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「日本語を教えてくれてありがとう」:継承を手伝う人の話

パリ郊外で日本にルーツを持つ子供たちに、日本語を教えながら継承日本語教育の実践をされているサワコさんに、日本語を教える・続けさせることの意義、チャレンジ、親の期待と子供の成長、ことばを教えるためのカラクリなど、ご自身の親としての経験や今までの教え子や親御さんを通しての話、そして教師の視点を交えながらお話を伺った。

日本語教育・国語教育・継承日本語教育

サワコさんは長年フランスやドイツの大学、そして中国では外国語として
日本語を教え、日本にいるときには国語と書道を教えていた。そして今は、継承日本語を専門にことばの教育をされている。それぞれの違いを簡単に説明してもらった。

国語教育というのは、日本国内に在住している子どもと外国に在住している、主に日本人家庭の子どもを対象に教えることばの教育で、日本語教育というのは、外国語としての日本語の教育で、継承日本語教育というのは、
日本語を継承していく子ども、要するに日本にルーツを持つ子どもに対する日本語・ことばの教育ということで、公的にはまだ日本政府(2022 年現在)からの支援がない、ことばの学習です。このように簡単に分けていいかと思います。
国語教育と、*在外継承日本語教育の実質的な違いでいうと、家庭環境が大きな要素としてあります。*補習授業校というのは、外国(日本以外の国)に住みながら、いずれは日本に帰ることを前提とした子どもたちが通う教育機関ですから、国語教育になります。*在外での継承日本語教育というのは、日本にルーツを持つ子どもたちへの日本語の教育です。*補習授業校で国語教育をやっているというのも、世界的な視点で見ると、教育内容が異なってきます。欧州、北米、アジアなどでは、日本へ帰ることが前提になっていますけど、南米ではそうではなく、日系 4 世、5 世に対する教育を、日本国が間接的に支援しています。子どもが 4 世、5 世になってくると、だいぶ教育内容が変わってきます。現在、欧州の補習授業校においておこなっている授業は国語教育なので、一定数の子どもたちには内容が難しい、苦しいと思います。欧州に根付いている生活の中で、日本に住む子ども達と同じ内容の国語教育を受けるのは無理です。無理だというふうに思って、さじ加減をしないといけません。」

さじ加減をするということ、3 歩進んで4 歩下がる

日本の外の国に住み、現地で生活する子どもにとって、日本語を国語として学ぶということは、実はかなり無理のあることだということを、子どもが小さい頃には親もあまり分からない。でも、小学校 3、4 年生くらいになると「ちょっと大変かな」いうことに気づき、小学校 6 年、中学・高校くらいになると、親自身「無理がある」ことが明確に分かってくる。それぞれの家庭によって環境も事情も違うので自分のできる範囲、思う範囲で親も子供も無理なく学習を続けることが一番と思っているサワコさんに、さじ加減の取り方を考える上でのヒントをいくつかいただいた。

ヒント1.つながる

「子どもの日本語教育で難しい時期に、親の考え方や気持ちを助けてくれるのは、やはり年上のお子さんを経験した保護者だと思います。どういう風に助けるか、こうですよって文言で書いてあるわけではないので、色々な方との情報交換、先輩ママさん、先輩パパさんの経験を共有するっていうのがすごくいいかと私は思います。やはり小さい子どものいる家庭には、先輩の親御さんから『そこら辺は日本にいるのとは違うよ。』ということを聞けるので。子どもの年齢の違う家庭同士が繋がっていくことは、色々な意味で非常にいいと思います。」

ヒント2.振り返る

「我が子にどこまでの日本語レベルを期待すればいいか、というのと関係してくると思いますけど、他の子どもと比べることよりも、それぞれの家庭の方針を一番に考えることが大事だと思います。親は子どもに日本語ができるようになってほしいと思う、それはそれでいいと私は思います。子どもは、親は自分に日本語を勉強してほしいと思っているのを分かっています。ただ、子どもが苦しむのは気の毒なので、子どもの様子を見ながら、親が期待することを少しずつ無理なくやればいいんじゃないかと思います。家庭の方針はそれぞれ違う、子どもの能力もそれぞれ違う、学習環境、家庭環境も全部それぞれ違う。子どもによって読み、書き、話すなどの能力もまた違うので、それぞれで無理のないようにやればいいと思います。でも、そのためには、学習環境をセッティングしたら、やってみて、振り返りをするということが一つ必要かなと思います。振り返り。『子どもが苦しんでいる。どうしよう。』『子どもの能力が伸びない。どうしよう。』と親だけが悩むのではなくて、親は子どもと一緒に振り返って『大変?じゃあ、減らそうか。』って一歩引く、ということでもいいかと思います。」

