(6)テキトーに喋る男たち『サンフランシスコにもういない』
近所のスーパーにシャンプーを買いに行った。ブロンドの女性店員にシャンプーの場所を訊いたが、そこには大量のボトルがあり、アメリカの製品に精通していない僕にはそのなかから自分に合ったもの選ぶのが難儀だった。
そこで選択肢が多すぎて決めるのが難しい旨を彼女に伝えた上で、
「Which is the best shampoo for the best guy? (最高の男に合う最高のシャンプーはどれだ)」
と訊ねた。なぜ英語を喋るとバカみたいに勇ましく、適当になれるのか、僕は知らない。ジョーク気味に言うと彼女は爆笑し「私はギブアップ」と両手を挙げ、近くの男性店員を呼んだ。
日本人の愚かで適当すぎるオーダーを快く引き受けてくれたのは浅黒い肌が健康的なダンディーなスペイン系の店員だった。
彼はワインテイスティングよろしくシャンプーボトルの蓋を一つずつ開けていって匂いを確かめた。
「これじゃない、ちがう、これは好きじゃない」
と言いながら真剣な面持ちで吟味してくれた。洗髪材に非常に強いこだわりがあるようだ。
「これはどう?」
とボトルを手渡され、僕も彼に倣い香りテイスティングを試みた。
しかし正直匂いはしなかった。僕は彼の洗練された嗅覚に追いつけてはいないようだった。
店員はそのボトルを手に、
「俺はこの匂いが好きだ」
と言い切る。清潔感ある彼の見た目や言動にうかがえる自信も相まってこれは信頼できると思った。パッケージにもラベンダーが描かれ、中々良さそうだ。僕はそれを買い、その日のうちに使ってみることにした。
しかし夜シャワールームで気づいたが、ボトルの蓋の内側には、開封前のマヨネーズよりもガチガチのテーピングが施されていおり、これでは蓋を開けたところで匂いなんてわかるはずもなかった。
誰よりもあいつがテキトーだった。
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