oudon_mog

寝て起きて寝るだけの日常。

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寝て起きて寝るだけの日常。

最近の記事

私は紅茶のティーバッグにお湯を注ぎ足して飲むタイプです。

価値観の合う合わないってなにかしら話題になるけど、非常に面白い話題だと思う。 特に面白いのは「許せるか許せないか」議論。 例えば、一回抽出したティーバッグにお湯を注ぎ足すのを何回まで許せるか、とか。 例えば、深夜のインスタントラーメンを食べることを許せるか、とか。 例えば、お風呂に入れなくてもベッドに入ることを許せるか、とか。 (部屋着に着替えたらあり?そもそもお風呂に入らず部屋着に着替えるのはなし?とか) 例えば、部屋着の洗う頻度は何日まで許せるか、とか。 挙げ

    • 「人間 充電方法」で検索

      精神はスマホのバッテリーみたいなもので 何かしらの方法で充電しないと 焦って生き急いだり 急に動けなくなったりする 特に冬の寒い時期はスマホの充電の減り早い気がするよね、人間もまた然りな気がする かといってあたたかくなれば回復するかと言えばそうではなくて。 一回減ったものはどうにか充電するなり、新しいバッテリーに変えるなりしないとどうしようもないらしい。

      • 明日死ぬんだから

        幸せになりたいわけじゃない もう別に何もいらないのに 早く楽になりたい ずっと1人でいいのに 大切なものなんて増えないでほしい 愛だった 君が居なくなってから気づいたなんて たくさんの歌で歌われてきたのに 私はバカだから ここまで来るまで気づけなかった 一緒に行ったコンビニも 何気ない会話も 触れ合った肩も 今はもうない 人生最後の日は 君が居ないことをきっと悔やむんだろうか 私は伸ばしていた髪を切って いつもより時間をかけて化粧をして 1番お気に入りの服を着て

        • 幸福論

          やりたいことしかやりませんし、 好きになったらそればっかりですし、 しんどいことからはすぐに逃げますし、 病める時も健やかなる時も、 ただ海を思う。 幸福論のもとでは、 死が2人を分かつまで、 愛されることを諦めてはいけない。

        私は紅茶のティーバッグにお湯を注ぎ足して飲むタイプです。

          どうしようもない

          苦しい悲しいやるせないことばかりがどしどしとふりかかってくる。 こんな時体調やメンタルも最悪。 それなのに私は私のことばかりしか考えられなくて、しょうもない色恋とか、体裁とか、自分の不調とか、そんなものばかり気にとられている。 誰の悲しみのことも、誰の気持ちも慮ることすらできない自分の無力さや弱さを思い知る。 ほら、また自分のことに置き換わっている。 こうやって文字を書くこともまた、自分のことばかり伝えたくて、どうにか整理したくて、書いているに過ぎない。 ほんとう

          どうしようもない

          死んだら価値のつく人生を

          私が死んだら、 もしかしたらこの文章たちが、 作った音楽が、 撮った写真が、 YouTubeの動画が、 何気ないTwitterやInstagramが、 もしかしたら誰かの何かの価値になるかもしれない。 なんの役に立たない日々の生活の記録たちが、 死んだら「作品」になって価値を持つかもしれない。 そうなったら私は心底本望だと思って、あの世でガッツポーズするんだ。

          死んだら価値のつく人生を

          何もいらない

          何もなくて良い どうせ死ぬんだから 家も車もブランド品もお金も幸せも 生活もいらない 服もバッグも大きな荷物も愛も憂鬱も 楽しい思い出もどうせ忘れてしまうのだから どうせ死ぬんだから 何も持たない方がいい 大切な人も好きな場所もない方がいい 生きたいと思えば思うほど 手放すのが怖い 私は私にしかなれなかったのに 綺麗な作品に仕上げたい 海に散骨して欲しい 楽しいこと幸せなことばかりじゃないし 汚くて隠したくてなかったことにしたいことも たくさんあるけど そ

          何もいらない

          恋愛短歌

          「大好き」と 思っていたのは 私だけ 「勘違いだ」と 言ってちょうだい 戻れない この前会った 時よりも 好きになって いてくれたらな 朝が来て 返ってこない LINE見て 今日の運勢 12位決定 ソワソワと 待ち焦がれてる 時ばかり 君の返事は 1日遅れ 愛してる そう言えたなら 楽なのに 君の隣は 今日も別の子 好きだけど 好きだからこそ 言えなくて 心で唱える 大好きだよと 気づいてよ 気づいてるんでしょ ほんとうは それでも何も 言わないんだね ダメだっ

