々木 晴也の異様な警戒心の高さをだ。
 会話に入ってから二回も「屈しない」と言った。
 強い否定が無意識のうちに言葉となって現れている。
 本当は異常なまでに、「何か」を恐れているのだ。
 強がり、「神の目を持つ者」の名に恥じない様に虚勢を張っているのだと感じたんだよ。
「然しなぁ……。聞いてしまったからには、民間人を危険から守るのも警察の仕事だ。」
 風柳が少し困って言った。
「本人が嫌がる物を如何しようも出来ませんよ。分かりました。話して頂き有難う御座います。……恐らく、もう此処には訪れません。会う事があってもね。」
 と、黒影は言った。

 ……次は、捕まえてみせる……佐々木 晴也……。
 ……現行犯でな。

 黒影はそう思っている。
 ひしひしと佐々木 晴也が時折溢した恐怖心と警戒心が、如何に異常範囲であるかを感じていた。

 問題は何故耳を切断したのか。切断箇所を現場写真で観察してみたが、通常の刃物で変わった能力を使った様には思えない。
 見えない能力があるかも知れない……。
 そんな気がしていた。
 ――――――――――

 佐々木 晴也の元を去り、黒影と風柳は自宅に戻る。
 黒影はコートを木製のコート掛けに掛け乍らサダノブを呼ぶ。
「お帰りなさい。如何でした?」
 サダノブが聞くと、
「かなり線は濃い。恐らく近日中に動くぞ。作戦会議だ、直ぐに。」
 黒影は早々(そそくさ)と鞄を置きに部屋に戻る。

「……で、恐らく佐々木 晴也はやはり警察の想定した動機は近しいが、やや異なりそうだ。……復讐だよ。マスメディアと言う、この加熱する社会を悲観し覚えている。脅えや恐怖心、極度な不安は軈て外へ向けた攻撃的な感情になると云う。陰の気が発生させたアンバランスな精神状態だ。サダノブは犯人の動きを監視。彼は狙う者を返り討ちにしている。気を付けて連絡はマメに。僕と風柳さんは佐々木 晴也の言う、政治家からその秘書を探し動きを監視する。佐々木 晴也を生きたまま警察に引き渡す。その政治家秘書もだ。其れが僕等の仕事だ。起こってしまった事件は我々は何も出来ない。……が、今は変えられる。僕の予知夢等無くとも……そうだろう?」
 サダノブはその黒影の言葉に、静かに頷いた。
 今は……変えられる。
 その黒影の言葉は信じて良いのだ。
 且つての自分が、その黒影の想いに救われたのだから。
 ――――――――
 黒影は煉瓦の橋の隅で佇み月を眺めていた。
 深夜1時……もうどこも店等やっていない。時折通る人々は和装と洋装が混ざる。
 月明かりに一人ロングコートを靡かせる紳士の輪郭だけが優しく浮かび上がっていた。
「……来た。」
 小さな囁きを仄か寒さに赤味を帯びた唇から溢す。
 そして人気の少ない煉瓦道をカツン……カツンと、底の固い靴で鳴らす。
 ゆっくりと風柳の待つ車へと向かった。
「風柳さん……動きました。」
 そう小声で言い乍ら車へと乗り込んだ。

