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ねりま駅前環便利軒(字余り)

 2020年12月末、新宿三丁目にある24時間営業の中華料理店。
東京に帰ってきて1ヶ月弱、親友である行天(ぎょうてん)にようやく会うことができた。なんとなくの流れでいつもの中華料理店に行き着いた私たちは、青島ビールを流し込み仕事の話にうつった。

 「俺さ、報・連・相(ほうれんそう)はしないって同僚たちに言っているんだよね」行天は淀みなく言う。

 理由は明白だという。行天は仕事が楽しく、一つのことに熱中すると、他の人と一緒にやるという概念がなくなる。全てのことを自分一人でやりたいという。
 彼の仕事はおしゃれな花屋。花を生けたりする仕事は確かに芸術的なところが大きく、熱中するのはわかるが、いくらなんでも報連相をしないとは・・・。私は呆気に取られ、盛大に笑った。

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 私と行天は高校で知り合い、2年生で同じクラスになった。容姿端麗で外国人のような雰囲気を持った行天は何かと注目を浴び、スポーツも勉強もできたうえに社交的だった。完璧である。一方、私は入学以降、複数の人と付き合ったり、髪もギャル男くらい伸ばしていたため、「チャラい」だのなんだのと言われボロボロのイメージを持っていた。そんな二人がなぜ仲良くなったのか。私が思うに正反対の価値観を持っていたからだと思う。

 行天と正反対だなと思ったのは、人と遊ぶ時の段取りについてだ。並びが前後の席だった私たちは休み時間ごとに話し、ある時「友達と遊ぶ約束をすること」に議題が流れた。
 私はちゃんと日程を決めて何をするか決めたい派。そっちの方が楽しみが明確になるという計画性を重視していた。一方、行天はその時の気持ちで遊ぶことを決めたい派。友人との楽しい時間がサプライズ的にくることを重視していた。この議題については結構長い時間議論を続けたが、一向に意見がまとまらなかった。「こうも意見が反対なのに話していて面白いって不思議だな」。新鮮な体験をした二人は笑っていた。

 行天の生態がよく分からなかったから、とりあえず合わせてみることにした。
互いの部活が終わるとメールでやりとりして駐輪場で合流し、行天の家まで一緒に帰った。
ある日は川辺でずっと話し続けた。
休日、家の近くの大きい公園でバレーボールや野球をやった。
コンビニのイートインで勉強をして、飽きて爪をマジックで塗り続けていた時もある(くそアホだな・・・)。

 「なんとなく行天OR環と話したいな」ってときに連絡を取り続けた。クラスが分かれた3年生になってもそれは変わらず、マックに集まって2時間も3時間も話していた。

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 報連相の話しに戻る。私の場合、報連相は着実にするタイプだ。仕事は決して一人ではできないし、前職の新聞記者の場合、一人が持っている情報だけで勝負するのは弱い時も多いからだ。根回しや相談をとにかくしまくる私にとって、行天の「報連相しない」ということは信じられなかった。行天は他にも「仕事は楽しいからやっている」「10日以上先のことは分からない」と話した。私は、仕事をやったと思って死にたい、将来社会のためになりたいと大義名分の旗を振っていて、行天とはまるで正反対だなと何度も思った。
 

 行天との飲み会が終わり、私はふと思った。考え方が正反対の友達がいるから、私の中の価値観の幅がどんどん広くなっているのでは、と。もし、自分と同じ考え方の人ばかりが近くにいたら、自信を持てるかもしれない。だけど、凝り固まった考えの中、視野が狭くなり、抜け出せなくなるだろう。井の中の蛙となり、井戸の出入り口はどんどんと高くなるだけだ。私が自分の考え方、価値観の幅を狭めないでいられたのは、あの行天のおかげなのかな。

 私と行天は、自らの関係についてまほろ駅前多田便利軒(三浦しをん著)の多田と行天になぞらえることがある。真面目で世話焼きの多田、破天荒で愛嬌たっぷりの行天。私はその物語から名前を拝借し、その彼に「行天」と名付けた。それを思い起こし、「やっぱりそうだよな〜」と思った。東京に帰ってきて行天と会いやすくなったし、もっと会おうと密かに決意をする私なのであった。

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 新年を迎えた。新型コロナウイルスの感染者が増え経済も落ち込む中、私の転職活動が始まった。

 「社会のために」「お客様のことを考え」「大きな目標を達成したい」。
転職支援会社の用意してくれた面接対策シートに記入したそれらの文字を一度消す。


 「行天だったら、なんていうかな」。
 もともと書いていた言葉と反対の意味である「個人のために」「家族を考えて」「目標に向かう前に足元のこと」と一度書いてみる。とはいえ、しっくりはこない。行天が示唆してくれるいつもの正反対を頭の片隅におきながら、次のステップのことをもう一度考えてみようと思った。


友へ/高橋優

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社勤務。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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