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初めてのロストバゲージ。

 リヨンからドイツへの帰り道のこと。
私の住む町の最寄りの空港は絶妙に痒いところに手が届かないフライトが多い。イギリスやオランダ、スペインなどのヨーロッパ諸国のほか、ドイツの主要空港にも行くには行くのだが1日1便あればいい方で、土日は運航しないとか週に数度だけ運航というものも多い。おそらく運航状況的には日本の地方都市の空港と似た感じなのだと思う。

 私の実家は茨城の県南地域で、昔から飛行機に乗るのに車で1時間、電車でも1時間半見れば成田空港に行くことができた。成田空港といえば、昔も今も日本でも有数の離着陸数を誇る空港だ。東京近郊で一人暮らしをするようになって羽田空港も使うようになったけれど、羽田空港といえば成田空港よりも更に離着陸の多い。

 そんな「空港=成田・羽田」のイメージが強かった私にとって、色々なところへ行けるようで行けない最寄りの空港になんとも不思議な感覚をおぼえている。トランジットさえすればヨーロッパの大体のところへ3時間~半日ほどで着くし、たいして不満はない。ただ、乗り継ぎ時間の長さにはドキドキさせられている。

 空港の中を移動するだけの乗り継ぎであれば、1時間弱の乗り継ぎ時間があれば、充分乗り換えはできる。しかし、何度も書いているかもしれないけれど、ヨーロッパ諸国の飛行機は大抵遅れる。そういう時に、乗り継ぎ先の飛行機が同じ航空会社だとそのあたりの調整や、あまりに遅れた場合は調整や補填をしてくれるので助かる。

 今回のリヨンから最寄り空港までのフライトも、航空会社を揃えて取っていた。


 ドイツ帰国当日、リヨンからトランジットする空港までの便は予定通り遅延。(笑)
着陸前に機内で乗り継ぎ時間の短い便のゲートがアナウンスされた。乗り継ぎ時間は1時間はあったはずなのだけれど、遅延のせいで残り30分もないくらい。搭乗は離陸時間の20分上前から始まるので、乗り換える飛行機が定刻どおりの離陸なら、搭乗が始まっていてもおかしくない時間だった。

 先程も言った通り、同じ航空会社の飛行機なので私達が遅延で搭乗が遅れることは概ね把握されている。
 けれど着陸前からゲート番号を案内されるのは「さっさとゲートへ行け」を意味する。空港内にいることが確認されている分、遅いと空港内でアナウンスがかかる。遅延は私のせいではないに嫌すぎる。それだけは避けたい。

 そう思った私と夫は、飛行機を降りた途端ほぼ競歩のように移動し、最終案内の直前にゲートへ到着することができた。


 ほっとしながら飛行機に乗り込んだ後、その飛行機も30分以上遅延。急がせておいて遅れるのか!と思わなくもないが、ヨーロッパではよくあることなので、いまさら気にはならない。
 リヨンから飛んだ飛行機は満席で、無料で受託手荷物を受け付けるくらいだったので「人よりも荷物の移動に時間がかかっているのかもね」という話をしながら待っていた。

 そしてなんとか離陸し、1時間半ほどで最寄りの空港に到着。
私は1週間ぶり、夫は2週間ぶりのドイツにほっとする。まだドイツ生活を始めて3ヶ月も経っていないのだけれど、ドイツ国外から帰ってくるとなんとも言えないホーム感がある。
 EU圏内の移動なら入国手続きもなく、人のいないカウンターを抜けて預けた手荷物を受け取りに黒いコンベアが回るターンテーブルの前で待つ。

 同じ飛行機に乗っていた乗客は次々と自分の荷物を見つけて、空港を出ていく。残りが10人ほどになった頃、私はふと「ロストバゲージ」のことを考えていた。

 テレビやネットなどで、預けた手荷物が何処かへ行ってしまって大変な思いをしたという話をときどき目にする。少し前に空港でスーツケースを盗まれたと騒いでいる人は見かけたけれど、荷物が届かなかったと騒ぐ人や身の回りでロストバゲージをしている人を見たことがなかった。
私にとってロストバゲージは、起きそうで起きない「 都市伝説 」のような感覚があった。

 それを夫に話すと「いや、周りにはちょこちょこいるよ」と言われた。やはり仕事などで飛行機に乗る頻度が高い人ほど遭遇率が上がるらしい。確かに年に1,2度しか飛行機に乗らない人よりは、月に1度飛行機に乗る人の方が遭遇する可能性は高いのだろう。


 なるほどな……と思っていたとき、目の前のベルトコンベアが大きな音を立てて止まった。あたりを見回すと、まだターンテーブルの周りには10人ほど人が待っている。コンベアの故障かなにかだろうか?
 そんなことを思っていると、スマホにSMSが届いた。航空会社から英語のメッセージが着ていて、翻訳すると「あなたの手荷物番号◯◯◯◯は搭乗しませんでした」と書かれていた。


手荷物が搭乗しなかった・・・??


