”白いごはん”は、なぜ「左」に配置されるのか?
いい。
”白いご飯”と”豚汁”の組み合わせは、実にいい。
オフェンス面でもディフェンス面でも非常に高い成果を出せる。
無意識に「白いご飯は左、豚汁は右」と配置してしまったが、なぜ白いご飯を左に置くのだろうか?
ご飯が左にある場合、汁物は右に配置される。
こうなると、左手で汁物の器を持つことになり(右利きの人の場合)、窮屈な思いをする。
(左手を右前方に出す行為は、日常ではあまりない)
一方、下の画像のような配置にしてしまえば、ご飯も汁物も左手でとりやすい。
だが、たとえば「松屋」などの飲食店でも、白いご飯は左、汁物は右である。
なぜご飯は左なのか?
サッカーのポジションは、戦略、個々の能力、利き足、選手間の関係性など様々な要素で決められる。
日本代表の三笘選手が左のポジションに配置されるのは、本人や監督の明確な意図があるからだ。
白いご飯も、明確な意図をもって左に配置されているのだろうか?
というわけで、今回のお題。
❶本当に、「白いごはんは左」なのか?
定食屋では「ごはんが左、汁物が右」という形がほとんどだ。
それが「正解」なのだろうか?
どうやって確かめれば・・・・・・
はっ!
私は高校教師だ。
教科書で調べればいいじゃないか。
というわけで、早速「家庭科」の教科書で調べてみる。
左下の「配膳」のところに注目すると・・・・・・
シッカリ、「ご飯は左に」と書いてあるではないか。
気になったので『学習指導要領』も調べてみた。
すべての教科書は、この学習指導要領に基づいて作成される。
つまり、国が、
と言い、教科書会社は、
と応えるのだ。
日本では、国家レベルで「配膳の仕方」を学ぶのである!
「ご飯が左」だと教科書に書かれている(=ほぼ正しいこと)のだとわかった。
しかし、なぜご飯が左なのかは書かれていない。
❷左が格上、右は格下
インターネットで「ごはん 左 なぜ」などと調べると出てくるのが左上右下という概念だ。
「左上右下」とは文字通り、
という概念である。
みなさんが高校生の頃、授業中のヒマつぶしに使っていた『国語便覧』を読めば、”左大臣”の方が”右大臣”より格上であることがわかる。
なるほど、日本では”左が格上”と認識されていたのか。
ごはん(お米)と汁物なら、たしかに”ごはん”の方が格上だろう。
米を大切にしてきた日本人の精神がわかる、すばらしい作法だと思う。
しかし・・・・・・
という言葉もある。
左と右、どっちが上なのか!?
❸右に出る者はいない?
「右に出る者はいない」の意味を辞書で調べてみると、
とある。
これは、「優秀な順番に右から並べた。最も優秀(最も右にいる)な者より優れた人はいない」という状況から生まれた言葉である。
つまり、思いっ切り、
と言っている。
他にも、「左遷」という言葉がある。
左遷の意味は、
である。
「左遷」を訓読みすると、「左に遷す」である。
「左に遷す」ことが、「低い地位に落とすこと」を意味するワケなので、
と言っているのだ。
これでは、「左上右下」と正反対ではないか。
矛盾している。
「左」は格上なの?格下なの?
どっちなの???
❹困ったときは・・・・・・
この日本語シリーズには格言がある。
というものだ。(今、考えた)
下記の記事でも漢文で考えるとうまくいった。
実は、日本語として定着している「右に出る者はいない」も「左遷」も、由来は漢文なのだ。
つまり、元は中国の言葉である。
中国では、
だった。
いや、正確には、
中国では時代によって、「右が格上」のときもあれば「左が格上」のときもあった。
日本に中国の文化が伝わってきたときは、
だったため、左上右下の概念が広まったとされている。
ここで、話を白いご飯に戻そう。
白いご飯と汁物では、どちらが上だろうか?
料理を格付けするのもどうかと思うが、やはり日本人にとって「ご飯=お米」は特別な存在。
ご飯(お米)が格上、と言われても文句を言う人はいないのではないだろうか。
だから、ご飯は左に配置されるのだ!
❺左上右下、いつからあった?
古事記。
西暦712年に書かれたとされるそれは、現存する日本最古の書物である。
その古事記にも左上右下の概念が見てとれる。
古事記には様々な神様が登場するが、ここでは伊邪那岐を取り上げよう。
伊邪那岐は「黄泉の国」に行き、愛する妻、伊邪那美の変わり果てた姿(全身にウジがたかっている)を見てしまう。
黄泉の国から生還した伊邪那岐が、水辺で身を清めるときに生まれたのが天照大神だ。
このとき、天照大神は左目から生まれている。
天照大神といえば、日本人の総氏神ともいえる非常に重要な存在だ。
また、古事記では「左右」という順番で描写される。
決して「右左」ではない。
下の画像は、須佐之男が攻めて来たと誤解し、天照が武装する場面。
下段のコマに「左右」という記述がある。
左上右下という概念は、古事記が完成した西暦712年には、すでに存在していたのだと思われる。
❻初詣で迷ったら・・・・・・
なんてヤンチャな感想が聞こえてきた。
そんなときは、初詣に行ったときのことを思い出してほしい。
初詣に神社に行くと、清めを行なう場所(手水舎)がある。
今までなら、
と悩んでスマートフォンを取り出していた人もいるかもしれない。
でも「左上右下」を知っていれば大丈夫!
格上である左を先に洗う、ということがわかるのだ。
では、このあたりで結論。
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