4 シャッター

「先輩!視神経から視野を覗いたら……彼奴……。」
 サダノブが言葉を濁らせた。
「だから何だ!?……こんな自分達の攻撃まともに返されている時にっ。はっきり言え!」
 黒影は吃るサダノブに痺れを切らし言う。
「カメラですよ!カメラのシャッターを切る様に、まるでコマ送りに僕等の攻撃が見えているんです!」
 サダノブは見たままを今度はそう例えて言った。
「何だって?!……じゃあどんな攻撃もスローモーションで跳ね返すのと一緒じゃないか!」
 黒影はサダノブから聞いた言葉に戸惑いを隠せない。
 何か他の能力もあるかも知れないとは思っていたが、スピードのある攻撃が総て効かないなんて。
 ……確かに……神の目は存在した様だ。
 そうは感じても、それを認める訳にはいかない。それが人を殺める真実だと言うならば、新しい真実に置き換えなくては。
 数多の影の壁に当たる雨の音が止んだ。
 黒影はそんな相手とどう対峙するかも想定は出来なかったが、このままではきっと佐々木 晴也は政治家秘書の耳をあの剣で掻き切ってしまう事だけは分かる。
 攻撃を繰り返しても、影が弱っていくだけ。
 ――ならば……正面から体当たりするしかないな。
 影にスッと腕を真っ直ぐに切る様に下ろすと、それは灘からな漆黒の佐天の布の様に開かれて行った。
 再び煌びやかな舞踏会の世界に幕が切って落とされる……。
「……何故、耳なんだ。」
 黒影は佐々木 晴也に聞いた。此の何も隠そうとはしない一見自負心で凝り固められた……本当は怯え暮らした犯人に。
「やっと本当の意味の「神の目」を理解してくれる者に逢えたよ。ひた隠しに此の目で写し、捉えてはカメラに念写した。ゆっくりと……時を刻んでね。黒影……で、良いですよね?裏では有名人だ。……黒影さんだから、僕は話すんだ。その他大勢の寓者はどうでも良い。……「新聞」って、「聞く」んですよ。だが、庶民は聞いてもいない真実を読みたがる。例えば僕ならば、真実を確かめる為にインタビューぐらいはする。詰まり、質問し聞いている。……が、愚民は違う。ただ流れ入るラジオの声、沈黙に伏した新聞を真実だと本気で信じていやがるんだ。……自ら訪ね聞く事も、軈ては利便性に消え、真実は歪んで行く。……探偵なら解りますよね?探偵……即ち、「真実を探す者」なのだから。実際に僕が在らぬ疑いを世間で持たれたと言うのに、僕を擁護するのはあんなたった数人の狂った輩だ。「耳を使わぬ者」に、僕は制裁をしたまでだ。使わぬのなら要らない……そう、ゴミはゴミ箱に捨てただけさ。」
 そんな風に、佐々木 晴也は己の所業を正当化する。
 だが、頭ごなしに否定してはならない。善悪変わりなく、佐々木 晴也もまたこの世界に生きている一つの意見と行動なのだから。
 然しね……僕は僕でまた違う。
 黒影と呼ばれる僕の見解は。
 それが……正義では無く、平等だ。
「そうか。それは貴方の見解だ。だが、人は己の事が己が一番知っているとは限らない。僕はこう思うのだよ。……周囲にいる他人こそ、己を冷静に見て知っている。己からは見る事の出来ない背後の様な角度からね。貴方は聞かれる側になる恐怖により殺したのではないか?……何故なら、貴方自身が新聞と言う「聞く」文字も紙も憎んでいる精神状態にいたからだ。本当は次から次へ、民衆に望む物を言わせるのが怖かったんだ。何故なら、いつか他人は飽きるから……だろう?取り巻きも含めだ。その恐怖心を消す為に、この一見奇異なる行動に出たんだ。更に、其処から次第に命を狙われ、攻撃的になる事で自分を固辞し始めた。……単純に強く完全で在る「神」にその逃亡心の行先を変えた。……だが、それは僕なら違うと感じる。……だって……それはさぁ……単なる願いでも良かったじゃあないか。
 ……貴方が完全な存在で在る事も不要だ。誰も……貴方も含む誰一人として、望んではいなかった。貴方すら、好きで今の現状と精神に至っている事を喜んでいる様には……とても僕からは見えない!この「真実の目」にはそう見える。誰かが望んでいたのは、面白可笑しく権力を嘲笑うエンターティメントに過ぎなかった。違いますか?其れに踊らされ命を狙われて、何とも思わない?犠牲精神があるのならば、そんな攻撃的にはならない。結局……人は人智を越えられぬのですよ。例え……神と呼ばれようが、その「様」に崇められた祈りの対象と願いであり、貴方は違う……。人である事を捨てないで下さい。例え……例えどんな能力があったとしても。」
 ……願ったんだ。当てる事等は如何でも良い。
 其れこそ、他人の心をとや角言う義理は僕には無いのだから。
 それでも願うのは……驕る者を落とす言葉でも無い。能力を持った。怖がった。
「其れ如きで……たった……其れ如きでっ!人間を殺し、捨てる方が馬鹿げているじゃ無いかっ!」
 如何して、僕は今……小さな震えを感じているのだろう。
 憤りにか?……否……悲しいのかも知れない。……同じ能力者として……人間として、こうも分かり合えない事が。

