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大西書評堂#3 「クリスマスの思い出」と「八〇ヤード独走」

トルーマン・カポーティ「クリスマスの思い出」(村上春樹訳)

・あらすじ
 二十年前の秋のこと、僕はまだ七歳で、クリスマスの日は刻々と近づいてきていた。髪を短く切り詰めた女――背中がひどく曲がりこぶのようになっていて、頬はリンカーンのようにこけている――はうきうきした様子でクリスマス前の、この季節がやってきたことを僕に話しかけている。彼女は僕の親友だった。とても遠い親戚で、歳は六十を越している。彼女は僕のことをバディーと呼ぶ。彼女の子供時代にそういう友達がいたからだ。ただ、いまでも彼女はほとんど子供みたいな振る舞いをしている。そして、犬のクイーニー。この二人と一匹で、クリスマス前の例の準備を今年も始める。彼女は言う。「フルーツケーキの季節が来たよ!」
 まず彼らはぼろのうばぐるまをひいて果樹園に入り、ピーカン(ナッツの一種)を集める。家に帰って長い時間かけてむく。誘惑にかられてつい食べたくなるが二人とも我慢してむき続ける。ついに最後のひとつをむき終わると、二人ともくたくたになっている。夕食を囲みながら明日の買い出しについて話し合う。三十個のケーキのために、どれくらいお金が必要なのか語り合う。彼らは二人とも経済とは縁のない暮らしぶりだから、稼ぎは少ない。毎週僕は十セント使って映画を見に行くけれど、それでもクリスマスにかけてこつこつ貯めている。数えると十三ドル。彼女が数えたところでは十二ドル七十五セント。彼女は13を忌み嫌っていたから、念のためにと一セント外へ投げすてる。
 材料のなかでいちばん高価なのはウィスキー。当時は違法だったけど、ハハ・ジョーンズさんの店で手に入れられることは誰でも、お巡りさんでも知っていた。彼らはハハ・ジョーンズさんを訪ねる。どっしりとしていて、傷痕が目立つ彼が出てくる。彼女は震えながらも「ウィスキーを買いたいのだけど」と話す。初めは鼻で笑っていた彼だったが、フルーツケーキの材料に使うのだと聞くと、ケーキをひとつ譲ってもらうのを条件にウィスキーをただでくれる。
 材料がそろった彼らは、家に帰って三十一個のケーキを焼く。ケーキは彼らの友達のためのものだ。彼らの友達というのは、一回、あるいは一回も会ったことのない人ばかりだ。たとえば牧師さん、年に二回やってくる包丁研ぎさん、バスの運転手さん、ローズヴェルト大統領。そして、ケーキを送ると、切手代で貯金はすっからかんになってしまう。二人と一匹はわけてもらったウィスキーの残りをちょびっと飲む。気分よくなって、ほとんどわめきみたいに歌い続けるけれど帰ってきた親戚に、彼女はすごく怒られる。
 つぎは森の奥に入って若いモミの木を切って持ち帰る。それをめいいっぱい飾りつけしてみせる。お金はないけど、毎年のようにきらびやかにする。色紙に絵を描き、彼女がそれを切ってくれる。たっぷりの飾りつけがされるとツリーは素晴らしくなって、ついにクリスマスを迎える。二人はお互いにうんと素敵なプレゼントをあげたいと思うけれど、お金はないからまえみたいに凧を作ってプレゼントする。クリスマスの日、親戚中からたくさんのプレゼントがあるけれど、二人は互いの凧が最高だ、と言う。二人して外に出て、凧を飛ばす。遊んで、芝に寝そべり、冬の太陽を心地よくおがむ。
 それが二人が一緒にすごした最後のクリスマスだった。寄宿舎に入れられた僕は彼女と切り離される。クイーニーはつぎの年に死んでしまう。手紙には金釘みたいに下手な文字の手紙には、僕のための十セント玉が添えられている。もうそれほど多くは焼けないけれど、いちばんのやつを僕に送ってくれる。やがて記憶の混濁がはじまり、ベッドから起き上がらない日が多くなり、もう「フルーツケーキの季節が来たよ!」と叫ぶことはなくなる。
 僕には彼女がいなくなったとわかる。十二月の特別の日に校庭を歩き、二つの凧のような雲が流れていないかと、青い空をにらみつける。

・感想
 クリスマスのための小説。この小説のためにクリスマスがあるのかもしれない。
「無頭の鷹」にみられるような、大人のなかに潜むイノセンスを描くのがトルーマン・カポーティの味わいだ。僕はひんやりとした――描写は日常でありながらぞっとさせられるような彼の作品が好きなのだが、「銀の壜」や、「クリスマスの思い出」にあらわれるような心あたたまる作品たちも素晴らしい。カポーティといえばやはり「ティファニーで朝食を」が目立ってしまうのは仕方ないが、もうすぐクリスマスということもあって、彼のクリスマス小説を楽しむの一興だろう。じつにおもしろい。

・音楽
 クリスマス・ソングを聞いていても許されるから、僕はこの季節が大好きだ。やっぱり「ハッピー・クリスマス(ジョンとヨーコ)」、「レット・イット・スノウ」は欠かせない。もちろん、「ラスト・クリスマス」だってそうだ。


