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7月2日 向かいの席の小学生たかし君が、地獄へと向かう最中を俺は見た。

達の前に男の子が2人立っている。何がそんなに楽しいのか、とにかくワイワイ騒いでいて、電車に乗っている我々大人達はそれを微笑ましく見ていた。「たかし」と呼ばれる男の子が特にハシャイでいるように見えた。見るからに生意気な面構えで、とにかく乱暴者って感じだ。たかし君は女の子3人の中の1人のみゆきちゃんのことがきっと好きなんだと思う。その証拠にみゆきちゃんに何度も何度もちょっかいを出す。みゆきちゃんは髪を肩まで伸ばして、日に焼けた活発そうな女の子だった。
たかし君がとにかく場を盛り上げに盛り上げる。が、たかし君はこれから地獄へと突き進むことになる。

彼らは全員、電話の機能のみが付いているポケベルのようなものを所持していた。
たかし君がそれをバッグから取り出し、「もしもし〜あの〜」と始めた。「誰に電話してるの?」とみゆきちゃんが聞くと、彼は「警察。」と答えた。

マジで!!????ヤバくね!??という誰かの一言で、一気に空気が冷めた。たかし君もそれを感じ取ったはずだ。周りの女子も冷静なトーンで辞めなよ。と言い出した。

彼の電話画面をこっそり覗くと、発信画面にはなっていなかった。たかし君は、盛り上がると思って、ここはいっちょう的な感じで大嘘をこいたのだ。が、彼の予想とは裏腹に皆が思いっきり引いてしまったのである。
このタイミングで「嘘〜〜。警察にはかけてません!!」と言ったら余計場がしらけることは、俺にもたかし君にも分かった。

どうするたかし君。ここからどうしてく。こうゆう時26になってもあるぞ!!僕はたかし君、いやたかしのこれからの行動を、心の中でエールを送りながら見守ることにした。

引き下がれなくなったたかしは、逆張りを始めた。24歳くらいの時にわかったのだが、一度ハマらなかったボケを、同じボケで取り返そうとするのは、かなりリスクが高い。そこでツッコミが上手い奴がいると、「何回言うんだよ」とかそんな一言で、なんとか場の空気をフワっとでき、自分のターンを終わらせることが出来るのだが、少年少女の中にツッコミタイプの人間はいなそうであった。

「マジでかけてる。」

たかし君は、信ぴょう性を高める方向で突き進んでいった。周囲の子達の表情がドンドン曇っていった。
「もしもし〜〜〜。もしもし〜〜。」とたかしは続けた。

僕はもう抱きしめてやりたくなった。

もう1人の男の子、アキラ君が、「お前、マジでかけてんのかよ!!!」と言って、たかし君の携帯を取り上げようとしたその瞬間、車内に鋭い音が鳴り響いた。電話についていた、防犯ブザーがなってしまったのだが。
女の子達が、「止めろ!!!、止めて!!!、ねえ!!!」等々叫んだ。
我々大人達はそれをも微笑ましく見ていたのだが、彼らにとっては大変なことらしかった。
急いでブザーを止めた、たかしは泣きそうな顔になって「俺、本当はかけてねえよ!!!」と大きな声を出した。

車内がシーン。

「うんうん、間違った。」たかしが電話をしだした。ブザーが鳴るとそのまま親に電話がかかるという仕組みらしい。
「じゃあね。」とたかしが親との通話を終わらせた瞬間、1人の少女が「たかし君、なんで嘘ついたの?」と言った。

たかし君は黙った。

みゆきちゃんは「一緒にいると私達がうるさいと思われるから嫌だ!!!」と言った。
話を聞いていると、過去に電車内で防犯ブザーを鳴らしまくったことがあるらしく、その場にいた乗客が学校にクレームを入れたことがあるというのだ。そのため彼らの脳みそには、「防犯ブザー=クレーム」という数式が刷り込まれ、彼らは今大問題を起こしたという認識になっているということなのである。

「ねえ、何で警察にかけたって嘘ついたの??ねえ!!ねえ!!?」

たかしは追い込まれたいた。

「アキラ、お前何で防犯ブザー鳴らしたの??」

たかしは今行なわれている討論の論点を、「何で警察にかけてるって嘘ついたの?」から「アキラが何故防犯ブザーを鳴らしたのか」へと移す作戦に出た。
たかしは続けて「俺、冷や汗出てる。」と言った。
完全に被害者ヅラし始めたのだが。中々賢いやつだなと思った。
僕は防犯ブザーが鳴る瞬間を見ていたのだが、アキラ君はわざとブザーを鳴らした訳ではない。手が引っかかってしまったのだ。たかしもそれは分かっていたはずだ。が、たかしはアキラ君が意図的にブザーを鳴らしたとすることによって、皆の目をアキラ君に向けようとしたのだ。