 黒影は閉じていた真っ赤に燃え盛る鳳凰の翼を開く。
 黒影の悲しみは蒼き炎を、真実を貫き通す真っ赤な怒りの炎と共に、瞳の色に重ね透き通る紫水晶の様に変えた。
 ……人が闘う理由が分かり合えない事だと言うのならば……
 そんな理由だと決め付け散るのが命だとするならば、僕は……何を守り、救えば良いのだ。
 攻撃的な能力も持たない佐々木 晴也を前に……。

 大きく剣を振り翳し、見透かされて逆行したのか鬼の形相で向かって来る。
 神でも……人でも無い……鬼の形相だ。
 ただ、不安に震える手も振り切って……。まるでその不安を掻き消す様に悲鳴の様な金切り声を上げて、向かってくる。
 ……その恐怖も……不安も……未だ、人だから感じるんだ。

 「先輩!彼奴何もんですか!神でも人でも無いなら!」
 余りの犯人の錯乱し向かって来る姿に、サダノブはそう焦り言うと、黒影を支持を仰ぐ様に見た。
「……僕が何でも知ってると思うなよ!……もうっ、考えていたのにっ!……あゝ妖怪で良いよもう、あんな化け物!」
 人が一番怖いだなんて、ホラーな話しでは良く聞くが、全くその通りだと思い、黒影は思わず言った。
 そして、斜めに切り落とす様に腕を振ると、朱雀剣を手に取った。朱雀に変わる事で、真っ赤な翼は更に大きく燃え盛る。
「じゃあ、その成りの先輩がベム、彼奴ベラで……俺、控えめでパワーバランス的にベロで良いっす。」
 と、サダノブはこんな時だと言うのに、気楽にそんな事を言うのだ。
「お前、ギリどころの話しじゃなくて何か言っているんだよっ!時代背景を無視するなっ!」
 と、黒影はチラッとサダノブを見た。
 サダノブは鳳凰陣に何時でも技を叩き出せる様、手を引き姿勢を下げて前を向いて待っている。
 ……そうか。……何時でも頼れ……か。
 黒影はその姿に、支持をじっと待つサダノブの気持ちが少し知れた気にもなれた。
「あー……えっと、あれですよ。舌の種類が如何のって話しをしたかっただけっす。」
 と、サダノブが呆気らかんと言うのだ。
 ふっと思わず微笑んだ黒影は、
「じゃ……超合金並みに当たらないから、金色の骸骨蝙蝠で良いよ。」
 と、言って朱雀剣を持った腕をコートのケープを開かせ、後ろにガッと思いっきり引いた。
 ……人として……せめて確保してやらなければ……。
「先輩の方が危ないどころの話じゃないですよ。英語か日本語の違いでしょう?!大体こんなに時代背景ぶっ壊して良いんですか?主人公ですよね?!」
 と、逆にサダノブは黒影の方が酷いと言い出す。
「え?そうかなぁ。元々舞踏会の荘厳なる世界で大々的に僕等が素直にバトルすると思っている方がおかしいのだよ!……だったら……如何するか。……サダノブ!……答えはなぁ〜あの化け物を他に打つけ無い様に壁を作れっ!」
 黒影は今にも切り付けられる直前に思いっきり力を込めて、火を巻き込み形成す朱雀剣を振り下ろした。
 真っ赤な火流の渦が、犯人に突き刺さる様に打つかる。
 この剣では元々斬る事は出来ない。朱雀の持つ剣に人の命を削り斬る物等ありはしないのだ。その剣が斬るのは空。
 炎の渦を纏った凄まじい風圧で、黒影は佐々木 晴也の身体を大きく宙に放つ。
 大理石のシャンデリア輝く床を滑る様に、佐々木 晴也の身体は横になって止まる先も無い。
「うぉりゃああ――っ!」
 サダノブが、勢いを付け鳳凰陣に氷の拳を叩き込んだ。
 佐々木 晴也の背に止まる様に一斉に飛んだ方向を逆さ氷柱が床から連なり進む。その飛んだ先で佐々木 晴也は何とか止まった。黒影は直ぐ様、佐々木 晴也の飛んだ方へ走り出す。
 サダノブは飛んだ剣を凍らせた。
 黒影は未だ立ち上がれずにいる、佐々木 晴也を前に。

