日の名残り第47話1

衝撃!カズオ・イシグロ『夜想曲集』#1「 Crooner /老歌手」で歌われる『恋はフェニックス』に隠された秘密のメッセージとは!?~『日の名残り』徹底解剖・第47話


~~~ 三日目・夜 五島・福江島 ~~~


さて、老歌手トニー・ガードナーは、主人公のギター弾きヤネクに対し、ある計画を持ち掛けた。

妻リンディのために、運河のゴンドラの上からセレナーデを歌いたいので、その伴奏をしてほしいと…

ちなみに前回を未読の方はコチラをどうぞ!

いよいよ例の3曲だな。

ベタな歌ばかりやったけどな。

ベタな歌だからこそいいのだ、ボケ。

あんなところで「ややこしい歌」を歌ってみろ。一気にムードぶち壊しだぞ。

長い歴史の中で、多くの音楽家や画家に愛されてきたベネチアには、ベタな音楽が似合うのだ。

おいら、ディズニーシーのゴンドラにしか乗ったことがない…

一度でいいからベネチアに行ってみたいなあ!

僕も行ったことないから、死ぬまでに見てみたいね、本物を…

「ベニスを見るまで死すと言うなかれ」っていうくらいだからね…

それ『ベニスに死す』と「ローマの格言」が混ざってるやろ。

きっとプレンダガストの絵みたいに綺麗なんだろうな…

ああ、プレンダガストか…

ベネチアを思い出すなあ…

そういえば「サンマルコ広場」の時もこの人の絵を紹介してたけど、有名な人なの?

う~ん、どうかな…

日本ではイマイチ知名度が低いかもしれないね…

Maurice Brazil Prendergast(1858 – 1924)

ちゃっちゃと進めんかい。

今回は歌を3つも解説せなアカンのやで。

そうだったね。

夜8時半、トニーとヤネク、そして船頭のビットーリオの三人は、ゴンドラでガードナー夫妻が宿泊してるパラッツォへ向けて出発する。

ここで注目すべき点は、トニー・ガードナーが着替えて来たことだ。

登場人物の役割が少し変わるっていうサインだね。

そういえば、あのシーンだけど…

どっかで聞いた覚えがあるなあ…

海辺で待つ、胸元が見えるシャツ姿の老人って…

『日の名残り』の桟橋の老人だ!

小説版のラストシーンに出てくる老人と全く同じじゃないか!

そうなんですよ、カワサキさん…

だから俺はイソグロだって何度も言ってるだろう…

物語前半部で「大天使ガブリエル」を演じていた老歌手トニー・ガードナーは、後半部では「天の父・神」を演じることになる。

あの「服装」がサインなんだ。

じゃあイシグロ作品に出てくる「海辺の胸元セクシー老人」ってのは、ぜんぶ「天の父」ってことなのか!

そうかもしれないね。

僕はまだ『日の名残り』と『夜想曲集』だけしか読んでいないけど、イシグロ・ワールド的には、きっとそういうことなんだろう。

イシグロのお父さんも「海」に関する仕事をしていた人だしね。

そこらへんも関係しているんじゃないのかな…

ってことは…

老歌手トニー・ガードナーに、イシグロの父の姿が投影されている可能性もありえるな…

そうすると主人公のヤネクはイシグロ本人の投影…

だからヤネクは「母」のことしか言及しないんだ…

そして、この物語の人間関係には「国籍」問題も重ねられていた…

イシグロの「アイデンティティ」に関する問題だ…

ここで重要なポイントになるのが、船頭のビットーリオ。

イタリア人の彼は熱心な「愛国主義者」で、ヤネクのいないところでは外国人労働者や移民への悪口を言い回っている。

「よそ者」が諸悪の根源だとね…

名前からしてバリバリの愛国者やしな。

イタリア各地には「ビットーリオ・ベネト通り」…つまり「ベネチアのビットーリオ」という名前がつけられた道路があるくらいや。

なんでイタリア中にそんな名前の通りがあるの?

知らん。

第一次世界大戦末期の1918年10月、イタリアは「ベネト州ビットーリオ」での戦いに勝利してドイツ・オーストリアの支配から完全に脱し、悲願の祖国統一を成し遂げたんだよ。

ベネチアに迫ってきた独・墺の大軍を、イタリアと英仏米の連合軍が、ベネト州北部の町ビットーリオ近郊で打ち破ったんだよね。

この戦いの勝利を記念して、イタリア各地に「ビットーリオ・ベネト通り」が誕生したというわけだ。

なるほど!

そして「ビットーリオ・ベネトの戦い」に敗れた「オーストリア=ハンガリー帝国」では、帝国内のチェコ人やハンガリー人が「ドイツ系」に反旗を翻し、長きにわたる栄光のハプスブルク家の歴史にとどめを刺した。

この背景から考えると、ヤネクはユダヤ系チェコ人かもしれないね。

そして小説の裏テーマである「イシグロのアイデンティティ問題」では、「ヤン=日本」というわけだ。

「Jan」という名前は「Japan」の短縮形だからな。

ああ、そうか!

