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ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その25「大林宣彦&横溝正史の 金田一耕助の冒険」

割引あり


前回はこちら



A MOUSOU


(本作品は著者の身体に憑依した横溝正史の霊が世間で駄作の烙印を押されている大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』を種明かしするという妄想です。ネタバレどころか横溝文学の秘密の核心部分にも踏み込みますので予め御了承ください)




ちなみに君の先輩も、フラ・アンジェリコ『受胎告知』のこの構造、メイン画の下に小さなコマがあることを、知らなかったらしい。

知ってて、あえて無視したのかもしれないが…


え? 俺の先輩? 誰ですかそれは?


ふふふ…

まあ、いずれわかるだろう…


?????


では話を進めよう。

次は「残された謎の手紙」だ…


「ああ、それじゃ金田一さんはやはりあの娘をご存知なんですね。ところで、あなた、あの娘に手紙をおやりになったことがおありですか?」
「手紙…? いいえ」
「しかし、あなたは何かあの娘から依頼されていたんじゃないですか」
「ああ、それは…」
 と、金田一耕助はパナマ帽をぬいでもじゃもじゃ頭をかきまわしながら、不思議そうに警部のひとみをのぞきこんだ。
「じつは、この春ごろからちょくちょくとあの『大勝利』といううちへ行くようになって、看板娘の夢見る夢子さん、すなわち美禰子という娘とも心やすくなったんですが、そのうちにあの娘、誰からかわたしの職業を聞いたとみえて、ある調査をわたしが、まあ、依頼されたというわけです」
「その調査というのは、三年前に殺害されてそのまま迷宮に入っている美禰子の姉、いわゆる黒衣の女、本多田鶴子の事件についてじゃないんですか」

角川文庫『金田一耕助の冒険』


また新たな呼び名が出て来ましたね。

「夢の中の女」「蛍光灯の女」に続いて今度は「黒衣の女」か。


パチンコ屋『大勝利』の看板娘 本多美禰子(みねこ)の姉で、人気歌手だった本多田鶴子(たづこ)のニックネームだな。


それにしても「田鶴子」って、なんだか古臭いというか、人気歌手っぽくない名前ですね。

なぜこんな名前を付けたのですか?


決まってるだろう。映画『哀愁』だよ。


は?


映画『哀愁』は日本で1949年に公開されて大ヒットし、パチンコホールの閉店時間に『別れのワルツ(蛍の光)』が流れるキッカケになったことは話したね。



はい。



これ以外にも映画『哀愁』は日本社会に影響を与えた。

哀愁ブームが起き、タイトルに哀愁がつく歌・小説・映画が数多く作られたのだ。


哀愁ブーム? タイトルに哀愁がつく作品?

この歌とか?



郷ひろみの歌『哀愁のカサブランカ』は、2つの映画『哀愁』と『カサブランカ』を組み合わせた作品だ。

ちなみに『カサブランカ』も『哀愁』と同様にフラ・アンジェリコの『受胎告知』を元ネタに作られた映画だったな。

「CASABLANCA」とは「白い家」つまり『受胎告知』のマリアの家のこと。


ええ。ユルユルさん(ユル・ブリンナー)から解説してもらいました。



『哀愁のカサブランカ』は映画『哀愁』を下敷きにした歌だが、映画『哀愁』の公開によって発生した1950年代初頭の「哀愁ブーム」とは無関係の作品。

「田鶴子」の由来は「哀愁ブーム」ど真ん中の映画なんだな。


では、1950年代初頭の哀愁ブームに作られた映画の中に、「田鶴子」という女性が登場する作品があるのですか?


日本で映画『哀愁』が最初に公開されてから二年後…

哀愁ブーム最高潮の1951年に作られた『哀愁の夜』だ。



井上靖原作、越路吹雪主演?

越路吹雪の役名が「田鶴子」なのですか?


越路吹雪が演じる女の名は「マヤ」…

「田鶴子」はイケメン男(二本柳寛)に抱かれている白い服の女(折原哲子)だ。

ちなみにあのイケメン男は劇中で「R・T」と呼ばれている。


R・T?