5 刻まれた時

「幻影守護帯(げんえいしゅごだい)……発動っ!」
 と、手から何本もの帯状の影を一瞬にして作り上げた。
 噴き上がる、真っ黒な帯は佐々木 晴也にシュルシュルと巻き付いて行く。
 黒影が能力者では無い者を捕まえる時に多様する技だ。
 人であり、人の心を忘れた者に一瞬で巻き付き離さない。
 「……どんなに足掻いても……此れからは人として罪を償うんだ。
 其れが……祈りと言う、この事件に足りなかったたった一つの願い。
 失った物は戻りはしない。
 ……されど、失った心に……命に……最後ぐらい、一つ埋めてもバチは当たりはしないだろう?
 ……それもまた何かが常に一つは足りない、人間の願いだとしても。佐々木 晴也……もう恐れる事は無い。長い償いと言う牢獄に守られるのだから。守られる物も能力もない人を殺害した事が、どんなにちっぽけな人間か頭を冷やして考えりんだな。」
 黒影はそう言った。
 その目は元の優しい透き通る、澄んだ青と紫の中間色の様に戻ったが細められ、長い睫毛が下向きに隠していた。
 悲しみと儚さは、何処にも避けて置く事が出来ない事がある。
 己の胸に秘め、癒えるのをただ待つ時がある。
「黒影――――っ!!能力に驕っているのは貴様の方だ!こんなにも攻撃的な脳力を持っている!然も其の能力で生業をしているじゃないかっ!同じ人と違う能力を持ちながら、貴様は……貴様は其れを利用しているにも関わらず、僕の事をとや角言って、剰(あまつ)さえ、捕まえて人生を狂わせた!……人として生きる道をだっ!何が人として、願いが何だ、神にでもなったつもりなのは貴様の方だ!」
 佐々木 晴也は身動きも取れず、その悔しさに任せ怒鳴り散らした。
「お前、黙って聞いていれば!」
 サダノブが尊敬する黒影を其処まで言われ、頭に血が昇ったのかズカズカと佐々木 晴也の前へ行く。
「構うな!……構ったら……今度は我々も、佐々木 晴也……貴方と同じになる。僕は貴方じゃない。例え同じ人並み成らぬ能力があっても、考えは違う。……決して、貴方にはなりませんよ。」
 黒影は慌てて、サダノブに一喝し制止させると、佐々木 晴也にそう言った。
 佐々木 晴也は知らない。
 長い睫毛の下に隠れた黒影の瞳が微かに潤んで光っていたのを。
 まるでそれは、恐怖や不安に気付いても、素直に生きれなかった佐々木 晴也の代わりに、心を痛めたのかも知れなかった。
 サダノブは仕方なく、佐々木 晴也から押収した剣を、息を切らして黒影へと引き摺って歩いて来る。
「幾ら拗ねているからって、何て言う持ち方をしているんだ。凶器だぞ、一応。」
 雑な扱いに一言注意すると、サダノブは慌て気味に引き摺るのを止め、持ち直した。
 そして皮の黒いライダーズジャケットのポケットから小さな金の狛犬が乗った香炉を取り出す。
 何も入っていない香炉に、黒影は軽く指を鳴らし、小さな炎を中に漂わせた。
 二人揺らぐ小さな炎を見詰めていた。
 総てを忘却の夢へと帰す……忘却の香炉。
 煌びやかな舞踏会の中を甘い薫りが流れて行く。
 黒影は楽器隊の指揮者に言った。
「せめて、今日を忘れるような一曲くれないか。」
 と。
 流れゆく柔らかな音楽は何処か物悲しく……だが、優しく……この夜に静かな帷を下すのであった。
「……封陣……。」
 静かに黒影が云うと、何事も無かったかのように炎の陣も眠りに沈む様に消え去る。