アーウィン・ショー「八〇ヤード独走」(平石貴樹訳)

・あらすじ
 受け取ったボールを胸に抱えて、ダーリングは走っていく。そのとき、彼のすべてが冴えわたっていた。周りのいっさいを感じ取ることができていた。タックルを滑らかにかわし、倒れこんだラインマンを飛び越え、ハーフバックに足をつかまれても、身をひねって勢いを維持し、そのまま走り抜けた。彼は微笑んでもいた。考えるのではなく、自分の身体すべてが自然に動いてくれているのを感じていた。ぶつかったセイフティを軽々と置き去りにすると、八〇ヤードを超えて彼はゴールラインに飛び込んでいった。
 それはもう、十五年もまえのことだった。その時代には周りのすべての人がダーリングに期待をかけていた。大学卒業後にはフットボール選手としての輝かしい未来が約束されていた。
 ただ、十五年もまえのことだった。独走をした試合のあと、ダーリングは大学いちばんの美女、ルイーズが待つ車に乗り込んだ。二人はキスを交わし、互いに微笑んでみせていた。二人は今夜のことで約束をした。そして車をスタートさせ、町へ帰った。
 三十五歳になったダーリングはそれを思い出していた。独走のあとはスタメンでずっと出ていた。が、それ以降は三十五ヤードも独走はなかった。少しすると、新しくやってきた男がそのチームの顔となった。男が突進し、点をとり、もてはやされた。ダーリングは男にパスを回すだけだった。
 ルイーズはそれでもお構いなくダーリングのことを愛していた。父が社長であるルイーズはダーリングに高価なものばかりプレゼントした。そして大学を卒業すると、ダーリングはルイーズの父からNYの支店を譲り受けた。金はいくらでもあり、豪奢な日々を送っていた。大恐慌がやってくると会社は終わってしまった。ルイーズの父は拳銃自殺をし、ダーリングには借金ばかりの会社が残されていた。彼は昼間から酒を飲むようになった。彼を心配してルイーズは美術館へ誘った。しかし、それでもダーリングは酒を飲んでいた。ルイーズはそっと外に出ていき、雑誌社に仕事を見つけて帰ってきた。
 ダーリングが仕事を見つけるまで。そう思っていたが、ルイーズの仕事は日に日に責任を増していった。それまで箱入り娘だった彼女の生活は一変し、多くの業界人たちと交友関係を持つようになった。
 しばらくしてルイーズは飲んだくれるダーリングを「ベイビー」と呼ぶようになった。ダーリングが気付くと、すでに彼女は敏腕編集者の地位を確立していた。二人のアパートではパーティが開かれるようになった。そこはダーリングが知らない彼女の友人たちであふれていた。彼らとルイーズは演劇や文学、政治についての意見を流暢に交わしていた。ダーリングには教養がまったくなく、何もわからなかった。彼は気まずい思いをしていた。部屋の奥のところで、ルイーズが知らない男と仲良く酒を飲んでいるのが見えた。
 彼は一念発起し不動産で働くことに決めた。ただ、なぜか彼はひとつも契約が取れなかった。それですぐに辞めてしまった。教養をつけようと思ったが、読書も、コンサートもだめだった。自分自身、そして彼女をとりまくそれらについて嫌気がさしていた。
 彼はつぎにスーツを売る仕事を見つけた。出張で大学を回ってぱりっとしたスーツを売るのだ。ルイーズにその相談をした。出張で離れ離れになってしまうために、彼女が断ってくれることを期待していた。が、彼女は素っ気なく返事するだけだった。
 そして、彼は自分の母校へとやってきていたのであった。かつての練習フィールドの芝生に腰をおろし、目をつむると、十五年まえの自分をありありと思い出すことができた。練習、そして試合。駆け抜ける感覚、八〇ヤードの独走。ルイーズとの初めての熱烈なキス。いまでは彼女は、彼の知らない言葉で、彼の知らない男と会食しているのだ。
 三十五歳のダーリングは立ち上がり、かつてのように体を動かしてみた。走り、飛び越え、身をひねって走った。ゴールラインを超えたときになって、男女のカップルが不思議そうにこちらを見やっているのに気づいた。ダーリングはぼそぼそと、昔ここでプレイしていたんだ、と言った。二人は不思議そうに見ていた。ダーリングは回れ右してホテルに帰っていった。額には汗のつぶが浮かんでいた。

・感想
 いわゆる感動秘話。感動秘話はややもすれば凡庸な印象を与えがちだが、それでも人々の心を温かくさせる力を持っている。アーウィン・ショーの描く「八〇ヤード独走」はみじめな男の姿を過去と現在の比較によって克明に描きだしている。僕は読んでいてじんわりきていた。無垢なルイーズが変化していくさまもとてもおもしろく読める、優れた作品だ。

・(アメリカン)フットボール
 まったくよく知らない。初め、読んでいるとき、まったく知らないのでバスケットボールかなにかと勘違いしていた。高校のころフットボールをプレイしたのだが、ずっと後方で指示、あるいはわめきのような大声をあげていたことしかおぼえていない。

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