辞書を全部読むと文章力は上がる?←オジサンが美味しかった
オジサン(私)が、オジサンを食べる。
辞書を全部読んだら”オジサン”を食べることになったのだ。
と思った人も大丈夫。
最後まで読めばわかるから。
さぁ、過去に戻り、経緯を記そう。
この記事は、エッセイであり、調査報告書であり、未来への提言である。
1.きっかけ
そう思っていたとき、自宅の本棚で見つけた。
『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』だ。
読んだことはあったが、
と思った。
さっそく読んでみると気になる記述が。
えぇーッ!
私、辞書を手元に置かずに書いている。
(今はチガウ)
さらに、私はこう考えた。
というのも、今まで「文章力アップ系」の本はたくさん読んで来た。
これからは、別方面から能力アップを図る必要性を感じていたのだ。
といっても、辞書は世の中にたくさんある。
どの辞書を読むのか?
尖り散らかした辞書、『新明解国語辞典』(以下、『新明解』)の(第四版)を選んだ。
これを選んだ理由――
それは「心の声が漏れていてオモシロイ」からだ。
実際の例を見てみよう。
『新明解』を書いた人はこの内容を書く直前に役所へ行ったのだろう。
そこで何分も待たされ、何枚も書類を書いた。
それなのに、
と形式的な対応をされた。
そのとき感じた心の声(怒り)が、出てしまっている。
さらに、このときの職員は、『新明解』を書いた人より、グッと若かった。
それなのに、知識で圧倒してくる生意気な人物であったのだ。
ここでも「凝らしめてやりたい」という心の声が漏れ出ている。
一方、【嬉しい】の用例(=使われている実例)では、
などと素直に喜ぶ。
辞書というと、武骨で無味乾燥なイメージがあるかもしれないが実に人間らしい。
それが『新明解』なのだ。
2.こんな書き方でいいのかな?
読み進めていくうちに、異変に気付く。
下記の語釈(=意味の説明)の最後に注目してほしい。
(以下、引用部分の下線は、すべて筆者が引いたもの)
「美味」って個人の感想ですよね?
他にも、たくさんある。
「美味」「うまい」「おいしい」。
辞書ってもっと客観的なもんじゃないの?
気になったので「美味」「うまい」「おいしい」と書いてある言葉を抽出したくなった。
とりあえず、辞書に載っている7万3千語の言葉をひとつひとつ読む。
この作業をする過程で、当初の目的である「辞書を全部読む」は達成できた。
が、もはや「文章力」どころではないっ!
【いちおう、報告】
辞書を全部読んだら、
◆「存在を知らなかった言葉」
◆「知っている言葉の知らなかった意味」
などが学べた。
しかし、それだけでは文章力向上につながらないと結論づけた。
5ヶ月かけて読み終え、食材となりうるもの(あさり、七面鳥など)をExcelに入力。
食材は全部で281項目あった。
そのなかで「美味」などと評価されたものは、なにか!?
「食用蛙」に「美味」と書いたということは、実際に食べたのだろう。
全体の傾向として・・・・・・
魚介類がめっちゃ多い。
『新明解』を書いた人、魚好きなのか?
と思っていたら、「かねがね」の用例に以下の記述が。
魚好き、確定やん。
でないと、こんな用例を採用しない。
しかし、偏った食事のしすぎで人間ドックの結果が悪かったのか、
などと野菜も食べるよう気をつけている。
ここで、新たなに疑問が生まれた。
さぁ、一緒にこの謎を解決しよう!
3.辞書編集とは〇〇である
謎を解くため、辞書作りに関する本をひたらす読んだ。
すると、驚くべき言葉に出会う。
次の本の「帯」に注目していただきたい。
辞書編集とは”刑罰”である。
”刑罰”。実にスパイシーな言葉だ。
「そんなわけあるかい」と思ってページをめくると、本当に書いてある。
つまり、辞書作りとは刑罰に値するほどタイヘンな仕事というわけだ。
そもそも、”言葉の意味”説明するのは非常に難しい。
たとえば「水泳」。
あなたは、「泳ぐ」との違いを明確にして、「水泳」という言葉の意味を説明できるだろうか?
