深読み米津玄師_第1楽章_第2節A

米津K師殺人事件 第1楽章『アイネクライネ』第2節



<前回はこちら>


2019年4月某日

熱海サンビーチにて



アナタノ ナマエハ?

名前?

は、花笠…

苗字じゃなくてさ、下の名前。

自分だけの名前のほう。

クリ…スティ…

花笠クリスティよ…

それ奇遇。ウチもK。

K?

「ケン」とか「ケンジ」とか?

ん~

説明すんの面倒なんで「K」でよろ。

そ、そう…

よろしく。K…クン…

出逢ったばかりでこんなこと言うのも何だけどさ。

俺の前で嘘ついても意味ねーから。

え?

さっき言ってたやんけ。

「誰にも言えない秘密があって嘘をついてしまうのーだ」って。

あれは…

『アイネクライネ』の歌詞だから…

おてんとさまは誤魔化せても、俺の眼は誤魔化せないよ。

眼って…

長い前髪で見えてないじゃん…

俺の前髪が長いのは、見え過ぎちゃって困るから。

ガチャガチャしたこの世界を生きてくには、これぐらいがちょうどいい。

ハンデみたいなもん。

あなたって…不思議な人ね…

だからキミが嘘をついてるのもすぐわかっちゃう。

キミの金髪はフェイクで、本当は美しい黒髪だ…

その眼の碧さはカラーコンタクトだし…

「クリスティ」なんて名前も…

真っ赤な噓っパチ。

ふぅ…

全部あなたの言う通り。


「クリスティ」は偽名…

本名が恥ずかしいから、ずっとそう名乗っていたの…


私の本当の名前は…


名前は。

笑わないでね…


クリ…

「花笠クリ」っていうの…


クリ…

変な名前でしょ?

いまどきカタカナ2文字なんて…

明治とか大正とか…なんか昔の人みたいで…

もしくは犬の名前とか(笑)

ぜんぜん変じゃねーし。

ってゆーかエモい。得も言われぬエモさ。

あ、ありがとう…

そんなこと言ってくれた人…

Kクン…あなたが初めてよ…

しあわせだなァ。

ボクはクリといる時がいちばん幸せなんだ。

死ぬまでクリを離さないよ…

いいだろ?

もう!やっぱり馬鹿にしてるじゃん!

あの桑田佳祐の歌のおかげで、どんだけ私、いじめられたことか…

冗談冗談。

でもさ。なんでそんな名前つけたんだろ、キミの両親は。

アート系の人とか?

確かにアート系と言われれば、そうかもしれないけど…

私の両親、元々は旅芸人だったの…

舞台で喜劇とかしたり、歌ったり、踊ったり…

へー。なんかカッコいいじゃん。

全然そんなんじゃない…

東北の農村をまわっていた貧乏一座の芸人同士だったのよ…

父は「ベン」っていう芸名で…

これはベンジャミンの略なんだけどね…

そして母は「ピン」っていう芸名だった…

ピンキリのピンね…

納得。

だから「クリ」なんて片仮名二文字の名前を自分たちの娘につけたんだ。

キミが芸達者なのも血だね。

やっぱ英才教育とか受けたわけ?

英才教育?

英才どころか最低限の教育すら受けさせてもらえなかったわ…

家では楽器どころか歌うことも禁じられていたし…

ふうむ。やっぱり。

なにが「やっぱり」よ…

私のことなんか何にも知らないくせに…

花びらが散ればあなたとおさらば。

それなら僕に話してみませんか?

え?