ヒント3. 視点を変える

「『たくさんする』というだけが前に進む方法ではないと思います。進みながら、時には 一歩止まって、また続ける。または、一歩下がって続ける。私はいつも『3 歩進んで4 歩下がる』って言っています。3 歩進んで4 歩下がっても、続けていれば、必ず何かがあるわけです。そういう形で少しずつ、お子さんがまだ親の手元に結びつけておけるうちは、『どう?大丈夫?大変だったら、じゃあ、減らしてみようか?』っていう話し合いをしながら、しかも、後ろに下がりながらでも進んでいくという方法もあると思います。前に進むだけではないということ。時には休んだり、時には下がったり、ということをしながら続ければいいと思います。」

ヒント4. ことばを勉強するチャンスは色々ある

「(日本にルーツを持つ)子ども達は、私の知っている限りでは、全く日本語をやっていない子どもでも、必ずどこかで日本語をやりたくなっているようです。そして、子どもにとって日本語を選択するというのは小さい時だけではないのです。例えばフランスの場合、中学、高校での第 2 外国語、第 3 外国語で日本語の選択がありますので、そこで初めて日本語を選択して勉強する子もいます。または、大学へ行って、例えば理工科系の大学で日本語とは全然関係のない科目を専攻したとしても、高等教育へいくと実習や交換留学制度がありますので、その時に日本へ行きたがるお子さんもいます。日本語を勉強していないからできない、という自分にコンプレックスがある子どもや、日本に興味があまりなさそうだった子どもでも、結構そういう交換留学で日本へ行っています。日本へ行き、日本で初めて日本の大学で日本語を勉強している子どももいます。なので、日本語を勉強する、ことばを勉強するチャンスは時期的に色々あります。さまざまな理由でできないということがありますけど、『今』日本語ができなくても大丈夫です。子どもは自分のアイデンティティを育んでいきますから、心配する必要はないと思います。」

スイカ割り大会

無理なく続けるための2つの提案

1.仲間とやる

サワコさん自身は、仕事があったことと何ヶ国かを転々と移動されたことから、フランスと日本のミックスである自分の子供たちへの日本語の勉強は、一人で何とかやらなければならない環境だったため、とても大変だったと振り返る。

「無理なく続けるためには、やはり個人でやるより仲間とやる方がいいかも。仲間とやると、子どもたちが勉強のことよりも、みんなといることの方で『楽しかった。』と言います。先生は、ただ楽しいだけでなく、楽しいながらも、ちゃんと教えることを考えなきゃいけないので大変ですけど。子どもたちが教室を出るときに『先生、楽しかった。』と言ってくれるのが一番だと思います。勉強が楽しいから日本語学校が好きという子もいますけど、中には、勉強は楽しくないけど友達がいるからいい、とはっきり言う子もいます。私はそれでもいいと思います。」

