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ORCIEレポート「ポストコロナ社会のサードプレイス」

 「第三の居場所いばしょを意味するサードプレイス。今から34年前に誕生したこの言葉を、色んな場所で耳にしたことがあるのではないだろうか。
 わが家でも職場でもない第三の場所とは。海外と日本のように生活習慣や文化、宗教などによる違いはもちろん、時代の変遷によってもサードプレイスの捉え方は異なっているようだ。

経済リサーチグループ  主任研究員 山本敏也

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1.はじめに

 「サードプレイス」という言葉を、これまで見聞きしたことはないだろうか。分かりやすく表現すれば、ファーストプレイス(生活を営む場所)の「家庭」でも、セカンドプレイス(自宅以外で長い時間を過ごす場所)の「職場・学校」でもない、「憩いと交流の場」としての「第三の居場所」を表す言葉である。
 サードプレイスは、米国の都市社会学者レイ・オルデンバーグが、自著「The Great Good Place」(邦題『サードプレイス』)で提唱した概念である。同書では、「家庭や職場の役割から解放され、一個人としてくつろげる場」としてのサードプレイスのあり方が都市の魅力を大きく左右する、とその重要性が説かれている。

 同書の解説でマイク・モラスキーが述べたとおり、日常生活の見逃しやすい側面に焦点を当て、社会そのものと読者自身の身近な社会との関係について考えさせる、刺激的な著書であることに疑いの余地はない。だが一方で、出版時(1989年)から現在までの間に、科学技術の進歩や新型コロナウイルス禍(以下「コロナ禍」)などの様々な外部環境の影響を受けて、社会・産業構造だけでなく人々の価値観も大きく変わった。これらの変化は、サードプレイスの概念に違和感や矛盾を生じさせることとなった。
 そこで本稿では、サードプレイスの枠組みを再構築した上で、サードプレイスの役割変化や今後の課題について考察する。


2.サードプレイスの考え方

 オルデンバーグが提唱するサードプレイスを簡潔に表現すれば、「とびきり居心地が良く、まったりとした時間を過ごせる場所」である。サードプレイスには、①中立の領域にある、②人を平等にする、③会話がおもな活動、④利用しやすさと便宜、⑤常連の存在、⑥目立たない存在、⑦遊び心のある雰囲気、⑧もう一つのわが家、の8つの特徴がある。なお、それぞれの特徴の具体的な内容を、図表1に記す。

図表1 サードプレイスの特徴

資料:「デザインセッション多摩(DeST)2021サードプレイス」より作成。

 このような特徴を持つサードプレイスの例として、しばしば英国のパブ、フランスのカフェ、イタリアのエスプレッソ・バーのほか、居酒屋、スポーツジム、雑貨屋、書店などが挙げられる。ところが、後述するように「伝統的」なサードプレイスだけを対象にした議論は、今となっては不完全と言わざるを得ない。なぜなら、オルデンバーグ(1989)から30余年の間に科学技術の進歩や世界的なコロナ禍などを経て、サードプレイスの概念が拡大すると同時に、その役割も変化しているからである。

 伝統的な考え方によるサードプレイスは、「憩い」「交流・社交」「くつろぎ」などを提供してくれる、地域にとって重要な場所とされている。よって、オルデンバーグはチェーンの飲食店やショッピングセンターを地域性や独自性のない「非場所(ノンプレイス)」と批判し、サードプレイスに含めていない。[1]非場所は単にモノを消費するための場所であり、人々が没個性的な顧客や買い物客として扱われていると指摘する。

[1] レイ・オルデンバーグ(2013)『サードプレイス-コミュニティの核になる「とびきり居心地
よい場所」』,p.327。                              

 他方で彼は、ある場所がサードプレイスになりうるかは、顧客による使い方(=個人の認知)によって規定されるともいう。言い換えれば、常連客にとってのサードプレイスが、別の客には単なる消費のための「非場所」になる場合があることを意味する。[2]