          恋愛短歌

          隣の芝の青さを憎む

          好きな歌をだた好きなだけでいられなくなったのはいつからだろうか あんな歌詞が、あんなメロディが、あんなフレーズがなんで思いつくんだろう 作品に嫉妬して上手く表現できない自分を憎む 歌うことは好き でも歌を歌うだけでは、きっと表現なんて言えないんだろう 自分の言葉で、メロディで、フレーズで、歌を歌えてはじめて自分を表現できるはず どうにももどかしくて悔しくて羨ましくて憎い 私はただのスピーカーやアンプにしかすぎなくて、そこに心や愛や決意はない。 好きな映画や小説

          隣の芝の青さを憎む

          マイルール備忘録

          できる限り取り繕わないで過ごしたい。 常識とかTPOとかそういう部分はあえて守らない、とかそういう話じゃなくて。 最初から期待値を上げるような言動をしたくない。 気取らず着飾らず。 「何も出来ません〜ポンコツなので〜ご迷惑おかけします〜何卒〜」の気持ちである。 期待されたらされた分だけ、それを越えなきゃいけない気がしちゃうし、勝手に期待しといて落胆されるのはつらい。 最初からそういう子なんだ、って思われておいた方が生きやすい。 自分らしく、とかはやっぱりよくわか

          マイルール備忘録

          死ねない夜の過ごし方

          毎日眠れない。 寂しさとか悲しさとか、そういう原因のわからないものに支配されていく。 暗い部屋で眠気を誘ってみても、結局何もないだけ。 何もない。 あるのは虚無感と不安定さだけ。 あっという間に朝がくればいいのに、眠れない日の夜ほど長いものはない。 ベランダに出てみると夜風が涼しくて、私はただ毎日を淡白に過ごしていても、季節は変わっていくんだとどっかの歌詞みたいなことを思ったりする。 本当はこんなはずじゃなかった。 理想とはかけ離れていく自分を許せないし、誰かの

          死ねない夜の過ごし方

          私より長生きしてほしい

          死んでしまうかもしれない。 あまりにも現実味がなさすぎるのに、 いつも間近にある。 誰も悲しまないで欲しいから、 誰ともこれ以上一緒にいたくない。 思い出なんて、都合よく幸せだったものばかり切り取って、些細なことなどすぐに忘れてしまうくせに。 私は私でしかなくて、結局どんな関係であっても、私以外はみんな他人で。 何にもなれなかった私は、生きる意味をもう見つけられない。 もともと意味なんてなかったけど、若さとか夢とか希望とか無知とか、いろんなものに生かされてここまで

          私より長生きしてほしい

          夏の夜に

          夏の夜に扇風機だけをつけて寝るのが好きだ。 熱を帯びた身体を、ぬるい風が撫でるのが心地良い。 冷房をつけてタオルケットにくるまって寝るのも良い。 少しゴワゴワとしたタオルケットが肌に当たる感覚と、冷えた風に熱を奪われていくのが良い。 暑い日のラーメンは理解できないけど、暑い日の湯船で食べるアイスは良い。 炎天下の外出は耐えられないけど、夏の夜風に当たりながらする散歩は良い。 秋が待ち遠しいと思いながら、なんだかんだ嫌いになれない夏。

          夢で見た星空が綺麗だったことを忘れられない。 星空といっても、 本物の空一面の星空ではなかった。 東京の架空の街にある、 隣がカフェになった国立の図書館で、 その図書館がプラネタリウムみたいな内装になっていた。 モダンな街の感じと図書館とプラネタリウムがうまく融合していて、次に1人でこの街を訪れたら行ってみようと思うのだった。 その日は祝日で、街の至る所に国旗が出ていて、 たくさんの人で賑わっていた。 近未来的な、ガラス張りになった歩道橋や、 移動用の乗り物も車より

          ぼんやりとした不安

          ああ今日こそは、 眠ったならもう二度と目を覚ましませんように。 そう思ったかと思えば、 SNSで見かけたコンビニの新作を明日買って帰ろうと思ったり。 一番苦しまずに死ぬ方法は何だろうかとぐるぐる考えたかと思えば、次の長期休みには旅行にでも行こうかしらとスケジュールを眺める。 別に本気で死にたいわけではない。 ただぼんやりとした不安が常にあり、 それは将来のことだったり、あるいは過去の過ちについてだったり。 今私がここにただ「いる」という事実が存在するだけで、私は「生

          ぼんやりとした不安

          この人生、勝算はあるのか。

          将来への希望ももてないこの国で。 生きてるだけでお金がかかるこの街で。 ただ、死んでないだけの日々を生きてる。 現実を見て見ぬふりしながら、夢や憧れが実現すると信じて疑わなかったあの頃は、今よりもっと希望に溢れていた。 いろんな節目節目に諦めてきたものの、そのひとつひとつに、生きる意味があった。 「このために生きてる」って思えるものがいくつもあった。 それらをひとつ手放すたびにひとつ、またひとつと自分の存在意義を失っていったように思う。 夢の全てを諦め尽くした時

          この人生、勝算はあるのか。