2.できることから伸ばしていく

続けるためには仲間と楽しくやることに加えて、親も含めた教える側の姿勢についても提言された。できないことにこだわるよりも、できることから伸ばしていく。

「『うちの子は〇〇ができないから、もっと〇〇しなきゃ。』じゃなくて、▲▲ができるからもうちょっとそれをやろう、という姿勢。そうすると、
そこからできないことも、できるようになっていきます。欧州には、C E F R(Common European Framework of Reference for Languages)という外国語の指導基準があります。みなさんフランス語、ドイツ語、英語などを勉強したりするときに、教科書を使うとわかりますけど、教科書はみんなその
C E F Rの基準に基づいて作られています。その基準で私たちもフランス語などを勉強しています。その教科書を見ると、できることや話せること、わかることからトピックをピックアップして進めています。そういう学習の仕方が大人の私たちは身についているのに、なぜか子どもに対してはそれを忘れてしまって、『漢字が書けないから、ノートに10回書きなさい。』とか、『読みがわからないから、読む練習しなさい。』ってなりがちです。でも、すぐには読めなくても目で字を追いながら、他の人の音読を聞いていると、子どもたちは読み方が分かるようになります。子どもは、目で字を追うことができるのです。こうやりながら少しずつ『読む』練習をすると、子どもにとって非常に学習が楽になります。だから、私が言いたいのは、できないということに目を向けるのではなくて、できることに目を向けてあげて、
そして、褒めてあげる。すると子どもは、気分がいいのでやる気も出るし、やるようになると、他のこともやりたくなって、他のこともできるようになります。そういう連鎖があります。子どもができないのをできるようになるまでの時間はかかるし、ちょっと待つ必要があるけれども、待つと子どもはできるようになります。例えば、子どもが宿題の問題ができない時に、親御さんがすぐに答えを教えてしまうよりも、一緒に付き添って『どうだろうね?』と、子どもに考えさせて、その答えを聞いてあげて、『うん、そうだね!』って言ってあげる。どうしても分からなくて最終的に親が言わなきゃいけない時には、もちろん教えてあげる。そういう形で、子どもに主導権を渡し、自らできるようにしてあげると、他のことももっとできるようになります。時間はかかります。でも逆に、すぐ答えを教えてしまって、親の方が『できていない。何をやっているの!』って気持ちになってしまうと、続けるのも伸ばすのもかえって大変になります。」

頑張ったら、頑張ったなりに日本語能力がつきます

なかなか日本語を話してくれない、あるいは、苦労している子どもを前にして、親はどこまでの結果を期待したらいいものなのだろうか。そもそも、どのくらいのレベルの日本語能力を目指すのが、現実的なのだろうか。他にもやりたい事がたくさんある年頃の子どもに、どこまで続けることを強制していいものなのか。

「頑張りたい親もいるので、頑張っていいと思います。期待は親のエゴ、という意見もありますけど、親にも親の気持ちがありますから。それに、親も子も頑張ったら頑張ったなりに子どもに日本語能力がつきます。それは確かです。やっぱり日本語に関しては、多くの親が続けてもらいたいと思っています。それなら、ちょっとソフトに強引に続けさせてみてもいいかもしれません。でも、苦しい、無理だ、だめだ、と思ったら立ち止まることが大切だと思います。ただ、やっている時はすごく苦労しても、最後には子どもは親に『ありがとう。』って言うようです。うちの子達も大きくなってそう言ってくれました。そして、他の家庭の子どもも言っているのをよく聞きます。途中でやめても子どもは『ありがとう。』って言うし、苦労しながら続けても『ありがとう。』って言います。それに、苦しくても子どもはその事を忘れているものです。子ども達は大きくなって、『先生、日本語教えてくれてありがとう。でもね、もっと宿題出してくれていたら、もっと僕、日本語上手になっていたよ。』なんて言います。『何言っているの、宿題出しても
やらなかったのは、あなたたちでしょ。』って思いますけど(笑)。だから、様子を見ながらある程度ソフトにちょっと強引にしても大丈夫だとは思いますが、お子さんの様子をよく見てあげながら、ですね。いずれにしても、オンラインでもいいし、定期的に教室に通ってもいい。友達と一緒に学んだり、繋がりの中でやっていくと続くかな、と思います。」
頑張れなかったら?
「どのような形であろうと、続けることが頑張ること。それでも、続けないというチョイスもあります。ことばが上手になるには、やはり続けたほうがいいですけど、続けないというチョイスも私は認めています。色々家庭の事情があるので。休むとか勉強の内容を減らすとか、続けないというのを悪と思ってしまいがちですよね。でも、悪ではないです。一つのチョイス。だから、全て可能です。」

家族と

どうして日本語を勉強しなきゃいけないの?

そもそも、外国に住む限り、日々の生活にも将来キャリアなどにおいても、あまり必要ないかもしれない日本語を、子どもに身につけてほしいと思い、
小さい頃から色々やらせるのはやはり親のエゴだ、と言う人もいるかもしれない。でも、子のアイデンティティの一部である、日本にこだわって頑張ることに、論理的かつ明確な理由は必要なのだろうか。

