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【小説】Magical Survival - 第一回リレー小説企画【ローファンタジー】

- はじめに・企画説明 -

 こちらの小説は、2023年7月7日に開始された第一回リレー小説企画で制作された小説です。

 リレー小説とは、一つの話を複数の作者がリレー形式で執筆していく形態の小説です。途中で作者が変わるので、どのように話が展開されるか全くよめないことが特徴となっております。

 自分の登場させたキャラがこう動くんだ! この展開のために用意した設定が全然他のことに活かされてる!

 そんな楽しみがある企画であり、よめない展開や締め切りにみんなでハラハラドキドキ出来る特徴もあります。

 それに当たっての注意事項を、ここで挟ませていただきます。

 まず、この作品には複数の作者が関わっており、それぞれの文章を書いておられます。そのため、文章の表現変化などが見られますが、推敲した者はその特徴をできる限り尊重し、そのままにしております。文章の体裁なども、個性とみられたものは修正しておりません。

 また、文章のルールが守られていない場合も、表現法とみられる場合は(ダブルリーダーの単体で使用など)そこも統一しておりません。

 違和感を感じてしまう場合もあると思われますが、これも楽しみと温かい目でお読みください。なんでしたら、どこで作者が変わっているか予想しながら読んでみてください。意外と分かると思います。

 さてさて、では、物語にお進みください。

 今回のお話は、主人公がおかしなアルバイトに引っかかることから始まります。夏休みを充実させようとしている彼は、ここからどんなトラブルに巻き込まれていくのやら。


 どうぞどうぞ、お楽しみくださいませ。

- 本篇 -

 夏休みが始まった。大学の期末試験が終わり、自由の身となった俺は何をしようか迷っていた。

 やりたいことはいくつかあるのだが、そろそろアルバイトもしないといけないと感じていた。

 忘れていた。自己紹介をしよう。俺の名前は中村一郎である。大学一年生だ。

 ということで、俺はバイトアプリでバイトを探しまくっていた。

「あーどうしよう…バイト何やろうかな…お金欲しいしなぁ…ん?」

 と、ここで驚愕の内容が。

「リモートワークで高収入!? しかも週一でいいのか!?」 俺は驚愕していた。こんな好条件、滅多にあるものじゃない。

「これはやるしかないだろ!」

 興奮していたが外でスマホを見ていたため、周りからは変な目で見られていた。少しばかり申し訳ない。 でも興奮が冷めることはなく、家に着いた俺は、肝心なバイト内容も見ずにバイトに応募をした。

「よしっ! 応募完了! 面接緊張するなぁ」

 そのあと俺は疲れていたのか、そのまま寝落ちしてしまった。

 そして、寝ている間にスマホから何か通知が届いた。

 翌朝、目覚めてスマホを見てみるとよく分からないアプリがインストールされていた。

「何これ? こんなアプリインストールした覚えがないぞ」

 首を傾げながらアプリを起動させた。

「えーと…”Magical Survival”って何だ?」

 表示されたものを見ながら、怪しいと感じた俺はアプリを削除しようとする。だが消せなかった。

「何故だ!? 何で消せないんだ?」

 俺は消せないことに驚愕していた。

「一体何なんだ!?」

 その時、スマホが光り出した。

「うわっっっ!」

 俺は光に包まれ、気づいたら知らない場所にいた。

「ん? ここは…? 俺は家にいたはずじゃ…? 何で俺はこんな所に? しかも廃都市にいるんだが!?」

 さっきまで家にいたはずが、いつのまにか廃都市にいる。それに俺は混乱していた。

「よし状況を整理しよう…俺はさっきまで家にいたはずだ…そして急にスマホが光り出して今に至る……もうさっぱり分からないよ!!!」

 そしてこの状況に混乱しつつも何かに気づいた。

「あれ? 俺の他にも人がいたのか!」

 辺りを見渡すと、百人以上の人が廃都市にいた。

「俺だけかと思ったからなんか安心した…」

 安心していると周囲の人の声が聞こえてきた。

「一体ここは何処なんだ? スマホが光り出して気づいたらここにいたんだけど…」

「そう! 俺も同じだよ…何で廃都市にいるんだ?」

「そもそもあのアプリを入れてから変なことが起き始めたんだよなぁ…」

「全く一緒だよ! 俺もバイト探してて、リモートで高収入で週一のバイトがあって応募してからよく分からないアプリが勝手にインストールされてて…」

「やっぱりお前もか!」

 このような周囲の会話に俺は気づいた。

「どうやらあのバイトが今回の原因となっているのか…確かに都合の良い条件のバイトは怪しいところの方が多いしなぁ…」

 取り返しのつかないことをしてしまったことに、俺は後悔し始めていた。

「それよりもどうやってここから帰るかだな…そもそもここは日本なのか…?」

 帰る方法を考えていると、目の前に謎の少女が現れた。

「うわっ。君は一体?」

「私はこのバイトのオーナー。よろしく。」

 声を掛けると、その少女は即答した。

「このバイトって何だ? オーナー? 君が? 一体何なんだ?」

 俺は少女に立て続けに質問した。

「このバイトは魔法を使って生き残りをかけたゲーム。ゲームで生き残った者は報酬として億万長者になれるよ。そして私はこのバイトのオーナー兼ゲームマスターって感じかな。」

 少女はそう、俺の質問に答えた。

「なんだよ…無茶苦茶すぎる…こんな命を懸けてまで億万長者になっても嬉しくないよ…」

 このバイトの真実を知った俺は絶望していた。

「生き残るには人を殺さないといけないんだろ? そんなことできるわけがないだろ!!!」

 少女に怒鳴りつける。

「でも殺さないと君が殺されてしまうし、何より報酬も手に入らないよ」

 でも少女は、俺に現実を突き詰めた。

「これって現実なのかよ…本当に帰る方法もないのか?」

 俺は少女に帰る方法を質問した。

「ないね。そもそもここは現実世界じゃないしね」

 少女は衝撃的な発言をした。

「現実世界じゃないってどういうことだよ!? 地球じゃないってことなのか? まさか俺が異世界に召喚されたでもいうのか?」

 俺は少女に問い詰めた。

「まあ落ち着いて。ここは仮想空間だよ。アプリを起動してログインしたことで廃都市のステージにいるってわけだ」

 少女は俺を安心させようとしているのか、丁寧に説明してくれる。

「何だよ…それ…もう意味分かんないよ…」

 混乱していると、誰かが攻撃を仕掛けてきた。

「うわっ!! 何だ!?」

 俺は急な攻撃に驚いていた。

「恐らく他のプレイヤーも私の説明を受けて早速君に攻撃を仕掛けたようだね。君以外のプレイヤーにも私の複数の分身がナビゲーターとしてこのゲームをサポートしているからね」

 少女は冷静に答えた。

「このままだとまずい!!! 何か武器はないのか?」

 少女に尋ねる。

「君たちプレイヤーは魔法を使えるよ。君の能力は重力を操ることだね」

 少女は俺の能力を教えた。 

「どうやって使うんだ?」

 俺は使い方を聞く。

「頭の中で自分が重力をどのように操作をするのかをイメージすれば、その通りに使えるよ」

 少女は俺に使い方を教えた。

「わかった! まずはさっきの攻撃をしてきた奴に試してみるか!」

 手をかざし、イメージをしてみる。

「イメージ…イメージ…よし! おりゃあああああ!!! 吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 俺は的が吹っ飛ぶ様子をイメージする。すると、そのイメージ通りに重力で敵を建物の壁に吹き飛ばすことができた。

「よしっ!! なんとか上手くいったぁ…」

 成功した俺は少し安心していた。

「へぇ、やっぱり君の適合力は…………」

 あれ?