(よかったら30秒考えてみてください)
↓↓↓↓
『新明解』では、「水泳」の説明として、
とある。
「水泳」とはスポーツのこと。
なるほど、だから「魚が水泳する」とは言えないわけだ。
このように”言葉の意味”とは「感覚的には理解しているが、言語化するのは難しい」ものである。
それをひたすら繰り返す。
だから辞書作りは、あまりにも地味、単調で、長く時間のかかる仕事であった。
調査を進めていくと、多くの出版社が辞書作りにおいて手抜きをしていたことがわかった。
この”手抜き”が日本の辞書界をゆるがす、大事件につながってしまう。
4.『暮しの手帖』事件
1971年。
雑誌『暮しの手帖』において「国語の辞書をテストする」という特集記事が公開された。
『暮しの手帖』が各出版社の辞書を比較・検証。
その結果として「まとめ」には次のように書いている。
不満の理由はいくつかあった。
そのうちの一つに、
とあり、裁縫用語の「まつる」が例として挙げられている。
それぞれ、言葉を入れ替えたり、漢字を平仮名にしたりしただけの、そっくりな説明なのだ。
このように、当時の辞書界には”盗用体質”が蔓延していた。
辞書作りは”刑罰”に値するほど、負担の大きい仕事だ。
だからこそ「すでに発売されている辞書に書いてあることを真似し、組み合わせてテキトーに作る」が当たり前となっていた。
『暮しの手帖』はその事実を容赦なく明らかにした。
「盗用はアタリマエ」。
この状況に血が沸騰するほど怒った人物がいる。
その名は山田忠雄。
『新明解』を作った人である。
5.山田先生ってどんな人?
山田先生は、昭和に活躍した国語学者である。
では、その人物像に迫りたい。
(※私は敬意を込めて、「先生」をつけます)
まず、山田忠雄先生の家系図をご覧いただこう。
山田家が学者一家であることがわかる。
父の山田孝雄博士は、超がつくほどの第一級国語学者であった。
そんな山田忠雄先生は、『新明解』をほぼ一人で作った。
これは異常なことである。
なぜなら、辞書は「分業して作るもの」だからだ。
映画撮影でたとえるなら、一人の人間が「監督」「俳優」「撮影」「編集」をすべてやってしまうようなものと言えるだろうか。
奇才・山田先生が作り上げた『新明解』は、現代では”日本で一番売れている辞書”として好評である。
そんな山田先生の言葉への関心・知見の深さは常人を遠ざけるレベル。
手元に、山田先生の絶筆(最後の作品)となった『私の語誌』がある。
この本は、カンタンに言うなら「辞書ができるまでの裏話」が書いてある本だ。
いくつかの「収録語」と、それに関する考察や用例などが載っている。
突然だが、ここでクイズ!
参考までに、『NHKが悩む日本語』という本では「年の瀬」「ほぼほぼ」など53の言葉(トピック)が扱われている。
正解は、
↓↓↓↓↓
3つ。
「快挙」「他山の石」「風潮」の3つだけ。
山田先生は、たった3つの言葉だけで271ぺージを書いた。
2巻なんて「こだわる」の1語のみ。
一般的な大きさの単行本で200ページを書くと、だいたい10万字になる。
だからこの『私の語誌』も、約10万字で書かれているのだろう。
あなたはnoteの記事を何文字書いてますか?
「こだわる」だけで10万字書けますか?
山田先生なら、「こだわる」の1語で10万字書ける。
それほど、1つの言葉に対する思いが熱いのだ。
これで謎をひとつ解決できた。
6.山田先生の怒りとは?
山田先生について調べていくと、『近代国語辞書の歩み』という本を書いていたことがわかった。
この本は、名前のとおり「辞書の歴史をまとめたもの」らしい。
読みて~~!
手元に置きて~~!
しかし、妻に、
と言われてしまったばかり。
(”製造元”とは私の実母。私を産んだので”製造元”)
近くの図書館で『近代国語辞書の歩み』を探すが見つからず・・・・・・
というわけでやってきた。
岐阜大学の図書館に。
さっそく借りてみると、その分厚さに驚く。
(上下巻セット)
合計で1900ページというボリューム。
山田先生、サイコーだぜ。
この中から『暮しの手帖』事件に関する山田先生の怒りを読み取ってみる。
1900ページを読み、わかったことを端的に述べよう。
山田先生は、辞書界の盗用体質に怒っていた。
山田先生は、
という状況に怒っていた。
山田先生は、決してふざけて「美味」「うまい」という語釈(言葉の意味の説明)を書いたわけではない。
独特の”創造的な”記述をすることで、”盗用”を抑止した。
停滞していた”辞書の進歩”を活性化させる、攻めの一手だったのだ。
自動車に「形状」「燃費」「装備」などの個性があるように、現代の辞書にもそれぞれの個性(違い)がある。
今、それぞれの辞書に個性があるのは、山田先生が独創的な語釈を書き、範を示したからではないだろうか。
というわけで「謎④」の答え。
さて、残された謎は2つである。
7.現代の国語教育
突然だが、私は高校教師(国語)である。
「論理国語」という科目が新設され、2022年度から「批判的に文章を読むこと」が求められるようになった。
「批判的に読む」の説明は、以下のように書かれている。
情報があふれている今日、「読んだ文章を盲目的に信じるのではなく、『正しいか?』『適切か?』と吟味する」ことが求められているのだ。
ここで、冒頭の『新明解』の記述を再掲しよう。
「批判的な読み方」に関する授業を終えたある日。
私はこの”いしなぎ”の説明について、ふと思った。
「うまい」って書いてあるけど、ホントに「うまい」のか?