 慌てて夫に言うと、夫にも同じ内容のメールが届いていて、同じく荷物が搭乗しなかったと書かれていた。


「 ロストバゲージ 」


さきほど話していた言葉がふたたび頭に浮かんだ。
これはアレだ、アレに違いない。
これが都市伝説と思っていた「ロストバゲージ」だ。


 そして「『 ロストバゲージ 』って本当にあったんだ」と思った。
不思議と怒りや困惑する気持ちがなかったのは、後は家に帰るだけというところでなくなっているのと、いないと思っていたツチノコや雪男に遭遇したときのような衝撃と僅かな感動があったからだと思う。
振り返ると、我ながらのんきな話だ。

 夫は「さっきの飛行機の遅延、なんだったんだ…」とぼやいていた。
夫はフライトの遅延を待つ間、この遅延は混雑で荷物の仕分けや次の飛行機への運搬に時間が掛かっているという説を提唱していたので、まさか載せていないとは思わなかったようだった。


 同じように止まったターンテーブルに困惑している男性が近づいてきたので、夫が英語でメールの内容を伝えると男性は「オージーザス!」と言って頭を抱えた。
落胆している本人には申し訳ないが、本場の(?)「オージーザス!」を初めて聞けた私はここでもちょっとだけ感動した。


 こういう場合は、航空会社のデスクか空港のインフォメーションセンターに行き手続きをする必要があって、私達はインフォメーションセンターに向かった。

 順番を待って手続きていくうちに、どうやら残っていた10人ほどの人たちは同じリヨンから同じ空港を経由した人たちだったことがわかった。リヨンからきた乗客の荷物を、経由した空港ですべて載せ忘れたらしい。
 つまり乗客を急かしていた裏で、自分たちは派手な失態をおかしていたわけだ。

 荷物は次に最寄りの空港にくるフライトに載せられるが、次のフライトは翌日の夜に着くとのことだった。バンバン飛行機が飛んでくるわけじゃない、地方都市の空港ならではのスピードだ。まだ翌日に飛ぶ飛行機があっただけマシという感じだろう。そしてそこから家への配送となるので、荷物が家に届くのは早くとも2日後とのことだった。

 「オージーザス!」の男性は隣でまだ頭を抱えながらなにかを訴えていたけれど、私たちは家に帰ればとりあえず生活に必要なものはあるので、手続きを済ませておとなしく帰ることにした。どれだけ騒いでも、数百km離れた空港から今日中に荷物が届くとは思えないし、荷物の所在がわかっているだけマシだと思うしかない。


 予定通り2日後の朝、無事に私と夫のスーツケースが帰ってきた。

ムーミンさんの汚れ方が、旅の壮絶さを感じる。



 ドイツの配送状況を考えると、もっと届くのが遅れる可能性も考えていたので、思ったより速かったなくらいの気持ちでサインして受け取った。

 あとで調べてみると、ロストバゲージと一言で言っても、荷物の行方がまったくわからなくなってしまう「 ロストバゲージ 」と、今回のような載せ忘れがあり、載せ忘れや何らかの理由で荷物の到着が遅れる場合は「ディレイドバゲージ」というらしい。
 荷物が到着と同時に手元に届かないのは本当に困るけれど(特に行きのフライトで起きたら悲惨だ)、ディレイドバゲージの場合は、荷物の所在がわかっているだけまだいいのかもしれない。荷物だけ地球の裏側にいる、みたいなことが起きるのがロストバゲージなので、それよりは近場というのもラッキーだったと思う。


 人を急かしておいて、荷物は載せ忘れるなんて……と思わなくは無いけれど、こういうことにさほどめくじらを立てなくなったのは、海外生活の慣れからくるものかもしれない。



それにしても「 言霊 」って怖い。(笑)
今回の出来事で、それが1番の教訓だったかもしれない。


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