 この夜に……
 再び煌びやかな記憶が刻まれる……その日迄……。

 ――――――――――――

  ――耳の無いご遺体
 ――そして僕の前に現れた
 ――「神の目」
 あの煌びやかな一夜は翌朝、民衆を大いに騒めかせた。
 人々は能力者と言う存在に恐怖を覚え、その矛先は世論を動かし、能力者犯罪者への罪を重くする様、小さなデモが連日起こっていた。
 人として生まれ、能力者になる。
 それを捕まえる僕等は時々息の詰まる思いを感じてはいた。
 サダノブも、僕も少しだけ違うのは四神獣の魂を受け継ぐ黒田家と、其れに近しい存在だったから違うと思えば未だ心は救われる。
 然し……とても他人事には思えなかった。
 異端な存在である……。
 誰もが、一人として同じ者はいない。そっくりならば、気持ちが似ていると勘違いされ易いのと同様で、逆に遠ければ気持ちも遠いと言う勘違いをしてしまう。
 そんな不安……きっと誰もが少なかれ感じて生きている。
 自分は違うのではないか……そんな漠然とした不安を持つのが人間だ。

 ……そう、だからそれも人間「らしさ」だ。

「黒影?」
 白雪が、黒影が物思いに耽った様な表情で、珈琲カップを手にしたまま窓の外の庭を見詰めて言うものだから、心配そうに顔を覗き込み声を掛けた。
「あっ、ちょっとね。」
 黒影は誤魔化す様に珈琲を慌てて一口飲み込んだ。
 ラジオから、また小さな規模の暴動のニュースが流れている。
 サダノブを見れば、やはり何処か浮かない顔をしていた。
 「風柳さんも、白雪も……黒田家に居る、この全員には変わった能力と影がある。遺伝性や家系だと言って誰が信じる?能力は能力だ。佐々木 晴也含め、人間では無いと言われたら……何も言わずに去るしか出来ない。
 探し、捕えるまで……犯人の生きた形跡を追跡する僕等は、その短期間ではあるが、何をしていて何を感じ今に至ったかを考えなくてはならない。
 それが……今に辿り着く最短の道だから、其れで良い筈なんだ。けれどこんな時、動機……とは、何だろう。
 そんなもの無くてもしでかした罪は変わらない。そんな事を考えてしまう。法は理由を聞きたがる。其の為に操作が遅れても。ただ、其れは同情の余地の有無で刑期が変わるからって事ぐらいは分かっているんだ。
 ……それでも、佐々木 晴也は二人を残忍に殺害し、三人目の被害者は生き残ったが人質にした。極刑か無期懲役が妥当だ。あれだけ精神的に狂う程怯えていたのが理由でも。変わりはしないんだ。被害者遺族からしたら其れで良い。……そう思えるかも知れないが、そう思ってしまえば、その心は誰も殺してもいないのに、まるで復讐に似ている気がしてね。
 ……事件の後は知りたく無い。考えたく無い。けれど……今は違う。探偵として生きて、警察の「正義」とはまた違う物を探したくなってね。真実は何と答えるかと、漠然と考えていただけだよ。」
 黒影はそう言うと、珈琲に映る己の顔を暫し見つめた。
 ――僕は、正は間違っていないのか?――
 「余り感傷に浸るな。他人(ひと)は他人。自分は自分。……そして自分もまた誰かから見たら他人だ。」
 と、風柳は言うと、ラジオを消した。
「……チグハグな気がして……。」
 黒影がふと口にした。
「チグハグ?」
 と、白雪は何の事かと気にする。
「……西洋から沢山の物が流れて来た。服装も、街並みも多種多様な今。これはこれで気に入っているんだ。……なのに何故かこの総てがアンバランスな今が、大きな均衡を天秤みたいにグラつかせている様で……。崩れてしまうような嫌な予感がしたんだ。」
 そんな風に黒影は何とも言えないこの社会をそう称した。
「嫌だなぁ。先輩が言うと、予知夢みたいに本当になりそうじゃないですか。」
 サダノブはまた悪い冗談をと思って、そう言い乍ら苦笑いする。

