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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】⑩

4日目

パンプローナ  ~  プエンテ・ラ・レイナ

■ハヤト君お大事に

朝、身仕度を整えて宿を出ると

空は今にも雨が降りださんとしていた。今日はペルドン峠を越えていかねばならないから、出来れば天気はもって欲しい。

そんな巡礼者達の想いに応えるように、空は泣き出しそうなギリギリのところで堪えているように思えた。

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昨日出会ったハヤト君は、

足の具合が良くなるまでもう何日かパンプローナに滞在するらしい。

僕自身が学生時代に自転車旅行で無理をして膝を痛めていたから、彼の旅したい気持ちと、怪我をした辛さは何となく理解した。

「イケる!」と思ったら、とことんやりたいのだ。若い男子は。後先考えるのは二の次、失敗したり、怪我しても、それはそれでまぁ勉強になったし良いか!と割りきれてしまうのが、若さゆえの強みだ。10年前の自分を見ているようだった。

何か力になれたら

そう思って、要らなければ捨てて構わないからと、トレッキング用の靴下を渡した。ハイカットのトレッキングシューズに通常用の靴下よりは、きちんと合った物の方が良いと思ったからだ。

巡礼中、こうした人と人の間の物のやり取りはしばしば見られる。

自分より誰かがそれを必要としているならその人の力になれるなら

どう言った形でも力になってあげたい。と言う気持ちから来る行動なのだと思う。

それをありがた迷惑という人もいれば、感謝する人もいる。

彼はそれを受け取り、「この後足が治ったら、ぶっ飛んでいって必ず追い付きますから!」と言ってくれた。

気持ちは有り難かったけど、それはまた足を壊す可能性もあるから。

「また歩いていればそのうち会うこともあるだろうから、無理はしないで」

と、それだけ伝えて僕達は出発した。とても行動力のある、素敵な青年だ。また会えたら良いなぁ。

■ペルドン峠とチャオチャオおじさん

実はこの【ペルドン峠】は、僕が密かに楽しみにしていた場所だ。

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ペルドン峠は霧の名所で知られていて、酷いときは目の前が真っ白になってしまう。その様子から、古来【悪魔が信仰を試す場所】として巡礼者にとっての難所のひとつとなっていたそうだ。

また【巡礼者の怒りや悲しみ、しがらみを手放す場所】であり、【許しを得る場所】だと言われる場所であった。そんな風に言われるこの道は、自分が歩くときにはどんな顔を見せるのか。どう受け入れられるのかは、内心とても気になって心待ちにしていた。

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峠に向かう一本道を歩いていく。

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ポツリポツリと雨が降りだす。

周りの巡礼者達は楽しそうにお喋りしながら歩くのに、僕達の間には依然会話はない。

気まずい空気が流れる。

「カッパ、着た方が良いんじゃないか?」

うーん、違うんだよな。かけるべき言葉は、そうじゃないんだよ…謝らないといけないのに。言うべき時を逃した言葉は、再び口にすることに勇気がいる。

妻は、問いかけに首を振る

そんなちからないやり取りを何度か繰り返していると、不意に後ろから声をかけられた。

「チャオチャーオ!!」

「そんなリュックじゃ歩き辛いだろチャーオ♪

ビックリした。突然話しかけてきた男たちは、全くわからないイタリア語と大きな身ぶり手振りで、僕達のリュックの背負い方を指摘してくれたのだ。本当に、こんな感じで話しかけられた。

可愛い帽子を被った大柄なおじさんと、白髭を生やしたバンダナのおじさん。それと、髪の毛がボサボサなおじさんの海賊のような三人組。

実は昨日、僕達が喧嘩した直後、パンプローナに到着したときに一度、アルベルゲで一度会っていたから、全くの初対面ではなかった。だが、まさかこんなにフレンドリーに話しかけられるとも思っていなかった。