私の…父と母は…

手がお留守だね。

もの悲しげなBGMもちゃんとつけなきゃ…

ここぞってとこでドッペル・ドミナントを効かせて…

リハモで#9の隠し味を…

うん…

それそれ。その哀愁。

そーゆのが欲しかった。

東北の村々をまわる旅の一座で共に芸人だった父と母は…

互いに惹かれ合い、ついには愛し合うようになった…

そして母は、私の一番上の兄を宿してしまう…

もちろんそれは許されることではないわ…

結婚どころか、一座の中では恋愛すらも御法度だったから…

だから父と母は駆け落ちした…

そして雪深い山形の山奥で、ひっそりと暮らし始めたの…

オオッ

もちろん生活は苦しかった…

二人とも芸人以外やったことなくて、東北の厳しい自然の中で生きていく知恵も覚悟もなかったから…

だけど、子供だけは毎年のように増えていく…

一年の半分は雪に覆われてしまうから、他にやることがなかったんでしょうね…

だから、ただでさえ苦しい家計は、年を追うごとにどんどん悲惨になっていった…

私、小さい頃、白いご飯なんて食べたことなかったのよ…

いっつも大根飯…

どこにも米粒なんて見えないくらいの…

しかもそれすらも毎日食べられるわけじゃなかった…

ダイコンメシ…

私は家の手伝いと農作業、そして幼い弟や妹たちの世話に追われた…

四、五歳の女の子が、赤ちゃん背負いながら、朝から晩まで働きづめよ…

そして六歳になった時、温泉街の旅館に「親戚の娘」という体で奉公に出されたの…

うちじゃ小学校の給食代も払えないって理由で…

私、朝は暗いうちから起きて、宿泊客の朝御飯の支度をして…

それから学校へ行って…

帰って来たら各部屋の掃除と晩御飯の支度…

普通の女の子が過ごすような自由な自分の時間なんて、私には全然なかったんだ…

だけどそんな私にも、たったひとつ密かな楽しみが…

家では禁じられていた歌を…


・・・・・

ていうか私…

なんでこんなこと初対面のあなたに喋ってるの?

これまで誰にも話したことないのに…

どうして?

気にすんなって。

でもさ…

まだ俺に嘘をついてるよな。

大きな秘密を隠したままだ。

・・・・・

なんで俺に隠す?

そーゆーの意味ねえって言ったろ?

ゴクリ…

なんのためにこの海岸に来た?

なぜここにいる?

それは…

会いに来たんだろ、クリ…


自分の中の…

黒髪の少女に…


どうして…






東海道本線 車内




はい、またあたしの勝ち!

参ったなァ…

深代ママ、強過ぎ。

ふふふ。岡江クンが弱すぎるの(笑)

あれ?もうすぐ小田原?

熱海まで、あと少しだな…

ごめんね。急に付き合ってもらってさ…

でも熱海なんて久しぶり。何年ぶりだろ…

岡江クンは?

僕も十年……いや、もっとか…

深読み探偵学校の教官だった最後の年だもんな…

月日が流れるのは…本当に早い…

なに遠い眼で思い出してるのよ。

イヤねぇまったく。

別にそんな…

まあ、お互いこの年まで生きてれば、いろいろあるわよね(笑)

・・・・・

でも嬉しかったナ…

あたしが誘った時…

岡江クンが「うん」って言ってくれて…

だって深代ママが「どうしても」って顔するから…

あんな顔でお願いされたら誰だって断れないよ。

だって商店街組合の熱海旅行なんて、あたしみたいなイイ女がひとりで参加しても寂しいじゃない?

まわりはおじいちゃんおばあちゃんばっかりで(笑)

失礼だなァ。みんなに聞こえちゃうよ。

冗談よ冗談。

たまにはご近所付き合いもしないと…

あの店はじめて、かれこれ20年近くだよね…

18年よ。

あたし、あの街ですっかり古株になっちゃった。

もう嫌になっちゃう…

すぐにやめるつもりだったのに…

こんなはずじゃなかったんだけどなー(笑)

深代ママ…

ねえ…岡江クン…

♡…

え!?

「♡」ってさ…

何で「ハート」なんだろ?

ハ、ハートの…

マークってこと?

そう。

なんでハートマークはこんな形なんだろ…

なんでこれが「LOVE」のシンボルなんだろね?

そ、それはですね…

岡江クン、知ってるんだァ!さっすが~!