「(自分の)子どもに『どうして日本語やらなきゃいけないの?』と聞かれた時、昔は『お母さんが日本人だから。』と答えていましたけど、それはちょっと実はあまり理にかなっていないと思うようになりました。親が日本人だからといって、子どもが日本語を勉強しなきゃいけないとは決められませんよね。最初の頃は私も『お父さんがフランス人で、お母さんが日本人だとそんなものよ。』と言っていました。ただ、後で考えた時、自分でもわからなかったので、『私もわからない。』と答えるようになりました。『どうして勉強するんだろうね。ただ、お母さんは勉強してほしいと思っている。』と言いました。その時、子どもがどのように答えたのかは覚えていませんけど、『勉強するのをやめる?』って聞くと、『続ける。』と言って続けていました。やってほしいと言って、そして、やってくれてよかったと思っています。また、これは最近思うようになったことですけど、今、みなさんは子どもを育てるのに大変で、子育ての真最中ですけど、子ども達が大きくなっていくと、親も歳をとります。歳をとっていつまでも外国語を今と同じように話せると思ってはいけません。私は、フランス語も他の言語も大人になってからのことばなので、何語だろうと歳をとって、今と同じように外国語を話せるとは思っていません。そうすると、年老いた時に、怪我や病気など何かがあった時、誰も日本語がわからない環境にいたら、通訳をつけなければならないことになります。そういう時に、片言でも日本語を知っていて助けてくれる人は、自分の子どもになるかもしれません。子どもに通訳に入ってもらわないといけないだろうと、私は思っています。そういう時期はいつか来ますから、こういった視点で、日本語を子どもに話してもらうって、どういうことかを考えてもいいと思います。やっぱり恐怖感はありますね。全然話していないところに、突然話せと言っても無理なので、簡単な日常会話くらいは話せるようにしておいてもらえば、心強いと思います。将来の私たちのため、というのもちょっとあります。」

最初は親の願いや気持ちの方が強く、親のイニシアティブで始める日本語との付き合いも、子供たちが大きくなって自分のアイデンティティを自分で掴んでいく過程で自らことばを、日本語を話したいという気持ちになるのを
サワコさんは見てきた。

「私はことばの教室で子どもと関わっています。ことばと文化はつながりがあるっていいますけど、逆に、文化はことばでつながっている、という視点もあります。この2つは切っても切れない関係にあります。だから、子どもはアイデンティティを見つけていく過程で、日本の文化を知っているということもあり、どこかで日本語を話したいという気持ちになるようです。その結果、日本語が上手になるとか、レベルが上がるということもありますが、子どもにとっては、日本語も自分のアイデンティティの一部だという気持ちになります。それは、私が話した大きくなった子ども達は、みんなそう言っていました。欧州に住んでいる方が語ってくれた、こんなエピソードがあります。大学で日本語の教授であった方なのですが、この方は日本人で、ご主人はそこの国の方で、お子さんがいて、そのお子さんには一切日本語を教えることはしなかったと言っていました。『子どもは日本語を話せませんでした。私は大学の日本語教授なのに、すごく恥ずかしいです。』と言っていました。でも、そのお子さんは大学生になってから、自分で日本の大学に交換留学を希望し、日本へ行きました。そして、『お母さん、大学の講座で日本語の勉強をしているよ。』と言ってくれたそうです。その方は『私は嬉しいです。』と言って、涙ボロボロ。そういうエピソードもあります。このように子どもたちは嬉しいことを言ってくれます。」

ことばを伸ばすためのコツ

より具体的に、学校の現場でどのような工夫がなされているのか。また
日本語を伸ばすためのコツを教えてもらった。

家庭で文化を

例えば、ひたすら漢字だけを勉強しても、漢字を使って言葉にし、その言葉で何かについて語ったり、話し合うことがなければ、漢字の勉強も面白くない。その話し合う「何か」のベースとなるのが、それぞれの家庭における、「文化」「文化」は日本の文化に限りません。日本語を使って話し合うネタが豊富であるほど、子どもが教室で話したり書いたりすることが増える。その言葉を漢字で書けると、漢字の学習も楽しくなる。だから「家庭できちんと文化をやってください。」と言うサワコさん。

「食べること、考え方、生活環境、親が受けた教育などが全部ことばの教育に関係してきます。関係させなかったら、ことばを教えることは無機化してしまいます。家庭で文化の知識がきちっと築かれていないと、教室の授業でも非常に大変になります。だから、どの文化でもいいです。日仏の文化でもいいです、かつて住んでいた他の国の文化でもいいです。とにかく親としてやってもらいたいのは、家庭では文化をより豊富に。例えば、食文化は
毎日のことで花が咲きます。日本は食文化が豊かで、フランスも豊かで、
どこの国にも、お袋の味と言うのがあります。そして、そこから色々な言葉が出てくる。教室でやるにしろ、家でことばを勉強するにしろ、作ること、どこかに行って見たこと、食べ物の食材などを調べたりする中で、さまざまなことばを習う。住んでいる今の環境で、どんなお店で何を買うかとか、日常のことを何でもいいので、親子で対話をしてください。また、色々なツールを使っていいですから、見て、聞いて、触って、話すというのを続けていると、ことばの学習には非常に役に立ちます。ことばと文化は切り離せません。」