「何か言った?」

 少女が何か言ったようだが、上手く聞き取れなかった。

「いいや、君が気にすることじゃない。その調子で倒しまくってくれ」

「そうか……」

 少女のことは気がかりだが、先程倒した敵の方を見る。先程は人同士で戦うと言っていたのに、敵はなんだか、肥大化したマシュマロみたいな姿をしていた。そう、ちょうどゴーストでバスターな作品のモコモコした生物みたいな。

「アレってなんだったんだ?」

「ん? あー……」

 少女は思案顔のまま顎に手を当てる。分身だと言うくらいだからAIとかを使っているのかと思っていたが、妙に人間味あるんだよな。複数人で動かしたりしているとか……ないか。VTuberのように人が百人ほどパソコンの前で会話をしている様を想像してしまった。 少女はコホン、と咳をし、話を続ける。

「あれも能力のひとつだ。ああいうモノを生み出して戦う人のようだね」

 マシュマロモンスター(仮)が現れた方向を見るともう人影はなかった。逃げたのだろうか。

「なるほど、アレは人が生み出した怪物だったのか。プレイヤー同士が敵なこと以外に、敵となる存在はいるのか?」

「んー、それは君がこの世界を見ていけばわかることさ」

 そういう少女は、少し楽しそうに見える。

「それにしても、落ち着いたようだね。さっきまであんなに詰め寄ってきていたのに」

 詰るような言い方にばつの悪い心地になる。突然のことに驚きっぱなしだったが、現実味がなかったからつい。見た目に絆されるつもりはないけれど、後ろめたい気持ちになる。

「さてと、私はそろそろお暇しようかな」

「えっ?」

「ん? 君は私がずっとナビゲートすると思っていたの? ……君は、攻略本を片手にゲームをするタイプかい?」

 少女の唇は綺麗な弧を描く。その瞳にはどことなく強い光があるように見える。まるで、獲物を見つけた獰猛な虎のような───。

 遠方で、どおん、バン、と続けざまに音がして、緑の光が少女の横顔を照らす。その光の良さにちょっと驚く。戦闘音すらもそうだし、花火みたいな光が昼間の空でも目立つのは、現実じゃないからか。

「私はオーナー兼ゲームマスターだ。そんな遊び方をされちゃ、つまらないだろう? 最高のゲームを最高の条件でプレイして楽しんでもらわなくちゃね」

楽しむため。デスゲームだというのにそう言った。言い切った。俺の背筋に冷たいものが流れる。それまで安心して登っていた梯子が突然外されたような感覚。誰だ、従姉妹と重ね合わせていたのは。これはそんな存在じゃない。でも、どこかでわくわくしている自分もいた。どうかしているんだろう。未だ現実味はないからそう思えているだけかもしれない。けれどそこまで言うのなら、その強い瞳で肯定したこの世界を見せてもらおうじゃないかとも思った。

「ああ、そうするよ」

 そう言い頷けば少女もこくりと頷いた。

「それでは」

 少女は手短に言って、その黒髪を翻す。燕尾服とバーテンダーの中間のようなスーツで、マジシャンみたいな赤い蝶ネクタイなんてしていたけれど、この荒廃した都市には妙に合っていたな、と今更のように思う。

 少女の身体が沈む。燕尾がしなり、そのまま浮遊する。

「は、」

 思わず呆けた声が漏れる。飛ぶ力というのも、あるのか。あれが少女の能力か? いや、運営なんだしもっとすごいものがあるのかも……。俺の能力は重力を操ることらしいし、応用すれば飛べたりして。思案にふけっている間に少女は、もう見る影もなくぽつんと遠くの黒い点になっていた。よく見れば、遠くの廃ビルの向こうにも似たような背格好の人が複数人で飛んでいる。分身が複数いるというのは嘘じゃなかったんだな。

 緊張から解放された俺は、どうしようか、と考えながら腕をパキパキと言わせ、体を伸ばしていく。そういえば、大学から帰ってきた時のままだ。昨夜から風呂に入れていない。着替えたいけど、服はあるのかな。あっ、スマホの充電してたっけ? いやそれのせいでここにいるんだった。緩みがどうでもいいことばかり考えさせている。不安は山ほどあるけれど、とにかく周りの様子を見てみることにした。


***


 俺は今、空を飛んでいた。正確に言えば、重力を操ることで自らの体を軽くして一度に長距離の跳躍をしていた。それすらも正確には把握しきれてはいないけど。すげぇ、という言葉が口をついて出る。跳躍と跳躍の間に挟まる、地面に戻ってきた時の感覚が酷く心もとなくて不安な気持ちにさせるが、跳躍の時には高揚感でいっぱいになる。不思議な感覚だった。

 周囲をその移動方法で見て回ったところ、鉄骨がむき出しになっている家、草が茂り一部が欠け今にも崩壊しそうなビルや亀裂の入った道路などの景色が続いていた。服屋は見つけられなかったが、アパートの一室に服がかかっているのは見かけた。家の内部にはいろいろモノが残されているのかもしれない、と思いつつも、侵入してしまうのはいくら人が居ないであろう状況でも、泥棒するようで気が引ける。あとは苔むした団地跡が猫のたまり場になっていて、驚いた。上から近づいたら逃げられた。そりゃそうだ。

 参加者以外に人はいないはずだ。このゲーム中に見かける人がそもそも少なくなっている。遠くで花火の音みたいなのだけ聞こえる。早めの花火大会かな? 夏だし。参加者も分散したのか時々数人見かける程度だ。

「デスゲームでNPC扱いの人がいるとか普通ない、よな?」

 少女にもう少し情報を聞きたかったな。基本的なルールすぎるだろ、もっと何かないのか。少女と会える手立てがない現状、後の祭りである。

 それに、誰も居ない廃都市に一人でいると、まるで世界が終わったかのような気持ちになるらしい。令和になっても戦いはなくならないし、大規模に流行り病が起こるし、人間は案外すぐに死ぬし。そう遠くない将来、人間が滅びて、こんな未来が来るのかも───。


 思考を中断したのは香ばしい香りだった。肉が焦げる香りに包まれて肩の力を抜く。すると途端に頭に鈍痛が走った。暫く能力を使い、飛んでいた疲れも相まっての事だろう。

 匂いのする方向の近くまで行き、降りる。近くの廃ビルの一角で身を潜めた。ビルの一部が塀のように残されていて、ちょうどいい。俺が見つめているのはビル群に囲まれた少し上、昔は中庭として使われていたであろう場所。そこからは、カチャカチャという金属音が聞こえていた。人と関わるのは避けるつもりだったが、食欲をそそる焦げた肉の匂いに惹かれて来てしまった。

「このゲーム世界でも、食事って可能なんだな……」

 先程も猫を見かけたということはつまり、豚とか鳥とかがいて、川に入れば魚がいる可能性もある? 世界が終わった後のようでいて、人間以外の生き物は普通に存在しているのがゾッとする。

 肉の匂いを嗅いでいると昨夜から何も口にしていないことに思い当たる。服だけじゃなく何もしてなかったんだった……。しかし俺は別段空腹なわけではない。食べようと思えば食べられるけど、必要に駆られてではない心地だ。可能であっても、この世界じゃ必要ではないのかもしれないな? でも、食事ができるなら食べたいな……分けて貰えなくてもいいから、どこで獲ったのかだけでも教えて欲しい。そう思って、視線は中庭に向けたまま、忍び足で近づく。

 それが悪手だった。脆いタイルが散らばっているのにも気が付かずに。

 パキリ。

 その音は存外、中庭に響いた。

 ヤバい。

 カツ、カツ、と聞こえる足音に血の気が引く。今のところ誰とも敵対したくない。その先を考えるだえるだけでも恐ろしい。でも、もし相手が戦闘する気があったら。気づかれませんように。しゃがみ込み、やり過ごそうとする。

「そこで何してんの?」

 バレた。恐る恐る上を見ると、銀色のトングを持つ女の人がいた。一際目を引くのはその帽子。赤くて海兵のようなデザインのものが黒い長髪に映えている。服飾の専門に行った高校時代の友人がこんな形の帽子をインスタグラムに投稿していたな、と現実逃避のような思考が過ぎる。

「あー、食べる?」

「えっ」

 言葉に詰まった俺に掛けられたのは思いもよらぬ言葉で、目を見開く。

「いや、肉に惹かれてきたんでしょ?」

 その通りだ。トングを手慰みにカチカチと鳴らしている様子を見て、相手に戦う意思がない判断する。そして、ちょっと拍子抜けした。中途半端な“敵意ないですよアピール”になっている両手を下す。

「そうです」

 そう言うと彼女は見た目の大人っぽさとは裏腹に屈託ない笑みを見せる。

 少しどきりとした。

 中庭に出ると彼女の異質さが際立つ。まず、赤い瞳。カラコンだろうか?

