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難病に住み込まれて6年、30歳の成長記

私が最初にギランバレー症候群だと言われてから6年、CIDPに診断が切り替わってから5年が経ちました。
ここまで本当にあっという間で、社会人として「若手」といわれていた私も、気づけばもう中堅?20代だったのに、もう30代に突入。

未だによくわからないこの病気とともに生きてきた中で、どんな気づきがあったかなとか、どんなところに変化があったかなとか、改めてちょっと振り返ってみました。


出来ないことは、素直に「出来ない」と認められるようになった

このnoteの一番最初に書いた記事にもありますが…改めて。

まず、病気をもってからあらゆる場面で、「今まで出来ていたことが、もう今まで通りには出来ない」と痛感するようになりました。
最初は「出来なくなったことは、また出来るようになりたい」と努力をしていました。だって、「出来ない自分」に腹が立っていたし、悔しいし、嫌いだったから。そんな自分を周りに見せる、見られることも嫌いだったから。
勿論、出来るようになるための努力が全て無駄だというわけではないし、頑張れるのも素晴らしいこと。でも、出来ないことを無理してでも出来るようになりたいと必死にもがくことは、ある意味「出来なくなってしまった今の自分を否定していることにもなるのでは」とも思い始めました。だって、努力だけではどうにも出来ないこともあるし、しょうがない。
私の場合、そんな「出来なくなった自分」も愛せなければ、気持ちも前を向けない。誰かに認められたり、愛してもらいたいのならば、まずは自分が今の自分を認めて、受け入れて、愛してあげなければと思うようになりました。出来ないなりに、他の道を考えて行動するのも悪くない。
この気持ちの切り替えはすごく難しいことだったので、ここまでくるのに3年以上はかかりました...。


勝手に「敵」をつくらなくなった

「出来ないこと」と上手く付き合って生きていくには、他の誰かや何かの力を借りていかなければなりません。今の暮らしでは、一人では解決できないことが多すぎるから。
だから、今まで以上に人とのコミュニケーション力を高めなければ、と「伝え方の工夫」を意識し始めました。
「私の気持ちなんか、どうせ誰もわかってくれない」とずっと思っていたけど、それは当たり前でした。だって、私がちゃんと伝えようとしていなかったから。
本当にメンタルがしんどかったときは「世の中の全てみんな敵!」ぐらいに思ってしまうこともあったけど、「私が聞き手側だったら、どういう説明・態度なら納得できるのかな」とか、よく考えてから人と接するようになりました。そのお陰か、思っていたよりも真剣に耳を傾けてくれる誰かがいて、時には手を差し伸べてくれる誰かがいることに気づきました。

そうして気持ちが少しずつ前を向いてきて、少し心に余裕が出てくると、世の中には優しい人も結構いるんだな~、なんて思い始めました。
例えば、電車で席を譲ってくれようとした方が妊婦さんだったので、「いやいや私なんかよりも、未来を託したいそのお腹の子の方が…」なんて思いながらどうぞどうぞと譲り合っていたら、それを見ていた他の人が二人とも座らせてくれたことがあったり。優先席に座っていた赤ちゃんを抱えたお母さんも、楽しそうにお喋りしていたご年配の方も、「気づかなくてごめんね、こっちに座って!」と優しく手招きしてくれて、一緒に座らせてくれたり。
自分が思っていたより、人って暖かいかも…と気づける瞬間が多くなりました。

そうは言っても、残念ながら、優しくない人も沢山います。残念ながら、びっくりするくらい意地悪なことを言ってくる、やってくる人もいる。ネットの上には、「こんなこと、どんな顔して打ってるんだろうな」と思うような汚い言葉を平気でぶつけてくる人もいます。
病気関係なく元々メンタルが弱かったので、ちょっと前の私だったら、その言動一つ一つを真っ直ぐに受け止めて、傷ついて、「私なんか…」と泣いてばかりいました。でも今は、「あんな人たちが投げてくるトゲトゲしたボールをいちいちキャッチする暇なんてないわ!」と、涼しい顔をして避けられるようになりました。病気のことをからかってきたあいつのことも、馬鹿にしてきたあいつのことも、もうどうだっていい。そんな人たちなんかより、私の方がきっと心が健康だと思うから。


焦っても楽しくないことに気づいた

こうして病気と向き合い、徐々にメンタルも強くなったところで、気づけば20代をこえて30歳。ふと周りを見渡せば、同世代の友人はもうほとんどが結婚や出産を経験していました。
どのSNSを開いても、子どもやパートナーとの楽しそうな様子ばかり。友人と集まっても、そんな話ばかり。
私がひとり病気を抱え、悩みもがき苦しみながらやっと前を向き始めた間にも、みんなは違う世界を生きていたのか…なんて、ちょっとだけまた孤独を感じてしまっていました。
「みんな楽しそうな話ばかりなのに、私は病気のことしか話すことがないや」
「パートナーや子育ての愚痴さえも羨ましい、私は自分のことだけで精いっぱいなのに」
「幸せそうでいいな」
でも、そんな謎の嫉妬心や焦りを抱える必要ってあるのか?病気をもっているからって、本当に私の毎日は地獄でしかないのか?
こんな私でも、きっと私にしか見えない景色があって、私にしか切り開けない世界があるはず。私だからこそ掴める幸せもきっとある。私の幸せは私だけのもので、それがたとえ周りと少し違ったとしても、私が楽しいと思える人生なら、もうそれでいい。幸せの形なんて人それぞれ!と思いたい。


「現状維持の先が衰退とは限らない」と思い始めた

若い頃、「現状維持は衰退への始まりだ」なんて言葉をよく耳にしていました。果たして本当にそうなのだろうか。そうじゃない場合だってあるはず。
私は毎日この体と上手く付き合っていく上で、無理に上を向こうとせず、かつ落ちていかぬよう、現状をどうにか維持するために、自分なりに努力をしているつもりです。朝起き上がることも、働くことも、お風呂に入ることも、食事をすることも、家事をすることも。そんな「変わらない毎日」を送るための小さな頑張りを積み重ねた先に待っているのが、衰退だなんてはずがない。
たまには全然頑張れない日もあるけど、頑張ろうとしただけでもかっこいい。自分で自分を褒めまくって伸ばしたい。現状維持に向けた努力だって、十分素晴らしい。

本当は、病気には一刻も早くこの体から出て行ってほしいと思っているけど、ずっと住みたいというのならせめて大暴れせず「お互い上手くやろうぜ」的に私と仲良くしようとしてほしいなと思う。
色々なものと闘いながら、泣いて笑ってきたこの6年。まだまだ苦しいこともあるだろうけど、そんな中でも私らしさを失わずに、少しでも楽しく笑える人でいられますように。

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