 この考えを援用すると、本来の目的とは関係なく、客が自らの意思でサードプレイスに仕立てることによって、徹底的にマニュアル化されたハンバーガー店やコンビニエンス・ストアといったチェーン店でも、サードプレイスになるのではなかろうか。この問いに対して、オルデンバーグは論理的な反論ができていない。[3]最近では、こうした場を「マイプレイス型」としてサードプレイスに位置づける論調もある。さらに、サードプレイスが現実の場所や空間を超越して、バーチャルな世界にも存在しうるという主張も散見され、時代とともにその捉え方が変化している。

 これらを踏まえて、以下では時代に即した新しい解釈を加えるべく、先行研究を参考にサードプレイスの実態を類型化し、機能を整理する。

[2] 上掲書,474ページ。                                
[3] 上掲書,475ページ。                                


3.2軸によるサードプレイスの類型

3-1 「交流型」と「マイプレイス型」

 前節では、時代に合わせて価値観が変化すると述べたが、生活習慣や文化、宗教などの違いによっても価値観は異なる。それゆえ、海外でのサードプレイスの解釈と、日本のそれとが異なる可能性もある。[4]欧州では、「開放的で・親しみやすく・活気がある」サードプレイスの人気が根強いのに対して、日本では「落ち着いて・洗練された・静かな」スタイルが好まれる傾向にあるようだ。なお、オルデンバーグが提唱するサードプレイスは、特定の社会階層(白人のキリスト教徒)が住むごく小さな町の社交の場を想定しており、性別や人種、エスニシティ(民族)、信教などの違いを超え、真の多様性が担保された場所を描けてはいない。[5]ただし本稿では、海外と日本の是非を論じるのではなく、ある程度の主観性を排除できない概念であることを念頭に置きながら、サードプレイスの類型を行うのが目的である。

[4] 舟橋(2011)は、サードプレイスを標榜する米国大手コーヒーチェーンにおける、日本の多く  
   の店舗では来店客による相互の関係性は皆無に近く、各人の逃避や憩いの場、あるいは多少の
仕事場に過ぎないと指摘する。                              
[5] 上掲書,472~473ページ。                                

 さて、昨今のICT(情報通信技術)の著しい進歩によって、これまで予想すらしなかったサービスや場所・空間が出現している。そうした実態を考慮しつつ、識者による類型を参考に「個人」「テーマ(又はバーチャル)」「娯楽性」という新たな要素を加えるために、まずは2つの評価軸を用いたサードプレイス概念の拡張を試みる。石山(2021)の類型軸をアレンジし、縦軸に「コミュニティの特性」、横軸に「交流の志向性」を用いてサードプレイスを整理すると、図表2のような4つの象限からなる類型図ができる。[6]横軸は、交流の志向性の違いにより、集団志向か個人志向かを区分している。また、縦軸は下方に行くほど地元に密着した場所を示し、上方に向かうほど地元との関わりが薄くテーマや目的が優先される、あるいはバーチャルな空間との関係が深いことを表している。

図表2 2軸によるサードプレイスの類型

資料:石山「サードプレイス概念の拡張の検討」(2021年7月)などを参考に加筆・修正。


[6] 石山恒貴(2021)「サードプレイス概念の拡張の検討」『日本労働研究雑誌』No.732,p.11。  

 地元に根ざし(=ローカルである)、色んな人と対等に交流できる場として、オルデンバーグが掲げた伝統的なサードプレイスは「社交交流型」と呼ばれ、同図表の下半分と右半分が重なる第Ⅳ象限で示される。具体的には、英国のパブやフランスのカフェ、日本の居酒屋などが当てはまる。この領域は、他者との自然発生的な会話や交流による居心地の良さを求める「集団志向」の人々が集まり、地元への愛着が強く感じられる社交場である。

 交流を重視する社交交流型に対し、人との接点が少なく、自分らしくのんびり過ごせる場所は「マイプレイス型」と呼ばれ、同図表の下半分と左半分が重なる第Ⅲ象限に該当する。商業的な場所・空間の例では、スターバックス、ドトールコーヒー、喫茶室ルノアールな[7]どが典型だが、図書館などの施設もマイプレイス型に含まれる。リラックスできる空間や調度品(備品)、サービスなどを求めて憩いの場に集う、あるいはノマドワーカーや[8]学生が作業・勉強場所として利用するのは、プライベートに重きを置き、1人の心地よさを享受するためである。なお、マイプレイス型は伝統的サードプレイスに比べると「会話」や「常連」の要素が少ないのが特徴である。[9]

