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【目印を見つけるノート】1321. 昔書いた詩にも愛を思います

雨ですね。

片隅の風物詩

今日は自分の昔の詩を引っ張り出してみましょうか。たまには。前もしたかな。

※昔の詩なので国名が当時のままになっています。ご了承ください。

ー・ー・ー・ー

デナリ

あすサーカスの少年と 聖堂で待ち合わせ
憂鬱が目印 恋とか夢とか生活
六人きょうだいの末っ子で あのころはまだ
なんの芸も やらせてもらえなかった

 まあよい指導者も そうでない独裁者も知らずに
 アジアのテントまで やってきた頃は
 サーカスの興業主 トランプの王妃さまも
 優美な笑みを たたえていたんだ

 ハンガリーでギリシア人に間違えられて
 ポーランドでロシア人に間違えられた
 白い肌 明るい瞳のデナリ
 ユーゴスラヴィアのベッドで雲の夢を見る

 中国人に見えたら 最高なのに
 軍事政権の独房に入れられたときも
 アメリカのジャーナリスト扱いだった
 この異邦人はどこでも お尋ねものにされるらしい

 連帯の家に宿をとったとき 春は天辺
 いまは何が本当なのか かいもく見当がつかない
 コシューシコが収穫のお祭りで ダンスする
 でも 敵の姿はまだ見えていないんだろう

観客に 冬を耐え抜いた赤ワインがふるまわれる
去年の聖誕祭にも思ったことだけれど
葡萄酒より 血であがなわれるものも
たくさんあるって みんな知っている

サーカス小屋が爆発した
煽られて 大勢の人を乗せた飛行船も
こっぱみじん
空の中に 転覆した

降ってくる残骸を避けながら 見つけたもの
片方だけの 茶色い靴
きゃしゃな回転扉のまえで 山上の隠者のように
いつか やってくる答えを じっと待っている

白い肌 明るい瞳のデナリ
サーカスの少年に会えずに 裸足で歩く
国は敗れて 街は瓦礫 山河は用なし
五人のきょうだいも いなくなった

こどもたちが お祭りの色つき卵を
そっと デナリの 汚れた手にのせる
司祭はいう ディディモは それを
目にしなければ 信じることができない

かわいそう

〈作者自身によるお節介な注解〉
さて、この詩はざっくりといえば、どこの国の人かよく分からない旅人が、「サーカスの少年に会えない」というお話になっています。
当時の情勢ーーポーランドの『連帯』からボスニア・ヘルツェゴビナ内戦にいたる東欧の激動が念頭にありました。もとはユーゴスラヴィアという国で起こった複雑な内戦をここでは説明しませんが、ニュースを見て、「どうしてこんな惨いことになってしまったのだろう」としばしば思いました。歴史としてみればベルリンの壁が壊れたことやロシアの民主化が大きく扱われるのでしょう。
 
見過ごされる、忘れ去られる。
それに栞をはさみたいということで書いたように思います。二十世紀末にしか書けないものでした。

もうひとつ、キリスト教のモチーフがよく出てきます。デナリは聖書にも出てくる通貨です。「小麦が1デナリ……」ということばがあったように思います。それを主人公の名前にしました。聖堂で始めて、イースターで終えたのもそうです。ディディモについては、『16世紀のオデュッセイア』→『海の巡礼路(東洋編)』→『ディディモはここにいた』の節辺りで説明をしています。よろしければご参照ください。

なお、個人的な経験も多少入っています。サーカス小屋の爆発から茶色い靴までは、私の見た夢(寝て見る方の)です。この映像を文字にしたくて書いた面もあります。

旅人デナリについては、学生時代の知人をイメージしています。実にすごい人でしたねえ、シベリア鉄道に乗って東欧をガンガン回って、翌年には中米を回っていました。とても色白な人で、間違えられた話はリアルです。

あとは、サーカスの少年ですね。
こちらもモデルがいます。小学生の頃に見たサーカス(大会ではないですが各国のサーカス団が出ていました)に出ていたブルガリアのサーカスの少年です。
このサーカスはモナコのグレース王妃(故人)がチャリティで開催した世界巡業だったようです。グレース・ケリーですね、会いたかったわぁ。
もとい、少年の慣れていない様子にハラハラさせられました。同じ年頃のあの子に会いたいなとずっと思っていましたね。今はどうしているのでしょうか。

当初の詩にはもっと実在の人の名前が出ていました。東欧をひとつの旅にたとえたかったようです。ただそこはポーランドの英雄・コシューシコ以外、外すか変えています。
当初の詩は年配の詩の同人に激昂を持って非難されました。ロシアの役人や、穏健な指導者の名前を入れたからです。
「知らないくせに書くな」ということでした。

そうですね、拙かったのでしょう。
フリーマントルの本は読んでいたのですが、火に油の話をするほど感情的にはなりませんでした。悲しいばかり。もう少し冷静に話せたらよかったのですけれど、ちゃぶ台をひっくり返されるともうなすすべがありません。
彼の持ってきた思いには反するものだったということでそれは変えました。

人が持っている「これはこうだ」という概念があります。持っていないようでも持っています。私ももちろん持っています。
そして、そこに反するもの、異なるものについて拒絶反応を示すこともあります。そこから一歩踏み込んで、なぜそうなのか、なにを書こうとしているのかを話せればまた新しい展開があるのだと思うのですが、詩はそこまで説明するものではないですし、激昂もひとつの評価だったでしょう。
なかなか視点を変えるのは難しい。この詩はそのようなことを考え、自分を省みるいいきっかけでもありました。

「自由とは、異なった意見を持つものの自由のことだ」(Rosa Luxemburg)

今、イスラエルとハマスの戦争、そしてニュースを見ていると、そのようなことをフッと思い出します。

単純に、
ブルガリアのサーカスの少年には会ってみたいなと今でも思っています。

いろいろ、偉そうなことを書きましたが、
何十年も
一人の人が安寧に暮らしているのかと
思うことや、
誰かをとても大事に思い続ける気持ちに勝るものはどこにもないように思います。
それはいわゆる「愛」というものでしょう😊

ディラン・トマスの真似をして、18編の詩をまとめています。よろしければ。

それでは、今日の曲です。
Joan Baez『Here's To You』

バエズさんとエンニオ・モリコーネさんが共演している曲ですが、これはサッコとヴァンゼッティ事件を描いた映画の曲です。
サッコとヴァンゼッティ事件は有名な冤罪事件ですが、1927年の死刑執行から、彼らの無罪が確定されたのは1977年、映画公開の7年後でした。
この事件は特定のグレーは黒だというような考え方によって解決されようとしました。そして名誉回復まで半世紀もかかりました。けれど、「ああ、そんなに面倒ならば放っておこう」ではなくて、「行動しよう」というのが突破する自由のひとつの形なのかなと思います。

この曲もそうだと思うのです。

あ、『ご城下』を進めておかなければ。
それでは、お読み下さってありがとうございます。

尾方佐羽

追伸 I got.

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