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スイカ幻想

シンクにスイカの種が捨ててあった。

彼女が食べたものだろう。

シンクの中では、自然界とはちがう世界が形成されている。

キャベツの根本、歯磨き粉の残り、彼女が作ってくれた麻婆豆腐の残り汁(すごくおいしかった)。

そこでは、土の中とは栄養素がまったく異なる。

だからスイカの種には、突然変異が起こる。当然。

でも僕はお盆やすみをとるので、それをしらない。

変異したスイカはみるみる台所を埋めるくらい、ツルを伸ばしていく。

そこから生まれたスイカもまた、種を持っているはずなので、スイカはねずみ算式に増えていく。

変異の過程で、自我が芽生えるスイカがいても何ら不思議ではない。

「とりあえず増えられるだけ、増えるか」

彼は僕の家中にツルを伸ばし、子供たちを育てる。

僕の家には『スティールボールラン』や『ファイアパンチ』、それに乙一氏をはじめとした小説がたくさんある。

彼はそれで日本語を学ぶ。僕がそうしてきたように。


彼の手足であるツルは、換気扇や下水を通り抜け、外へとむかう。

そこには日光があり、彼と彼の子供たちはすくすく育つ。

際限なしに増える変異スイカを、役所は見過ごすわけがない。

すぐに業者が配備され、変異スイカの駆除にとりかかる。

しかし変異スイカは他のスイカとは違うため、彼らの道具は役に立たない。

それに心臓部分である根は僕の家の中なので、彼ら駆除業者は被害を抑えることしかできない。

しかしその努力も、じきに限界が訪れる。

なんといっても、変異スイカたちはねずみ算式に増える。

それに比べて、スイカの駆除業者というのは数が限られているからだ。

やがて、駆除から逃れた変異スイカの種を鳥たちが食べ、その糞が更に次の変異スイカを生む事態に。

世界中で変異スイカが大量発生し、人々は必死でスイカを消費しようとするが、食べた者はつぎつぎと変異スイカに人格を蝕まれていく。

生きる屍もとい、生きるスイカとなった人々は更に変異スイカを世界に広げるべく、活動を始める。

「とりあえず増えられるだけ、増えるか」という親の最初の命令を忠実に実行しようと。


とうとう業を煮やした政府は、変異スイカのもとである僕の家の近所を焼き払うという決断をする。

しかし爆撃ボタンを押すその直前、スタッフの一人が変異スイカに蝕まれていることが判明する。

そのスタッフは自衛隊の基地を乗っ取り、日本中を混乱に陥れる。

そうなってはいやだな、と思った僕はスイカの種をゴミ箱に捨てた。


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