見出し画像

黒影紳士season6-X 「cross point 交差点」〜蒼の訪問者〜🎩第四章 始まり

始まり

 正義崩壊域は、以前開発が進められた中、蛍のいる自然を残そうとした村人と激しい衝突があり、現在の村に残った姿が元になっている。
 人にとって、何方が大切か争い残った残骸の記憶である。
 何方も忘れず、行き過ぎれば何方も崩壊へ繋ぐ。
 正義と悪は何か……何方も深追いしては崩壊する。
 そんな戒めの場所として、どんな者でさえ力を持ち過ぎてはならぬと創世神は誕生させた。

 ――――――
「影の正体……分かりましたよ。人畜無害だ。僕以外には。」
 宿に戻るなり、黒影はロングコートも脱がずに、バサリと雪崩れる様にソファに座り凭れる。
 帽子を深々とは被ったが、其の顔は上向いている。
 真っ暗な帽子の中を眺めていた。
「黒影?」
 何時もの優しく迎えてくれる白雪の声。
 軽い足音……きっと、心配でもして来るに違いない。
 ……何て話せば良いだろうか。
 事件を解決するには、数日は掛かりそうだ。
 白雪の両親の事件を今頃追うなんて……とてもじゃないが話し出し辛い。
 けれど、話さなくてはいけない時が、もう……来ているのだ。
 唯一、追うのでは無く逃げて来たようにも思えるこの事件。
 ふわっと、軽く黒影のソファに放り出した手に、布掛かった感触がする。
 ……そっか。心配しているのか。
 きっと其れが、白雪が隣りに座った際に広げたスカートのヒラである事は分かっていたが、やはり切り出せずに言葉が出ない。
 其の沈黙が長ければ長い程、心配を掛けてしまうだろうと分かり切っているのに、焦る程に何も気の利いた言葉一つ、浮かびやしないのだ。
 只管に帽子の中を眺めていると、
「ねぇ、黒影。……何時も通りが一番だって、貴方そう言うじゃない。……珈琲入れるわね。」
 白雪は助け舟でも出す様に黒影にそう言った。

 ……貴方が言い辛い事何て……分かり易くて笑っちゃう……。
 本当、嘘が苦手なのね……。

 白雪は珈琲を淹れ乍ら、ふっと優しく微笑む。
「はぁーい、お待たせ。……で?私の事件、何時終わらせてくれるのかしらん?私の世界一の名探偵さんは。」
 そう言って、珈琲をテーブルに置くと、黒影が目深に被った帽子をそっと上げて、笑顔で迎える。
 真っ暗な視界から開けて、光が入り……君の笑顔がある。
「……何で?」
 ……分かったの?と、黒影は言いたくて。
 でも、其れだけ自分の事を分かっているのは、やはり白雪だけだと、言葉を止めた。
 黒影は何処か、甘えた気分で珈琲を口にする。
 過去の己と逢って、随分と緊張の糸がピンと貼り、身体も強張っていた様だ。
 珈琲の仄かな薫りと、何時もと変わらない味が、やっとあの正義崩壊域から帰って来れたのだと、実感させ身に沁み行く様である。
 解けた身体で座り直し、黒影は言った。
「……僕はあの事件直後、自分の影を切り離していた。自分でも気付かないうちに。確かに、違和感は感じていたんだ。……此れでこの事件は終わりかって?もう少し調べたい、そうとも思ってはいたんだ。白雪の実のお父様の、武田 十蔵さん。育てのお父様の加賀谷 次郎さんとお母様の加賀谷 加奈子さん、あんまりに巻き添えで一度に三人も関係者が亡くなるのは、偶然では無く、何かの必然に思えた。他の線が……存在しているんじゃ無いかって。
 だけど、とてもあの後事件を追える状態じゃなかった。ただ、其れでも気持ちだけでも追いたかったのかも知れない。」
 と。
「……そっか。元気の無かった私にずっと寄り添っていてくれたものね。……その、分かれちゃった影さんは、悪い人では無いのでしょう?」
 白雪は、黒影や風柳がいなければ、立ち直れ無かったと今もあの日々を思い出しては思う。
 感謝はすれど、黒影の後悔になってしまうのは嫌だと思う。
「……周囲に対しては、何ら変わりの無い昔のままだが僕の様だ。けれど……僕に対しては、何か……怒りの様な、其処までとは行かないものの、妙な敵対心を感じた……かな。」
 黒影は過去の自分との出逢いを振り返って、また少し落ち着き無く、珈琲を飲んだ。
 落ち着こう、そう思って気が急いている様にも見える。
「黒影?」
「……ん?」
 白雪が其れに気付いて、黒影を振り向かせた。
「過去は何時か消えてしまうわ。どんなに強い過去でも。其れでも今は、決して消える事が無いの。」
 黒影のソファに置いた手に、白雪は手を重ね言う。
 ……そうか……。
「……何だか自分の事なのに、白雪の方が良く分かっているな。」
 黒影は考えを改め、ふっと笑った。
 ……そうだ。馬鹿げているよ。
 過去と推理対決なんて。

