【#80】今じゃゼッタイできんわ
1999年(平成11年)8月10日【火】
半蔵中学校1年生 13歳
僕が放ったシュートは、またしてもリングにすら届かない。
敵側がボールをキャッチして、速攻を決められた。
そこで終了のブザーが鳴り響く。
「鬼木先輩、すみません。いいパスもらったのに・・・・・・」
「シュートを外すのは、しゃーねぇ。だが・・・・・・」
僕は緊張し、背筋を伸ばす。
「リバウンドにいかないのは、よくねぇな。シュートは全部外れると思っとけ」
「はい!!」
夏休み。
くそ暑い夏。
小学校と違って、夏休みは毎日が部活だった。
中体連の県大会・準々決勝で敗れ、3年生の先輩たちは引退した。
「じゃ、振り返りを始めるぞ」
チームは鬼木先輩がキャプテンとなり、新体制となった。
4月には姫川先輩が1年生を13人も集めたが、今は6人だけになってしまった。
「まず、ディフェンスについて。あのな・・・・・・」
顧問の先生はバスケの素人なうえに、1年生も6人中4人が初心者である。
「次、オフェンス。よかったところは・・・・・・」
だから、鬼木先輩が監督のようなものだ。
「明日は午前練だな。以上」
「「「ありがとうございましたァッ!」」」
試合形式の練習の振り返りを終えたところで解散となった。
外で活動するサッカーをやっていた僕にとって、『夏の体育館』は今でも慣れない。
下手したら、外より暑いんじゃないかと思う。
汗が裾あたりまで染み込んだTシャツを脱ぎ、学校の体操服に着替える。
あとは、モップ掛けをすれば帰れるのだが――
「1年。今日も片づけは俺がやっておく」
鬼木先輩が、ボール籠をガラガラと引いて、フリースローラインに向かっている。
11時から15時まで、きっちり4時間練習したあとも、まだやるらしい。
尊敬するぜ・・・・・・。
「お前らは早く帰って明日の練習に備えろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、お先に失礼します」
「おう」
鬼木先輩に挨拶し、体育館を出る。
「みんな、疲れはたまってない?」
一人だけ制服姿の姫川先輩が、僕たちの顔を見回す。
「いや、一晩寝れば大丈夫です。ただ、部活のあと宿題をやるのがダルくて・・・・・・」
中学校の宿題の多さにびっくりした。
小学校と違い、各教科の先生がたっぷりと宿題を出す。
そのうえ、自由研究や読書感想文まであるから、たまらない。
「今日は、このあとみんなで図書館に行くつもりなんですよ」
家に帰ったら、昨日と同じく『サンダーフォースV』をやってしまう。
さすがに、そろそろ宿題に手を付けないとマズイ。
「市立図書館なら、今日はお休みよ」
「「「エっ!」」」
しまった。
普段、図書館なんて行かないから、知らなかった。
「どうすんだよ」
「やっぱ帰ろうぜ」
みんなが投げやりになったとき、姫川先輩が意外な提案をした。
「それじゃあ、私の家に来る?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いやいや、僕たち6人もいますよ。
こんなにたくさんいて、迷惑じゃないっすか。
といった心配は杞憂に終わる。
姫川先輩の部屋は広かったからだ。
僕の部屋の2倍以上はある。
「あ!このCD知ってる!!」
「へぇ、先輩も『最遊記』読むんですね」
「ちょっと!あまり見ないで」
先輩にしては珍しく、恥ずかしがっている。
僕はゲーム機を探したが、ゲームどころかテレビもなかった。
「さっ、早速やるわよ」
そんな疑問は、手を叩いて発破をかける先輩自身によって打ち消された。
僕らは用意してもらったちゃぶ台や長机を借り、問題集やノートを広げる。
「飲み物を持ってくるわ」
そういって部屋を出た先輩を見送ると、みんな好き勝手話し始めた。
「美人で豪邸住みって、どんだけスゲーんだよ!」
「しかも優しいし・・・・・・勉強教えてもらおうっと」
部活を辞めずに残ったこの6人は、本当にバスケが好きな奴らだ。
しかし、入部のきっかけは姫川先輩の勧誘だった。
「いや、そもそも姫川先輩って鬼木先輩と付き合ってるンじゃねーのか?」
たしかに、バスケのこと以外は口数が少ない鬼木先輩ともよく話している。
(ま、僕には関係ないか)
姫川先輩はいい人だと思うが、バスケの上達が先決である。
「お待たせって、みんなノートすら広げてないじゃない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うーん・・・・・・」
「何を悩んでいるの?」
「読書感想文が、書けないんです」
「どんな本で書くの?」
「ユニークな本を選んだのね・・・・・・」
「お母さんが、何かブツブツ言いながら読んでたから気になって。ほら、クリームパンってこんなに危険らしいですよ」
「・・・・・・社会勉強になるわ。ただ、読書感想文を書くのはちょっと難しいんじゃないかしら」
先輩は立ち上がると、本棚の中から一冊の書籍を取り出す。
「これなんか、どう?」
「アッ!見たことあります」
その後、僕は『五体不満足』に夢中になった。
(乙武さんって、バットを振れるんだ!)
しかし、僕の集中は、仲間の一言によって乱された。
「腹・・・・・・減ったな」
いつの間にか時刻は17時。
育ち盛りの僕らのお腹は、食べ物を熱烈に要求していた。
「簡単なものなら、作れるわよ」
「まじっすか!?」
「ゴチになりますッ」
「ただ、ちょっと人数が多いからなぁ。料理が得意な人、手伝ってくれる?」
「それなら、僕が手伝います」
普段、お母さんの代わりに料理をする分、少し自信がある。
「二人っきりで変なことするなよ」などと忠告してくる仲間に「大丈夫だ。味の保証はする」と答えて部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
18時過ぎまで先輩の家で勉強し、帰ったらすぐに風呂に入る。
(そういえば、最近ゲームやっていないな・・・・・・)
でも、不満はなかった。
(最近は、バスケ部のやつらといつも一緒にいるな)
明日こそ、シュートを決めよう。
(つづく)
出版を目指しています! 夢の実現のために、いただいたお金は、良記事を書くための書籍の購入に充てます😆😆