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夜型の叔父、世界を変えていた

中学生から大学卒業くらいまで、年末年始は北関東にある祖父母の家で過ごしていた。
祖父母の家には、私の家族、そして母の妹家族が集まる。大体10人くらいで年越しをするのが毎年の恒例だった。

年末年始に顔を合わせる叔父・薫さんは夜型の人だった。
リビングに降りてくるのは夕方4時か5時。むくんだ目に厚い唇、かけているメガネをとってゴシゴシと目元を拭うと、「たまちゃん、おはよう」と声をかけてくる。
「おはようございます〜」と平静を装って、薫さんから飛んでくる「何歳になったんだっけ」「大学で何をしているんだっけ」の質問をバシバシ返していくのだが、「一体この人は何をしているんだろうか」といつも疑問に思っていた。

薫さんは関西出身だ。大阪だったか、京都だったかの人で関西弁で話している。関西弁への先入観があるかもしれないが、明るい印象だ。でもファッションもお世辞にはおしゃれと言えないし、不潔とかではないけどなんか野暮ったい感じがして、なんだかチグハグな印象を受けた。相手に与える第一印象とは違って、明るくて毎日が楽しそうな人だった。

久しぶりに来た叔母からの連絡は、薫さんが危篤であるという知らせだった。
薫さんが住んでいた大阪に飛ぶと、憔悴しきって布団に横たわっていた。ステージ4のがん。もう治らないとのことだった。
死の匂いが漂い、叔母は泣いていた。マンションの近くを走る電車の音が耳についた。
そういえば、薫さんってどんな人だったのか。それを知らないまま、もう話せなくなってしまったと感じた。

薫さんのパーソナルな部分を見たことが2度ある。
1度目は、年末年始の祖父母の家で、夜中にトイレに起きたときだ。
私が寝ていたのはリビングから襖を挟んだところにある和室だが、襖を開けるとリビングの掘り炬燵のところに、ノートパソコンの光に照らされた薫さんの顔が浮かんでいた。
びくっと驚いた様子を見せた私に、薫さんは全く反応しなかった。
「何しているんですか?」と恥じらいを消すように声をかけると、薫さんはノートパソコンを見ながら「仕事だよ」と答えた。
その時の薫さんの目は、よく見る笑って細めている様子と違い、かっと見開いていた。集中しているのがわかった。

2度目は、祖父母と出かけるときだ。
祖父も祖母も少し変わった人で、家族で出かけるというよりも自分の感情や行動を優先する人だった。
年末年始だしショッピングモールにいって福袋でも買うか〜となったときに、祖父も祖母も、鳥の世話をするとか家にいるとか、いろいろな理由をつけて行こうとしなかった。「え〜いこうよ〜」と私の母が声をかけるが譲らない。
そんな微妙な空気のときに、薫さんは「好きにしたらええっすよ」と通る声で笑い、場が収まった。その時、薫さんは個人の感情を優先してくれる人だなと思った。(ちなみにこの一言でなぜか祖母が準備を始めて一緒に買い物に行くという謎行動が生まれる)
その後も、私がマスコミに就職したいと家族の前で言って訝しげられたときも、「大丈夫ですよ」と笑ってくれていた。やはり薫さんはなんだか肯定してくれる人だったのだ。

薫さんが亡くなり、葬式や告別式の準備が行われていた。
母から「葬式の写真を撮っておいて」と言われ、首を傾げながらも渋々全体の写真を撮っていると、送られてきた花が目に止まった。「〇〇一同」と書かれているが、誰もが知っているような有名な携帯アプリの会社の名前が書いてあり、なんだろうとおもった。母に聞いた。「あれね。私も知らなかったんだけど、薫さんが開発に関わっていたらしいわよ」。

薫さんは有名国立大学を出て、その後IT系の仕事をしていたらしい。アプリの開発をし、今ではかなり多くの人が使っているものを作っていた。仕事が好きで一生懸命取り組んでいたという。私は、薫さんが夜にパソコンに真剣に向かっていた姿に合点がいったのだった。

薫さんとは短い出会いだった。亡くなる前も後も不思議な人だという印象は変わらない。
だけど正直なところ、亡くなってから仕事のことを知り、お葬式に来た薫さんの親族の人と話してからの方が、不思議という意味が良い意味に変わっていったと思う。亡くなる前の薫さんは明るいけど何をしているかわからないというニュアンスが強く、「変な人なのか?」みたいなニュアンスが強かった。

このミスマッチと呼んでいいような、家族独特の距離感はなんなのだろうか。家族も、努力して向き合わないと、何も知れず、問題も解消されず、離れ離れになってしまうのだなと思った。

それからというものの、大阪に遊びに行くときには薫さんと叔母が住んでいた家に行くようにしている。
久しぶりに薫さんが住んでいたマンションを訪ね、叔母やいとこと近況を話し、みんなが楽しく暮らしていることがわかって嬉しかった。
こんな機会も、もしかしたら薫さんとの淡い後悔が、導いてくれたのかな。

ベランダにでて、椅子に腰をかける。
陽光と電車の音が心地よい気がしてきた。
「あ、環ちゃん。薫ちゃんはね電車オタクだったの。だから電車が見えるところに住みたいってこのマンションを買ったのよ」
叔母が笑った。



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