 それに服は赤い軍服のようなデザインで、ところどころ白や黒のアクセントが入っている。袖口は膨らんで長く、スカートにはセーラー服のようなプリーツがある。揃いのマントまで金の留め具で固定されていた。

「服、オシャレですね。何かのキャラのコスプレとかですか?」

「ん? いや、オリジナルだよ。君は随分リアルな格好をしてるね。最近はリアル志向が流行りなのかな、そういう人も多く見かけたし。僕は、キャラクリエイトに凝るのが好きでさ」

「えっ?」

 キャラクリエイト。ゲームではよくあるそれ。俺はキャラクリエイトをしていない、というか現実のままの姿をしている。アプリを起動したらその瞬間移動してしまったので、そんな過程を踏む暇などなかったはずだ。

「あの、ゲームって、」

「ほい」

 話そうとした瞬間肉が刺された銀の串を差し出され口篭る。

「早く食べないと固くなっちゃうよ、せっかくの豚肉なんだから」

 この肉は豚肉だったのか……。彼女は、はふはふ、と冷ましながら肉を大口で噛み切った。その様子を見て、今は食べるのが先決だと思った俺も肉を口にした。

「はふ、あっつ、」

 視線を感じると思い横を見ると、彼女にじぃと見つめられていた。なるほど、他者に自分が用意したものを食べられるのは気になるかもしれない。意外と目つきは鋭いんだな、と思う。

「美味しいです」

 俺がそう言うと彼女は片頬だけを上げて笑った。ニィ、という効果音がつきそうな悪戯っぽい笑みだ。

 肉は塩などが振られているのか、程よく塩味が効いている。何より柔らかい。新鮮なのもあるのかもしれない、と残りの肉と、毛皮がまとめておいてあるのを見ながら思う。暫く二人で肉を頬張った。


「串、ありがとうございました」

「いいよいいよ、沢山あったし。残りは干し肉にでもするかなー」

 二人とも落ち着いたところで、先程まで気になっていたことを聞くことにする。

「あの、キャラクリエイトってどういう事ですか? 俺はそういうことする暇もなくこの世界に来ていたんですが……」

「え? 普通に昨日キャラクリとか他の初期設定をやって、今日アプリを起動したらここにいたんだけど……」

 昨日からアプリが触れる状態にあった……? 参加者の中でも何か違いがあるのか?

「うーん、どうやってこのアプリにたどり着いたんですか?」

「ちょっとアングラな掲示板に新作ゲームのテスター募集ってあったから応募したんだけど……」

「え! 俺は高額がもらえるアルバイトだと聞いて応募したら、朝勝手にアプリが入っていて、それを起動したら勝手にここに移動してて……」

 バイトに応募して来た人ばかりだと思ったが、違う方法で招集された人もいるらしい。

「ふっふふ、……騙されてんなぁ。将来壺とか買ってそう、んふっ」

「そんな笑うなよ……君も結局デスゲームに巻き込まれてるじゃん。似たようなものだろ」

 意地になった俺は、敬語を付けるのも忘れて言い返す。

「いやあ、僕はお金につられてきたわけじゃないからね、ふふ」

 返す言葉もなく俺が閉口していると、彼女は笑うのをやめてくれた。いや嘘、ちょっとまだ肩が震えている。

「でも、そっちの入り方のほうが納得いくかも」

「どういうことだ?」

「ゲームマスター兼オーナーが、ゲームを楽しんでもらいたいて言ってたんだ。そう考えると、高額バイトだと言って人を呼んだのが疑問に思える。ゲームを楽しんでもらいたいのならベータテスター募集だの新作ゲームだのと言って人を募ったほうがいいんじゃないかなってね」

「なるほど……」

 俺の考察を聞いた彼女も考え込みだす。

 あくまでゲームとして楽しんでもらいたい、でも“稼げるバイト”だと言って人を集める。そこには矛盾が生じていると思う。複数人で動かしているのならばこういった齟齬もありうるだろうけれど……。それに、そうやって集められた人みんながゲーム好きで、楽しみたいとは限らない───

「いや、だからこそか?」

「ん? どした?」

 俺の呟きを聞き取った彼女が話しかけてくる。

「ゲームをやらない人も集めてゲームをさせたかった、とか?」

「うーん? そうなのかな……じゃあ、そうしたかった目的がある……? ほんとにこんな手の込んだ方法を使ってゲームさせるのだけが目的なのかな?」

 彼女はさらに首をひねり、横に倒している。ゲームのことも世界のこともわからないことずくめだ。

「もー、難しいこと考えすぎだって、今の段階で考えたってわかんないだしさ」

「それもそうか」

 非日常な環境でちょっと思い詰めていたのかもしれない。いや、リラックスしているように見え、豚を捕まえて串焼きにしている彼女のほうがおかしいのでは……?

「あれ、ていうかじゃあその姿は現実そのままなんだ?」

「そうだよ」

「ふーん。僕はその入り方じゃなくてよかったなあ。女の子になりたかったし」

「へ゛っ」

 変な声が漏れた。いま何と……?

「その、女性ではないんですか?」

「違うよ、僕は男だ……って、あ。なんかごめんね?」

 手で顔を覆った俺を見て舌をぺろ、と出して笑う彼女……彼?

「別にあなたに責任はないですよ、俺が、その……首を傾げるのやめてください……」

 後半の声はくぐもった。なんだか虚しい。

「あっ、えっと、そうだ! 自己紹介してなかったね、僕はニカゲだよ」

 ニカゲが空気を換えようと焦っているのが分かる。こういう気遣いを見ていると、悪い人ではないんだろう。

「俺は一郎。えーっと、能力は重力操作だと思う。よろしく」

 ニカゲの言い方に合わせてとりあえず名前と、自分の能力を明かした。ニカゲというのは、プレイヤーとしてのネームだろう。もしかしたら苗字だったりするのかもしれないが、ニカゲのなかでは、この世界はゲーム世界そのものなのだろう。姿も、名乗る名前も、現実のものではないだろうから。

「へぇー、超強そう! 僕はものを自在に変形できる力だよ」

「変形……もしかしてさっきの串……」

「ご名答! あれはその辺のビルの鉄筋をぐにゃって取ってしゃーって延ばしたやつ」

 先ほどの銀串は普通にお店で使われるような綺麗なものだった。どこで手に入れたのだろうと思っていたが、ニカゲの作ったものだったのか。

「それじゃイチロー、これからよろしく!」

 ニカゲが差し出した手を握り返して、ぱしん、という小気味よい音が響く。ここに、ちょっと歪な共同戦線が貼られた瞬間だった。


 その後暫く話していると、唐突にニカゲが言ってきた。

「ねぇ! イチローもキャラクリしてみようよ!!」

「お、おう? まあ、してみるか?」

 たしかにいつもの姿でゲームをするのもつまらない。ちょっと普段とは違う服装とかも面白いかも。

「ここは僕に任せて! キャラクリとか得意だから!」

「まぁ、任せるけど…変なのにはするなよ?」

「大丈夫だよ! 君の能力にピッタリのコスチュームがあるんだ!」

 ……なんか、嫌な予感がする……。

 と、訝しんでいると、どこからともなくウィッグとメイク道具を持ってきて!?!?

