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「彼女」の故障とコインランドリー。

「彼女」が壊れた。


この「彼女」というのは、以前記事にもしたことがある我が家の洗濯機だ。彼女と出会ってからというもの、稼働させる日はほとんど振り回されっぱなしだった。


洗濯物が少量でも大量でも悲鳴をあげる。
洗剤についてもかなり繊細で、エラーで停まったときは排水溝についたプラスチックのネットを見ると、大抵泡だらけ。
これは洗濯槽がアワアワというより、洗濯槽の下にある水を溜めるエリアがアワアワというイメージのようで、洗濯槽側からはあまりよくわからない。
けれどそこが異常な状態になるとセンサーが感知し、エラーで停まるしくみらしかった。

縦長で日本の洗濯機と変わらない形をしていながら、なぜかドラム式という不思議な洗濯機の「彼女」。洗濯槽の下に別の水が溜まるところがあるという、これまた日本にはなさそうな設計なので、詳しいことはよくわからない。
でもその水を溜めるエリアに稼働しないときも水が溜まるせいで、かなりの頻度で洗濯機の掃除をしないと洗濯槽が臭うし、なかなか手間のかかる設計だ。
もしかしたら、硬水を洗濯に適した水にするエリアみたいな感じなのかもしれない。(だとしても、最後までちゃんと排水できてほしいのだけれど)

ただ確かなのは、その水の溜まるタンクエリアは洗濯槽からしかアクセスできないということ。だからドラム下のエリアに泡が溜まっているときは洗濯槽からバケツで水を入れ、彼女が自動で排水するのを待つ。
そしてそれを泡が見えなくなるまで続け、電源を切り、コンセントを抜いて、2〜3時間放置する。大抵の場合はこれで機嫌を直す。


もちろんいつも量を間違ったつもりはないのだけれど、夫や大家さんからは「洗濯物を入れすぎ」「洗剤を入れすぎ」と咎められた。


何度も確認をしているからそんなことはないはずなのだけれど、彼女に溜まる泡は、私にとって不都合な証拠だ。
彼女が泡だらけになれば、非は彼女の稼働させる私にあるということになる。


結局、洗剤の裏面にある指示容量の半分くらいだと比較的調子が良いことがわかったので、その分量で使うようになった。無事に洗濯を完了してくれる確率が5:5くらいまでアップする。
ここまでアップするだけでも奇跡なくらい、悲鳴をよく上げる子なのだ。それでも泡を吐いてエラーを告げる日もあるのだから「ねえ、勝手にどこかから洗剤飲んでたりしない?」と聞きたくなる。


色々なタイミングでエラーになるせいで、ドイツでは洗濯のたびに入れカルキ対策用の液体(水道水が硬水なので、カルキを中和して軟水にする)や、洗濯洗剤が洗濯物に多かれ少なかれ残ってしまうのも、エラーに影響しているのではないか、という話をしていた。


常に洗濯機のそばで見守るわけではないので、エラーが出た後すぐに対処できないこともある。
彼女が半日以上機嫌を直さないのもザラなので、洗い直しまで時間が空いてしまう分、半端な段階の洗濯物が洗剤を含んだまま乾いてしまうのも良くない。それがまた、彼女の悲鳴につながるのだ。

彼女が急に停まるせいで起きたことが原因で、彼女が余計に不機嫌になるのは正直納得がいかない。けれど、それでも世話をしないと洗濯物は溜まる一方なのだ。




そんな手のかかる彼女だけれど、夏の間は比較的調子が良かった。
それは大家さんおすすめの20分ほどで終わる「短時間モード」ではなく、2時間ほどかかる「スポーツ洗濯モード」に切り替えるようにしてからだった。

ドイツの洗濯機は、お水の温めなどいろいろな工程があるため、1回の洗濯に3時間以上かかることが多い。なので我が家の洗濯機でできる、できるだけ標準的な使い方をするようにしたのだ。
それにじっくり洗ってくれているなら、洗剤量が多少少なくてもきれいになる気がするところも良い。実際、短時間モードで感じていた「生乾き臭」もだいぶ抜けた。

日本人の感覚だと、やはり脱水までの洗濯に2時間以上は長いと思う。
でも、毎度のようにエラー音とともに洗濯機が停止し、大抵エラーの原因となっている泡を流すため、水をバケツと洗面器を駆使してバスルームから洗濯機へ運ぶ「悲しみの独りバケツリレー」を日に数回もやるよりはマシなのだ。


だからできるだけ譲歩して、穏やかに付き合ってきた。
ただ、忙しい時に廊下に鳴り響くエラー音にはめちゃくちゃ腹が立ってしまって、彼女から与えられるイライラで1日が大きく乱されることもあった。

でも彼女は大家さんが用意してくれたものだし、何より新品のはずなのだ。
初期不良かもしれないし(私が壊していることを疑われているし)、お手頃な価格の洗濯機らしく、大家さんには修理に出しても直るかはわからないと言われてしまった。
なので、ドイツ生活の間は彼女のどんなわがままにも辛抱強く耐えるしかないのだと思っていた。こちらに心の余裕さえあれば、なんとかなると信じていた。