教えて!「ハート」が「♡」で「LOVE」な理由!

どうして?どうして?どうして?

「♡」の形自体には諸説あって…

「心臓」とも「女性の胸」とも「女性器」とも「若葉」とも言われている…

似たようなデザインは昔からたくさん使われているから、正確な起源はわかっていないんだ…

エモいわね。

いずれにせよ「生命」に関係がありそう…

なんでそれがトランプの4つのマークの1つに使われたわけ?

元々は「カップ」だったんだ。

CカップとかDカップとかのカップ?

うん…まあ…その「CUP」だけど…

トランプの起源ってアジアにあって、それが西方社会に伝えられて今の形になったんだ…

ダイヤ(♢)・スペード(♤)・ハート(♡)・クラブ(♧)の4種類になったのも、15世紀くらいのフランスでのこと…

それまで「♡」は「カップ(杯)」だったんだ。

なんかウィスキーのラベルみたいね。

でもなんでトランプに「杯」なのよ?

なんでそれがヨーロッパで「♡」になったわけ?

「杯」のデザインはアラブで使われていたんだ。

そしてそれを基にタロットカードが作られた。

タロットカードにおける「カップ」は「聖杯」を表している。

最後の晩餐の時にイエスが、注がれた葡萄酒を「これはわたしの血である」と言った時の杯だね…

あ、そうか!

タロットのカップは、こんなデザインだった…

このデザインの意味わかる?

雲の中から、カップをのせた、光る大きな手が現れて…

そのカップに向かって、白い鳥が降りていく…

その鳥は、十字架が描かれた白い丸いものを咥えてて…

そしてカップから水が蓮の池に、こぼれ落ちてゆく…

その心は?

わかった!

そのものズバリ「心」ね!

「聖霊によって満たされる人の心」を表しているんだわ!

ご名答(笑)

天から差し出された光る手によって支えられているカップとは「魂の器」…

つまり「人間の心」のこと。

そこに「聖霊」を表す「白い鳩」が降りて来るんだ…

これね。

『受胎告知』フラ・アンジェリコ

タロットカードで鳩が咥えてる白い丸いものは「肉体」の象徴だ。

さっきの最後の晩餐の画にもあるように、イエスはちぎられたパンを持って「これはわたしの肉体である」と言ったんだよね。

そしてカップが聖霊の力によって満たされると、そこから「水」があふれ出て来る…

その「水」が意味するものとは…

「LOVE」よ!

あたし、もう我慢できない!

歌っちゃうね!



パチパチパチパチパチ!

「いいぞ~!深代ちゃん!」


商店街組合の諸先輩方も大喜びだね。

みんなもう、すっかり出来上がってる(笑)

だから「カップ(杯)」が「ハート(心)」になったんだ…

「♡」が「LOVE(愛)」の象徴なのも納得…

長年の疑問が解けたわ…

岡江クン…ありがと…

~♡

あ… ど、どうも…

ところでさっきの『愛の水中花』なんだけどさ…

なんで「レモンをひとつ胸にしぼってください」なんだろね?

「水」は「愛」ってすぐわかるけど「レモン」は何?

変な歌詞だと思わない?

う、うん…

そういえばさぁ…

この「♠ スペード」ってのも気になるわよね…

え~と…スペードはですね…


「まもなく~終点の熱海~熱海~」


熱海だって!

着いたよ!熱海!

あ、うん…

ねえ、宿に着いたらさ、まず温泉に入ってさ、それから海岸を散歩しない?

何ビーチだっけ?あそことっても素敵なんだって…

いいね。でも…

「でも」って何よ。

天気予報だと、お昼過ぎから天気悪くなっちゃうらしいんだ…

激しい雷雨になるかもって…

えー!?春の嵐ってやつ?

最悪。せっかく来たのに。

でも明日は一日中いい天気みたいだよ。

じゃあさ、満月の下で散歩しよ!ね?

明日はピンクムーンなの!知ってる?

あ~超たのしみ!

~♡

う、うん…



つづく





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