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無駄と言われても声は上げたい

5年前、僕が転勤で東海地方に住んでいた頃の話だ。
当時勤めていた会社で、自主提案していたイベントの企画書が、社内コンペで運良く採択された。

内容は、県内の大学と協力して、外国人留学生たちと一緒に県内の観光スポットを周り、最終的には県の観光協会なども巻き込んで大きな講堂で発表会をやる、という内容である。
日本に来ている留学生たちの目線で魅力的な場所を見つけて発信し、県内の観光活性化に繋げようという思いがあった。

番組に出たい留学生を募集したところ、20〜30人が手を挙げてくれた。予想外に人が集まった。
全員に出演してもらうことは、イベントの内容的に難しそうだったので、簡単にオーディションをやることにした。

オーディションは、大学の講義室で行った。
講義終わりに、ぞろぞろと集まった留学生たちは、国籍がバラエティ豊かだった。
アメリカやアジア圏の国の学生が多いかなと思っていたけれど、南米やオセアニア圏から来ている学生もいた。
国際交流とはかけ離れた超日本的な学部で大学時代を過ごしたものだから、これには驚いた。
こんなにいろんな国の人が日本に来ているのか。

そして、ほとんどの学生が流暢に日本語を話すことに、更に驚いた。
僕は必修で中学生の頃から勉強してきた英語ですら、話すのがままならないというのに。

オーディションは進み、イベントに出演するのは3人に絞り込まれた。

1人目は、フィジー人のスミス。
スミスはとても陽気なキャラクターで、留学生の中でもいじられキャラ。
僕らと話すことに緊張している留学生も多かったけれど、スミスはそんな様子を一切見せずにヘラヘラしていた。
カメラが大好きで、見せてくれたInstagramには日本や母国で撮ったとても綺麗な写真が並んでいた。

2人目は、ウクライナ人のエレナ。
エレナもよく笑う女の子で、好奇心が旺盛だった。
いろんな質問を投げかける僕らに対して、逆にたくさん質問をしてきた。
エレナはアートが好きで、世界中の美術館に興味があって、日本でも京都や金沢に行ったのが楽しかったと話していた。

3人目は、韓国人のヨンス。
ヨンスは、日本人に気質が近かった。
少しシャイなんだけど、質問を続けると、ポツポツと思ってることを話してくれた。
慣れてくると、ジョークを交えて話すようになった。
留学する前から日本が大好きで、食べ物がすごく美味しいと言っていた。

1つだけ気がかりなことがあった。
オーディションに来ていたブラジル人の女の子・ラウラが、落ちたことをすごく残念そうにしていたからだ。
ラウラはオーディションをやる前から、問い合わせ先になっていた僕宛に熱いメールを送ってきてきていた。
そこまでしてくれたのはラウラだけで、にもかかわらず落としてしまったのが少しうしろめたくて、心残りだった。

選ばれた3人は、発表会当日、自分たちが見つけた県内の観光スポットを、一人ひとりプレゼンテーションすることになった。
実際にスポットに足を運んで、動画を撮影し、インタビューもして、当日は自分の言葉で説明をしないといけない。
今思えば結構ヘビーなことをやってもらうことにしていた。

ただ、留学生だけで面白い場所を見つけたり撮影したりするのは難しいので、僕の会社のスタッフが本人たちの興味や趣味を聞きながら一緒にスポットを探し、撮影を全面的に手伝った。
少し骨を折りながら何度か打ち合わせを重ねて、なんとか3人の行く場所が決まった。

スミスは、当時流行り始めていた工場夜景。
エレナは、世界各国のアートの偽物が集まったシュールな美術館。
ヨンスは、伝統産業である鰹節を作っている、海岸線沿いのすごい場所にある小屋。

僕は、エレナとヨンスのロケを付きっきりで手伝った。



ロケ当日、エレナは緊張した面持ちで美術館まで来た。
僕たちスタッフが仕切りにいつも通りでいいよと声をかけると、その度に良い笑顔で、ありがとうございます、と答えてくれた。
あまりにも良い笑顔なので、スタッフもつられてみんな笑顔になった。

昼食に用意していたお弁当がお肉だらけで、ベジタリアンのエレナが食べられないという事態が発生した。
居合わせたスタッフが大慌てで違う弁当を用意して確認不足を詫びたけど、エレナはずっと笑顔で「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

ロケが始まると、エレナの振る舞いは緊張も飛んだように堂々としていた。
事前に案内をお願いしていた館長さんとともに美術館を回り、自分でカメラを回しながら、興味を持ったことをどんどん聞いていた。
あまりにも良い撮れ高だったので、エレナすげえ、とスタッフはみんな驚いた。
留学先で、日本人の大人数人に囲まれながらああしろこうしろと色んなことを言われて、それをスマートにこなしてしまう姿は、とても格好よかった。