しかし、今日ついに事件が起きた。

最近体調を崩してエラー続きだった彼女が、ついに「パチッ!」という音とともに煙を一筋上げて止まってしまったのだ。
洗濯機の周りには、ハンダゴテやミニ四駆などのモーターを回しすぎてしまったときにするような、金属が熱で溶けたような独特なニオイが漂っていた。



私は「なんてわかりやすく壊れたんだ」と思った。


音を立てたうえ煙を上げる(しかもニオイまでする)だなんて、漫画やアニメでしか見たことがない。
現代において、こんな壊れ方をするのかと逆に感動してしまった。



しかしそんなところに感動している場合ではない。
私は慌てて窓を開けて扇風機を回して部屋のニオイを抜く。
そして急いで夫に連絡し、夫は大家さんに連絡。


DIYの上手な大家さんも、この状況には抗う余地がないと思ったらしく、新しい洗濯機を注文してくれると言った。
残念だけれど、彼女とはもうお別れのようだ。





いや、さほど残念ではないかも。



そして旅行後の洗濯物も残っていた私は、両肩に洗濯物を入れた大きな袋を掛けトラムに40分ほど乗って、家から一番近いコインランドリーへ行った。


仕組みは日本のコインランドリーとほとんど変わらないのだけれど(支払いや洗剤購入がそれぞれの洗濯機や機械じゃなく、1つの機械にまとまっていたくらい)、恐ろしいことに行ったところは紙幣が全く使えないのだ。
おつりが足りないからか、使えると書いてある10ユーロ紙幣すら読み込まずに吐き出してしまう。


なんとか10ユーロ紙幣を読み込んでもらえないかと四苦八苦していると、知らないおばあさんが近づいてきてくれて、なんとなく事情をカタコトのドイツ語で伝えていると、10ユーロ札を小銭に替えてくれた。


この街の人たちはほんと明るくて優しい。
最近なぜか偶然的にドイツ人の(あとドイツの東側に住む人達の)性格ネガティブキャンペーンみたいな話や映像を知人にもSNSからもされたのだけれど、そういう経験をこの街では受けたことがない。

特にご年配の方に助けられたのは何度目だろうか。
たまにトラムの席を譲ったりしてできる限りの恩返しをするけれど、全く恩返しが足りていない。


私はおばあさんに何度もお礼を言いながら、見様見真似で洗剤と柔軟剤を買う。今日の彼女のエラーもアワアワが原因だったので、洗濯物に残った洗剤を考えて、2台で半分ずつ使った。
あまりに洗濯物が溜まっていたので、洗濯機を2つ使っても入り切らなかったのだ。(後ほど他のお客さんを見て、1台にもっと洗濯物を入れても良かったことがわかる。コインランドリーの洗濯機はとてもパワフルだ)


そしてお金を投入して回し始めると、洗濯の所要時間が表示される。
かかる時間は脱水完了までで50分強。
今まで2時間かかったうえ、無事に終わるかハラハラすることを考えたら超余裕だ。来たことのないエリアの使ったことがないコインランドリーにドキドキしたけれど、回せてしまえばこっちのものだ。


使っている洗濯機の前に座ってスマホを片手に待っていたのだけれど、私はあることに気づいた。
隣のおじいさんが使っている洗濯機は使っている洗剤が泡として見えるのに対し、私が使っているエラーで止まり濡れたままの洗濯物を入れた洗濯機は泡がほぼ見えない。


つまり、今まで懸念していた洗剤が残留して悪さをしている可能性はほぼない。コインランドリーだし、使う水の量が違うとはいえ、まったく泡が見えないのはもはや洗剤が足りていないことにほかならない(気がする)。



だとしたら、あの子はなぜあんなにアワアワだったの!?
なぜ急にあんなにわかりやすく壊れたの?


動かなくなってしまい、洗濯機の蓋すら開かなくなってしまった今(というか怖くてもう電源が入れられない)、彼女は我が家でただの白くて重い箱と化している。
私は満を持して残っていた洗濯物を入れて3つ目の洗濯機を回した。もちろん、購入した洗剤をフルに入れた状態で、だ。もちろんこちらは一番多い量の洗濯物にも関わらず、しっかりと泡が立っている。
いつも泡が悩みのたねだったので、洗濯機の泡を心地よい気持ちで見られたのは、久しぶりかもしれない。


どうやらこれで、彼女のお世話をする日々は終わりを迎えるらしい。

でも、洗濯物の靴下が2足ほど片方だけになっている。
彼女の中に残してしまったか、コインランドリーに残してきてしまったかのいずれかだと思うけれど、もう考えないでおく。
正直もう、疲れたのだ。


彼女を失った代償の一つ(というか2足)、ということにしておこう。

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