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かくかくしかじか(短編小説24)


「それは大変でしたね」

一通り話を聞いたその人は、眉を下げて、いかにも、と言う顔をしながらそういった。

綾は、数ヶ月前から心の調子が悪くて、心療内科にきていた。1時間ほど待たされた後、先生に、何か困ったことでもあるのか、どんな症状があるのか、などインタビューをされる。

そして

「それは大変でしたね」

そう言われたのだ。

「今日は雨ですね」と同じくらいのエネルギー量で放たれたその言葉を、綾はどう受け止めていいかわからなかった。仮に、今日は雨ですね、と言われたとしたら「そうですねえ」と間の抜けた返答をせざるを得ないのと同じ気分だった。

綾はこのモヤモヤとした受け止めきれない言葉が新たな悩みとなって、別日、オンラインカウンセリングというのを受けてみた。

今までの流れ+新たな悩みを、かくかくしかじかとを話すとカウンセラーは

「それは私にはわからない部分もあるけれど、大変だったと想像します」

と言った。

綾は幾分マシになった気持ちを感じながら、それでもモヤモヤを感じていた。

綾はそんなことを何回か繰り返した後、はたと気づいた。何をどう言われるか、の問題ではなかったのだ、と言うことに。

綾はきっと、何をどう言われたってモヤモヤするのだろう、と自分で思う。なぜなら、欲しかったのは、自分とピッタリ一致するエネルギーだったからであり、それを放てるのは、自分自身しかいなかったからだ。

初めて、綾は自分自身に今までのことを語りかけてみた。

いや、語りかけるまでもなく、今までずっと一緒にいてくれた自分自身の愛に、ようやく気づいた時、心のモヤが、さーっと晴れていく、そんな気がした。

自分は何を見失っていたのだろう。欲しかったものは、すでに持っていることを忘れて、誰かにばかり求めていた。

だから、これからはいつも自分自身の愛に気づいていたい、そう、思ったのだった。

おしまい


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