お父さんも巻き込む

*日本人の海外永住者統計などを見ても、海外永住日本人は、男性に比べ圧倒的に女性の方が多いので、継承語としての日本語は、特にお母さんたちが熱心に頑張っている傾向がある。日本ルーツでない方の親(お父さんという場合が多い)の出番がなくなりがちなところ、サワコさんのクラスでは「お父さん」も参加できるよう授業に工夫をしている。

「欧州での2世の家庭の継承日本語の場合を見ると、日本語母語話者のお母さんの方がリードをとっている家庭が多く、日本語非母語話者のお父さんが出る場面が、あまり見られません。それではいけないということで、私の
ところでは可能な限り、2カ国語で発表会などをするようにしています。あと授業でも、家庭と共にするというのが私の教育方針の一つになっていて、お父さんも参加できるように授業を仕組んでいます。例えば、教師から『親への宿題』を出すこともあります。子ども相手に、お父さんにやってもらってね、と言ってもなかなかできないようなので、きちっと『お父さんの宿題→〜』として、宿題ノートに書いてもらいます。お母さんへの宿題もありますし、お父さんへの宿題もあります。そうすると親も子もやります。」

小噺授業

家族で学ぶ、ことばを伸ばすためのサイクルと、それを回すカラクリ

ことばを伸ばすためのサイクル

①優勢言語でリサーチ→②日本語化→③日本語でアウトプット→④フィードバック。このサイクルに家族を絡めると、言語の習得に良い影響があるということで、サワコさんの教室では、必ず親も絡めた活動にするようにしている。

「私が受け持っている教室では、家族と学ぶ継承語という指針があるので、必ず親も絡めた活動をするようにしています。それは、ことばの学習にも
非常に良い影響があるのです。ことばを伸ばすためには、調べ学習、つまり『リサーチ』というのが大切です。例えば、(日仏家庭の場合)お父さんからフランス語で情報を仕入れたり、お父さんと一緒に調べたり、または、お父さんの知っていることを話してもらって、次にあるいは一緒にそれを、お母さんと話し、お母さんに日本語にしてもらって、それから教室に来てもらうようにしています。そうすると、お父さんとのつながりもできますし、お父さんと優勢言語で(より秀でている言語。私のクラスの子どもの場合、フランス語)抽象的な概念を勉強することができます。お母さんとは日本語のことばや文法が学習できます。そして、教室でみんなに発表などをするというプロセスを取ります。子どもの年齢が上になると、必ずしも日本語でリサーチする必要はありません。小さい子の場合は、優勢言語で調べ物をするということは、まだあまり必要ないです。現地のフランス語で説明しないとわからないほど、ことばの意味が抽象的ではないからです。小さい子には、時には、親もことばを使わなくてもいい情報提供や、身体の一部を使っての表現だってあります。例えば、小さい子どもの場合、折り紙、工作、何かを触る、匂いを嗅ぐ、◯◯◯体操とか。年齢が上になると、料理、手話など、体で表現する活動を家庭でやってもらって、そこから、お母さんにそれを言語化(日本語に)してもらって、お母さんに教えてもらったことばを、子どもが教室に持ってくる、ということができます。このように、この『リサーチ』というのは、ことばだけじゃありません。見たり、聞いたり、触ったり、匂いを嗅いだり、というところも、全部『リサーチ』というカテゴリーとして扱えます。リサーチカテゴリーの学習がないと、ことばは伸びません。このサイクルが、無理なく楽しく回るようにするのが『学習のカラクリ。』そして、そこにお父さんを入れてみたりするのです。」

リサーチの部分も日本語でやらないといけないのか、と思いがちなところを、そうではなく、むしろ日本語にするところで手伝う。このサイクルをきちっと回すために、教師はカラクリ(仕掛け)をきちんと考えなければいけない。