ヤンが「みんなからはヤネクと呼ばれている」と言った時、トニーの妻リンディが「本名よりニックネームが長いなんて変」と言った…

これは「Japan」「Japanese」のことでもあったんだ…

他の国では、たいてい「国民の呼び方」よりも「国名」のほうが長い。

「American」の住むアメリカは「United States of America」だし…

「British」が住むイギリスに至っては「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」だ…

そうゆうことか!

そして、ヤネクのような移民を嫌っている船頭ビットーリオは、カズオ・イシグロのことを陰で嫌っていた英国人たちの投影でもあるんだ…

ひゃあ~!

なかなか込み入った話なんだね!

そっちの視点でまとめるとこうゆうことかな…

ヤネク:悩めるカズオ・イシグロ

ヤネクの母:イシグロ母&日本

トニー:イシグロ父&偉大な祖国

ビットーリオ:英国の排外主義者

あれ?

トニーの奥さんリンディは何なんだろう?

この流れで言ったら「アメリカ」やろ。

知らんけど。

きっとそうだと思うよ…

「3つの歌」を読み解けば見えてくるはずだ…

謎解きを始める前に、小説後半部の配役図をまとめておこう。

おお~!

前半部は『受胎告知』を描いていたけれど、後半は『イエスの死と復活』がベースになっている。

つまり「死と再生」「喪失と獲得」がテーマなんだ。

そこにカズオ・イシグロの「アイデンティティ問題」が重ねられているってわけ。

老歌手トニー・ガードナーは「カムバック」のためにリンディと離婚するんだもんな…

リンディにとっても「復活」やで。

後半部では、二人のマリアが登場するんだな…

イシグロにとって大切な二人のマリアが…

カズオ・イシグロにとって「アメリカ」が「マグダラのマリア」なの?

どうゆう意味?

それは「3つの歌」を読み解いていけば見えてくる。

さあ、始めるよ。準備はいいかな?

アイアイ、キャプテ~ン!

まずは1曲目の『恋はフェニックス』からいこう。

ちなみにこの歌の正式なタイトルは『BY THE TIME I GET TO PHOENIX』という。

「僕がフェニックスに着く頃には…」という意味だ。

歌の主人公である男が、女と一緒に暮らしていたカリフォルニアを去り、アリゾナ州のフェニックスに着く頃には...って意味なんだね。

じゃあ「恋はフェニックス」ってオカシイじゃんか!

わけわかめ!

・・・・・

あ...

カヅオさんの妹のことじゃないよ...

え?

俺はただ「どうせ日本のレコード会社が安易なノリでポール・モーリアの『恋はみずいろ』に便乗したんだろうな…」と考えていただけなんだが…

ぽーる・もーりあ?

『恋はみずいろ』は当時日本で絶大な人気があったからね…

ああ!これ聞いたことある!

スーパーでたまに流れてるよね!

さて、トニーとヤネクによる昼間の打ち合わせでは、この曲は演目に含まれていなかった。

だけどトニーが急にこの曲をやろうと言い出すんだったね。

ゴンドラの上の二人は、こんな会話を交わす。

「聞いてくれ、ヤネク。今晩の曲目が合意済みなのは承知だが、実はリンディの好きな歌に《恋はフェニックス》というのがある。わしもずいぶん昔に一度これをレコーディングした」

「知ってますよ。母はシナトラよりあなたのほうがいいと言ってました。有名なグレン・キャンベルのやつよりいい、と」

カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳『夜想曲集』

臭うな…

やだ~ナンボク。オナラしないでよ!

オナラとちゃうわ!

めっちゃアヤシイってことや!

いろいろ興味深い「言い回し」があるよね。

まず「今晩の曲目が合意済み」ってところ。

これは「イエスの死と復活劇が予め預言されたものだった」ってことだ。

そしてリンディが『恋はフェニックス』を好きだということも実に興味深い…

なんでリンディが『恋フェニ』を好きなことが興味深いの?

だってこの歌は「遠くへ去っていく」歌なんだ。

「かつて共にあったところから離れていく」歌なんだよね。

ああ、そうか!

夫のトニーは「英国」で、妻のリンディは「アメリカ」だった!

かつて大英帝国の一部だったアメリカが、独立してイギリスから遠くへ去っていってしまったことを言ってるんだ!

本来は「切ない別れの歌」なのに、これを「好き」って言うのは、彼女が「イギリスから離れたアメリカ」だからなんだ!

その通り。

そしてトニーは「ずいぶん昔に一度これをレコーディングした」とギャグをかます。

ギャグ?

どこがオモロイねん?

日本語で「レコーディング」って聞くと「音楽を録音すること」しか思い浮かばないけど、本来は「文書に記録する」って意味なんだ。

つまり、老歌手トニーが「ずいぶん昔にレコーディングしたもの」って、これのことなんだよね…

《The Flight of the Prisoners》James Tissot

プリズナーズのフライト?