 ……この色鮮やかな世界が……大きな戦争に呑み込まれ、モノクロになるのは……この直ぐ先の未来の事であった。

「それにしても、あのシャッターみたいな視界、便利だったな。あんな能力だったら、序でに幾らでも欲しいですよ。」
 と、サダノブは佐々木 晴也の能力を読んだ時を思い出す。
「そんな能力……。お手頃にある訳ないよ。」
 黒影はサダノブは少し気が晴れて来たのかと、己が意識せずとも張っていた緊張の系を、ホッと息を吐き微笑み剥がした。
 その安堵に肩を撫で下ろした時である。
 思い出したんだ……。
 このチグハグに感じた……「世界」の事を。
 僕等は世界にいる。
 どの時へ行っても現代と今を呼ぶのだろう。
 然し、僕の現代は他とは少しだけ違うようだ。
 どっと流れ込んだ懐かしい記憶に……僕は涙が滲む様な思いだった。
 この「世界」にある「今」を愛せる理由が分かった気がしたからだ。
  ――――――――――
 ……それは時が巡る数十年後。
 未だ彼等は何も知らないのだ。
 まさか昭和初期に飛ばされ、その後……
 ……そう……其れからまた約20年後の世界に生きているなんて。
 この黒影紳士の存在が何か分かったかな。
 此れを読んでいる君……。
 君が今度は謎を解く番だ。
 この僕等は軈て「黒影紳士 season1短編集」に辿り着く。
 そして、更に「黒影紳士 season2」を辿り此処にいる。
 如何言う事かって?
 何か……大きな物が見えて来ないか?
 透明の硝子がどの「黒影紳士」の上空にも見えていると想像してみてくれ。
 君が解く謎は……この世界の僕等が何処から来たかだ。
 巨大な物を超えようとしているんだ、僕等は。

 ――――――――
 ……そんな能力……あるんだ。
 僕は既にサダノブが忘れている様だから、気にせずジャケットの胸ポケットからある懐中時計を取り出した。
 これが鍵になる。
 ……そう信じてね。

 実はね……あるんだ。
 そんな能力では無いけれど、そんな不思議な時計と、調査鞄に忍ばせた一冊の本が。

 その二つで一対の時を刻む物。
 2022年の高度な技術と能力者の協力を得て生まれた。

 ――その名を……時夢来(とむらい)と云う……

 ―――やっと?終―――
……と、見せ掛けて終わるわけがありません。
この短編ポップアップ版もきちんと本線に掛かってくるのですよ。
特に後半の謎は、season7-1で気付き始めている筈だ。ここから大きな何かが動き出す。
だから言っただろう?season6までが、第一部だって。まだ序章に過ぎない。
そう……僕の人生にとってはね(^^♪🎩🌹
では、また月が巡ります頃、お逢い致しましょう🌛

次の↓「黒影紳士」season7-2 第一章へ↓
(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

※season7-2から新作になるのですが、2024年初っ端から、現在狭窄症腱鞘炎と脛骨からの腕、手先まで痺れ、腫れ、痛みが使い過ぎると起こる為、ゆったりペースで移転や新作書いています。
きちんと病院に行って機械療法と個別理学療法で丁寧に治療して頂いております。
少しづつならば書き乍らの治療はして頂けますが、代わりに全治6か月です。
家事もあるので、ゆっくり書いて、久々に執筆外の時間も楽しんでおります。飽きられない程度には何か書きますので、また続きを読んでくれたら幸いです。
原因はですね……長年の書き過ぎですW後書き癖の姿勢とか。その一言に限ります。治るものだし、安心して下さいね。
連載チマチマやってみますか?微笑💦冗談ですよ。
また黒影引っ提げてお逢いできる日を、楽しみにしております☆🎩🌹

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。