少女達は、アキラ君に「何で??」攻撃を始めた。アキラ君はとてもいい面構えをした少年だった。目の奥が座っているというか、どこか飄々としていて、何か同学年の彼らとは違った雰囲気を身にまとっていた。

「ねえ??そもそも何でみんな電話を出してるの?」

一撃だった。

たかしはもちろん、少女達も黙った。
実はアキラ君以外のほとんどが、携帯を出していたのだ。

「電話使わないなら、しまいなよ。そもそも出すからこんなことになるんだよ!!」

「うるせえよ!!!!お前だろ!!!!」

俺のたかしが訳の分からないことを言い出した。
追い詰められた結果、大声を出すという方に打って出たのだ。
「大きな声出さないでよ!!!!」と女子も怒鳴った。
地獄絵図である。

アキラ君は「たかしが、悪いんだろ!!」と始まり、マジ喧嘩が始まった。1人の女の子が「もう騒がないで!とにかく駅に着くまで黙って。」と言った。そして、僕に頭を下げた。
そして「私たちがうるさいと思われる!!」と続けた。
僕に頭を下げた女の子は、それからアキラとたかし君が大きな声を出す度に、会釈をした。ここら辺が女子である。彼女達は周りがよく見えていた。たかしとアキラ君に向かって行っているような発言も、実は僕らに聞かせていた。とても賢い。それに比べ男2人は猿のように大声で怒鳴りあっていた。

僕も僕で面倒なことに巻き込まれいた。
彼らの中で車内で一番チクりそうなのは、僕ということになっていた。目の前に座っているのが僕しかいなかったからだ。
少女に会釈された僕は、出来るだけニコっとして、気にしていないですよというアピールをした。彼らの前から立ち去ろうとも考えたのだが、それはそれで彼らを不安にさせるだろうし、真顔になってもチクりそうなだ。
僕は彼らを見つめながらとにかく微笑ましくいることに徹した。

2人の少女が突然電車を降りた。あまりに突然降りたので僕は笑ってしまった。
電車に残ったみゆきちゃんと、バイバイをした。たかしとアキラ君も喧嘩を辞め笑顔でバイバイしたのだが、少女達は「もう遅いわ」みたいな顔をして、思いっきり無視をした。
うわ〜〜この感じなんか分かるわ〜〜と思った。

その後もたかし君とアキラ君は口論を続けた。
席を2席分空けて座る2人の間に、みゆきちゃんが座った。
「もう辞めなよ。疑うの意味ないよ。疑うの意味ないけど、狼少年って知ってる?アキラ君も、疑われるようなこといつもしてるからでしょ。もう駅に着くまで、あんた達喋らないで。」と言った。

たかし君は黙った。
アキラ君も一時的には黙ったが、30秒後に口を開き
「たかし、お前もう俺らと帰るの禁止な。喋るの禁止。〇〇君と〇〇ちゃん、あ、あと〇〇君とも。帰るの禁止な。」
めちゃくちゃなルールだが、思考が停止しているたかしは、涙目で「〇〇君はいい?」という質問をし、「あ、〇〇君も禁止」とアキラ君に鬼みたいな返答をされることしか出来なかった。

それからたかし君は、苛立ちをみゆきちゃんにぶつけ始めた。
めちゃくちゃな言いがかりをつけた。
しっかり者のみゆきちゃんも子供である。「アンタに喧嘩で勝てるよ。」と言い出した。
この一言で、何故かたかし君とアキラ君は一瞬で仲直りをした。たかしが「こいつ俺に勝てるってよ。」と言うと、アキラ君は「無理無理!!」と言った。
それから2対1の構図が出来てしまい、電車のドアが開いた瞬間、みゆきちゃんは泣きながら「本気出した勝てるもん」と叫んだ。
たかし君は「お前ダサいよ。」と言った。どの口が効いてんだよ!と思わず突っ込みそうになった。

みゆきちゃんは走って、走って、足を止めなかった。
たかしは電車の中から体を半分だけホームへと身を乗り出し、小さくなる姿を最後まで見ていた。何か間違ったことをしたことに気がついたのだろう。

「たかし何やってんの?練り消し落ちてるよ?」

彼は何か一貫している。

「練り消しじゃねえよ。ゴムだよ。」とたかしは言った。

その後二人は、学校の先生に明日怒られたらどうするかという会議を始めた。
「俺が何とかする。俺がブザーならしたことにするよ。」とたかしは言った。
覚悟を決めた男の顔をしていた。みゆきちゃんがあんな帰り方をしたからこその、男らしさであろう。償いに見えた。

「じゃあ、俺、怒られた時は全部たかしのせいにしとくな。」
とアキラ君は言った。たかしは、黙って頷いた。

今日は、彼らにとって一大事となるようなことが起きた。
それぞれ色んなものを背負って家路に着いたはずだ。
アキラ君以外は。


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落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。