 類型に際して、違いを分かりやすく際立たせるためにあえて各軸で二分したが、双方は必ずしも二項対立的な関係ではなく、日本のスターバックスのように両方の要素を併せ持つ「ハイブリッド型」のサードプレイスも存在する。[10]

[7] コーヒー1杯の値段(店舗により異なる)は、他のコーヒーチェーン店に比べて高いが、①高  
 い空席率、②ゆったりとした座席の配置、③長時間滞在が可能、④オフィス代わりになる設備
   の完備(無線LAN、コンセント等)、⑤格安のモーニングセット、⑥貸会議室の併設という同
    店独自の戦略により、ゆったりとしたくつろぎの空間とおもてなしを提供している(テレ東プ
ラスより。https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2019/020748.html)。                  
[8] 職場や自宅などの決まった場所ではなく、カフェやシェアオフィス、図書館等を遊牧民(ノマ  
ド)のように移動しながら仕事をする人。                                                                                 
[9] グランドデザインのウェブサイト、LABORATORY22「「サードプレイス」というコミュニティ 
の未来」(https://www.grand-design-tokyo.jp/laboratory/1769/)。                                       
[10] スターバックスは本来、伝統的なサードプレイス志向だが、①商品価格が廉価でない、②日本
        の店舗がマイプレイス並行型である、③ドライブスルーやデリバリー業務を拡大している、な
       どとしばしば指摘される。                                


3-2 「地元性」と「テーマ性」

 次に、コミュニティ特性の上半分に注目してみよう。繰り返しになるが、図表2の第Ⅳ象限で表される伝統的サードプレイスでは、地域に密着した社交場としての地域コミュニティ、すなわち一定の地理的範囲内でのつながりや地縁が前提にある。では、地理的条件にとらわれず、特定の目的を持つ者が会話や交流を楽しむために集う「テーマコミュニティ」は、どこに分類されるのだろうか。

 一口に、テーマコミュニティと言っても多種多様である。地理的移動を伴わずに、自分が関心のあるオンライン上のコミュニティにバーチャルで参加する集まりを、地域コミュニティでの社交を前提とする伝統的サードプレイスの発展型として、新たなコミュニティに含めるべきだとする見方がある。

 石山(2021)は、オンラインに拡張したサードプレイスを「バーチャルサードプレイス」と呼んでいる。バーチャルサードプレイスは、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大期において、対面コミュニケーションに代わる補完的な手段としての役割を果たした。[11]しかし、同ウイルスの5類感染症への移行に伴う対面業務の再開次第では、サードプレイスとして今後確固たる居場所を築けるか否かは疑問である。また、インターネットコミュニティは匿名であるがゆえに、一般常識では理解しがたい同士特有のルールが存在したり、誹謗中傷といったコミュニケーショントラブルも少なくない。

 このように、個人が特定される対面コミュニケーションとは環境が大きく異なるバーチャルサードプレイスは、オルデンバーグが希求する本来の「居心地の良さ」を実感できるかという点において、少なからぬ疑念の余地がある。そのため、本稿ではバーチャルサードプレイスを考察対象から除外する。
 先行研究を参考に、「テーマ性」と「地元性」の評価軸でサードプレイスの範囲を定めると、会話や交流に重きを置くものの、地元性を超えてテーマや目的を優先する社交場を、「目的交流型」あるいは「テーマ型」と名付け、図表2の第Ⅰ象限に示す。

 最後の第Ⅱ象限はテーマ性が高く(またはバーチャルで)、かつ個人志向の活動を表している。地理的視点で表現すれば、地域コミュニティとのリアルな交流が少ない、または場所にこだわらない個人的な活動となろう。同象限に当てはまるものには、ふるさと納税などの寄付行為やクラウドファンディング、ソロキャンな[12]どが挙げられる。孤独を前提とし、インターネットを介して承認欲求を満たしたり気軽に人とつながれる領域を、「孤独なテーマ型」と呼ぶことにする。

