メコン小川

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(7)夜の黒い箱(最終話)『サンフランシスコにもういない』

 夜、家に帰るバスのなかで僕はガイドブックに目を通していた。  まだまだやりたいことはたくさんある。せっかくの日曜日がこのまま終わってしまうことは惜しかったけれど、夜間は不用意に歩かない方が良いエリアも多く、今日はおとなしく帰るのが無難だろうと思った。  現に膝の上でちいさく開いたガイドブックにも治安が悪いエリアとその時間帯が強調フォントで書かれていた。  本から視線を上げると、バスの内側を向いた座席に座る斜め前の中年男が目に入った。彼はサングラスをかけいて、髭を生やしていた

    • (6)テキトーに喋る男たち『サンフランシスコにもういない』

       近所のスーパーにシャンプーを買いに行った。ブロンドの女性店員にシャンプーの場所を訊いたが、そこには大量のボトルがあり、アメリカの製品に精通していない僕にはそのなかから自分に合ったもの選ぶのが難儀だった。  そこで選択肢が多すぎて決めるのが難しい旨を彼女に伝えた上で、 「Which is the best shampoo for the best guy? (最高の男に合う最高のシャンプーはどれだ)」  と訊ねた。なぜ英語を喋るとバカみたいに勇ましく、適当になれるのか、僕は知

      • (5)サンフランシスコの恐怖『サンフランシスコにもういない』

         旅には恐怖がつきものだ。  アメリカは銃社会だし、サンフランシスコでは日本で禁止されている薬物も一部で合法だ。それだけで安易に危険を連想するのもどうかと思うけど、漫然とした不安は拭いきれない。  そんな予感が的中する出来事があった。  ある週末、僕は語学学校で出会った日本人留学生のY君と街中をぶらぶらしていた。Y君は僕よりも数カ月以上サンフランシスコ滞在が長かったが、週末はほとんど家から出ていなかった。Y君は常々ホストマザーに外出しなよ、と言われていたそうで、外で遊びたい盛

        • (4)「謎の女」が家にいて『サンフランシスコにもういない』

           僕は中華系移民の家庭にホームステイをした。  夕食はいつもみんなで食べる。食卓にはホストファミリー夫妻と大学生の息子、それから語学学校に通う僕を含めた四人の大学生がいる。かなりの人数で小さなテーブルを囲むことになる。  そしてもう一人。食卓には知らない女の子がいる。  年は同世代で、綺麗な金髪を後ろで束ね、肌は白く、灰色の目をしていた。  「謎の女」は毎日現れるわけではない。四日に一度くらいの一番気持ち悪い頻度でしれっと食卓に加わる。  正体はわからなかったが、初めのうちは

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        • サンフランシスコにもういない
          7本
        • メコン川で「川が足りんな」と言いたい
          3本

        記事

          (3)笑わないミッキーマウス『サンフランシスコにもういない』

           僕は昔からミッキーマウスに親しんできた。といってもフリークではない。幼気な子供らしく彼のぬいぐるみを抱いて寝たこともなければ、クラスに必ず一人はいる女子のように手本もなく紙にサラサラと顔が描けるほど、彼のデッサンに勤しんだ経験もない。  しかし彼がオーナーを務める夢の国――実際オーナーかは知らないが、ミーハーにはそう見える――で良い思い出はたくさんあるし、彼の特徴的な笑い方が、全国のちびっこ芸人たちにモノマネの門戸を開いていることくらい知っている。ハハッ。  サンフランシス

          (3)笑わないミッキーマウス『サンフランシスコにもういない』

          (2)うんこの話をしよう『サンフランシスコにもういない』

           語学学校の帰り道。僕はルームメイトの韓国人ヤンとともにサンフランシスコ名物の急な坂道を登っていた。その間、僕たちは他愛もない議論をしていた。ヤンは政治に興味があった。だから日韓関係のことや日本国内の情勢について、あれこれと訊ねてきた。  僕は政治がわからなかった。だから何か訊かれる度にニュース番組で聞き齧ったようなことをかろうじてぽつぽつと答える程度だった。 「この問題についてどう思う?」  ヤンは英語で訊ねてきた。 「うーん、その問題は、一応問題じゃないってことになってる