「やめ、やめろーー!!」

 断末魔の叫び虚しく、気がついた時にはCVを佐倉○音がやってそうな、緑色の髪の子が好きそうな美少女になっていた。

「いやぁ、イチローの能力を聞いた時にこの服しか思い浮かばなくてね。どうだい? かわいいだろう?」

 たしかに本当に自分なのか疑うほどにかわいい。他人だったら惚れていたところだ。

「…に、しても完成度高いな…前もって用意していたのか?」

「おや、僕の能力を忘れたのかい?」

 そうだった、ニカゲはなんでも変形できるんだった。

「もしかして、これの元の素材は…?」

「んーさっき殺した奴の服?」

「……。」

 ニカゲを敵に回してはまずい、と心に誓ったのであった。


***


 そこから一週間の生活は楽しかった。

 ニカゲと共に行動し、動物を捕まえて食べたり、廃都市を探索したり、やってきた他の敵対プレイヤーを撃退したり(ニカゲは俺に気を遣ったのかそいつらを殺しはしていなかったけど、そのたび何かしらの服を剥ぎ取っていた)……あと一日に一度コイツの変な趣味(もといキャラメイク)に付き合わされたり。

 流石にあのままの格好は気持ち悪かったので「戻してくれ」と懇願したところ、「じゃあ一日一回いじらせて」と笑顔で言われてしまったのだ。妙な圧と共に。語尾にハートマークでも付きそうな感じで。

 おかげで俺の格好は大体美少女だかなんだかの服装だ。一日の半分はこれで行動している。なんかもう、慣れたけど。

「さーってと。今日は誰の格好にしようかなー」

 今日も今日とて、朝起きたらキャラクリの時間である。ニカゲはルンルンと服の素材を手にし、今日の俺の格好に思いを馳せているらしい。

「……楽しそうだな」

 元気なニカゲとは反対に、俺の声は寝起き特有の眠気を纏っている。なんでこいつ、朝からこんなに元気なんだろう。

「そりゃあ楽しいよ。君はほぼ現実の姿だから、わりと何でもできるし。加工前の写真の方が色々できるでしょ?」

「俺は素材扱いか」

 朝の薄暗い中でそんな会話をする。起きたらニカゲがいて、他のプレイヤーから奪った服とかを嬉々として変形させている。この風景も見慣れてきたものだ。

 初めの方は寝起きに女の人が視界にいるという非常事態に慌てもしたが……なんとかコイツは男と自分に言い聞かせてなんとかした。今も偶に寝ぼけてドキドキすることがあるが。いや、まあそれはいい。

 あくびを一つしてぼうっとする。現実なら顔でも洗いに行くか朝食を食べるところだが、あいにくこのゲーム世界ではそんなことをする必要がない。そのせいで、朝のルーティーンはニュースを見ることでも、朝食のインスタントスープ用のお湯を沸かすことでもなく、ニカゲにキャラメイクをさせることである。

 ……改めて言葉にすると結構やばいな。現実に戻ったとき癖になってたらどうしよう。

「よし! 今日はこの子にしよう!」

 そうこう考えているうちに、今日のコスチュームが決まったようだ。もう逆らっても痛い目に遭うことが分かっているので素直にニカゲの方に行って、棒立ちになって待機する。


 で、数十分後には何故か(ここ大事。俺には何がどうなっているのかまるで分からない)美人が完成していた。

 今回のコスチュームは俺が知らないキャラだ。長い薄緑色の髪を三つ編みで一本にして、丈が長い袖なしのパーカーを着ている。頭には花が飾られ、内側は黒シャツに短パンにタイツである。

 ……キッッッツい。

「まってくれニカゲ。流石にこれはない。これはない。きつい。きっつい。俺は一応大学一年生男子なんだ」

「じゃあまだ大丈夫だよ! 僕も同じくらいだし」

「おまえは骨格からキャラメイクしてるだろ!?」

 普通の大学生男子に短パン黒タイツはきついんだよ!!!

「まあいいじゃん。今日だけ今日だけ。うん。意外といけるね。次は白タイツにしようか」

「マジで止めろ!!!」

 叫んではいるが俺には分かる。絶対に今度やられる。諦めるしかないのか? 誰か、誰か他に生け贄はいないものか。

 いや。この廃都市で人間を見ることは滅多にない。見ても大体襲ってくる……もう嫌だこのゲーム。

 俺が項垂れていると、ニカゲが話を切り替えた。

「さてと。それはともかく今日はどこに行く? 南地区は大体回ったよね」

 弾んだ声だ。こいつは本当にこのゲームを楽しんでいる。

「おまえはなんか、いつも楽しそうだよな……」

 ポロリと感想が口から出る。自分の耳で聞いたその声は苦笑交じりで、いつもコイツと話すときの俺の声だ。

 だからというか、なんというか、俺はもう少し楽しい、それこそ、「ゲームが好きだから」みたいな返答が返ってくると思っていた。

 だが返ってきたのは、妙に軽い調子で語られる、冷たすぎる現実だった。

「まあねー。高確率で死ぬ(・・・・・・)んだから、楽しまないと損じゃない?」

 ニカゲは、日常会話の口調で、それを言った。

 口調と内容が合致せずに思考が空回りする。遅れてその意味を理解して、背筋に冷たいものが走った。

「あ。そういえば昨日襲ってきた奴らが、東に面白い奴がいるって言ってたよね。そこに行ってみない?」

 だがニカゲは俺の様子に気づかないで話を続ける。まるで、旅行の計画を立てているみたいに楽しげだ。

 その様子にどう返せば良いか分からなくて、さっきの言葉を深く追求することができない。

「え、あ。ええっと。そう、だな」

 結局言えたのは、そんな誤魔化すみたいな、何も考えていない、相槌みたいな言葉だけだった。


 『高確率で死ぬ』。

 拠点の中で毛布にくるまりながら、朝聞いたニカゲの言葉を反芻する。

 今日一日、この言葉が脳髄に張り付いて、まともに探索に集中することができなかった。元凶のニカゲにすら心配される始末だ。取りあえず何でもないと言っておいたけど。

「高確率で死ぬ……か」

 誰にも聞こえないように呟く。確かにそうなのだ。ニカゲの言ったことは正しい。

 オーナー兼ゲームマスターの少女は、「これは生き残るゲームだ」と言った。

 与えられた能力を使い、この仮想空間で他人と殺し合う。生き残ったら億万長者になれて、でも少なくとも途中でここから出ることはできない。死ぬか、生きるか、それだけだ。

 これはそういうゲームだった。

 ニカゲと一緒に純粋にこの世界を楽しんでしまっていたから、探索や生活をしていたから、すっかり忘れていたのだ。

 いや、忘れたふりをしていた。


 初日に見た人間の数は百人以上。そこから生き残るのはどれ程か。

 説明の中に日数や人数指定がなかったことを考えると、『生き残る』の条件は多分、全プレイヤーのうち一人だけ。

 総プレイヤーの数を、適当に百五十人と考える。そうだとしても、生き残るのは一人。死ぬのは百四十九人。単純に計算したとしても、九十九パーセント以上の確率で、俺たちは死ぬ。

 そして仮に、一パーセントの確率で二人とも生き残ったとして、最終的な生存可能人数は、一人だけ。

 つまり、俺たちは。

 殺し合う、可能性がある。

 


 一番悪い可能性にたどり着いて、毛布の中で身震いをした。

 実際に仮想(こ)空間(こ)で死んだからって、現実でも死ぬとは限らない。だがあのオーナーが嘘を言っているようには見えなかったし、そもそも現実が今どうなっているのかも分からない。

 つまり、俺が殺したら、その殺した奴は本当に死ぬ。その可能性は十分にある。

 嫌だ。

 誤魔化していたんだ。もしかしたら嘘か冗談なんじゃないかって。もしかしたら現実で目が覚めるだけで、実際には死なないんじゃないかって。実際その推測に対する絶対的な反論なんてない。でも。

 もしその軽い考えで本当に誰か死んだら、ニカゲが死んだら、どうしよう。

 あいつと殺し合うことになったら、俺はどうすれば良いんだ?