[11] 山本(2021)「コロナ禍を生き延びる知恵」『産開研論集』第33号,pp.13-21。                      [12] 1人で行うキャンプ「ソロキャンプ」の略で、アニメ「ゆるキャン△」や有名人のYouTube動
       画をきっかけにブームとなった。                                                                                                  


3-3 地域とテーマのハイブリッド領域

 バーチャルサードプレイスを捨象したとはいえ、実はオンラインといったバーチャルの世界と実在の地域を橋渡しする領域が存在する。コンテンツツーリズム、[13]とりわけ近年関心が高まっているアニメ聖地巡礼(以下、「聖地巡礼」)が適例である。聖地巡礼は、アニメ作品への興味や関心をきっかけに、インターネット上で同じ価値観を共有したコミュニティが、現実空間上で集う行為と表現できる。[14]この行為は、コミュニティの舞台がテーマやバーチャル空間だけではなく、地域にも同時に併存していることから、他のバーチャルサードプレイスとは性格を異にしている。

 例えば、埼玉県旧鷲宮町わしみやまち(現・久喜くき市)が舞台のアニメ作品「らき☆すた」に登場する鷲宮わしのみや神社は、地域の内と外の人々がつながるローカルコミュニティの象徴として、全国に知られている。聖地の鷲宮神社にアニメファンが集まる様子を見て、地元の商店街・商工会が彼らをもてなす様々なイベントを開催し、ファンとの交流を深めていた。その後さらに機運が高まり、同神社の千貫神輿せんがんみこしを担いで練り歩く祭事に、主催側が「らき☆すた神輿」での参加をファンたちに提案する。この祭事への参加をきっかけとして、当地を頻繁に訪れる動機が生まれると同時に、ファンを温かく迎え入れてくれる地域に貢献したいという意識が芽生えていった。[15]コロナ禍で3年間祭事が中止となったが、2023年には4年ぶりにらき☆すた神輿渡御みこしとぎょが行われ、2008年から始まった渡御は今も連綿と続いている。

 これは、アニメ聖地というサードプレイスを介して、アニメファンとそれ以外の人(地域住民)という二項対立を乗り越えた姿で[16]あり、テーマ(バーチャル)コミュニティを発端とする聖地巡礼が地域コミュニティと融合し、地域に居心地の良い空間を創り出した証左しょうさといえる。同様の過程を経て、ファンと地元住民の交流が深まる事例は、らき☆すた以外でも枚挙にいとまがない。

[13] 映画、ドラマ、小説、マンガ、アニメ、ゲーム、絵画などの作品に登場する舞台や、作者ゆか 
りの地域を訪れる観光。                                                                                                           
[14] 岡本 健(2015)「メディアコンテンツと観光、都市、コミュニティ」『地域創造学研究』第   
25巻第2号ⅩⅩⅣ,p.204。                                                                                                       
[15] 大阪産業経済リサーチセンター(2018)「地域の「稼ぐ力」を高める仕組みづくり」,pp.32- 
33。                                                                                                                                            
[16] 岡本 健(2015)前掲資料,p.206。                                                                


4.3軸による類型キューブ

4-1 新しい仕事場としてのサードプレイス

 ここまで、「交流の志向性」および「コミュニティの特性」の評価軸によって、個人とテーマという2つの要素を新たに加えることができた。ただし近年、なかんずくコロナ禍を機に、サードプレイスの新たな価値が見出されている。それは、サードプレイスを職場や自宅(在宅勤務)よりも効率的に働ける「仕事場」と捉える風潮である。ブイキューブのインターネット調査によると、ひとりの時間を確保でき、やりたいこと、やるべきことに集中できる空間としてサードプレイスを認識している人が多く、自宅よりも効率的に働けると感じる人が約68%を占めている。[17]