          (2)うんこの話をしよう『サンフランシスコにもういない』

          (1)『サンフランシスコにもういない』

           世間から一目おかれるいやゆる〝エリート〟たちは、ひとたび旅に出れば、崇高な思想や哲学の一つ二つ誰に言われるともなくこしらえて、いざ帰国するなり、周囲に吹聴しては、いやにもてはやされ、いやに尊敬され、いやに自信と矜持と知性とを発散させる。  いま見苦しいほど嫌味ったらしい書き方をしたけれど、これは自分には成し得ないことを目の前で成されたときに抱く自然な苛立ちと憧憬の裏返しにすぎない。つまり、 ――ああいう語るやつ、僕もやりたい。  でもやり方がわからない。  僕は大学二年の夏

          (1)『サンフランシスコにもういない』

          女性とシャワーを浴びた

           インターン先の同僚に「ハイキングは好きか」と訊ねられ、「好き」と答えたことから、週末一緒に行くことになった。  ただ、好きと言っても、じっさいにはハイキングというものに行ったことがあるわけでもなく、近いものでいえば、小学生の頃に遠足でちょっとした山道を歩いたくらいだった。一般的にいうハイキングを遠足からの類推でイメージしてきた僕である。じつはそのハイキングが朝の四時集合で、二日がかりの行程かつ帰宅は日曜の深夜と後々に聞かされた時には、いささかの戸惑いがないわけでもなかった。

          女性とシャワーを浴びた

          「眼球が欲しいか?」と聞かれ愛を知る

           日本人に特有の英語の発音があるように、カンボジア人にもそれがある。  インターンでカンボジアに来てから十日ほどが経ったが、このカンボジアン・イングリッシュが中々聞き取れない。  アクセントに悪戦苦闘、と状況だけ聞けば中々愉快だが、ちょけてる場合ではない。現地の英語が聞き取れないのは、四カ月間この国でインターンをする身としては死活問題である。  聞き取れないと嘆いてばかりでは意味がないので、わからないなりにカンボジア英語を分析してみた。すると、どうやら彼らの英語には、単語の後

          「眼球が欲しいか?」と聞かれ愛を知る

          高知の人との金銭トラブル

           田舎へ行きたいと思い立ち、高知へ行った。  なにもここで高知を田舎と言って馬鹿にしたいわけではない。  僕は田舎が好きだ。大好きな田舎に行きたくて、大自然や古い町並みを堪能できる魅力あふれる観光地として、まずもって高知が浮かんだ。いってみればそれだけのことである。  回りくどいエクスキューズもこれくらいにして、二泊三日の高知旅行で僕が遭遇した金銭トラブルとその思いもよらぬ結末について、ここに書き残したいと思った。  滞在二日目。夜のとばりも降りたころ、僕は高知の田舎道を走

          高知の人との金銭トラブル

          身体を売る

           端的に言えば、たった今、身体を売ってきた。二時間で五千円だった。  包み隠さず言えば、私はお金がない学生なので稼がないといけない。   有り体に言えば、私はこれまでも身体を売って、数万円以上稼いできた。  語弊を恐れずに言えば、ある大学で、そんなバイトを募集していた。  具体的に言えば、実験の被験者になるバイトに参加して、私は報酬を得ている。いわゆる「治験バイト」である。  たとえて言えば、今の私はモルモット。  仲間内のスラングで言えば、「ちょっと、今からモルモットになっ

          メコン川で「川が足りんな」と言いたい

           河原に立つ。  水切りを極めた阿呆は、滔々と流れる川を眼前に思わずこう独りごちたくなるものだ――川が足りんな。  水キラー(水切りをする者)は地元の川をホームグラウンドとし、水切り技術の向上に邁進しながら、様々な障壁や葛藤に腐心するものだ。そんな鍛錬のなかで最も気が高まる瞬間といえば、言わずもがな、自ら放った石が対岸に達し、カンッと小気味良い音を響かせるアノ瞬間である。  「言わずもがな」と、なんとも断定的な物言いをしたが、対岸到達者(専門用語で対岸の石の声を聞くという意

          メコン川で「川が足りんな」と言いたい