 もう友達になってしまった。いるのが当たり前になった。

 でも、殺さないと、俺が。

 俺が死ぬ。

 殺したくない。死にたくない。

 そんなわがままな考えが頭をよぎる。

 考えはまとまらない。まとめることができない。

 


 早朝。結局眠れなくて、俺は毛布にくるまりながら、ただ座ってぼうっとしていた。

 ……結局、おれは、どうすれば。

「あれ、随分早いじゃないか」

 まとまらない思考がもう一度回ろうとした時、後ろからそう声が掛かる。ニカゲだ。

「あ、ちょっと、眠れなくて」

ニカゲは「ふーん」と言って俺の隣に腰掛けると、「なんかあった?」と、こっちをのぞき込んでくる。

 ニカゲは変な奴だ。

 趣味は変だし、死ぬかも知れないのに暢気にゲームを楽しんでいるし、襲ってきた奴らを倒すときも躊躇がない。

 でも、今みたいにこっちの心配をしたり、肉を分けてくれたり、友達として話してくれる。

いつか、俺がニカゲを殺すかも知れないのに。

 ニカゲは変な奴だ。

 でも、良い奴だ。

 ……やっぱり、コイツとは殺し合いたくない。

 ……いったい、どうしろって言うんだ。

 視界がゆがんで、ニカゲの黒い髪と赤い目がにじんで見えた。

「え?! ちょ、ちょちょ、何泣いてるの!?」

「ニカゲぇ、お、おれ、おれ」

「な、なにさ」

「おまえのっこと、ごろじだぐない。でもっ、じにだぐない」

 鼻水で声が濁って濁音まみれになる。涙越しでも、コイツが目を見開いたのが分かった。

 俺は腕に顔を埋めてズビズビ泣く。大学生にも成ってかっこ悪いと思う。でも仕方ないだろ。ゲームのことを冷静に考えたせいで情緒が滅茶苦茶なんだ。

「えっと。今更そんな……えっと、暢気だから君もそういうの気にしてないのかと……」

「きにじない、ように、じてた」

「あー現実逃避してたわけだ。で、現実が見えちゃったと」

「おぐまん、ちょうじゃとか、どうでもいい。誰もごろじだぐない。ほんとは、ごわい」

「ふーむふむ成る程ね。君意外と常識人だったんだねー」

 そう言いながら、ニカゲは俺の背中をさすった。矢っ張り良い奴だ。

「……うーんと。これは僕の考えだけど、別に君が僕を殺すことにはならないと思うよ? 死ぬときは多分、一番強い奴に全員殺されるんだから。二人で生き残って絶望の中決闘なんて、そんな小説みたいな展開にはならないでしょ。だからそういうの、僕は考えてない」

「でも、死ぬの゛は、変わらないだろ」

「うん。だから楽しんでる。現実でやりたいこととか特にないしねー」

 ニカゲの口調は変わらない。いつも通りの楽しそうな口調だ。多分言っていることに嘘はなくて、本当にそう思っているんだろう。

 どうせもうすぐ死ぬなら楽しく生きたい。この状況を楽しんでやろう。死ぬときまで。

 楽観的な諦観だ。現実を見て、諦めた上で、できるかぎりこの世界を楽しんでいる。諦めて、笑い飛ばして。

 俺には多分無理だ。理解できない。

 ある意味、それは強さなのだろう。でも。でも。

「いやだ」

「え?」

「ニカゲに死んでぼじぐない」

「……」

 顔を腕に埋めているせいでニカゲの表情が見えない。でも今更顔を上げられなくて、八つ当たり半分に言いたいことだけ言った。

「ばかじゃ、ねえの。なんだよぞれ」

 分かっている。わがままだ。

 死にたくないとか、殺したくないとか、死んで欲しくないとか……このゲームの前提条件を、俺は完全に無視してる。

 本当に情緒が滅茶苦茶だ。子供みたいに駄々をこねて、結局泣いて憂さを晴らしているだけじゃないか。

 それだったらきっと、ニカゲの諦めとか楽観の方が正しいんだ。それは強さでもあると思う。すごく、悲しい考え方だけど。俺には、ないけど。

「……」

 ニカゲは黙ってる。呆れられたかも知れない。こんなことを言ったって何も変わらないのは分かりきっていることで、俺はそれを蒸し返している。不愉快と思われても仕方ない。

 言い過ぎたかもしれない。怒られたかも知れない。不安になって腕からこっそり顔を上げると、いきなり笑い声が聞こえてきた。

「……は、はははは! あはは! はっは! は、はあ」

「に、ニカゲ……?」

「いやー君って本当にこう、人が良いというか、なんというか、ばかというか、ふふ」

 ……なんで今笑われたんだ? と言うか、ばかって言われた?

「あー。なんかこう。ばからしくなってきた。自分が」

「え、ええっと」

「あー。何かやりたいことあったかなあ。現実で」

「え?」

 ニカゲの変化について行けなくて、上手く喋れない。驚いて涙も引っ込んだ。

 でも、今。コイツ。

 『やりたいこと』って、言ったか?

「あ! そういえば新作のゲーム!」

「……はあ?」

「三ヶ月後に販売なんだよ! すっかり忘れてた! あ、あとあのゲームまだクリアしてない! あ、推しのガチャそろそろ来るって噂だった! と言うか君ってそれ現実の姿って事は、頑張れば今までのクオリティを現実で再現できる? 試してみないともったいない!」

「え? え?」

「やりたいこと。今できた。で、それには君と僕の命、両方必要だ」

 呆然とニカゲのことを見る。いつも通り楽しそうに笑ってる。けど、なんか。

 なんか。言っていることがさっきと違って、それは諦めの言葉じゃなくて。

「僕も生きたくなったし、君に死んで欲しくなくなった」

 そう言うコイツの表情は、どこか生き生きとしていて。

 ニカゲが俺の腕を取って立たせる。急に立ち上がってバランスを崩すけど、確りした腕で支えられた。体勢が崩れたまま至近距離で瞳をのぞき込まれる。美人の顔が目の前にあって、全く関係ないけど、綺麗だな、なんて思ってしまう。

「ゲームの粗探しをしよう!」

 朝日が廃ビルの隙間から差し込んでいる。埃が光を受けてキラキラ輝いて、朝の涼しい空気にほんの少し太陽の熱が伝わる。空は晴れて、朝特有の薄水色に明るい。

 至近距離で輝く赤い瞳が爛々として、目の前の奴から聞こえた言葉を、俺は呆然と繰り返した。

「あら、さがし……」

「うん。粗探し!」

 顔が離れて、ニカゲがニィッと笑った。


 日が昇りきった東地区を二人で歩きながら、ニカゲが今後の作戦を説明している。

 「粗探しをしよう」。そういったニカゲは何の説明もなく俺の涙を拭いて、景気づけだと昨日取った肉を焼いて、それを一緒に食べて、そして忘れずに俺のキャラメイクもして、そのあと俺を東地区に連れ出した。ニカゲの勢いに押された俺は全く抵抗も質問もできなかったわけだが、さっき漸く落ち着いて、どういうことかとニカゲにあの言葉の真意を聞いて、今こいつの説明を聞いている形になる。