彼らはひとしきりあーでもない、こーでもないと僕達のリュックをいじった後に、満足そうに

「ブラーボ!ブラーボ!!ブエンカミーノチャーオ!」

そう言って嵐のように去っていった。

※その後僕達は彼らのことをチャオチャオおじさんと暫く呼んだ。

「あぁ、ビックリした。」

全くだ。3人ともおっかない風貌に似つかわないオチャメさ。言葉が通じなくても無理矢理押しきる強引さ。それを笑顔でやりきっちゃうんだから。

「チャオチャオたち、面白いな」

そう言って僕達は笑った。

この後、僕達は仲直りする。

この時は気付かなかったのだけど、今思えばきっかけはこの面白可笑しいイタリア人達との遭遇だった。

彼らは間違いなくその陽気さで、僕達が(僕自身が)作った壁に大きな風穴を開けていってくれたんだ。

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■二人で歩いているんだもの

峠はさほどキツい傾斜ではないものの、

それでも経験の少ない妻の体力を削るには充分な坂道だった。

彼女は一生懸命頑張って、やがてもうじき登りきろうかと言うところまで来ていた。

山頂に近づくにつれて風が強くなる。未だ周囲は霧で覆われている。

ただ、眼前は霧に包まれていたものの、僕達が歩いた後ろは少しずつ霧が晴れているように見えた。遠くパンプローナの街が見える。

「ちょっと良いかな?」

妻を一度、引き留め、休ませる。

「その、昨日はごめん」

そう言って、不安と焦りからイライラをぶつけたことを謝った。

妻は小さな声を絞り出してこう言った。

「歩いているのはあなただけじゃないの。私だって自分で歩いてる。黄色い矢印に導かれて歩いてるのよ。」

ハッとした。その通りだった。

彼女もまた、道を歩いているんだ。

彼女は彼女で考えながら歩いている。

この道は、二人で歩く道ながら、それぞれが歩いている道でもあったのだ。

それを「俺が案内しなきゃ」だの、「面倒見なきゃ」だの、傲慢甚だしい。

二人で歩く道だから、二人で考えるし、二人で頑張るんじゃないか。そんなシンプルで大切なことすら見えていなかったなんて。

僕はそんな傲慢な自分に気付き、向き合い、改めて妻と向き合うことで、二人で生きるとはどう言うことか、少し考えられた気がする。

そんなことを思い、改めて謝り、仲直りのハグをした後、二人は歩き出した。

そして、山頂へ辿り着く。

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もし巡礼の旅を夢見る人や、歩いたことのある人に

「この道には奇跡が存在すると思うか?」

と質問されたとしたら。

僕にはスピリチュアルな感性がないし、明確な答えは出せないと思うし、仮にあると言っても信じて貰えるかどうかもわからない。

ただひとつ、確かな事実として言えること。

それはこの旅で、初めて自分が自分自身の傲慢さに気付き、妻と二人で歩くと言うことを受け入れ、己の意地や過去のしがらみを捨てた時、二人で登りきった峠の頂で見た景色。

目の前を覆っていた霧は晴れ、見上げれば空は先程までの曇天が嘘のように青く澄み渡り、眼下には延々と美しいスペインの大地が広がっていたということ。

この景色を見た僕は「許しを得、怒りやしがらみを捨てた時に霧が晴れる」と言い伝えられたこの峠が、ただ単に伝承や物語の類いで終わらせてしまえるような、そんな単純なモノではないと思わずにいられなかった。

■プエンテ・ラ・レイナへ

仲直りした僕達は峠のモニュメントで記念写真を撮り、今日の目的地であるプエンテ・ラ・レイナへ向けて出発した。

と思いきや、後ろから声が聞こえる。

「オー!ブラーボ!!ブゥラーボォ!」

あ、チャオチャオだ。一発でわかった。

ちょうど山頂に彼らしかいなかったため、彼らの記念写真も一緒に撮ってあげることに。その後改めて出発となった。

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午後には天気も回復し、暑い位になった。

ウテルガで仲直りにお昼ご飯を食べ、二人のわだかまりもすっかり解消されていた。

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オシャレなアルベルゲで、パスタとボカディージョを。

ペルドン峠を越えて、このウテルガと言う街に泊まる人も多い。静かなとても良いところだったから、次行くなら、是非ここでのんびりしたい!と思えるようなところだ。

のんびりのんびり歩いて、途中で馬に微笑みかけられたり、

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ずいぶんのんびり歩きながら、目的地についたのは夕方5時を過ぎた頃だった。

プエンテ・ラ・レイナの街の入り口まで来てアルベルゲ探しを始めようかと言うとき

「ダイスケサーン、ミキチャーン!」と

いつもの呼び声と共にライアン&ヨンチャンが現れた。二人とも近くのアルベルゲに泊まることにしたそうで、中心街からは遠いけど快適でおすすめだよ!と教えてくれた。

せっかくのお誘いだから、お言葉に甘えて同じアルベルゲに泊まることにした。

■仲間たちと過ごす夜

仲間と過ごす夜は楽しい!

近くのスーパーで買い出し、その後自炊をして、寝るまでの時間をお喋りして過ごす夜。

「作りすぎちゃったから食べて」とご飯を貰いっこしたり、お互いの国の言葉を教え合ったり。教えてもらった言葉で次の日のコミュケーションがもっと楽しくなる。

一日一日仲間との時間を大切にするほど、日々の巡礼の旅は充実してくる。

非日常と思っていた巡礼の旅は、仲間や妻のおかげで日常へと変わっていく気がした。

まだ歩き始めて4日目。予定では32日から34日かけて歩ききるつもりだが、ここから旅はどう変わっていくだろう。

自分と向き合い、妻と向き合う二人の旅。自分達のやりたいことを見つける旅がどうなっていくのやら検討も付かないが、今日見たペルドン峠の景色はきっと忘れないと思う。


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