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無駄を愛した先にある希望

勤めている会社の見込んでいた年間の売上が、人の行き来ができなくなったことによって一気にふっ飛ぶ。
社長からは「少しの間はキャッシュがあるから大丈夫」という安心して良いのか悪いのか判断に困るメールが飛んできた。
僕自身が抱えていた仕事も例に漏れずで、長く付き合ってきたクライアントから、経営悪化による経費削減を理由にして、契約を打ち切られた。
なんとかしないとまずいと不安で頭がいっぱいになって、でも自分にできることは家にいる以上のことはなかった。
気分を変えようと思っても、映画館は閉まっているし、好きなサッカーチームは練習すらしていない。

最初の緊急事態宣言が出た、昨年春の話だ。
あらゆる面において希望が見出せない毎日で、僕は一つのバンドと出会った。
社会人になって忙しくなってから、新しい音楽と出会う気力があまり湧かなくなっていた。好きなバンドの多くは、10代から聴いているバンドだ。
だからこそ、この歳になって、10代のようにのめり込めるバンドが現れるとは想像していなかった。

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マカロニえんぴつとは、家のリビングで出会った。
Googleのスマートスピーカーで適当にかけていた音楽から、彼らの代表曲が流れてきたのがきっかけだ。
聴いた瞬間にピンときて調べてみると、たまに目にしたことがあって、変な名前だな、コミックバンドかな、とか思ってスルーしていたバンドだった。

昨年4/1、緊急事態宣言が発出される前日に、彼らは新しいアルバムを出した。
そのアルバムのタイトルが「hope」であることを目にした時は、少し鳥肌が立った。まるで、世界が直面するこの状況を予期していたかのようだと思って。
そして僕は文字通りに、彼らの音楽に縋りつきながら希望を求める日々を送ることになる。

家にいる時は、風呂掃除や料理をしながら、はたまた仕事をしながら。
外出できるようになってからは疲れ切って会社を出た瞬間に、休日に外を散歩しているときに、イヤホン越しに彼らの音楽を聴いた。

言いたいことが伝わらないもどかしさを「ブルーベリー・ナイツ」が掻き消し、月日が経っても振り払えない思い出やモヤモヤとした感情を「ヤングアダルト」や「青春と一瞬」が肯定してくれて、うまくいかない目の前の出来事を「遠心」や「生きるをする」がもう少しだけ踏ん張れと震える足を支えてくれた。
時に「恋人ごっこ」や「春の嵐」が、映画を観ているかのように、別の世界へと連れて行ってくれた。

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一年間、そうやって彼らの音楽にどっぷりと浸かった。
いつかライブに行きたい、生で聴きたい。
その思いが叶ったのが、こないだの日曜日だ。
5月23日、僕が中学生の時に生まれて初めてライブという非日常体験を味わった場所である、横浜アリーナへと奥さんと向かった。

お客さんの多くは、僕らアラサー夫婦とは歳が離れていて、高校生か大学生くらいの子たちだった。
友だち同士で、カップルで、待ちきれないという顔をしている姿を見て、14年前に同じ場所でRADWIMPSを観た時のことを思い出した。
学校が、日常が、心の底からつまらなくて仕方なくて、ここじゃないどこかに行きたい。
そう強く願って、音楽にばかり逃げていた高校生の自分が、彼ら彼女らに重なった。
あの頃の自分が今の僕を観たら、どう思うんだろうか。

会場に入ると、スタンドのほぼ1番後ろの席だった。
観やすいけどくじ運は相変わらずだ。高校生の頃から、会場の後ろの方でライブを眺めることが多かった。
アリーナの中に入ってそんなことを考えていると、19時を回ったタイミングで会場が暗転した。

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音が鳴って、一曲目のサビでお客さんの手が一斉に上がるのを見た瞬間、「ああこれだ」と思った。
これしかないじゃん、僕が生きていくためには。
ってか、生だけどめちゃくちゃ歌上手いな。

愚痴ばかりこぼしたり、理不尽だと怒ったりしながら仕事をするために生きているのではない。
この音楽を聴くために、この景色を観るために、生きてたんだ。

多分僕は、どこに行っても何をやっても、不満や不安を抱え込んでしまいやすい人間だ。ちょっとしたことで落ち込むし、打たれ弱い。
これはもう変えられないだろう。悔しいけれど。

でもきっと、そういう自分だからこそ、この音楽の良さがわかる。
僕の人生は、人に比べて負の感情を多く経験してきたかもしれない。
でも、この歳になってもマカロニえんぴつのようなバンドを好きになって、こうやってライブに足を運んで、感動できる大人になれていて良かった。
音楽って、ライブって、本当に最高だ。

終盤のMCでボーカルのはっとりさんは力強く言った。
「音楽は、生きる希望、生きる糧、生きる目的です。エンタメなんて言葉で片付けないでくれ」
思わず目頭が熱くなった。
なんで、いつもいつもそんなに代弁してくれるんだ。

僕は結構趣味が多い方だ。
本をよく読むし、映画館に頻繁に行く。サッカー、というかマリノスを観に行くために新横浜に通っているし、ライブハウスもたくさん行く。
音楽も、バンドだけではなくてアイドルやヒップホップも聴く。
どれも大切な宝物だ。

今まで自分の好きに口を出されて、嫌な目にあったことは思い出すだけでもそこそこある。
本読むとかガリ勉っぽいね、よく映画館に1人で行けるね、マリノスなんて弱いじゃん、ライブハウスってなんか汚いじゃん、売れてないバンドを聴いている自分が好きなんでしょ。
言われると頭に血が上って、昔はよく言い合いになった。
趣味でムキになるなよ、ふざけて言っただけじゃん、と言われた。

でもムキになるのは仕方ないんだ。
だって、学校とか、会社とか、社会とか、そういうのをうまくやれない分、僕にとってはこれが生きる目的なんだよ。
もし君自身が生きる目的、生きがいだと思っていることを否定されたら、同じようにするだろう?
大切な誰かを、大切な場所を否定されたら怒るだろう?
それと一緒なんだ。

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世の中から見たら、僕が好きなことなんて無駄なことかもしれない。
鼻で笑われてしまうかもしれない。
それ、なくても生きていけるじゃん、自粛してくれって。

でも、誰かが無駄だと思う事は、誰かにとっての生きる目的であり、希望になっている。
だから、誰かに何を言われようと、僕らは自分が好きなものを誇って良い。
好きでいて良い。堂々としていて良い。
生きていく上で、希望だけは、絶対に失われてはいけないから。

だから、だからこそ。
ただ無駄を愛すのだ。
愛して愛して、愛し続けるのだ。
誰に何を言われようと、ひたすらに。
それがこの世界で僕が幸せになる方法だ。


はしりがき / マカロニえんぴつ


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒で地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗を経て、今は広告制作会社勤務。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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