「ゲームには抜け道やバグが必ずある。リリース直後、さらに新システムが導入されているなら尚更だ。だから僕らは様々な地区でいろんなバグを探して、そこからこのゲームの出口を見つける」

「そんな当てずっぽうな……」

 ニカゲの適当具合にため息を吐く。言うのは簡単だが、やるのは膨大な時間がかかるだろう。そう思っていると、指を立てながらコイツは賢しらに言った。

「まあでも、これは結構いい手だと思うけどね」

「そうなのか?」

 あるかどうかも分からないバグを探すのが、本当に良い手なのだろうか。

「バグは多分あるし、それにこの方法には大きなメリットがあるんだ。何だと思う? ヒントはバグを見つけるのは誰か」

「ええ?」

 バグを見つけるのは誰か。それはまあ、話題にするのはプレイヤーの方だから、見つけるのもプレイヤーなんじゃないだろうか。

 でもこれがメリットになるって、一体……。

「ぶっぶー!」

「うおっ。おい。まだ何も言ってないんだが?」

「ザンネーン時間切れです。正解は!」

 ニカゲが跳ねる。着地と共に天を指差すと、ニィッと笑って言い放った。

「それは、ゲームマスターはプレイヤーに見つけられるまで、殆どのバグに気が付くことができない。つまり、あの女の子の邪魔が入らないこと」

 目を見開く。そこには思い至らなかった。

 このゲームのフィールドは広い。いくらゲームマスターでも、全ての場所を詳しく把握しているわけではないだろう。それにバグというのは大抵予想もしないような突飛な行動から起こることが多い。

 それにあの少女は自分のことを、オーナー兼ゲームマスターと言った。

 ならばそもそも、そんな細かいバグのチェックなどできないはずだ。彼女はこのゲームの管理をしなければならないのだから、そんなことをしている暇はないだろう。

 でも、いくら先手を取れるとはいえ、本当にバグから脱出できるものだろうか。

 俺の顔色が優れないからだろうか。ニカゲが俺に声を掛ける。

「おや、浮かない顔だね」

「いや、そんな簡単に言うけど、そんなことできるのか? バグから本当に脱出できるかも分からないのに」

 素直な意見を述べると、ニカゲは首をコテンと傾ける。

「さあ。わかんない」

「え?」

「僕らはパソコンでキャラクターをいじっているわけではないし、バグが出たからって何ができるかは分からないしね。でもさ……」

 ニカゲは俺と目を合わせると、ニッと挑戦的な笑みを浮かべた。

「どうせやるなら、とことんやって楽しんでやろうって思うだろ?」

 そう言うと、ニカゲは踵を返して歩き出した。

 その歩が妙に軽くて、俺も少し笑いながら、ニカゲの後を追いかけた。

 

***


 翌日、いつものようにニカゲのキャラメイクに付き合って女装した後、そのまま俺達はバグ探しに繰り出した。だが、そう簡単にバグは見つからない。

 ただ歩き回っているだけでバグが見つかるわけもなく、かと言ってできることは歩き回るくらいしかない。基本的にはこれからも、今まで通りニカゲと共に行動するだけになるだろう。

 しかし、こうして『粗探し』しながら周囲を観察すると、仮想空間のクオリティがめちゃくちゃ高いことに、改めて気づかされる。

 現実世界と全く見分けがつかないのだ。

 草木や廃ビルにイラストっぽさが微塵もない。かと言ってCGのような違和感も全くない。

 プロの画家が描く水彩画なんかは、本物の写真と見分けがつかなかったりするのだが、それだって至近距離で見れば流石に絵だとわかる。

 だがこの仮想空間では、至近距離で見ても、触っても、食べ物なら口に入れても、現実と変わらない感覚がある。

 そして俺自身も、現実世界の鏡で見た姿と全く変わらない見た目を…いや今は何故か美少女の見た目になっているけど。

 とにかく、ここが仮想空間で、今ここにある肉体が現実の肉体を再現したものだとしたら、そんなことは現代の技術では間違いなく不可能だ。

 こんなに現実じみた空間で、粗なんて見つかるのだろうか?

「ねぇイチロー」

 思索に耽っていると、ニカゲが俺のシャツの裾を軽く引っ張りながら、宝石のような赤い瞳をきらめかせ、上目遣いでいたずらっぽい笑顔を向けてきた。なんだコイツ、めっちゃかわいいな。

 こいつは中身が男だからか、俺のドキドキするようなことを理解し、狙ってやっている節がある。

 正直、俺の中の何かが歪んでしまいそうなのでやめて欲しいのだが、それを言うとますます調子に乗りそうな気もするので、俺は何事もなかったかのように、できる限りすました顔で、落ち着きながら対応する。

「あっ、えっ、あっ、え? なっ、なな、なんだ? ど、どうした?」

 全然落ち着けなかった。

 どうやら昨日の事もあって、ニカゲを変に意識してしまっているらしい。

 人前であんなに泣きじゃくったのだ。

 それも中身は男とはいえ、ニカゲの見た目は完全に女の子。

 女の子の前で、大学生の男が鼻水垂らしながら大号泣…。

 今思い出すと、流石に気まずいというかなんというか。とにかく落ち着かない。

「ふふっ、どうしたはこっちのセリフだよ」

 微笑みながらニカゲはそう言った。

 やばい、めっちゃ恥ずかしい。

 自分の耳が赤くなるのを感じていると。


「ねぇイチロー、キスしよっか」


 改めて俺の名前を呼んだニカゲは、微笑みを崩さず、まるで自然な流れかのように、そう口走った。

 え、いや、は? どういうこと?

 流石に唐突すぎる。

 ていうか本当に、何いってんだコイツ。

 え、えぇ?

 あまりにも急な発言に混乱していると、ニカゲが少し頬を赤らめながら、いつにもなく真剣な表情で、俺を両手で押し倒してくる。

「いやいやいや! ちょっと待って! いくらなんでも急すぎるっていうか、そもそも俺達男同士だろ!?」

 自分で言いながら、なんてお決まりのセリフなんだと思った。これじゃあ完全に前フリじゃないか。

 それを聞いたニカゲはこういった。

「そう、僕はキャラメイクで女性の見た目をしているけど、中身は男なんだ。だから恋愛対象は普通に女性。そして君が本来男だとしても、今はきれいな女の子の見た目をしている。僕がイチローにそういう感情を抱いたとしても、おかしくはないんじゃないかな?」

 ニカゲは俺を赤い瞳でじっと見つめながら、少しずつ顔を近づけてくる。

 服から少し鎖骨がのぞき、そこから視線を上にそらすと、赤い瞳に吸い込まれそうになり、艶やかでやわらかそうな唇が視界に入った。

 これから起こることが脳裏に浮かび、胸の鼓動が早くなる。

 やばい。

 これはやばい。

 どんどん二カゲの唇が近づいてくる。

 何故か顔を反らすことができない。

 こいつは男のはずなのに。

 このまま動かないでいたらどうなるかわかっているのに。

 こんなのはおかしいことのはずなのに。

 何で…。

「…君も、僕と同じ気持ちなんじゃない?」


 ピピー! ピピー! ピピー!