 このように、仕事場としてのサードプレイス、すなわち「サードプレイスオフィス」と称される新しい形態へのニーズが着実に高まっている。なお、本稿では電話やWeb会議などの機能を有する①サテライトオフィス、②シェアオフィス、③ワーケーション、④コワーキングスペースを、サードプレイスオフィスの対象範囲とする。[18]これらは、伝統的サードプレイスのような憩いや交流よりも、集中的・効率的に働くことを重視しており、さらに新たな評価軸による定義の拡張が必要となる。そこで、縦軸・横軸に高さ軸、つまり「娯楽性」の有無を加えた3軸で区分すると、8つの小さな要素(キューブ)からなる、大きな立方体「サードプレイスキューブ」が出現する(図表3)。

図表3 3軸によるサードプレイスキューブ

資料:石山(2021)などを参考に著者作成。
[17] 2022年2~3月に、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県のいずれかに居住する会社員または経
営者500名を対象に実施。                                                                                                         
[18] サードプレイスオフィスの統一的な定義はないが、①は企業などの本拠地から離れた所に設置 
      されたオフィス、②は複数の企業や個人が、フリーアドレス(固定の席を持たない)で空間や
      設備を共有する場所、③は観光地やリゾート地などの旅先で仕事をすること、④は②と似てい
      るが、利用者同士が情報や知識、スキルを共有しながら、コミュニティが形成される空間・場
所。                                                                                                                                            

 前節は、家庭や学校・職場から切り離された余暇・娯楽の時間を、どのように過ごすかという視点からの議論であり、そうした余暇・娯楽内の類型はサードプレイスキューブ上段の4つの小キューブで説明ができる。例えば、オルデンバーグが主張する伝統的サードプレイスは、集団志向で地元性の強い余暇・娯楽の居場所であることから、図表3の濃い網掛け部分(b×c×e)で示される。同様に、集団志向でテーマ性が強い余暇活動の場である目的交流(テーマ)型は薄い網掛け部分の(b×d×e)、マイプレイス型は(a×c×e)、孤独なテーマ型は(a×d×e)となる。


4-2 「非娯楽」への拡張

 議論をサードプレイスオフィスに戻すと、オルデンバーグ(1989)が出た時代には、憩いと交流の場に仕事場の要素を加えることは、そもそも考えつかなかったであろう。ところが、30年以上を経て働き方の多様化やコロナ禍の経験が職場のあり方を問い直す契機となり、サテライトオフィスやシェアオフィス、ワーケーションのように、余暇や娯楽との境目が曖昧な仕事の形態が台頭してきた。こうした、従来の枠組みにはない「非娯楽(仕事・学業など)」の領域に注視しながら、サードプレイスを捉えてみたい。

 まず、複数の企業や個人が固定の席を持たない「フリーアドレス」で空間や設備を共有するシェアオフィスは、業務に集中するための個室はもちろん、他の利用者と交流するためのオープンスペースも併設され、業務内容による使い分けが可能である。[19]また、コワーキングスペースも業務に必要な設備の共有や法人登記が可能(一部例外あり)など、低コストによるオフィスの確保という点において、シェアオフィスと類似している。

 ただし、オフィス機能をより重視したシェアオフィスに対して、カフェやバー、ダイニング(食堂)、さらにはシェアキッチンが併設されることもあるコワーキングスペースは、①様々な利用者とコミュニケーションが取りやすい、②運営側が利用者同士を引き合わせてくれる、③仕事に直結するセミナーやワークショップなどのイベントが頻繁に行われる、といった特徴を持つ。また、コワーキングスペースのポータルサイト「コワーキング ジャパン」では、その利用場面を図表4のように分類している。当然、複数の目的による利用が含まれることを考えれば、実に多種多様な層の人々がコワーキングスペースに集まっているのが理解できる。[20]

図表4 コワーキングスペースの利用場面

資料:コワーキングジャパンホームページより作成。
[19] IRISTORIESウェブサイトコラム「コワーキングスペースとシェアオフィスの違いとは」2022年
 5月31日(https://www.irischitose.co.jp/blog/column/coworking_share_office/)。              
[20] Coworking JAPANウェブサイト(https://co-co-po.com/coworking-columnks26/)。                 

