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雨と仲直り

雨が降ると、いつも憂鬱になる。
会社に行くとき、お出掛けするとき、近所を少し散歩するとき。
家の中で雨音が聞こえてくると外に出る気が失せるし、自転車に乗って遠出するつもりだったのに玄関のドアを開けて雨が降っていることに気付いた時なんかは舌打ちをしたくなる。

太陽が出ていないので歩いていて気分が上がらないし、靴下が濡れてしまった時には最悪だ。
足の裏がふやけていく感覚が気持ち悪い。
雨の日に乗る電車も湿気があってジメジメして、車内の床が濡れてツルツルするのも嫌だ。
僕は体幹が弱いのかツルツルした床を歩くのが苦手で、よくずっこける。

雨の苦手さを恨み節のように書き連ねることができる自分だけれど、雨が降ることによってイチイチ喜んでいた時期もある。



遊びでやっていたサッカーを、真剣にやり始めた小学生の頃のことだ。
プロ選手を夢見てクラブチームに入ってサッカーをするようになると、厳しい練習をすることが増えた。
チームメイトとかなり激しく接触しないといけない練習、ひたすら走り込みをする練習。
どれも吐きそうになるくらい辛かったし(実際に何度も吐いた)、強豪チームと練習試合を組まれるのも嫌だった。
負けると、たくさん怒鳴られて蹴りを入れられるし、駅まで走って帰れと言われる。

その頃の救いの手が、雨だったのだ。

僕のチームが練習で使っていたグラウンドは土やゴムチップでできたグラウンドで、雨が降ると練習が中止になった。

朝起きたとき、布団の中で雨の音が聞こえると嬉しくて仕方なかった。
家の電話機に中止を伝える旨の連絡が掛かってくると、思いっ切りガッツポーズした。
中止になった日は、その日できなかったはずのテレビゲームをやったり、その日食べることのなかったポテチをむしゃむしゃしながらダラダラしたりして、最高の1日になった。

一方で、芝生のグラウンドのときには、雨の中で試合や練習をすることがあった。

「マジかよ、今日芝かよ」
とガッカリしながらグラウンドに向かうけれど、雨が降る中でするサッカーは意外と楽しかった。

スリッピーになってミスをしやすくなるので、監督がいつもより少し優しくなる。
そして僕自身、雨で変なアドレナリンがでるところがあって、滅多にない活躍をするのは雨の日だった。

小学校から中学、高校と進学しても、サッカーを続けていた僕は相変わらず雨が好きだった。
理由は同じ。
練習や試合が中止になるし、決行されてもなんだかんだ活躍するからだ。

ちなみに、体育の日に雨が降るのも好きだった。
プールの日や、体力テストの日など、運動音痴でガリガリな自分が集団を前にして恥をかくことが決定事項になっている日が、台無しになるとすごく嬉しかった。
もはや、一生雨が降り注いでしまえ、ザマアミロと思っていた。


雨なんか止むんじゃねえと思わなくなったのは、サッカーや体育といった運動と無縁の生活になってからだ。
むしろ屋根のないサッカースタジアムに試合を観に行く時、友だちや彼女とお出掛けするとき、野外フェスティバルに行く時、雨が降ると猛烈にイライラした。
なんでこういう時に限って降るんだよ、と空を見上げて八つ当たりするようになった。

散々降ってきてくださいとお願いしていた少年が、青年になった瞬間にいきなり降ってくるなと偉そうに言ってくるようになったものだから、雨もムカついたのかもしれない。
その後、僕は「雨男」と言われることもあるくらい、大事な局面で雨に打たれる無様な男になった。
雨との仲はどんどん悪くなるばかりだ。

しかし、大人になってからも、雨に助けられる日は少しだけある。
忙しい1週間のクライマックスを迎えた金曜日の夜、何も予定のない日曜日の朝。
ぼーっとしたいなあ、と思った日に降ってくる雨は、なんだか気分を落ち着かせてくれるし、気持ちをリセットさせてくれる。
雨の音を聴きながら、本を読んだり文章を書いたりするのが好きだ。

だから喧嘩ばかりしていないで、少しは感謝もしないといけない。
これからも仲良くやっていこうぜ、そんな思いで目覚めて朝食を取っていると、雨の音が聞こえてきた。
今日はオフィスに出社しないといけない日だから、雨に濡れながら通勤しないといけない。
せめて夜まで待てよと、僕は小さく舌打ちをした。


いつも雨 / never young beach


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@futoshi_oli
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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