「え」

 突然、謎の電子音が鳴り響き、辺り一面が暗闇に包まれた。

「やった! 成功だ!」

 ニカゲは満面の笑みを浮かべながら、飛び跳ねて喜んでいる。いや、真っ暗だから姿は見えないんだけど、それくらい喜んでいるのはわかる。

 わからないのは、何故ニカゲが喜んでいるのか、そして何故いきなり辺り一面暗闇になったのかだ。…っていうかキスは?

 なんだか雰囲気ぶち壊しというか、俺はまだドキドキしているが、ニカゲの声色は少なくともキスするような感じじゃない。

「ニカゲ、これってどういうことだ?」

 あとさっきのキスって結局…。

「バグっていうのは制作側が想定していなかった動きから見つかるものなんだ。だから、男が男に対してドキドキするというのは、ある意味バグなんじゃないかって思ってさ」

 どういう理屈だよ…。

「でもまぁ確かに、お前は見た目は女性だけど中身は男で、俺は女装していて、そんな二人がキスしそうになるって、だいぶイレギュラーっていうか、少なくともデスゲームをする上ではわざわざ想定しないだろうな…」

「それで試しに君をドキドキさせてみたんだけど、どうやら正解だったみたいだね。いや、これはバグだから、正解というより不正解のような気もするけど、まぁいいや」

 …なるほど〜。つまり、さっき急にキスを迫ってきたのは、バグを起こすための作戦ってだけだったのか〜。

 なんか俺、バカみたいじゃん…。

「…で、こうしてバグった暗闇の空間に来たわけだけど、これからどうするんだよ」
 少しずつ胸の鼓動が収まってきた俺は、これからのことに頭を切り替え、ニカゲに尋ねる。
 突然辺り一面が暗闇になるというのは、バグと言えばバグだが、バグを見つけたらそれで全て解決するわけじゃない。
 俺たちは二人で現実世界に戻るのが目的なのだ。
 ニカゲは少しだけ考える素振りをした後、少し俯きながら囁くように言った。
「んー。とりあえず…さっきの続きしよっか」
「はぁ!?」
 収まりかけた鼓動が一気に加速する。
 さっきのって、さっきのだよな!? これからって、そういうこと!? 続きって、それってつまり…。
「うっそ~」
 いつも通りの、楽しそうな笑顔がそこにはあった。
「期待しちゃった?」
「…」
 いつも通りと思ったが、撤回しよう。なんだか今日は少しニカゲの雰囲気が違う気がした。
 妙に攻めてくるというか、普段はここまで直接的にからかうようなことはしてこないのだが、気の所為だろうか。
 結局、俺達は歩き回ることくらいしかできないので、また暫くはただ歩き回るだけになりそうだ。
 
***

 一時間以上暗闇の中を歩いていると、ほんの微かな光が見えてきた。
「ようやく出口か…?」
 俺はそう言いながら、だいぶ安心していた。
 長い時間暗闇を歩いていると、ずっとこのまま暗闇が続くんじゃないかと、流石に不安になってくるものだ。
「出口だと良いけど、何があるかわからないから、一応は用心しておいたほうがいいね」
 ニカゲは案外冷静なことを言いつつも、内心嬉しそうだ。
 光の元へ行ってみると、まるで洞窟の出口のような大きな穴があり、そこから景色が広がっていた。
 しかし、その景色はいつものような廃都市ではなかった。
「なんだこれ…」
 そこは、最初に出会ったゲームマスター兼バイトのオーナーの少女が、大量に並んでいる棺桶のような機械の中で保管されている部屋だった。
「本人は分身って言っていたけど、これは分身っていうよりクローンって感じだな…」
 その部屋には窓もあり、そこから景色を見てみると、いつもの廃都市が一望できた。ここは高層ビルのような場所らしい。
 しかし、こんなに高い建物ならもっと目立つはずなのに、俺はここまで高い建物を見た覚えがない。外からは見えないようになっているのだろうか。
「ここは運営の施設みたいだね。現実世界に戻るヒントが見つかるかもしれない! 早速漁ろう!」
 ニカゲはそう言うと、あたりに散らばっている書類を躊躇なく物色し始めた。
「その必要はないわ」
「!?」
 突然、大人びた女性の声が聞こえてきた。
「よく来たわね。あなた達、バグでここまで来たのでしょう? モニター越しに見ていたわ」
 あれを他人に見られたのか…。
 自動ドアから入ってきた女性は、スーツとセットになっているようなベストを着ていて、赤いネクタイを結んでいた。
 長い黒髪をなびかせながら、こちらに近づいてくる。
「…あなたは運営側の人ですか。その必要はないって、どういうことですか」
 ニカゲがそう聞くと、女性は直ぐに答えた。
「質問は一つずつしてほしいけど…まぁそうね。運営と言えば運営かしら。とは言っても、細かいことはここにいる子達に任せているけどね」
 女性は一応、質問には答えてくれた。
 どうやら戦うつもりはなさそうだ。
「…」
 ニカゲと俺が黙ったまま、もう一つの質問の返答を促すと、彼女はそれを察したのか、こう続けた。
「その必要はないというのは、現実世界では別のあなた達が普通に生活しているの。だから、現実に戻るも何もないというか…何から説明すればいいかしらね?」
 …別の俺達?
「偽物が俺達の代わりに現実世界で過ごしているのか?」
「いいえ、現実で過ごしているのは紛れもなく本物よ」
 …本物の俺達は今こうして仮想空間にいるのに、現実世界にも本物の俺達がいる?
 もうさっぱりわからない。
「…もしかして」
 ニカゲが何かに気づいたようだ。
「ニカゲ、何かわかったのか? ならちょっと俺に教えてくれ。正直、あの人が何を言っているのかわからない。」
「ナルシグよ」
 女性が名乗ってくれた。あの人呼ばわりは嫌だったのだろうか。
「教えても良いんだけど…でも…これは…」
 二カゲにしては妙に言葉を詰まらせている。
「そっちの子は理解したようね。言いづらそうだから、私が代わりに説明してあげる」
 代わりっていうか、本来ニカゲが説明するよりも、ナルシグが説明するのが自然なんだけどな。
「…言ってしまうと、あなた達は現実世界の思考パターンや記憶の電気信号をコピーした存在なの」
 …え?
 俺達が、コピー?
「つまり、どちらかといえばあなた達のほうが偽物ということになるかしらね」
 …ちょっと理解が追いつかない。
「人間の思考や感情というのは、ただの電気信号に過ぎないの。そのパターンをコピーして、記憶を電子領域に保存できれば、人間の脳は再現できる。それを応用して、この子達も作ったの」
 そう言いながら、ナルシグは保管されている大量の少女達に目を向ける。
 …そうか。
「彼女達は、あなたのコピーというわけですね」
「そういうこと」
 俺の言葉をナルシグは肯定した。
 確かに、ここに保管されている少女たちとナルシグはかなり似ていた。
「とにかく、あなた達は電子的な存在。だから現実に戻るも何もないの」
 …そんな。
 せっかくここまで来たのに。
 ニカゲがやりたいことができたって言ってたのに。
 俺も現実世界でやりたいことは山ほどあったのに。
「…あなたも、現実世界のコピーなんですか」
 ニカゲが口を開いた。
「どうしてそう思うの?」
「この仮想空間にいる以上、あなたも電子的な存在なんですよね? つまり、僕達と同じ原理で存在しているんじゃないんですか」
「まぁ、そうね」
「じゃあ、あなたにはないんですか」
「何が」
「現実世界でやりたいことですよ」
 ニカゲの質問に、ナルシグは堂々と答えた。
「そんなものに価値はないわ。さっきも言ったでしょ。思考や感情はただの電気信号に過ぎない。現実世界だろうと仮想空間だろうとそれは変わらない。ただそこにそういう現象があるだけ」
 そう言う彼女の言葉に淀みはなく、そこには強ささえ感じる。
「…」
 ニカゲは黙っている。
 きっと、ニカゲは同じ電子的存在として、ナルシグにも現実への渇望があるんじゃないかと考えたのだろう。
 けれど、ナルシグは人の思考や感情をただの電気信号だと言い切った。
 確かに、理屈ではそうなのかもしれない。自分の思いとか気持ちとか心みたいなものは、ただの電気信号かもしれない。
 …だけど。
「…価値がないわけないじゃないですか」
 そこだけが、俺は腑に落ちなかった。
「ただの電気信号にだって、価値は合ったっていいじゃないですか」
 この一言が、ナルシグの逆鱗に触れた。
「うるさい」
 ナルシグはそう言うと、突然腕を前に伸ばし、雷のような電撃を俺に向けて放ってきた。
 俺は直感的に死を覚悟し、目を瞑る。
 しかし、いつまで経っても電撃は俺の体に届いてこない。
 恐る恐る目を開けてみると、目の前でニカゲが倒れていた。
 右腕が吹き飛んだ状態で。
「ニカゲ!!」
 俺は急いで駆け寄る。
「…あ、イチロー。無事だったんだね。…良かった」
 少しかすれた声で、ニカゲはそういった。
「良くない! 何で…こんな…」
 気づいたら俺は涙を流していた。
「…君は本当によく泣くね…昨日も、今日も」
 微笑みながら、ニカゲはそう言った。
「だって…ニカゲが…ニカゲが…!」
 右腕があった場所から血は流れていない。きっと、本当に電子的な存在だからだろう。
「…あぁ、これでやりたいことできなくなっちゃったな…イチローのおかげでいろいろと、あったんだけどなぁ…」
「ニカゲ! …そんな事言うなよ! …死んじゃ嫌だよ…俺だって、ニカゲとしたいこと…たくさんあるのに…」
「…それってキスとか?」
「こんな時に何言ってるんだよ…」
「…ふふっ、僕は真面目に検討したいけどね」
 こいつは本当に…。
「…イチロー…もしもさ、僕達が現実でもたまたま出会ったらさ…現実の僕達はお互いに知らない人同士だと思うけどさ…きっと気が合うんじゃないかって思うんだ…それで
…それで…」
 ニカゲの声がみるみる小さくなっていく。
「…君の名はじゃないけどさ、そういう運命チックなの…憧れるかも」
「ニカゲ…」
「…イチロー…僕を殺したくないって言ってくれて、ありがとね。君のこと、僕は結構好きだよ…」
 ニカゲはそう言いながら、少し顔をこちらにかたむけて、俺と目を合わせた。
「…だから、また会おうね」
「…俺も、俺もニカゲのこと…大好きだよ!」
 今言わないと一生言えないと思い、俺は大声でそう言った。
「…」
 だけど、ニカゲはもう返事をしなかった。