ヨンスのロケも、立派だった。
ヨンスも緊張していたけれど、自分でカメラを回しながら、鰹節を削る職人さんと、自分の言葉でしっかりと話をしていた。
その場で削った鰹節を、白飯の上に乗せて、醤油を垂らせて食べると、曇りひとつない笑顔で「おいしいです」と言った。
エレナの時と同じように、その場にいた僕を含むスタッフ数人は、ヨンスの笑顔につられて笑顔になった。

エレナとヨンスのロケを終えて、2人を家に帰してから、スタッフだけで簡単な中間打ち上げをすることにした。
映像ディレクター、カメラマン、編集マンなど、僕以外のスタッフは東京から手伝いに来てくれていたので、地元の美味しい居酒屋を僕がチョイスした。

その居酒屋は、当時僕が週に1,2回は通っていた中華料理屋だった。
日本語をカタコトで話す在日中国人の方が、店を回していた。
値段が安くて、出される料理はどれもすごく美味しかった。東京ではこんなにコスパの良い店はないと、一緒に行ったスタッフは喜んでくれた。
僕はその日に限らず、その中華料理屋に行くと、いつも元気が出た。

打ち上げでは、ロケをした3人が、本当に良いキャラクターだという話になった。
3人に限らず、オーディションに来ていた他の子たちも、良い子だった。もっと話してみたかったなあ、そんなことをぼやきあった。
プロジェクトがスタートした当時は少しスタッフ同士の距離感もあったけれど、発表会に向けて良いものを作りましょうと、少しの団結感が生まれたのを実感した。
留学生たちの笑顔が、僕らを笑顔にし、一つの方向に向かわせてくれた。





3人がロケで撮影した動画は順調に仕上がり、発表会当日を迎えた。

リハーサルで、3人のプレゼンを見ていると、涙が出そうになった。
ロケの時も立派だったけれど、プレゼンもすごく立派だったのだ。
出てこない日本語があっても、懸命に伝えようとしていた。
出てくる言葉に、嘘はなかった。
司会の人にも裏で、「すごいねこの子たち」と声を掛けられた。

本番も、3人はとても良いプレゼンをしてくれた。
ゲストとしてキャスティングした芸人やアイドルグループとの掛け合いも面白くて、僕はスタッフだけどたくさん笑ってしまった。
会場には、オーディションで落ちてしまった留学生もたくさん来ていて、彼ら彼女らも笑っている姿を見て、更に嬉しくなった。

発表会を終えた翌日、備品の片付けのために出社してパソコンを開くと、一通のメールが来ていた。
ラウラからだった。

「とても、とても楽しかった!
 誘ってくれて、本当にありがとう」

また自分の涙腺が緩むのがわかった。
昨日のイベントのときも、客席を見回してラウラの姿を探していた。
ただ僕の位置から見つけることはできなくて、やっぱり悲しませてしまったか、落胆させてしまったかもと、思っていた。

だからそのメールは予想外に嬉しかった。
あとで発表会の様子を収めた動画を見ると、客席で手を叩いて笑うラウラが映っていた。


スミス、エレナ、ヨンス、ラウラは、1年程度の留学期間を終えたら、母国に戻ると言っていた。
日本で就職はせずに、母国で働くらしい。
今ごろ、みんな何をしてるだろうか。

近況が気になって、当時Instagramのアカウントでイベントの様子をアップしてくれていた記憶があったから、手当たり次第関連しそうなワードを入れて検索をしてみた。

探し方が悪かったのか、うまく見つけられなかった。
当時よく通っていた中華料理屋は、検索すると出てきた。コロナにも負けずに営業しているようでホッとした。

いま僕が5年前のことを思い出して、願うことはただただ一つである。

みんな、無事で生きていて欲しい。


僕たちは国籍なんか関係なく、楽しく話をして、笑顔になることができる。
思い出を作ることもできる。

そんなことを教えてくれたみんなの、笑顔が失われるようなこと、ましてや命が失われるようなことは、起こっていいはずがない。

同じ国の出身地同士で話しても、分かり合えないことはたくさんあるわけであって。
僕たちが笑い合えるかどうかは、お互いのことをわかろうとすること、そして拙くて良いから言葉にして伝えることが大事なんだと思う。
そこに国籍や、属性や、立場は関係ない。

そう思っているからこそ、誰かから冷たい目で見られようと、誰かにそんなこと主張しても無駄だと言われようとも、怯まずに声だけは上げ続けたい。
届く人が限られていたとしても、主張できる場所がある限り。  

人が笑うこと、生きることを、邪魔するようなことは、どんな理由があっても許さない。
暴力は、絶対に許さない。
戦争は、絶対に嫌だ。

言葉はさんかく こころは四角 / くるり


<太・プロフィール> Twitterアカウント:@YFTheater
▽東京生まれ東京育ち。
▽小学校から高校まで公立育ち、サッカーをしながら平凡に過ごす。
▽文学好きの両親の影響で小説を読み漁り、大学時代はライブハウスや映画館で多くの時間を過ごす。
▽新卒時代の地方勤務、ベンチャー企業への転職失敗、制作会社での激務などを経験。
▽週末に横浜F・マリノスの試合を観に行くことが生きがい。

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