 以上を勘案すると、より職住近接を実現することができ、個人志向と集団志向の使い分けがしやすいシェアオフィスは、サードプレイスキューブ下段の(a×c×f)と(b×c×f)で示される(図表5)。他方、飲食スペースやキッチンなど業務以外の機能も併せて提供するコワーキングスペースは、交流やコミュニケーション重視の集団志向であること、また図表4のように幅広い目的を持つ人々が集まる場所であることから、サードプレイスキューブの(b×c×f)と(b×d×f)で表される。

図表5 サードプレイスの類型と具体例

資料:各種資料を基に著者作成。

 サテライトオフィスは、企業の本社から離れた場所にあるオフィスで、支店・支社よりも小規模のものを指す場合が多い。衛星(サテライト)のように、本社から離れた場所や地方にオフィスを構えることで、営業活動の移動時間や通勤時間の短縮、地方での採用や地域活性化の促進、離職率の低下といったメリットがあるとされる。シェアオフィスは、それ自体が本社としても機能するが、サテライトオフィスは本社の補助的な存在、もしくは地方の拠点としての役割を持つ点が大きな違いである(図表6)。とはいえ、他の利用者と共用できるオープンスペースと個室の両方を備えるサテライトオフィスは、シェアオフィスと同じくサードプレイスキューブの(a×c×f)と(b×c×f)に該当する。

図表6 サテライトオフィスのイメージ

資料:illustAC。

 さらに斬新な形態として興味深いのが、ワーケーションである。Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語で、テレワーク等を活用し、普段の職場や自宅とは異なる場所で仕事をしつつ、自分の時間も過ごすことで[21]ある。なお、観光庁ではワーケーションを休暇が主体の「休暇型」と、仕事が主体の「業務型」に分類しているが、本稿の図表5でいう娯楽と非娯楽にほぼ対応すると考えられる。

[21] 観光庁ウェブサイトより(https://www.mlit.go.jp/kanko cho/workation-bleisure/)。                

 ここで、ユニークなワーケーションの事例を紹介する。コロナ禍をきっかけに、ふるさとシェアリング(大阪市阿倍野区)が展開した「ふるシェア」は、サブスクリプション型の会員制ワーケーションである。都市の人が訪問先ならではの「暮らし」「営み」に触れ、またそれらを支える「ひと」に会うことで、地域のリピーター(=ファン)になってもらうビジネスモデルである。[22]会員は、和歌山県すさみ町、京都府京丹後市、奈良県宇陀市など、現在関西に6か所ある「ふるシェアの家」[23]でワーケーションを体験できる(図表7の3)。ふるさと(地方)に滞在していない時でも、オンラインコミュニティで様々なイベントに参加できる(同1)ほか、ふるさとから会員へ新鮮な野菜や果物、魚といった自慢の品が届けられ、会員からもスイーツや料理など「まちのグルメ」をふるさとへ返礼するしくみ「ふるシェア便」が用意されている(同2)。さらに、深刻な人手不足に悩む農作業や祭りの手伝いなど、ふるさとの暮らしに関わったり、ふるさとの人々を応援する機会も提供されている(同4)。

[22] オダギリサトシ(2022)『ふるさとワーケーションで日本が変わる』,p.73。                          
[23] 改修した古民家やお寺などを活用した宿泊施設。地域住民との交流の拠点でもある。               

図表7 ふるシェアのしくみ

資料:ふるさとシェアリング提供。

 要約すると、対面やオンラインで互いに思いを馳せながら交流を続ける中で信頼関係が深まり、都市と地方の困りごとを助け合って解決する関係性が構築されている。このような、①ネットワーク、②信頼、③互酬性というふるシェアの特徴は、地域の幸福度を高める資源といわれるソーシャルキャピタルの構成要素と合致する。コロナ禍を契機に、地方への関心や関係人口に対する期待が高まっており、ポストコロナ社会においてこの潮流はふるシェアの追い風となろう。新形態のサードプレイスは、個人の憩いの場や仕事場にとどまらず、ソーシャルキャピタルを醸成し、地域活性化の新たな芽に発展する可能性を秘めている。