Robert Taylor(ロバート・テイラー)のことだよ。

「あらすじ」を読んでみたまえ。



『哀愁』のバレエ団が『哀愁の夜』ではレヴュー劇団に置き換えられているのか…

そしてヴィヴィアン・リーが演じたマイラは2人の女に分けられている…

越路吹雪が演じる「キャバレーでいろんな男の相手をしながら歌手を夢見る女 マヤ」と、折原哲子が演じる「愛する男と結ばれかけたけど最後は永遠に離れ離れになる女 田鶴子」に…


その通り。

『哀愁の夜』はまさに哀愁ブームの申し子のような作品だ。

だから「田鶴子」の名をここから拝借した。


では「美禰子」はどこから?

やっぱり田鶴子と同じように哀愁関連なのでしょうか?


もちろん。

美禰子の由来も「哀しき秋(fall)の心」だ。


もしかして、この映画ですか?

舟木一夫の『哀愁の夜』?



この『哀愁の夜』は1966年の作品だ。

それに和泉雅子が演じるヒロインの名は美禰子ではなく美沙渚(みさお)。


では「美禰子」はどの「哀愁」から?


それは、ひとりの女が「秋」に「堕落」する「fall」の物語…


は?


ヒント…

菊まつり。


菊まつり?

『犬神家の一族』ですか?



私の『犬神家の一族』は1972年の作品。

しかも美禰子という名の女は出て来ない。



ですよね…

「秋」の「菊まつり」で「堕落」する「美禰子」とは、いったい何者なんだろう…


蛍の光、窓の雪…

ふみよむ月日、重ねつつ…


え?


「蛍の光」は映画『哀愁』のテーマ曲…

「窓の雪」は映画『哀愁の夜』の越路吹雪…

「ふみよむ月日」は「二三四六」月日…


???


まだわからぬか?


止まるも行くも、限りとて…

互(かたみ)に思ふ、千萬(ちよろず)の…

心の端(はし)を、一言(ひとこと)に…

幸(さき)くと許(ばか)り、歌ふなり…


男と女の胸の内にある、とうてい説明しつくすことは出来ない複雑な感情を、端的に表した「一言」とは何だ?

「幸(さき)くと許(ばか)り」に歌われた「一言」とは?



ひとこと?


「stray sheep」だよ。


ストレイシープ?



ふふふ。米津玄師が出たついでに、ひとつ面白い話をしようか。

なぜ『STRAY SHEEP』のアルバムジャケット画に描かれた男の頭には「HYP」の文字が書かれていると思う?



「HYP」のあとには「E」らしき文字が見えます…

つまり「HYPE」、でたらめ・インチキ・誇大妄想という意味では?



その通り。

具体的に言うと、この歌のことだな。



落ちる女?

HEAVENSTAMP の『HYPE』?


われは我がとがを知る…

我が罪は常に我が前にあり…



またそのフレーズ…

それは詩篇51ですよね?



ここまでくれば、いくら鈍感な君でもわかるだろう?

田鶴子の由来は『哀愁の夜』の田鶴子…

では、美禰子の由来は?


わかりません… 誰なんですか?


いやはや、想像を絶する蒙昧ぶりだな。

君のペースに合わせていたら、何日、いや何週間、いや何ヶ月かかるかわからん。


そんな大げさな…

せいぜい数十分、数時間でしょう。


それは、君が感じている「ここでの時間」だ。


はい?


何でもない。気にするな。

話を進めよう。美禰子が持っていたとされる手紙の件だ…


 それは、新聞あるいは雑誌類の印刷物から必要な文字を切り抜いて、便箋のうえに貼り付けた手紙である。
 金田一耕助も今までたびたびこういう手紙を見てきたが、このような手紙の常として、筆者の名前が無いか、たまたまあっても匿名に決まっているのに、その手紙に限って、
「ほら、金田一さん、ここにこの手紙の差し出し人の名前が…」
 と、等々力警部の指さすところを見ると、金田一耕助はおもわずぎょっと大きく目をみはった。
 そこにはちゃんと、
『金田一耕助』
 という名前が、印刷物から切り抜いた大小ふぞろいの文字で張りあわせてあるではないか。

角川文庫『金田一耕助の冒険』


新聞雑誌の切り抜き文字…

よくあるベタな脅迫文みたいなやつですね。



こんな子供騙しの手紙ではない。

美禰子への手紙は、便箋6枚分、総文字数は約1500文字もあるのだ。


便箋6枚、総文字数1500文字…

それを新聞雑誌の切り抜き文字で作った…

ん?