8.確かめる
”いしなぎ”という魚が「うまい」のかどうか、知りたい。
これを図書館のレファレンスサービス(情報を求めている人と適切な資料を図書館員が結びつけるサービス)で聞いてみたら、どうなるだろうか。
と思う人もいるだろう。
だが、職員によっては「面倒な質問こそ燃える」人もいて、けっこうノリノリで応えてくれる。
というわけで、聞いてみた。
司書さんがカチカチっとパソコン操作をして数分後・・・・・・。
と言われ、教えてもらった本がこちら。
この本は、「釣った魚を見分ける本」なのだが、なんと「おいしさ」も載っている。
たとえば、「ニュージーランドマアジ」なら、次のような具合。
(画像右上に「食味 良」とある)
この「食味」には4ランクあり、
と説明されている。
では、「いしなぎ」については、どう書いてあるのか??
”普”かぁ。
普通なのかぁ。
”いしなぎ”よ。君に問いたい。
ウマイの??
ウマクねーの??
これはもう、食べてみるしかないッ!
実食!いしなぎ
近隣のスーパーでは手に入らなかったので「高知かわうそ市場」というサイトで頼んでみた。
早速、届く。
(約350~450gで、2000円)
では、いしなぎを「カツオのたたきのタレ」につけ、
食べる。
「うわっ」と心の中で声が出た。
”身の締まり”がスゴイ。ギュッと圧縮されているような感じ。
歯で加圧しても、かなり抵抗してくる。
肝心の味は、鶏むね肉と鯛の中間のようなもの。
白身らしい旨味と脂の甘味が穏やかに広がってくる。
これは「ウマイ」と言っていい!
私は力強く断言した。
『新明解』には、いしなぎ以外も「美味」と書かれている魚がたくさんある。
他の魚も調べていると珍妙な魚を見つけてしまう。
「オジサン」という名前の魚。
きっと、生物学者が、
とテキトーに名づけたに違いない(知らんけど)。
名前は変でも、食味は「良」とある。
これも食べたい!
同時に、謎①の答えもここで解決!
実食!オジサン
という電話を10軒の店にしてみたが、どこも「手に入らない」「難しい」という回答。
だから、通販で買った。
利用したお店は、瀬戸内海の鮮魚を”オーダーメイド加工”して届けてくれる「となりの魚や」さん。
新鮮でおいしそう!
3パック注文した。
(1パックあたり120gで522円)
レシピは色々あったが、ムニエルを作ることにした。
さっそく、ムニエルに箸を伸ばす。
パリッと焼けた皮に、メリメリと箸の先を食い込ませる。
ふっくらとした白身を掘り出し、口に運ぶと、味は淡白。
この淡白は「物足りない」のではなく「やさしい」印象。
はっきり言って「有名店のハンバーグ」や「和牛の焼肉」などといった”わかりやすい美味しさ”は、ない。
しかし、噛むたびに、いろんなイメージが湧いてくる。
喜。慈。健。粋。優。想。旨。
清。快。歓。楽。香。幸。恍。
完食し、満たされた気持ちで「ごちそうさまでした」を言う。
食べ終えて、あることを思った。
いま、日本では魚離れが深刻になっている。
『令和5年度 水産白書』によると、一人当たりの消費量は、ピーク時(40.2kg)から、ほぼ半減(22.0kg)している。
私も「魚離れ」する一人だ。
だって、
という”壁”があるから。
日本の魚離れ――
あなたは、どう?
たとえば、次の魚の名前、わかります?
↓↓↓↓↓
答えは「アジ」。
知っている人は「尾のほうにある、横線」を見れば一発でわかるはず(恥ずかしながら私は数年前まで知らなかった)。
高校生にも聞いてみたが、正解率は約5%だった。(39人中、2人が正解)
魚って、栄養価が高いのに。
魚って、健康にいいのに。
魚食文化って、大切なのに。
もしかして、『新明解』を作った山田先生は肉食が広がり続けていた1980~1990年代において、「魚離れ」を心配していた?
根拠はある。山田先生は先見の明がある人なのだ。
山田先生は「魚離れ」を心配したからこそ「美味しい」と書いて魚の良さを広げようとしたのでは?
真実はわからない。
いずれにしろ、
そう思ったのだ。
たしかに、肉より高価な魚を買うのは厳しい。
だが、ネットショッピングで5000円するものをポチっと買うのに、自分の身体の一部になる”食”において100円、200円の差を惜しむようなことはしたくない。
やるぜ、魚推し。
みなさん、一緒にどうですか?
9.即実行
早速、子どもと川に行って、魚を捕らえてきた!
別日には釣り堀に行き、マスを釣る。
魚、おいしーい!
出版を目指しています! 夢の実現のために、いただいたお金は、良記事を書くための書籍の購入に充てます😆😆