「家庭では、普段の生活の中で、分からないことや、ちょっと難しいことがあれば、『お父さんに聞いてきなさい。』と言って、フランス語で聞いてきてもらい、聞いてきたことを、お母さんに話してもらって、『こういう言葉は日本語ではこういうのよ。』って言うことだけで十分だと思います。日本語の学校では、負担にならない楽しい活動として、このカラクリを、色々作ってあげるのが教師です。活動は、読ませたり、書かせたり、話させたり、見たり、聞いたりでもいいです。調べてきたことをもう一度、これらの表現活動で ”reproduction”、最終的に、日本語でアウトプットさせるのです。そして、このアウトプットの後に、フィードバックが必要です。発表会をやって、よかったよ、みんな喜んでいたよ、だけではなくて、学習を本当に有効にさせるためには、やったことに対して、他の人はどう思ったかな、自分はどう思ったかな、これからどうなるかな、と振り返るステップを入れると、教育者の視点からは、学習のプロセスが完了します。完了というか学習がステップアップし、次の段階につながります。だから、そうするための仕掛けを考えて、実行するのが大変です。この学習のプロセスについて、経験的、感覚的に上手に授業を展開できる教師がいます。でも、マルチリンガル児に適合した教授法や教育理論を、意識的に手順を考え効率よく現場に導入している継承日本語教師は、まだまだ多くありません。自分の授業が、どうして上手くいったのか。カラクリの仕組みがわからない人が、まだ多いのです。感覚でやっていると、バリエーションができてきません。なので、こういった感覚のいい人のために、または、全く教えたことのない人でも、上手くできるように教えることをバックアップする理論的なことを教師が学ぶ必要があります。つまり、教師を養成する必要があるということです。この教師養成を、私を含めた欧州の同僚たちでやっています。教師の視点で言うと、そういう教育理論や教授法は、日本語教育から取ってきたりします。なので、国語教育、日本語教育、継承語教育は全部バラバラではありません。継承語教育のために、私は文科省の指導要領を読みますし、または、欧州での外国語教育のための C E F R の記述を読んだり、あるいは、国語教育の理論から引っ張ってきたことを、継承語教育に合うようにしたりなどしています。例えば、今話した学習のプロセスというのは、国語教育における、アクティブラーニング教育理論と、継承語・外国語教育のトランスランゲージングという教授法と、外国語教育からの、C E F R 教育理念を掛け合わせたものです。なので、日本語を教える領域として3つありますけど、必ずしも分かれているわけではなく、一緒に融合していると言えると思います。

日本語に対する執着

継承日本語も、やっと周知されるようになり研究も進み、先生同士も繋がり始めている。同時に、いわゆるフィジカルな学校・教室に代わって、世界のどこからでもリモート・オンラインで繋がりながら学べる場や、様々な国から日本にルーツを持つ家庭が集まるキャンプなど、日本語を学ぶ方法や機会も多様化させる新たな試みが多数出てきている。サワコさんによると、自分の子が日本語を話すことに価値を置き、熱心に教えようとする姿勢は、日本にルーツを持つ家庭には多く見られ、継承日本語家庭での日本語への執着が非常に高いと感じると。一方で、他の言語における実態について詳しくは分からないが、言語によっては母語の継承について全く執着をしない言語も
あるとのことだった。
子どもは、最終的に必ず「日本語を教えてくれてありがとう。」と言ってくれます、というサワコさんの話を聞いて、どこか日本語に執着している筆者も励まされた。

<本文中の名称についての補足説明>

*在外:海外に在留する日本人のこと
*日本語補習授業校 :現地校、インターナショナル・スクールなどに通学している日本人の児童生徒に対して、授業のない土曜日、日曜日や放課後等の授業のない時間に、国内の教科書を用いつつ小・中学校の国語、算数など一部の教科について授業を行い、在外教育施設に対する支援に係る指定等に関する規程の第1条に規定する各号の基準に適合し、外務大臣の指定を受けた在外教育施設のこと。
*日本人の海外永住者統計:正式名称は、海外在留邦人数調査統計
最新版令和4年10月時点のデータによると、海外に在留する日本人のうち、永住者の合計は、557,034人。うち女性は、346,683人(全体比率62.3%)となっている。
出典元
外務省HPより海外教育 https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/kaigai/kyoiku/index.html
海外在留邦人数調査統計 (Annual Report of Statistics on Japanese Nationals Overseas) https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100436737.pdf

このインタビューは、2022年度 東芝国際交流財団より日本研究および対日関係を担う人材を養成する事業として助成支援を受け実現したプロジェクトです。











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