 ――――――――――――
「昼間に来た時は、綺麗だったのになぁ。」
 懐中電灯を持って、黒影が言う。
「不気味としか言いようが無いよ。」
 と、もう一つの懐中時計を持っていた風柳は、幽霊やらその手の話が苦手で、普段着の和装の袂に腕を入れて、寒がる様に言った。
「無理……無理無理無理……。」
 真っ暗な夜更けのトンネルで、サダノブのその連呼が響き反響する。
「あっ!サダノブ、良い加減にしろよ!お前の其の無理無理お経を聞いているだけで、本物の化け物だって逃げるに決まっている!」
 と、振り返りとうとう黒影のロングコートの裾先を握って止まったサダノブに、黒影は言った。
 サダノブが握りしめるコートの裾先を、引っ張り没収する。
「ああ〜、だって何が持っていないと落ち着かなくて。」
 と、これまた怖いものが苦手なサダノブはがっくし肩を落とす。
「だったら此れでも持っておけ。手を広げて!」
 と、黒影はぶっきらぼうにサダノブに両手を広げさせた。
 黒影は其の上で、軽く指を鳴らす。
 サダノブの掌の上に赤と金に揺れる炎が見える。
 黒影が持つ鳳凰の力だ。
 其れを使ったので、黒影の瞳も赤くなりその瞳の奥に、炎が揺ら揺らと揺れていた。
 光が齎す炎は美しく……見る総ての者の心を温かく安らぎに導く。
 平和と平等とは、そう言うものだ。
「有難う御座います……先ぱ……。」
 ……先輩と言おうとして、サダノブがフリーズして黒影を見ている。
「何だ、如何した?」
 黒影が聞く。
「いっ、否……何でも無い、気の所為でした。」
 と、サダノブは明らかに何かを誤魔化しているのだが、怪しい。
 其れでも特段、何も変化は無い様だったので、
「変な奴……。」
 黒影はそうサダノブに言うと先へ進む。
 真っ暗な景色に、黒影の目だけが二つ、化け物の様に此方を見ていたとは、流石のサダノブでも言えなかったのは、此処だけの話しだ。

「本当……。正義崩壊域……。実際に存在したのね。」
 白雪はトンネルの先の景色を見て驚いている。
 風柳も周りを照らし、驚いている様だ。
 黒影は昼の帰りに神主から聞いた、この場所が何故出来たかを話す。
 人の過ちもまた、神々は記し次に活かして行くのだろう。
 其れが間違いや傲慢だと、時に蔑まれ憎まれる事があろうとも。
 創世神は時々黒影にこんな事を言った。
 ……神の上にまた神がいるが、万能では無い。
 神とは例えの言葉であり、見えぬ届かぬ一層上からの視点……僕はそう思う。
「だけど、僕から貴方は見えているじゃないですか?」
 と、黒影が言うと、決まって創世神はこう答える。
 ……僕が変わり者なのさ。
 会わなくても、書き記す事は出来る。
 偶には現場の生の声が聞きたい……書きたい……其れだけさ。
 と、屈託も無い笑顔で言うのだ。

「ただでさえ閑散とした荒地なのに、こんな夜中じゃ余計……。早く行きましょうよ、蛍どっち?俺、早く綺麗なのを観て和みたいっ!」
 サダノブは皆んなを急かし、そう言う。
「正義崩壊域の原点だぞ、もう少しは感動しろよ。」
 黒影は有り難みの分からん奴だとサダノブに言うが、サダノブは手に持った鳳凰の炎だけが頼りの様に、大切に眺め怖いのか、他を一切見ようともしないので、注意する気も失せる。
「仕方無いな。……あの、ビル群を抜けた先らしい。」
 黒影は裏から夜月の明かりが薄く差すだけの、崩れたビルの山を指差した。
 すると、その視線の先に黒いロングコートを靡かせる影、在り。
 崩れて傾斜になったビルの屋上の角の頂点に立ち、此方を見るでも無く、如何やら月の在る方角を眺めている様だ。
「ぅわぁああーー!出たぁあーー!!」
 サダノブが其れを見て鳳凰の炎を持っているのに、ジタバタと騒ぐ。
「失礼だな、僕の影だぞっ!其れに其れは幻炎(燃え移るような場所で使う幻の見えるだけの炎で、効力が薄い物)では無いんだ。ちゃんと持っていろ!」
 黒影は溜め息を吐き言った。
 そして、ビルの真下へ行きこう声を掛ける。
「おーいっ!其方の「勲さん」とやら、事件について話しがしたい。蛍を観に来た序でだが、降りて来ないかー?」
 と。
 我乍ら、「勲さん」と影に呼ぶのも些か間抜けに思えたが、過去の影が此れで呼ばれ慣れているのだから、其の方が反応し易いだろうと、そう呼んだ。
「あれが、例の黒影?」
 と、白雪は黒影の隣に小走りし並ぶと、見上げ聞いた。
「あ……まぁ、そうだな。」
 己の過去に「例の」まで付けられると、何だかややこしい気分にはなるものだ。
 其れに、白雪を其方退けで事件を追っていた方だなんて、口が裂けても言えない。