 ワーケーションをサードプレイスキューブで表すと、都市と地方の交流を前提に、業務(非娯楽)と休暇(娯楽)が融合していることから、(b×d×e)と(b×d×f)となる。


5.おわりに

5-1 サードプレイスの類型から分かったこと

 本稿は、従来の伝統的な概念に想定されていなかった要素を盛り込み、サードプレイスの定義を拡張しながら枠組みを再構築した。そのプロセスで分かったのは、以下の3点である。

 1つに、オルデンバーグが提唱した昔ながらの正統派サードプレイスが、今も健在であるということ。ただし、時代の変遷に伴ってサードプレイスが多様化しており、将来にわたって伝統的なスタイルが主流であり続けられるとは断言できない。ともあれ、サードプレイスを理解する上での根幹となる、基本概念であることに変わりはない。

 2つに、枠組みを整理する過程で何度も示されたとおり、サードプレイスの概念が時代とともに伝統的な領域から多方面へ拡張している実態である。その広がりのありようは、本稿で扱いきれないほど多岐にわたる。中でも、交流から距離を置いた「個人志向」、家庭や地縁との関係が薄い「テーマ(バーチャル)性」、仕事や学業などの「非娯楽(仕事場)」については、新たな居場所としての台頭が目覚ましい。ポストコロナ社会において、上記の領域がサードプレイスの普及・発展に寄与しうるか、今後も目が離せない。

 3つに、伝統的なサードプレイスとは無関係と思われた領域での行為が、実は密接に結びついているケースがあること。本稿でいう、地域とテーマのハイブリッド領域として紹介した聖地巡礼がそれに該当する。岡本(2015)によると、聖地巡礼をきっかけにファンと良好な関係性を築いた地域では、現実空間情報空間で内容的につながりのあるコミュニケーションが継続しているとし、アニメ聖地にはオルデンバーグが提唱する(伝統的)サードプレイスに近い場の構築がみられるのではないかと指摘する。

 それを裏付ける理由として、アニメ聖地のコミュニティには平等性や遊び心という、サードプレイスと共通する特徴があることを挙げている。[24]この点に着目すれば、平等性や遊び心に満ちた場所であるアニメ聖地で、ファンや住民が楽しげに交流する様子は、地域の魅力となって外部の人々を聖地巡礼に駆り立てるだけでなく、住民たちのシビックプライド(地域の誇り)を示す象徴ともなった。

[24] 岡本 健(2015)前掲資料,p.208。                                                                                                


5-2 今後の考察課題

 伝統的サードプレイスのコミュニティが持つ本来の多様性に加え、新たな要素を取り入れた発展型の出現、さらに両者の融合型など時代の変化にしたがってサードプレイスの形態はより複雑化している。そうした実態を捉えようと、識者が様々なアプローチで分析を試みており、まさに百家争鳴の感が拭えない現状である。

 そのような趨勢の下、本稿ではかなり挑戦的な類型を試みることができた。ただ、活発な論争が交わされるにつれて、サードプレイスにまつわる用語が濫用されてしまうと、オルデンバーグが求める本来の価値、すなわち「とびきり居心地が良く、まったりとした時間を過ごせる場所」という核心が失われかねないことにも留意する必要があろう。[25]サードプレイスの理解に混乱が生じないよう、用語の統一化など認識の共有をどう図っていくかという課題が残されている。

 定義に関するもう1つの課題は、本編でも述べたとおり急速に拡張し続けるサードプレイスの範囲をどこまで許容するかである。特に、日進月歩で発展するオンラインなどのバーチャルな領域の取り扱いには、困難が伴う。ポストコロナ社会において、人々の意識に浸透し、新たなサードプレイスとして定着していくのはどの領域なのか。一朝一夕に結論を出すことは容易ではない。

 上述したサードプレイスの課題についてのさらなる考察は、文献研究や識者との議論などを重ねながら別稿を期すこととしたい。

[25] 国際文化会館(対談)内沼晋太郎氏×マイク・モラスキー氏「サードプレイスのすすめ ― 日常
       にひとさじの非日常を」2014年9月掲載(https://www.i-house.or.jp/programs/ihj-world04/)。