マガジンのカバー画像

小説「ポルシェに乗った地下芸人」

23
36歳で急に思い立ってお笑い芸人を志した私の自伝的なやつです。 曖昧な記憶と都合が良い記憶改竄がなされている可能性がありますので、あくまでフィクションとしてお楽しみください。
運営しているクリエイター

#芸人養成所

ポルシェに乗った地下芸人.12

ポルシェに乗った地下芸人.12

YU-TAは得意げに僕の問いかけに答えている。お笑いを始めたきっかけや、過去に芸能事務所に所属していたが、今は無所属の、いわゆるフリー芸人であることなど。

金属製の扉ギギッと空いて、カルボナールの2人が暗い顔つきで出てきた。

アキちゃんは扉を出るやいなやYU-TAの元へ雑種の室内犬のように駆け寄り、またも気持ちの悪い甘えた声で言った

「YU-TAさぁ〜ん、スベっちゃいましたよぉ〜」

この世

もっとみる
ポルシェに乗った地下芸人.10

ポルシェに乗った地下芸人.10

舞台に出ていく。ライブは2回目だが、たくさんのスポットライトの下に出ていくのは実に興奮する。

緊張もあるが、舞台に出れば「やるしかない」とハラが決まって声が出る。

「こんばんわ〜、ジョニー小野です!!」

これだ。夜なのだから挨拶は「こんばんわ」に決まっている。ちなみに、「こんばんは」ではない。

この「は」こ「わ」かを意識することで、声のトーンや発音に微妙な違いが出る。僕はあくまで「こんばん

もっとみる
ポルシェに乗った地下芸人.9

ポルシェに乗った地下芸人.9

ライブが始まった。金属扉の向こうに耳を澄ませる。

「はいどうもー」。1組目は漫才師らしい。

「俺、お笑いで売れなかった時のためにコンビニ店員の練習したいんだけどいいかな」

お前らは売れてないし売れない。まず、「はいどうもー」という模倣を安易にしている時点でお笑いへの適性がないではないか。

勝手に批評してしまう。これは僕の習慣だから仕方ない。

しかし不思議だ。なぜ彼らはバイトの練習をするの

もっとみる
ポルシェに乗った地下芸人.8

ポルシェに乗った地下芸人.8

開演時間の19時が近づき、薄汚いビルの裏手は薄汚い芸人で混雑してきた。

生乾きの臭いがそこらじゅう漂っている。こいつらには洗濯用漂白剤という知識が無いのだろう。

雑菌だらけの洗濯機で雑菌まみれの服を洗い、空気の淀んだ部屋に干している。だからこんなに臭いのだ、

そもそも、これだけ自分の服が臭い事をどう思っているのだろう。

僕はポルシェで来ている。こいつらはきっと電車だろう。この臭いで公共の交

もっとみる
ポルシェに乗った地下芸人.7

ポルシェに乗った地下芸人.7

アキちゃんとの挨拶をした僕は、とりあえず衣装に着替える事にした。

蒸し暑い初秋に雑居ビルの裏手で室外機のぬるい風に吹かれて屋外で着替えをする。

うん、実にアングラでかっこいいじゃないか。

着替え終わった僕は、念のため裏口から舞台袖に行ってみた。

やたらと重い金属製の古びたドアを強くひっぱる。

舞台の真裏にあるとは思えないギギッという嫌な音を出して開く。中に入ると真っ暗な、黒いカーテンに仕

もっとみる