 そんな事を話している内に、ビルの屋上から黒いロングコートのポケットに親指だけ掛けたまま、過去が(この際、ややこしいので雰囲気重視点以外は「勲さん」と記すby著)……改め、勲さんはスゥーッと舞い降り、つま先からひょいと降りて来た。
「えっ?先輩あんな事、昔から出来ていたんですかっ?!」
 サダノブがギョとした顔で黒影を見るではないか。
「否、流石にあんなには飛べない。見えていないだけだ。察するに、「勲さん」は影の細い滑り台の様な形状を作り、沿って滑り降りたか、影のロープを上から伸ばしたか……だよな?」
 と、黒影はサダノブに説明し合っているか勲に聞いた。
「ご名答……と言いたい所だが少し違う。コートの裏に影を仕込んだ。如何せ広がるんだ。ならば、その方がコートは長く見えるが影で抵抗を抑え、更に見え辛い。滑り台やロープでは、向こうの月明かりで見えてしまう可能性もあるだろう?」
 と、勲は笑う。
「やはり影の事となると、「勲さん」の方が俊敏に動かせるし、多くの方法を知っている様だね。影一本で生きていたならば、そうなって当然だ。……まぁ、良い。無用な会話は苦手らしいから、蛍のいる所へ案内してくれないか。事件の話は其れからでも良かろう?」
 黒影はそう聞いて微笑んだ。
 己と普通と会話するなんて、何とも滑稽で摩訶不思議な事だろうか。
 然し、幸いに敵では無くこうして己を一番良く知る自分と、家族に親友がいる。
 ……夜になって……影が包むこの時に、やっと気付けた気がしたよ。
 何も恐れる事は無い……。
 幸せが一つ、遅れてやって来ただけでは無いか。

 ――――――――――――
「何だ、やっぱり虫は苦手か。」
 綺麗だと燥ぐ白雪を見ていたが、勲は顔の前に来た蛍にスッと顔を引いたのを見て、黒影はそう言って笑った。
「其れは貴方も同じ筈だ。」
 勲は眉間に皺を寄せて、同じ癖にと言いたいのだろう。
「……ああ、変わらないよ。……あの事件への気持ちも、ずっと。」
 黒影は白雪が燥ぐ景色を見たままに、少し低い声で言った。
 変わってはいけないものがある。
 事件は終わっていないのだから。
 きっと、過去の僕も分かっているんだ。
 忘れちゃいけない人がいたと。

 勲を見れば、風柳と白雪を食い入る様に見詰めている。
 過去ですら、懐かしく想うのだろう。
 決別してしまった、二人の姿を。
「……出逢える。……何度でも。だから、昼間はあんな事を言ってしまったが、元々は君と僕で本領発揮だろう?今から今まで君が調べ上げた情報を、僕がまた調べ上げるとすると、二倍は時間を要し、二度手間にしかならない。此れに至っては君も同意だろう?」
 と、黒影は勲に聞いた。
「言いたい事は分かるし、また会いに来るだろうとも思っていた。詰まるところの、この私と共同戦線を張ろうと言う事だね?」
 勲には勿論、黒影の考えそうな事は分かる。
 黒影が勲を見て深く頷く。
 必要となどされない……そう思っていた勲にとっては、まだ其れが何かと理解は出来ない。
 だが、助けが要ると言う事なのだろうかとは、ぼんやりと思えていた。
 言葉を知っているだけじゃ、其の感覚は分からない。
「信頼」とは、そう言うものだ。
 見えない、現せない……だが、助け合うと互いが思えた時、始めてその言葉は産まれる。
 裏切りを恐れては成し得ない物。後に裏切られても、構わない、たった人生で言う一コマに過ぎぬ物かも知れない。
 深い認識する事も、確認し合う事が無くとも。
 ……そう思えた時に意義ある物だ。

次の↓[「黒影紳士」season6-X第五章へ↓
(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

この記事が参加している募集

#スキしてみて

527,222件

#読書感想文

190,781件

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。