冷静に考えると、めちゃくちゃ時間かかりませんか?


数時間どころの騒ぎじゃない。

どう頑張っても数日はかかるだろう。


偽百円紙幣の秘密に気づいた美禰子を慌てて殺した犯人が、そんな何日もかけて悠長に偽装手紙をつくるなんて、ありえない…

なぜこんな無茶な設定にしたのですか?


この手紙が「新聞雑誌の切り抜き文字で書かれた手紙ではない」ということを、暗に匂わすためだよ。

勘のいい読者なら、すぐに「ありえない」と気付き、何か他のことを言っているに違いないと考えるだろう。


では、美禰子が持っていた手紙とは、いったい…


決まっとるだろう。

これだよ。



そうだった…

フラ・アンジェリコの『受胎告知』に描かれるマリアは、旧約イザヤ書を持っている…

いや、厳密に言うと「持っている」のではなく、フラ・アンジェリコによって「持たされた」んだ…

二千年前当時の聖書は巻物で、あんな風に製本された聖書は存在しないから、マリアが持っていたはずがない…


その通り。

あのイザヤ書はマリアが持っていたものではなく、芸術家フラ・アンジェリコによって「持たされた」もの。

美禰子が持っていたのではなく、犯人によって「持たされた」あの手紙と一緒だな。


犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎぬ…


ふふふ。

そして、贖いの小羊イエス・キリストの十字架刑によって人間の原罪が赦される物語「新約」とは、膨大な文章からなる旧約の「切り抜き」で作られている。

私はそれを表現したかったのだ。


なんてこった… 横溝先生、あなたは天才ですね…


まあ、私オリジナルのアイデアではないがね。

何人もの先人が、何度も使ってきた手法だ。


なぜ最初に読んだ時、あの切り抜き手紙の不自然さに気がつかなかったんだろう…

大林宣彦はすぐに見破っていたんですよね?


大林君も『夢の中の女』を読んだ時は気がつかなかったそうだ。

「〇の中の女」シリーズ最終話『瞳の中の女』を読んでようやく『受胎告知』だと気づき、シリーズ全話の仕掛けを理解したと言っておった。

そして「金田一耕助」という名前の秘密も…


「金田一耕助」という名前の秘密?

有名な言語学者「金田一京助」の名前をもじったものですよね?



確かに「金田一耕助」は「金田一京助」をもじったものだ。

ではなぜ「孝助」でも「幸助」でも「浩助」でも「康助」でも「弘助」でもなく「耕助」なのか、わかるかね?


「こう」の字が「耕」である理由?

苗字に「田」が入っているから?


ふふふ。

大林君は、それを映画『金田一耕助の冒険』のオープニングで、わかりやすく描いておる。

切り抜き文字の手紙のように、バラバラにした文字を使って…



金助冒耕田の一険?


「金田一京助」の頭と尻の文字は「金助」だな。

この「金助」という組み合わせは、農具の「鋤(すき)」と同じ。

だから「耕」なのだよ。



金助は、鋤(すき)…

確かにそうですけど、なぜそんなところに注目を?


あの手紙に書かれていることをよく考えればわかる。


え?


だから金田一は自分の名前を見てあのようなリアクションをとったのだよ。


 金田一耕助はしばらく唖然として自分の名前を見つめていたが、急にぷっと吹きだすと腹をかかえて笑いだした。
「いやあ、これはどうも。こいつはどうも。あっはっは、愉快ですなあ。匿名の手紙に、こともあろうにこのぼくの名前が利用されようとは…」

角川文庫『金田一耕助の冒険』


???


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