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サブカルの存在意義

あまりない本だ。
分類が難しい。ジャンル不明の本。
読んでる最中は下水道を歩く息苦しさがあるが、読み終えた後はマンホールから顔を出した時の清々しさがある。

それは人生は平等?理不尽?という問いをひたすら投げかけてくる本だからだろう。

根本敬という漫画家の作品を通して精神科医がサブカルとは何か?を綴っている。


根本敬の作品がひたすらに下品で報われない。ここまで世の中は酷くな...でも世の中って綺麗事では済まされないこと多いよな...なんならこれ以上に酷く無慈悲なものじゃないのか?と思考が逆マウントを取られる。

この世は平等と思いたい陽の自分と、経験的に平等ではないことに薄々気付いている陰の自分の中で何かが揺れ動く気持ち悪さ。

違和感、問いから常識を疑う思考実験という意味ではこの本は立派な哲学書であり、哲学ってそもそもサブカルの一面もあるなと思った。







グッときたワードコレクション


神さまが本領を発揮するのは、災難が降りかかるのを防ぐといった時点においてではなく、実際に災いが起きてしまってからなのだ。とても分かりやすい言葉で言えば、慰め請負人となるだろうか。


言われてみれば神は苦痛を防ぐことはできぬが苦しむ人と共に居てくれる存在とされている。神はもしかして上や前にいるのではなく、横や後ろの方にいるのかもしれないと感じた。

人は属性ではなくて、固有名詞で自分を見て欲しい。お金持ちになれると今度は[人は私をお金持ちとしか私を見てくれない。本当の私を見てほしい]と固有名詞で見られることを望む。


ここでXJAPANのToshiが例に出ていた。
1.固有名を捨てて成功者という属性を手に入れようとする。
2.成功者という属性を手に入れる。
3.また固有名を再獲得しようとして10億円と10年を自己啓発セミナーに溶かす。

ここで相対的なものより絶対的なものが大切だよ~って口で言うのは簡単だが、そういかないのが人間の性。いきなり絶対的なものを手に入れようとするのって相当難しい。
人間の欲望だって相対的なものからモチベーションが生まれたりするし。
相対的に満たされてから絶対感を取りにいくフローが一番多いとすら感じる。

ここでの学ぶポイントは絶対的なもの(固有名詞)を探る時に、他人を介入したところかなと思った。
他人を介して分かるのは弱みや強みといった相対的な観点であって、絶対的なものって自分にしか分からないんだな~むっずかし~。ポロッと出てこいよ俺の絶対感。


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死を意識することで生が輝くように、
不条理や理不尽を意識することで、条理や平等を考えるようになる。サブカルを摂取することでメインカルチャー、王道の在り方を考える。

一度逆に振るアプローチをする重要性を説いた本かなと感じた。

定期的にサブカルを摂取しよっと。
酸素が薄い場所に行かないと普段の酸素の有り難みに気付けないのと同様で、幸福も似たもんかもしれんね。

おわり。

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