なにこれ?

どっかで見た絵だな…

もう忘れたんか!バビロン捕囚や!

映画『マダガスカル3』にも出てきたやろ!

Madagascar 3:Europe's Most Wanted

ああ!そうだった!

しかし『Madagascar 3:Europe's Most Wanted』ってタイトルは、とんでもなく意味深だよな…

ヤバすぎて「3」で終わっちゃったんだよ、きっと…

すべての人にとっての「Most Wanted」とは限らないから…

製作者の思い入れが強過ぎたんだな。

さ、さて…

話を元に戻そう…

神の役も演じる老歌手トニーにとって『恋はフェニックス』とは「バビロン捕囚」のことでもあった。

「ずいぶん昔に一度レコーディングした」っていうのは、まさに「ずいぶん昔」に預言者に指示して書かせたってことだ。

「バビロン捕囚」とは、神がユダヤの民に与えた最大級の試練だったからね。

この地図の通り、バビロニアに国を滅ぼされたユダヤの民は、遥か東の地へと移動させられた…

ああ!

わかったぞ!そういうことか!

なにゃねん、急に。

『恋フェニ』の旅路だ!

そうなんですよ…

イソグロだからな。

・・・・・

ロサンゼルスを後にして、フェニックス、アルバカーキ、そしてオクラホマへ…

実は『恋はフェニックス』での主人公の旅路は、「バビロン捕囚」が重ねられていたんです。

どちらも、遥か東への旅路ですからね…

こんなカラクリがあったのか…

それだけじゃない。

この歌は表向き「愛する人のもとを去る男の旅」を歌っているんだけど、実は全然違う意味にもとれるようになってるんだ。

全然違う意味?

「イエスの磔刑」だよ。

『恋フェニ』は、イエスのゴルゴダの丘での一日を歌ったものなんだ。

また~!?

ボブ・ディランの『The Day of the Locust』と一緒じゃんか!

『イエスの磔』は『受胎告知』同様に芸術家にとって人気のテーマなんだ。

同じような歌は他にも山のようにあるぞ。

そもそもタイトルの『BY THE TIME I GET TO PHOENIX』で、わかる人にはわかるようになっている。

「get to」は「到着する」って意味の他にも「取り掛かる」って意味もある。

そして「phoenix」は「死と再生の象徴」だよね。

つまり『BY THE TIME I GET TO PHOENIX』というタイトルは、

私が「死と再生計画」の実行に取り掛かる頃には

という風にも読めるんだよ。

死と再生計画ぅ!?

そんな人間離れしたことを計画して実行しちゃう「私」って…

もしや…

天の父、主や…

じゃあ、ロサンゼルスにいる女とは…

まさか…

そういうことだ。

ねえねえ!

そういえば、まだ歌を聴かせてもらってないじゃんか!

せやったな!

なんでポール・モーリアの『恋みず』は紹介して、肝心の『恋フェニ』がまだなんや!?

イシグロが書いとったように、シナトラでもグレン・キャンベルでもええから、さっさと紹介せえ!

やれやれ...

この僕にシナトラやグレン・キャンベルを紹介しろと言うのかい?

イシグロが著名人を実名で出してきたら、それは「カモフラージュ」なんだと、何度も口を酸っぱくして言ってきたよね?

いい加減、覚えてくれよ。

いっそのこと、これを「イシグロの第1法則」とでも名付けちゃおうかな。

イシグロの第1法則:実名で登場する著名人はすべてダミーである

ムカつくな…

誰でもええやんけ。いつものように、どっかの素人の歌動画でも上げとけ!

今回ばかりは、そういうわけにはいかない。

イシグロの「指定」があるからね。

ここで流すバージョンは、イシグロの「指示」によって決まってるんだ。

イシグロの指示?

イシグロ本人が歌手を指定してるというの?

そう…

決して目には見えず、耳にも聞こえない「指示」だ。

本当に大切なものは、目にも見えず、耳にも聞こえない。

それがイシグロ文学の神髄なんだよ…

イシグロ文学の神髄…?

なんだかよくわからんが早く教えてくれ!

あんまりジラすと可哀想だ。

さっさと教えてやれ。

はい…

じゃあまずはこの写真を見てほしい…

若い頃イシグロが「超ロン毛」だったことは知ってるよね…

この写真に写る二人の男の、どちらがイシグロかわかるかな?

ええ!?

どっちもイシグロ本人でしょ!?

お前ら、わかってるな。

どう見ても同一人物にしか見えないよね…

でも、本物のイシグロは右のほうだけなんだ。

左のほうはイシグロじゃなくて、ジミー・ウェッブという人物…

『恋フェニ』の作者なんだよ。

『恋フェニ』の作者!?

では聴いてもらおう。

ジミー・ウェッブで『BY THE TIME I GET TO PHOENIX』…

BY THE TIME I GET TO PHOENIX - JIMMY WEBB




――つづく――



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