「あー…なんというか、ごめんなさいね」
 ナルシグは片目を閉じ、右手を顔の前でピンと立てて、ごめんねのジェスチャーをしながらそう言った。
「でもさっき言ったように、そのニカゲ君はコピーに過ぎないの。現実の彼は生きているから安心してね。ほら、現実で人が死ぬのと、ゲームで人が死ぬのはなんか違うじゃない?」
「…そんな風に思えるわけがないだろ」
 だって、俺と一緒に過ごしたニカゲは、もう戻ってこないんだぞ?
「…お前はなんで、こうやって仮想空間に人を集めて、デスゲームみたいなことをさせているんだ」
 今のうちに聞くべきことを聞いておく。
「急な質問ね。ちょっとした小遣い稼ぎよ。あなたがバイトをするのと一緒。このゲームは現実のお偉いさんたちが賭けをしているの。どの能力が最後まで生き残るかってね」
「…そうか」
 もう聞き忘れたことはないだろうか。
 …特になさそうだ。
 なら―。

***

 夏休みも残り一週間だ。あまりにも充実感のない夏休みを思い返し、少し焦った俺は何をしようか迷っていた。
 本当は夏休み中にアルバイトをするはずだったのだが、応募してからは全く連絡が来ない。
 まぁ今はそれよりも、残り少ない夏休みをどう充実させるかだ。
 しかし、やりたいことが多過ぎて、何から手をつけたらいいのか…。
「とりあえず、テレビ見るか」
 考える事に疲れた俺は、そう言いながらリモコンを手に取る。
 夏休みというのは、こうやって虚無と化すのだ。
『先日、山形インパルス研究施設にて、擬似的なブラックホールが確認されました。施設の方に話を伺うと、偶然の産物だったそうで、これを意図的に発生させることができれば、いずれはタイムマシンも…』
 女子アナが真面目なニュースを話す時のテンションで、そんな話をしている。
 へぇー。ブラックホールか。アニメとか漫画だけの話じゃないんだな。
 俺も中学生の頃はブラックホールを生み出し、世界その物さえも飲み込んでしまうような『俺の考えた最強の能力者』になる妄想をしたものだが、今となってはブラックホールよりも黒い黒歴史だ。
 ブラックホールのニュースは面白かったのだが、それが終わった後は、よく分からん政治のニュースが始まってしまった。
 他に面白そうな番組もなさそうだ。
 仕方がないので、俺はAPOXをするためにPCを起動した。
 夏休みというのは、こうやって虚無と化すのだ。
 APOXでは躊躇なく敵を撃ち殺し、キルした敵から武器を奪い、最後まで生き残るために神経を研ぎ澄ます。
 今回はソロで潜ったので、知らない人とチームになってプレイしているのだが、結構上位まで来ている。
 だが、あと一歩のところで全滅してしまった。
「うわー、惜しかったなぁ…」
 普段ソロで潜っていても、ここまで上手くいくことはなかなかない。
 もう一戦行くか…とマウスに手を伸ばすと、先程チームになった人の一人からフレンド申請が来た。
 ユーザー名はゲルニカ。
 当然知らない人だ。
 でも、さっきの試合は凄く上手くいっていたし、俺はもう一度この人と一緒にゲームをやりたいと思っていた。
 そうすれば、二人で最後まで生き残り、チャンピオンになれるかもしれない。
 そう思うと、ますますこの人とチームを組みたいと思った。
 今年の残り少ない夏休みは、ゲーム三昧になりそうだ。


- 評言 -

 もう一度今日は。主催者のヤマエスです。
 十一ヶ月、いえ、構想から始めれば一年以上掛かったこの企画も、ようやく一段落付こうとしております。主催者と致しましては、肩の荷が下りる思いです。
 しかし、大変だったと雖も、私としては、とても楽しい企画でございました。

 サークルオベリニカのメンバーの方で、自分もこんな企画に参加したい、と言う方は、ご安心を。これからも定期的に、サークル内のディスコードでメンバーを募集し、第二回目の企画を動かしていこうと思います。
 折角ですから、第二回目からは「第n回リレー小説企画」ではなく、大学祭のアルティスオベリニカや、定例会議のシノドスオベリニカのように、固有の名前を使ってみるのも良いかもしれませんね。

 さて、主催者といえども、個人的な感想をつらつらと並べるわけにはいきますまい。これは、企画に参加した五人全員の小説ですから。
 と言うわけで最後に、このメンバーを代表して、皆様に御礼申し上げます。関わってくれたメンバーは勿論のこと、企画を承認して下さりました代表、そしてなにより、この小説を読んで下さった全ての方へ、有り難う御座いました。
 まだまだ続けていく所存ですの、またお会いすることがありましたら幸いです。

サークル・オベリニカ|読後にスキを。

参加者は以下のとおりです。
ゆうき/櫃/あおい/ヤマエス/みーやー
ご参集いただき、ありがとうございました。


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